第80話 吸血姫は教会職員となる。
それから数日後。
第二の補給地として私達は無人島と化したライレ島の本島であるラアレ島へと到着した。
先日の停泊後は戦闘船速の手前で走り、休む事なく交代制でこの島の手前まで着いた。
なお、今回の予定は食材の調達でダンジョン攻略は行わない事とした。停泊期間が長引くとそれだけで船に群がる者が現れるのだから。
停泊作業を終えた私は留守番のナギサ達に指示を出した。
「おそらく港湾兵達が港に泊めろと言ってくると思うけど無視していいわ。これは喫水線の関係で無理だから騒ぐようなら浅瀬の海底を深く抉ってくれと返したらいいから。敵対する意思は無いとみせても、それを判断するのはあちらだからね?」
「承知致しました」
このラアレ島は浅瀬に港を作った島だった。
大半の船も浅瀬で停泊するような小型船が殆どだった。
そのため、この船のような中型となると船底を擦りかねないため、用心のため沖合に停泊したのだ。一応、底は平面なのだけど、岩礁にあたって傷が付くのもイヤじゃない? いくらドラゴンの鱗に覆われた積層結界の次に硬い硬度を持つ船であってもね?
私はナギサ達に対して続きを指示する。
「それと停泊期間を問われたら数時間だけと返しておいて。必要な買い出しが終わり次第、出航すると」
「そんな短時間で、ですか?」
「ええ。主な情報は得てるから、今は余計な内部闘争に巻き込まれたくないのよね。この島の領主は勇者推進派でもあるから」
「あー、接収もあり得ると?」
「そういう事ね。木造船が多い中、金属船を奪いたいとするのはネアレ島でもあったからね? シロ? サーヤ?」
「「うっ・・・すみませんでした!」」
すると、シロとサーヤが後部甲板上で土下座した。私は無言で頷きながらもナギサ達に対して起こりうる事案を告げる。
「それ以外にも探索魔法で島外船を把握していたのに、急に現れたように見えた・・・いえ、驚きを示している港湾兵が多数だから」
「あぁ・・・ステルス船でしたね」
「それもあるから技術を奪いたいとしても不思議ではないからね。一応、船を中心に半径1キロの範囲で〈隷属除去結界〉を張ってるけど攻撃をしてこないとも限らないから」
そう、この船はステルス船。
探索魔法で現在地を把握させないための特殊船だ。その存在は暗部的な扱いを受けやすく、近づくだけで警戒から捕縛もあり得る。
そして、兵の中には内部検査だと騒ぐ者も居るだろう。だが、停泊中は〈多重結界〉で覆われるため誰も乗ることは叶わない。
だから最悪を想定しておく必要もあるのだ。
魔法無効と魔法反転特性の外装なので仮に撃たれても撃った者に反転するけれど。
「そういう事だから留守番よろしくね?」
「承知致しました。主様」
私は買い出し人員のミキとコノリ、ナディとショウ、レリィとユウカを伴って、空間跳躍で港まで向かった。
§
それは私達が港に向かった直後の事。
予想通り港湾兵が小船でこちらに向かってきた。
「そこの不審船に告げる! 停泊するならば港に入れ!」
「申し訳御座いません。我が船は中型船に御座いまして浅瀬では停泊が不可能となります。ですので、その申し出は・・・お断り致します」
「な! そんな言い訳が通るか!! もしや不審物を持ち込むつもりではあるまいな?」
「そんな滅相もない。だいいち、上の女神様を見ても不審船とするのですか?」
「女神様だと・・・っ!? きょ、教会の者だったのか。これは失礼した。では停泊期間はどの程度なのだ? この場所は航路ゆえ、他の者の迷惑になるのでな」
「数時間程度に御座います。今は他の者が食材の調達に向かっておりますので」
「そうか。一時寄港だったのだな。失礼した、ではその旨、領主に伝えておこう」
「よろしくお願い致します」
そうして、ナギサの交渉術によりスムーズに許可が得られた。なお、真下から見ると女神像ではあるが、その実・・・ユランスの半裸像なので違いが判らない者にはアインス達の姿に見えるという。
ちなみに見分け方で言えば頭頂部に一本のアホ毛ならミアンス、二本のアホ毛ならユランスというように上界の女神と下界の女神では髪型で判断出来るという。そして下界の女神はアホ毛が無く、髪の分け目で判断するらしい。
この女神像を設置した経緯もアインス曰く教会所属を偽れるとして設置を義務付けられたので、この事により助かったとも言える。
実際に教会所属の船は最上部に女神像を設置しているのだから。
§
一方、島の港に向かった私達はというと。
全員が人族に〈変化〉した状態で街中を歩く。そして〈希薄〉したまま、それぞれの買い付け場所へと向かった。
「それじゃあ、ミキ達は鉄鉱石をお願いね?」
「「はい! 行ってきます!」」
「レリィとユウカは食材とポーション素材。特にこの場にしかない珍しい物をお願いね?」
「「はい! 判りました!」」
「ナディとショウは私と一緒にギルド支部に向かいましょうか。ポーションの納品と当面の資金を確保しないとね」
