第87話 吸血姫は強欲に呆れる。
時は少し遡る。
私が「よ〜いドン!」で合図して外へと空間跳躍した者達は、結界内に入る前に平然としている三人と顔面蒼白の七人が話し合っていた。
「ルー達のあれ、リンスのウッカリにはやられたわ。跳ぶ前にユウカから苦笑と慰めを頂いたけど」
「ショウ、ドンマイ。確かにそばで聞いてて思ったけど内容的についウッカリって話ではなかったわね? 耳を倒して塞いでも隙間から聞こえたわよ・・・ルー達の悲痛の叫びが」
「ま、まぁ本人達も清浄魔法で浄めてるって言ってるし、そこまで・・・ねぇ? ミズミズ」
「コノリの言う通り現物は雑菌ナシで綺麗だし、物だけ見たら大きいだけの無精卵と変わらないからね・・・ただ、連想すると忌避感が出るのも確かだから」
「確かに・・・」×6
「ま、まぁ・・・あまりルー達の目の前で話す事でもないよね? 当人達は忘れてるけど」
「レリィの言う通り・・・こういう時、鳥頭である事が逆に羨ましくなるわね?」
「「なんのこと〜???」」
「ニーナ、それ以上はストップ! 世の中、忘れた方が幸せな話もあるから」
「ナディの言う通り、本人達の前では言えない話ですわね?」
「それよりも、指定のオバ様以外は誰がどれを選びますか?」
「アコ、ココ、話題転換ナイス!」
「コノリ、それはいいから! それで、どうするの?」
「ミズミズ・・・そこは当然、ジャンケンで!」
「ですよねぇ〜」×8
「「はーい!」」
それは先ほどの事が殆どだったようだ。ただ、私が発した「早い者勝ち」という言葉。私が命じたにも関わらず、仲間との平等を求めてしまったようである。
なお、発案者は唯一冷静だったレリィの言だった。結果、勝った順番で決めていった。
「じゃあ、料理人達は私が! 異世界の料理知識知りたかったんだ〜」
「やっぱり、レリィはそうなるかぁ〜。私はそうね・・・メイド達でも頂こうかしら」
「ニーナはその知識要る? 私やショウの方が欲しいのだけど?」
「そうね・・・ナディとショウは前知識はあっても、異世界との違いもあるものね・・・なら人数も相当数居るし三等分しない? そうすれば問題ないでしょう?」
「いや、三等分するまでもないみたいよ? 〈鑑定〉した限り・・・暗殺メイド、戦闘メイド、接客メイドと別れてるし、それぞれにメイド長も居るから」
「なら、私は暗殺でショウが戦闘で! ミキ、ナイス〈鑑定〉!」
「仕方ないわね。まぁ暗器使いのナディには丁度いいか〜」
「僕は整備長と護衛兵で!」
「私達はどうする? ココ?」
「アコ・・・伝令兵とか各部隊長としましょうか」
「二人はそれでいいんだね。私は・・・整備兵と門兵で!」
勝った順番はレリィ、ニーナ、ナディ、ショウ、ミキ、アコ、ココ、コノリ、コウ、ルーとなったらしい。ルーは勝負事に弱いようだ。
一人で「ぐぬぬ」と唸っていたのだから。その様子を一人黙って見ていたコウが、ルーの隣で抱き着きながら譲り渡し、最後は二人で抱き合った。
「私は〜、残りの雑兵で〜。ルーには残り物のオジ様を〜」
「いいの? コウ?」
「もちろん! 誰も手を出してない者だもの〜」
「ありがとう! コウ、愛してる!」
「私もだよ〜、ルー」
「おいおい」×8
全員からのツッコミも入ったが。
ともあれ、そこから先はユウカから使い方を聞いていたショウが一同に示して一斉に吸い上げた。
「!? あっま〜い!!!?」×10
そう、一斉に時の止まった空間で動けぬ者達の魂と生命力を〈触飲〉と〈隷殺〉により召し上がり、全員が目を見開いて驚き、互いの顔を見た直後・・・満面の笑みで不可思議な風味に酔いしれた。
「見た目は小汚いおっさんなのに・・・スッゴイ、美味しい!」
これは当主を頂いたルーの言葉である。
余りの風味に語彙が亡くなるというか? その一言だけ発し、心ゆくまで飲み干したルーであった。残りの面々も同様に夢中なまま頂いていたようで、あの島の関係者はどんな者でも悪行三昧だった事が判る話であった。
その記憶の大半は知識と共に私とシオンにも流れてきたのだから。
一方・・・遅れて空間跳躍してきたリンスとリリナは──、
「これはまた・・・ま、まぁ、最初はそんな感じですよね・・・」
「皆さんどうなされたので?」
「放っておきましょう。余韻が抜ければ元に戻りますから」
「はぁ?」
リンスは呆れながらも放置を選択し、リリナに使い方を示していた。一応、侍女の一人を夫人の影に置いていたので、リンスは侍女を頂いたようだ。
