第8話 吸血姫は同族に出会う。
その後の私は草原を闊歩しつつも食欲を満たす前の軽い運動として時折出てくる狼や牛やらの魔物を討伐していった。
「キャベツとレタスが手に入ったし、どこかしらで食事としましょうか」
それというのも旅路を急ぐため、ログハウスに戻る時間が惜しいと思っているからでもあり、たき火を焚いて冒険者風に旅をすることにも憧れていたからだ。
しかし、今はそれすらも出来ないでいた。仮に食事になったら〈隠者のローブ〉といえども食事の匂いだけは消せず、魔物に居場所を特定されてしまう恐れがあるからだ。
それと今は〈黒銀のローブ〉と〈短杖〉を持った状態で歩いているので、こちらの気配を察知して襲ってくる魔物がほとんどだった。
職業上は〈錬金術士〉だが、この職業はなり手が少なく貴族に見つかるだけで囲われるらしい。それも監視付きの牢獄でタダ働きをさせられるらしいので身を守る術として〈魔導士〉に偽った身形で歩いていたのだ。
「牛の魔物は当たりだったかもね。今度は焼かずに空属性の風魔法で即解体が出来たし、必要な部位は水属性の瞬間凍結魔法で凍らせたから傷むこともないし。折をみて焼肉三昧としましょうかね」
そんな状態でも大当たりの魔物が居たことは凄い嬉しかったけどね。
この世界に来て初めて見た牛型魔物である。
「牛肉が食べられる〜!」
という俗物めいた言葉を発しながら牛型魔物を一人で解体した。お肉は焼いて食べたいものね? 生血でも半生でも問題はないけど、あの味を知ったら……あ!
「タレが無かったわ。やはりどこかの街で商人を見つけて…肉と物々交換してもらおうかしら。塩だけでもいいから手に入れたいわ」
私は思い出した。風味付けする物が無かったことを。
岩塩があれば幸いだが、今の持ち物は兎肉と牛肉。キャベツとレタスである。
物品を作る際には魔力だけで賄えるが、食材云々は魔力では賄えることが出来ない。消耗品以外なら簡単に作り出せるのに不思議だわ。
あとはポーション類を作る素材等もどこかで手に入れる必要があるため、人族が住まう街に入らねばならない。
ただそれには二つの問題を解決させないとダメなんだけどね?
一つ目は種族差別がこの世界にあり、こと吸血鬼族だけは簡単に街には入れないという決まりがあると〈魔導書〉で知ったのだ。
これも結局、吸血行為が原因なのだろうけど、そんな理由だけで差別され入市時には銀細工を触らせることで人族に擬態化した者を区別させるらしい。
この世界の吸血鬼族は総じて銀に弱いから、なのだが。
私には銀耐性があるため銀細工やら銀貨を持っても身体に不都合は発生せず影響しない。それは今も首から提げたロザリオが銀細工だから耐性があって然るべきである。
二つ目は入市税なる貨幣が必要らしい。その際に手持ちの物品を買い取って貰えれば幸いなのだが、無理なら不法入市するしかないのよね。
でもそれをすると結界が作用して、どこに居ようとも捕縛されるそうだ。
流石にそんな事態は避けたいため、先々でどうするべきか考える私であった。
するとここで、願いを叶える者達が現れた。
「有り金、全て置いていきな!」
言葉を聞く限り盗賊の類いなのだろう。
この世界ではレベルの概念があろうとも多勢に無勢で叩けば勝てると思う無知蒙昧が必ずと言っていいほど存在するとのことだ。
実際に目前に居るから当たりなのだろう。
私は目の前に居る者達のレベルを把握した…のだが、最大でも15だった。
300対15、勝負にすらならないわね。
「聞いているのか? 殺されたくなかったら有り金、全て置いていけ!」
「?」
「お頭? こいつ上玉ですぜ?」
「?」
「ほほう、確かにこりゃあ、奴隷にすれば売れるかもな?」
「?」
なんというか…きょとんとした私の反応を無視するかのように話が進む進む。
(神といい民といい、相手の事情を無視するのは、この世界のお家芸なの?)
勇者召喚なる人さらいを平然と行う者がマトモではないのは今に始まったことではないが、私はそちらがそのつもりならと同じように事情を無視して問いかけた。
「死にたい方が現れたと思っていいのかしら?」
「んだと!?」
男は私の問いかけに逆上し額に青筋を浮かべた。
勝てると思っているからなのか逆上度合いが半端ないわね?
