第84話 背後に転じる吸血姫。
『戦闘準備! 甲板人員は速やかに所定の持ち場に着け! 指揮所、全兵装ロック解除! 撃ち漏らすと夕食がルー達の〈ゆで魔卵〉だけになると心得なさい! それと海上に投げ出されたゴミは男子達が欲してた餌だから存分に頂きなさい! 食後の亡骸は魚と魔物の餌にすればいいから! 以上、散開!』
夕食を後回しにされた私は船内放送で一同に指示を出した。当然、風呂に入っている者達も大慌てで脱衣所に出て、身体の水分を拭いながらほぼ半裸で持ち場へと向かった。
私は指示を出した手前、そいつらの行く末を見届ける責務があるので移動を始め、リンス達には別の指示を与えた。
「私も船橋に上がるから、リンスはリリナと共に自室に戻っていて。夕食はカタがつき次第再開する・・・」
「いえ、付いて行きますよ? 見せずに居てもいずれ見る事になりますし」
「ですです! なにがあるのか判りませんが、職務に必要な事なら付いて行きます!」
「そう? まぁそれなら仕方ないわね・・・なら二人とも船橋に来なさい」
しかし、リンス達の意思は固く船橋まで同行する事となった。その間も廊下では右へ左へと人員が行き来し男子達も脱衣所がら大慌てで出てきて後部甲板へと向かう。
ちなみにルー達の〈ゆで魔卵〉とはルーとコウが産んだ無精卵の事である。
本来なら我が眷属達は子供を欲しない限り排卵は起きないのだが、有翼族に限って言えば体内形状が人型の魔族や人族と少々異なるようで定期的に卵を産むのだ。味としては普通の無精卵だが魔力が大量に宿ったマナ・ポーションだった。
その事実を知った時・・・ルーとコウは盛大に恥じらった。初めての産卵時を思い出して。
だが、最後には二人も受け入れ──、
「なんで食べてくれないの? 美味しいよ? 沢山産んでるから食べてよね?」
「うんうん。美味しいよ〜? 私達の愛情と魔力がタップリだよ〜」
忌避感で手を出さない仲間達に何度も声掛けしていたようだ。しまいには消費のため料理長のレリィに届けだした。受け取ったレリィはもったいないとして料理に利用しているようだ。
レリィ曰く「忌避者用に隠して菓子類で使ってるよ〜」との事だ・・・だからだろう。
今回ネタにされたルー達は船橋から指揮所の面々に一言告げる。
「全部撃ち漏らして私達の〈魔卵〉を存分に食べてね? 特にユーコとユーマ!」
「フーコ〜、ナディ〜、〈ゆで魔卵〉作っておくね〜。岩塩と共に〜」
というように一方通行の通信を送っていた。
その直後、各持ち場の待機ランプが緑から赤に変わったのでナギサが指示を飛ばす。
「各員、報告上げ!」
『前後甲板、揃いました! いつでも行けます!』
『指揮所、問題なし! ゆ、〈ゆで魔卵〉で怯えるユーコ達以外は』
すると、リリナがきょとんとしつつリンスに問い掛ける。
「ルーさん達の〈魔卵〉?」
リンスはリリナと共に後部席に座る。
そして前で作業を行う真剣な顔のルー達を見つつ小声で正体を打ち明けた。今は戦闘態勢が整ったとされる・・・最終確認中だからだが。
「あの二人は有翼族ですから」
「へ? 有翼族というと・・・わ、私の天敵ですよ?」
「そうなのですか? 上にしか居ない種族のはずですが?」
「いえ、こちらにも居ますよ? 父様の話では、およそ二千年前から見るようになったと」
「あぁ、前大戦で連れて行かれた者達の子孫でしたか。まぁルーさん達は人魚族よりも魚の方が好みですから、気にしない方がよろしいですよ? それに今は有翼族ではなく人族の姿ですし。ただし、見張り台以外では・・・ですが」
「見張り台?」
「ええ。斥候・・・いえ、哨戒任務の時だけ本来の姿で飛ばれていますので。先日、リリナさんが釣られた時も朝から飛んでましたよ? ただ、釣られたタイミングとルーさんが戻ったタイミングが同じでしたから、報告遅れとなりましたが」
「え? 空を見た時、居ませんでしたが?」
「実はですね? 私達は〈隠形〉よりも高度な〈希薄〉スキルを使ってましてね・・・」
というように私の背後でリンスによる有翼族達の哨戒任務を説明していた。
この行動は朝夜の二回であり、ルー達は交互に飛び交っているのだ。普段は船橋で各種業務を行っているが本来の業務は〈希薄〉による哨戒が主である。
ただ、人魚族との天敵と知らなかった私は真剣なルー達を見て思う。
(ルー達の本能では・・・捕食というより愛でる方が強いでしょうね? 捕食するのは鬼畜な人族だろうし)
すると最終確認を終えたナギサが報告する。
「準備完了しました!」
「よろしい、彼我距離は?」
ナギサは私の問い掛けに対し、水晶テーブルに表示された拡大海図に監視台の観測情報から得た俯瞰図を被せ、海賊船の情報を精査する。
「およそ、1キロというところでしょうか・・・あちらの射程距離は200メートルほどですから、ギリギリまで焦らして、寄ってきているようですね」