これは私が配慮してリンス用に残した者であり、彼女達からも気づかれてなかった。リンスは久しぶりの風味だったのか微笑みながら咳払いした。
「あら? この侍女も相当に美味ですね・・・コホン! このように使うといいですよ。血液を飲まずとも生命力を頂けますから」
リンスが使い方を示したので、リリナは恐る恐るという様子で実行し・・・酔いしれた。
「こ、こうですか? スキルを有効化して!? うそ、なにこの風味・・・すごい美味しい・・・あ、でもこの記憶は少々辛いですね?」
ただ、スキルレベルの関係から夫人の記憶を直に受け、苦しさから跪き、涙ぐむ事になった。この記憶読取の弊害は元々が吸血鬼族だったリンスとは異なり再誕者の性質らしい。
リンスの場合は元よりシオンの眷属だった事と私の血液を飲ませた事で再誕したため、スキルレベルでいえばシオン同様に中間付近だった。これも半々の所為で有効化されてなかったスキルのため、私の血液をうけて使えるようになり、今に至る。
ちなみにリンスの〈触飲〉と〈隷殺〉と〈魔力触飲〉のそれぞれのスキルレベルは48であり、リリナは〈隷殺〉のレベル50以外はレベル1という扱いだ。
このスキルレベルも意識して〈鑑定〉しないと見えないが、レベル50が最大のようだ。
私は等しくカンストしてるけどね。
リンスは跪いたリリナに近づきながらも抱き着き、頭を撫でる。
「まぁ指示を出した者の記憶とは等しく穢らわしいものですから。それも若返りポーションという血液を使った紛い物を求めた事も異常ですから」
リンスは私が随分前に教えた話を口走る。
これはリリナを釣り針とクラーケンから救った後の話ね? リリナは抱き着かれながらリンスの顔を覗き込み問い掛ける。
「紛い物?」
リンスはリリナの覗き込みに気づきながらも、真剣な表情でルー達を眺め、静かに語る。
リリナは終始オドオドしながら問い掛けていたが。
「ええ。カノンさん曰く、彼等人族が本当に欲する素材・・・というと語弊がありますが、それは人魚族のメスの血抜き肉なんですよ。しかも鱗と皮膚の境目付近の」
「ふぇ? そ、それって・・・」
「驚かれるのも当然なんですが、これは人族の王族がかつて行った事の名残でしょうけど・・・鱗と皮膚の境目付近から30セル下までを輪切りとし、その中のプルプルと脂の乗った生肉だけをスライスして、それを食した御高齢の王が若返ったそうなのです。ですが、数日と経たず亡くなっています。そして亡くなった事実は伏せられ若返るという情報だけが独り歩きして、人族間で求められているのです。その後も同じように亡くなる者があとを絶たず、合都の魔導士長なる人物が研究を重ねて、血液という腐敗毒を抜けば効果が現れる事を実証したそうなのです」
するとリリナは、リンスの説明を聞き自身の腰に手を添え・・・怯える。
「わ、私のここから・・・えぇ、で、でも」
しかし、話はまだ続いているため、理解不能を示しつつも問い掛けた。
「実際は血抜き肉です。しかし、なぜそのような若返りポーションという紛い物を求めるに至ったかと言えば、この侍女の記憶が教えて下さいました」
「この方が?」
「この侍女は主犯・・・いえ、実行犯が正しいですね。この者は次の寄港地にある人魚肉卸販売業者の従業員です。そして、この御夫人が人魚族を飼うという情報をどこかしらで入手し、若返りポーションという情報を渡したのです」
「そ、それと紛い物とどう繋がるのですか? 飼うというのは鱗を使った化粧水という記憶がありましたが?」
「それだけであれば問題はなかったのですが。そうですね・・・そもそも、人魚族の血肉そのものを処理しようとすれば、なにが起きると思いますか?」
「た、確か・・・遺体が海流に流れた場合、クラーケンが食べに来ます。そのうえで遺体が複数あれば、遺体を宿主として卵を産み付けて大量発生の原因に・・・血液だけなら発生源の周囲を縄張りとして住み着きます」
「ですね。そのへんはリリナ様の方がお詳しいと存じます。であれば、その業者にとって・・・いえ、次の寄港地にとって人魚族の血肉は毒そのものになりますよね?」
「あ! クラーケンが集まって巣となす。一時期、ムアレ島の周囲に大量発生した原因って」
「この者達です。その後、領主から島内での解体を禁じられ動くに困ったこの者達は、この御夫人を利用し血抜きをさせようとしたのでしょう。ただ、人魚族としても無闇矢鱈に捕まるわけにはいかないでしょうから・・・ある日を境にパッタリと人魚族が捕まらなくなり」
「お母様が表層に出るなと、お達しした日ですね」
