第85話 吸血姫は愚者を集める。
一方、カノン達が海賊船を叩いている最中のラアレ島では。領主の奥方が顔を真っ赤に染め、兵達を怒鳴りつけていた。
「まだ、見つからないの?」
「申し訳ございません。教会軍からの目撃報告では港湾に出たところまででして」
「まったく、使えないわね? いいこと? 若返りポーションとは新鮮な鱗を乾燥させて作った粉末と新鮮なクラーケンの爪をジックリ煮込んで臭みを徹底的に出した煮汁と、穢れのないメスの人魚族の鱗を全て剥がして、徹底的な痛みを味あわせ、人魚が死ぬ直前・・・上澄みとしての絞り出した生き血を使わないと意味がないのよ。この研究は合都の魔導士長が導き出した結果なの! それでようやく捕まえて、支部からも素材の提供を受けて、大金を払った矢先に逃げられましたとあっては大金を払った意味が無いじゃないの! せっかく人魚が死ぬギリギリまで血を抜いたのに、これではなんのために大金を払ったのか・・・それで? そこから先の進捗は?」
「は、はい! たまたま一時寄港していましたネイリア船籍の教会軍船の近くまでは調べたのです。ただ、その軍船の周囲だけ探索魔法が効かず・・・」
「軍船? そんな話は聞いてないわよ?」
「はい。今日の昼過ぎでしたか急に航路上に現れまして島外船の探索魔法に引っかからなかったのです。その関係で御当主様直属の部隊が動かれまして本国の教会軍船である事が判明したのです」
「あの人の部隊がねぇ・・・まぁいいわ。それで、その後はどうなの?」
「まだ見つかっておりません」
「使えないわね! これではなんのために」
その話題はカノンが救い出したリリナの事だろう。鬼畜の一言に尽きるそれは人族が如何に魔族よりも魔族らしいか判る話であった。その魔族が亜人を救い出したのだから、どっちが魔族でどっちが人族か判断が難しくなった私であった。
すると、その部屋の扉を開けて男性が入ってくる。それはこの屋敷の当主・・・ラアレ男爵ご本人であった。
「騒々しい。一体何事だ! 廊下まで声が響いておるぞ?」
「貴方・・・軍船の事、聞いておりませんよ?」
「なんだ藪から棒に?」
「隠しても無駄です! 兵から聞きました。なんでも教会軍船が入ったとかで」
「そのことか。いや、最初は不審船だと思ったのでな・・・ことを荒立ててしまえば民達が驚くゆえ」
「だとしても、私にも一報入れるべきでは?」
「お主は以前もそれで教会軍船と揉めたであろう? 教会軍が人魚族を沖合に放り投げたとして、それなのにまたも教会と事を構えては勇者推進派のお歴々から、なにを言われるか判らんのだぞ?」
「それは私のために民が捕まえた人魚族だったのに、勝手に捕縛して解放したのです。だから今回も人魚族を捕まえた、あるいは目撃したのなら私に引き渡す事が常識でございましょう?」
「それはお主の中での常識であろう? そもそも教会軍としても人魚族などの亜人は化物とされ、我ら人族にあだなす魔族と関係する者なのだ。だから当然、それ等を確保する事も禁忌とされているのだぞ?」
「禁忌上等ですわ! 私は若返るためなら女神様であろうが敵に回しても構いません!」
「おいおい。それを教会の者共に知られたら、この領地は終わりだぞ? 背信行為と見なされ最悪、教会審判で処刑もあり得るぞ?」
「ふん! 居るかどうかも判らない女神様なんてどうでもいいでしょ? 私は若返るためなら魔族にだって魂を売りますわ!」
居るんだなぁ〜、と思いつつも私は黙って見守る。ただ、魔族に魂を売ると聞き、落ちるところまで落ちた者も居るのだなっと大局ばかりではなく偏狭も知る必要があると思った。
我ら女神は基本、大局しか見ないゆえに・・・。
そんな嫁の素振りに呆れた当主は意味深な言葉を呟く。
「困った嫁だ・・・まぁいい、どのみちその軍船も今頃、海上を漂っておるだろう」
「どういう事ですか?」
「そもそもの話、それが本当に軍船である確証などないのだ。聞くところによると探索魔法に引っかからない船だぞ?」
「そういえば・・・そんな話を聞きましたね?」
「はい。一切、反応が返りませんでした」
「ならば、教会の秘匿船かもしれぬのだ。そのような技術を使った船、これを秘密裏に拿捕して改修し勇者様達に提供して爵位を上げる方がマシではないか? 長い目で見た時、今の身分で失敗して老ける危険性を持つ品と、上の身分で得られる完成品とどちらがよい?」
「そ、それは・・・完成品でございますね?」
「そうであろう? 無闇にぶつかるだけではダメだ。そういうものは隠れて行う方が旨味も大きいからな。大体、お主が素材集めした証拠が残っては・・・教会から再度睨まれる可能性だってあるのだぞ? この状態が続けば・・・本国に住まう息子達に申し訳がたたん」
「それは、失念しておりました・・・」
「まぁ支部の方は既に手を回しておる。ただ、売主だけはギルドの特秘情報ゆえ手出しが出来なかったがな・・・唯一判ったのはSランクの探索者とだけだ」
「そ、そうでございましたか。ありがとうございます。ですが・・・」
それは、またもや頭痛のする内容だった。
困った嫁どころか、困った領主だ・・・それが私の思いである。教会とは事を構えないと言いつつ、秘密裏に奪うとする。
結果、勇者に手渡した段階でバレる事は確定していても目先の欲に囚われた者という構図だけは残るようだ。当然、本国の者達も教会軍を相手に手を出す事は一切しない。
彼等は我が先兵としてこの地に居るのだ。
亜人を化物とする教義も迫害も、人族から亜人達を引き離すための方便なのだから。
その逆もしかりだが・・・。
ともあれ、そんな領主と奥方の危険な会話の最中、伝令が走ってくる。
「ご報告致します! 暗殺部隊の船が沖合に沈没しておりました! 現在、複数の遺体が浮上しております!」
「な!? なんだと!? 彼等は我が領地最強の者達だぞ!! な、なぜ?」
「も、目撃情報によりますと・・・例の教会軍船が急加速し帆船では出せない速度を出したとの事です。その急加速の所為かは判断出来ませんが、大きな引き波が発生し、凪の海が一時・・・嵐のようになっていた模様です!」
「そ、それでか!! おのれ、絶対に逃がさぬぞ!!」
それはカノンが戦闘船速へと上げた時の事だろう。その速度は我が目で見ても驚く速度であった。それこそ姉上のあれと同等のように思え、異世界の知識とは・・・まさに深き魔道そのものであると思い知らされたほどだ。
ただ、この憎悪の一言が出ている最中・・・カノンが動いたようだ。領主に関係する者達をこの地から南方の海上に集めていた。
それは当然、彼等とて同じであり・・・。
「至急、兵を集めよ!」
「た、大変です!! 兵が一人も居ません!!」
「なにぃ!? ど、どういう事だ!!」
「!? お、奥様!? ど、どこに?」
「どうした!?」
「奥様が急に消えました・・・」
「はぁ? なにを言って? ん? 居ない? どこに行った!? 伝令兵も居ない? メイド達も? ど、どういう事d」
こうして、彼等の全てがカノンに捕まり、もぬけの殻となった屋敷だけが残った。
代行者に手出しするならば・・・。
そう、伝えたはずだが伝わってないらしい。
まったく、王や教皇の秘密主義には困ったものである。