私はその俯瞰図を眺めながら戦術を練る。そして海賊船の行動を予測し、ナギサに指示を飛ばす。
「そう。それならあちらが転舵できないよう、先に舵を奪いましょうか」
「は! 指揮所! 主砲準備! 照準、海賊船の舵!」
『了解! 主砲、魔力充填開始! 照準、海賊船の舵』
「撃て!」
『発射!』
直後、どこからともなく発射された光の矢が海中から舵だけを突き抜け消し炭とした。この時点で海賊達は舵輪を回しても転舵する事が不可能となった。ただそれでも海賊からすれば勝てると踏んで未だに真っ直ぐ進んできていた。
だが、舵が無い事に気づいていない──
「彼我距離・・・300メートル、そろそろ相手が大砲を使うために」
「向きを変えようとして・・・転舵出来なくて慌ててるわね?」
からか面白いように海賊船の者共がアタフタしだした。そう、時代錯誤な大砲戦など我が世界の者達は通り過ぎたのだ。
その直後、好機とみたナギサが進言する。
「副砲発射準備! 弾は如何が致しますか?」
「そうね? 水弾でいいわ。風弾でボロボロもいいけど無駄な血が流れて海域が汚れるから」
「は! 副砲選択、水弾! 照準、全海賊船!」
『了解! 副砲選択、水弾! 照準、全海賊船!』
「各甲板員に〈触飲〉と〈隷殺〉の有効化を指示!」
「は! 各甲板員、〈触飲〉と〈隷殺〉、有効化せよ!」
『了解!・・・有効化完了!』
「撃て!」
『発射!』
そうして、後始末要員である各甲板員の準備完了と同時にナギサは発射命令を飛ばす。
今度もどこからともなく発射された水弾が、乱れ打ちのようにゼロ距離で海賊船を粉砕していく。当然、船内にいる海賊達もタダでは済まされず出血はしていないがアチコチに打撲痕が現れ、中には複雑骨折した者も現れ・・・粉砕された船の残骸と共に海を漂った。
最後・・・ナギサは後始末の命令を下す。
「各甲板員、後始末だ! 存分に楽しめ!」
『了解! うま〜い!? この風味・・・初めての味だぁ〜』
「あらら・・・ハマる者が増えたわね・・・」
私は通信経由で大喜びの男子達の声を聞き苦笑した。すると前に座るルー達がこちらに振り向き懇願した。
「「カノン! 私達も次からいい?」」
そう、二人は男子達ですら惚れ込む味わいを知らないのだ。私は懇願するルー達となぜか怯えるリリナを見て思案した。
「そうね? 他の面々も体験させないといけないし・・・ナギサ、奴らを捕獲するわね?」
そして思いつく限りの悪人をナギサに確認すると、ナギサも後々を考えて答えた。
「そうですね? この先、余計な報告を入れられると面倒ですし・・・問題ないでしょう」
「なら・・・吸血鬼族と男子達、ユウカを除く一同に通達、餌を用意するから少し待ちなさい!」
「「やったぁ!!」」
通達を聞いた者達は大いに喜んだ。
その間の男子達は甲板上で感激に打ち震え、風味の余韻に酔いしれていた。
私はそのうえでゴミは同じゴミで纏めようと思い次なる指示を出す。
「それと、この海域に一旦停船。周囲を浮く遺体は適当な場所に纏めて放置でいいわ」
「は! 停船準備!」
「了解! 停船準備開始します!」
「甲板員で手の空いた者は航路上の遺体を移動させよ!」
『了解! 今すぐ移動させます! サーヤ、行くよ!』
すると、唯一状況が判らないまま怯えの色を宿すリリナがリンスに問い掛ける。
「い、一体なにが?」
リンスは苦笑しつつも理由を教えた。
もちろん、この後に行う事を含めて。
リリナは始終混乱していたが。
「あー、私達・・・カノンさんの眷属は〈触飲〉と〈魔力触飲〉、〈隷殺〉というスキルがあってですね? 悪人の生命力、魂、魔力、記憶を捕食出来るのです。もちろん口から食べるわけではなく、このような一本ないし複数本の〈無色の魔力糸〉を打ち出して奪い取るのです。このスキルは主に悪人用で使うものでして・・・リリナ様も、この際・・・報復されたら如何ですか? 丁度、カノンさんが捕獲中ですので」
「へ? 報復?」
「ええ。身体中の血を抜かれて飲まれたのでしょう?」
「あっ・・・え? 飲まれた・・・私の血を? 人族が?」
「ええ。以前の私と同じような事をするんですよね・・・人族も。自分が若返るためだけに。ですから・・・今度は逆に召し上げて差し上げたらと思いましてね?」
「そうですね。痛みは元々無かったので実感は無いですが死に掛けたのは事実ですし・・・報復します!」
「ふふっ・・・奪われた生命力、存分に返して貰いませんと。私もリリナ様への所業は怒りしかありませんから」
「リンス様、ありがとうございます・・・うぅ」
こうして、私とナギサの背後でなぜか抱き合う百合王女カップルが誕生した。リンスもここのところ構ってなかったので人肌が恋しかったのかもしれない。
夜中に寝所へいくと・・・モジモジと一人で慰めていたのだもの。
ちなみにリリナの血液はまだ飲まれていないが、飲まれる直前だったとだけ記す。