「そういう事ですね・・・ですが、この者達も指を咥えて待つなんて事はしませんでした。それはラアレ島周辺に〈フルー・フィッシュ〉なる魚の群れが出たと嘘の情報を流したのです」
それを聞いたリリナはリンスの胸の谷間を顔でボヨンと弾き、目を見開き固まった。
「!? えっ・・・嘘、だったのですか!?」
「嘘に引っかかったのですか?」
リンスは胸の揺れを両腕で抑えながらも呆れた顔をした。リリナは赤い顔でリンスの胸の谷間に顔を挟んで呟いた。
「そ、それは、わ、私達の大好物でしたので」
リンスはその一言を聞き、溜息を吐きながら続きを語る。少しばかり感じているようだが。
リリナは顔を少しだけ上げて、ピンク色に染まるリンスの顔を見続けた。
「〈フルー・フィッシュ〉・・・魚肉の風味と食感が完熟桃という魚ですね。まぁその嘘情報にリリナ様が釣れ、探索魔法で発見した者がリリナ様の数カルうしろに人魚族の血液を流し」
「ク、クラーケンを引き寄せた?」
「ええ。そのクラーケンもカノンさんに伸されましたが、リリナ様が大慌てで逃げた先に網を張り、捕縛したという事でしょう。あとは若返りポーションの材料として血抜きをさせて・・・肉体だけ回収しようとしたのでしょうね。鑑定魔法でも王女と出ていたでしょうから、高く売れるとして・・・この御夫人の始末と共に」
「始末? そ、それって?」
「ええ。若返りポーションが紛い物とする理由・・・先にも述べたように腐敗した血液は毒です。その毒だけでは即死には至りませんが、一緒に混ぜる物がダメでした」
「ま、混ぜる物?」
「そうです・・・即死となすため、クラーケンの爪と乾燥した鱗を絞り滓という完全に腐敗した血液と混ぜるのです」
「え? で、でも・・・クラーケンの爪であれば内部のみが気付け薬として処方され、乾燥した鱗は宝飾品となりますが?」
「ええ。ですが、ここで問題なのが・・・クラーケンの爪を煮込んで毒を凝縮するという事にあるのです。クラーケンの爪の内部はともかく表層は血液が変化した毒を何層にも蓄えています・・・人魚族を殺す時に爪で引き裂きますからね?」
「あっ」
「クラーケンの足肉であれば問題はないのですが、爪と肝は毒の宝庫です。その爪を・・・煮込み毒臭を徹底的に出した物を用意します。もう一つは乾燥した鱗にありますが、乾燥させると血液同様腐敗と見なされ毒化するのです。生の場合は無毒ですけどね? 水に浸けておけば、その水が化粧水の基剤としても使えますから。それに宝飾品の場合は粉を吸わないように加工して手袋越しに表面へと〈オークの膠〉を塗りますので無害ですが。その濃縮された鱗毒の粉末・毒煮汁・毒と化した腐敗血液。この毒の三重奏で即死級の猛毒が完成し最後に飲ませる事で」
「ご、御夫人が始末出来ると?」
「はい。リリナ様は海底国家の王女殿下です。もし殺した事がバレたら、世界中で魚が一切獲れなくなりますからね? 下手すると合国相手にアオリア洋上国が戦争を吹っ掛ける事態となりますから。今は仲裁に動く国家が巻き込まれるのです・・・合国国民としては避けたい事態なのでしょう」
「だからその責任を・・・この御夫人になすりつけるために?」
「ええ。血液を抜いた・解体したのは御夫人だと自分達は残りの遺体を回収した。そういう台本が用意されていました。実際は解体と販売までをこの者達が行うにも関わらずです。最後はリリナ様の遺骨と共に売上の一部を〈ルーシス王国〉への手向けとする予定まで組まれていましたから」
「ひ、酷い・・・この御夫人はそれすらも知らなかったみたいですが?」
「彼等にとって体の良い人柱だったのでしょう。人魚族は食べ物だと。化粧水なんてもっての外だという商売敵と見なして・・・潰しに掛かったと」
「な、なんというか・・・じ、人族というのは」
「ええ。強欲に尽きる、我ら魔族よりも魔族に近しい野蛮人ですね?」
最後はリンスも嫌気が差したようにリリナを抱き締めた。そう、今のリリナは風味の余韻よりも恐怖が先立ったようだ。
ただ、身長差があるためかリリナが立ち上がると、リンスが慰められているようにも見えるのは気のせいと思いたい私だった。
話のネタとしてナディ達には大まかな調合法を伝えたが、それだけで若返りポーションが製造が出来るなら今の世は若返ったババアしか居ないであろう。
私とシオンが一番のババアなのは理解してるから異論は認めないが。本来は夫人を滅殺するための猛毒だったのだ。飲んだ者を中心に毒が一気に気化し、毒島と化すほどの猛毒だから。




