第86話 吸血姫は忌避に呆れる。
その後の私の行動は早かった。
船橋に居る間に海上へとあれこれを準備した。それは遺体掃除中のハルミとサーヤですら目を丸くする対応である。
「船内に居る皆、聞いて〜! 海上の空間に物理防御結界を張って時間停止結界と共に餌を用意したわよ〜。これから呼ぶ該当者は外に出て頂いちゃって!」
そう、私はナギサと打ち合わせしてラアレ島から、この世に不要と思った領主達一同を強制転移でこの地の結界内に捕縛したのだ。
一人はイリスティア号を無神の末、拿捕しようとした者。一人はリリナに瀕死の重傷を負わせ、魔族にだって魂を売りますと宣った者。売りますと宣ったので買ってあげました。
それは例の素材代金の足りない費用として。
大金を払ったとこの者は言っていたが、実際には探索者ギルドの保険組合に入る額が太く、こちらは味噌っかすしか入らないのだ。
それはなぜかと言えば〈特急依頼〉という項目が影響している。この依頼の場合、主に討伐依頼なので探索者の仕事を奪う事になるのだ。
探索者とは基本、ダンジョン攻略を主とする者達であり、討伐などは命を張るに等しい依頼のため、この手の仕事の場合は依頼に見合った生命保険を依頼料で用意するそうだ。
仮に討伐に成功すれば保険を差し引いた依頼料の残りが探索者に支払われる。この時に手数料もギルドが差し引くため殆ど残っていないのが現状だ。仮に討伐に失敗すればギルドが生命保険を解約し依頼主に丸々返金する。この時は手数料を引かず探索者にも支払われない。仮に探索者が死んだとしても初回の場合は例外なくゼロであり自己責任となる。
これが初回以降なら前回の保険が割り当てられ身内か孤児院に支払われる。二度目以降も成功すれば額が増えるため、身内が居る者はこの依頼を受ける事が多い。
ただ、今回の例で言えば依頼料が後払いとなっていたため生命保険は無かった。だから誰も受けずに、こびりついたまま放置されていたのだ・・・危険しかないとして。
しかし、私達が依頼を受けてその場で用意したため、後払いの大金が丸々入金される・・・かと思ったら支部が要らぬ気を利かせて保険と手数料が差し引かれた。この情報は〈遠視〉した支部の行動を把握した時に得たもので、次の寄港地に着かずとも知ってしまい愕然とした私であった。
だが、この時点で受けなければリリナは穴蔵で亡くなっていたのだから皮肉な事である。そういう理由により足りない素材代金はリリナの血を抜いた本人の生命力で贖ってもらう事としたのだ。
払えないなら身体で支払え!
という奴である。本人も魔族に魂を売りますと言ったし、極上の味わいと報復で買ってあげた私である。私も魔族なので該当するしね?
ともあれ、その後も私は該当する者の名を船内放送で読み上げる。
「先ず、初回だけは指定するわよ? ラアレ男爵夫人を頂くのは・・・リリナね! これは決定事項だから、リンスは使い方を教えてあげて」
「承知致しました」
「ふぇ? ど、どういう?」
「まぁまぁ。それはリンスに詳しく聞いてね? 次いで・・・ここから先は早い者勝ちね〜? ラアレ男爵本人以降、兵達、メイド達、調理場の料理長諸々を頂くのは・・・ニーナ、ナディ、ルー、コウ、レリィ、ミキ、コノリ、ショウ、アコ、ココの以上十名よ。使うスキルは〈触飲〉と〈隷殺〉の併用指定ね! では今から、よ〜いドン!」
私はひとときの間を置いて言葉をつなげる。
目前の数名がフライングしそうなほど見切り発進していたからだが。
「と・・・言うから空間跳躍で向かってね? フライングしたらルー達の〈ゆで魔卵〉三昧だから注意ね?」
「ゴクリ」×5
名前を呼ばれた者達は私の掛け声が掛かるのを今か今かと待っていた。それは有効化した〈触飲〉と〈隷殺〉の完全解放が出来るからだ。
すると、リリナが疑問気な顔でリンスに問い掛ける。
「ところでルーさん達も、ご自分の〈魔卵〉を食べるんですか? 流石に私は自分の卵を食べた事は一度もないですが」
リンスはワクワクするルー達を眺め──、
「ええ。以前、普通に食べてましたよ? ご自分で産んだものなのに美味しそうにモグモグと」
周囲の空気を凍らせる一言を吐いた。