「「はい。承知しました!」」
そうして、全員が白いローブを着込んだ状態で私達は別れた。容姿としては教会神官を模した姿である。それは船の方でも教会軍所属という立場で行動しているからだ。
領主も教会軍とは事を構えたくないだろうというアインスの助言もあったからだが。
その後の私は支部にて納品を済ませる。
「いつもありがとうございます。こちらの代金はギルド口座でしょうか?」
「いえ。たちまちは貨幣で頂けますか? 少々物入りですので」
「承りました。少々お待ちください」
そう言って、受付嬢は奥に姿を消す。
その間の私達は待ち時間の間に依頼票を眺める事にした。今回はダンジョン攻略をしない前提だが各支部の依頼も載っているため即座に出せそうな物があれば提供しようと話し合っていたのである。
「ナディ、なにか面白い依頼品ある?」
「そうですね・・・この鱗、現物がたしか・・・十枚残ってますね」
「〈ナイト・マーメイドの鱗〉ね。先日釣り上げた」
「偶然でしたけどね? 釣り針を取って、お礼に貰った奴ですが」
それは先日。
釣り大会を始めた直後、人魚族の女の子を誤って釣ってしまい水着に着替えたハルミとサーヤが〈潜水〉して釣り針を取ったのだ。
ただ、その際にあちらにも非があったため、釣り針を取ったお礼として三十枚の鱗を大盤振る舞いで貰ったのだ。
ただね? その鱗の効果は不老を与えるというものだった。
だが、私達は元々が不老だった。
だから所持に困った私はクラス委員長の件で客室に顔を出したアインスに相談し十枚を回収してもらい、十枚を再誕工房に保管し、十枚をナディに預けたのだ。再誕工房に保管した理由は種族情報を得るための解析用ね?
後は私達が〈変化〉する際の情報源とした。この下界には人魚族という亜人種が存在しており、こちらも素材用途で迫害されていると知ったのだ・・・魔物扱いで。
するとナディの反対側で眉間にシワを寄せたショウが唸りながらも呟いた。
「あと、この〈クラーケンの爪〉も同じ依頼者ですね? 現物が十本ありますけど」
「ショウもなにか見つけたの?」
「ええ。釣りの後に人魚族を追ってきたクラーケンでしたか? それをナディが釣り上げて主様が始末した」
「あの、たこ風味のいか焼きは美味しかったわね〜。今度は小麦粉を使ってたこ焼きとしてもいいわね? たこ焼き器も帰ったら作らないとね?」
「ですね〜。って、そうではなく・・・この素材も〈ナイト・マーメイドの鱗〉と併せると若返りポーションが出来るとありますね」
「あー、それね? 本来ならもう一つ触媒が必要なのよ」
というところで背後から声が掛かる。
「お待たせ致しました〜!」
話の途中だが私は向き直り、ポーション代金を頂いた。
「代金の大金貨三枚・三千万リグです〜」
「ありがとうございます。それと、この二つの素材。手持ちがありますので、ご提供致しますよ?」
「ホントですか!? 助かりました〜。領主の奥方様からの特急依頼でしたので」
「そうでしたか。でしたら、各十個ずつありますから、ご提供致しますね?」
「!? そんなにですか!! クラーケンとかSSランク級の魔物なのに! ナイト・マーメイドもSSSランクですし・・・凄いですね〜」
先ほどの件もあったが私達にとっての不要品は売るに限るため、私は大興奮の受付嬢を眺めながらも苦笑しつつ謙遜した。
そう、人族にとっては陸揚げして弱るクラーケンもSSランクらしい。この危険度のランクもSランク二人で勝てる魔物という意味だ。ナイト・マーメイドは知能がある分、Sランク三人で勝てる魔物扱いだそうだ。
「た、たまたま・・・手に入ったんですよ。こちらの代金は口座で構いませんので」
「助かります〜。現物を渡さない限り前金ですら払って下さらないので」
「どこも大変なんですね・・・いえ、では現物をここに」
「「はい。承知しました」」
という事で不要とした素材を売り払った私達は支部をあとにした。代金はあとから口座に振り込まれるとの事で次の寄港地で確認すれば良いだろう。そうして港までの道中・・・〈希薄〉した私に対し〈希薄〉したナディ達が心配気に質問する。
「先ほどの素材・・・触媒が必要だと仰有ってましたが?」
「あれで良かったのですか?」
私はナディとショウからの質問に対し、苦笑気味に一つの可能性を提示した。
「あー、うん。おそらくだけど、もう一つは揃えてる可能性があるのよね?」
「「揃えてる?」」
「ええ。依頼自体が特急で、鮮度を維持する前提であるなら、用意してても不思議ではないからね? それで本題。もう一つの触媒はね? 生け捕りにした人魚族の生き血よ」
「「!!?」」
「まぁ驚くわよね〜。生き血にね? 乾燥鱗の粉末とクラーケンの爪の煮汁を加えて作るものなの。ただ、臭いと味が強烈らしくてね? 好き好んで飲む者は人を辞める者って言われてるらしいわ」
そのうえで調合法を示すと二人は苦笑したまま空を見上げた。
「「人族の欲望は計り知れないですね〜」」