直後、ルーとコウはビクッと震えて身悶え、他の面々は顔面蒼白となった。
「「そ、それを言っちゃダメ〜!!」」
「「「うげぇ」」」
私は船内放送経由で、同じく聞かされた者達が顔面蒼白で悶える姿を〈遠視〉し、リンスに注意した。
「リンス! 思い出させたらダメでしょ!? 知らなかった者達まで知って悶えてるし!」
一同が悶える由縁は有翼族の特徴を思い出したからだ。哨戒任務と産卵以外のルーとコウは普段から人化した姿だった。人化の場合、髪と眉・まつ毛を残して羽毛と羽根が消え、手足だけが人化するだけであり、飛ぶ以外の機能は〈変化〉したあとも残るため、普段を連想した者達は忌避感から口を閉ざす。
話が逸れたがリンスは私の注意と周囲の空気から察して謝った。
「あ! 申し訳ございませんでした・・・」
リンスの謝罪を聞いたナギサが執り成すように具申する。
「まぁ生で食べるわけではないですし・・・それよりも皆さんが待っておられますよ?」
直後、ルーが顔を赤く染めて腰を振る。
「なら、ナギサさんには、この後・・・私の産みたてを」
人の姿でそれはないという動きだったが。
するとナギサはルーの言葉を受け──、
「あ、遠慮します!」
すごい勢いで視線をそらした。
「「ほらぁ!?」」
私はナギサの行動に怒ったルー達を眺める。
そして時間の無駄と思いながら指示を出す。
「コラ! 話が進まないから! それと二人とも! その位置から扉まで歩いて!」
「「は、はい!」」
私はルーとコウが指示通り、三歩以上歩く姿を確認している間、リンスの目前に立ち、満面の笑みで罰を提示した。
「とりあえず、リンスには後でグリグリしちゃうから!」
「ヒッ!? お、お手柔らかにお願いします〜ぅ」
「大丈夫よ! 久しぶりだから徹底的に激しくしちゃうわね!」
「そ、そんなぁ〜」
ひとまず、リンスがシクシクとリリナに慰められている間、ルーとコウが扉に着いてきょとんとしたので私は改めて指示を飛ばし合図を出した。
「ルーとコウも忘れたみたいだし・・・二人とも! 外の餌、食べてらっしゃい! よ〜いドン!」
「「は! 行ってきます!!」」
私は空間跳躍で飛び立った者達を見送り、船内放送を停止させ・・・この場に残るナギサとシオンに呆れながらも話し掛けた。
この時の私は水晶テーブルの上に人数分のカップとソーサーを取り出し紅茶を淹れていたが。
「鳥頭で良かったわ。指示してないときは地頭の関係で忘れないけど、指示したら直前の事だけは確実に忘れるから」
「種族特性なのでしょうね・・・でも他の方々が」
「それは言わなくてよろしい! まぁレリィは気にしてないみたいだけどね?」
「そこは料亭の娘だからでしょう? 食材として扱えば最高級の素材ですから」
「それを言うなら、ルーの産みたてホカホカを食べても良かったんじゃない?」
「人化した姿で言われるとちょっと」
「まぁ判るけどね? ただ、煮沸消毒すればイケると思うけどね?」
「シオンさんは平気なんですね」
「まぁね? 有翼族に混じって仕事してると否応なくそういう光景に出くわしたから」
途中より話題がかなーり下ネタに変化してきたので、私は思い出したように演じ、シオンの仕事ネタから思いついた話題に変えてみた。
この子は再会した当初、有翼族としてメッセンジャーをしていたから。
「ああ! そういえば、シオン? 〈変化〉中って機能してた?」
「それは無かったわよ? 〈変化〉中であれ、元の種族は変化しないから」
「なら、数人ほど訓練させて・・・哨戒人員を増やそうかしら? 二人だけだと倒れたときが面倒だわ」
「なるほど。それは良いかもしれませんね? 哨戒も範囲が拡がればそれだけ大変ですから」
「だったら、一度〈変化〉させて、向き不向きを確認するのもいいかもね? 私も一緒に飛べば違いを教えられるし」
「なら、そうしましょうか」
「「異議なし!」」
こうして、急遽思い立った話題だったが、ルー達を補助する人員案が実を結んだ。その後の私達は苦笑いのまま外を眺めた。
なお、リンスとリリナは遅れて一緒に飛び、乱れる眷属を見て呆気にとられていたようだ。
(数は足りてるけど・・・これは、ほどほどで体験させるべきだったかしら?)