盗賊には盗賊なりのプライドがあるのかもしれないけれど。
「盗賊だから小悪党程度だし、小腹を満たすには丁度よいかもね」
私は口走ったのもつかの間、盗賊達の立つ場所だけを亜空間として定義し、その場で〈触飲〉した。
「「「「「「「!!」」」」」」」
亜空間とは時間が停止した空間だから取り込まれた瞬間に盗賊達は停止し、止まった魂やら何やらを空属性の〈無色の魔力糸〉で全て吸引したのだ。
そのうえ体表面の皮膚と眼球の表層を残し、内部を〈煉獄魔法〉で消し炭に変えた。今回は肉も消し炭指定したから、アンデッドとして蘇ることはないだろう。ちなみに今回は〈魔力触飲〉ではないため、盗賊の身体に宿る魔力はその場で空間魔力として霧散したのだった。
「ほどよく甘いわね? 七人分の生命力と記憶、経験値はそんなに無いのね」
そうして物言わぬ彫像と化した盗賊達から金目の物を討伐報酬として戴いた。資金に困っていた矢先に盗賊から大量の資金が頂けたので私は女神様達に感謝した。
(この遺体は放置でいいわね。誰かが討伐成功の報告を入れるでしょうし。そういえば近くの洞穴に盗賊の隠れ家があるようだし、何か回収してこようかしら?)
その後の私は盗賊達の記憶から洞穴を見つけ運命の出会いを果たすことになった。
§
盗賊達の隠れ家に着いた私はその場を漁りつつも色々回収していった。中には絵画的な物から銅像まであったので売れると踏んで蓄えていたのだろう。
「えっと、金貨と銀貨、大銀貨がほとんどね?」
すると今度は奥の方。
日が差し込む場所から女の子のうめき声が響いた。
私は隠れ家の奥に進み中を覗き込んだ。
「あとは奴隷? う〜ん。普通の子供……では、ないわね」
何かと思えば奴隷商に売る直前の子供が仰向けで寝転がっていた。
その子の容姿はショートボブの金髪だが、魔力が抜けて色がくすみ、顔の皮膚の一部と両目が炭化し、首には銀の首輪がはめられていた。
身体も暴行を受けたような傷がチラホラと見え下着は流血で真っ赤であった。
チラ見した限り犯されたようには見えないが暴行による流血だったのだろう。
経血という線もあるしね?
吸血鬼族とはいえ人族と同様に子を産むのだから。
(この子、日照耐性がな……いえ、私だけが特別だったわ)
念のため〈詳細鑑定〉すると吸血鬼族の子供だったらしく、ここに居る理由が謎だった。彼女は陽光と銀の首輪により、息も絶え絶えだ。あと半時過ぎれば全身が灰になっていただろう。私は仕方なく自身の左手に牙を突き立て、少量の血液を分け与えた。
これが同族なら血液を得るだけで完全回復すると〈魔導書〉に載っていたからだが──
(この方法は使いたくなかったのよね。相手が人族なら確実に眷属化するし。今回は同族への分け与えだから眷属にはならないわよね?)
彼女は少しずつだが流れ出る血液を飲み始め、私の傷が閉じた後も口の周りに着いた血を残さず舐めとっていた。すると彼女の皮膚と眼球が元の状態に回復し金髪が銀髪に回復した瞳は元々が赤かったのにジワジワと碧瞳に変化した。
(おぅ…やってしまった)
私は眷属化させてしまったことに唖然とした。
これも元々が死に掛けた吸血鬼族の女の子だったからだろう。
死に掛けてなければ眷属化しなかった可能性もあるのだから。
直後、彼女は一瞬で目覚めた。
「え!? ここは? 貴女様は?」
起き上がりながら周囲をキョロキョロと探り、私と視線が交差した直後より首を傾げながら問いかけてきた。私は彼女が眷属化したことで呆気にとられていたが問いかけられたため平静を取り繕いながら答えた。
「げ、元気になったみたいね。調子はどう?」
「え? 血液を分けてくださったのですね。ありがとうございます。調子ですか? 今までに無いくらいに魔力が溢れてきます。それに日光と銀が平気になって?」
彼女は私の返答に対し、座りながらではあるが頭を下げた。
そして自身の変化に驚き、目前に見える前髪の色に驚愕を示した。
「え? 銀髪?」
その間の私はこの子の身に宿るステータスを〈鑑定〉し呆気にとられた。それは彼女の容姿からも読めたが〈デイウォーカー〉と〈真祖姫の従者〉という称号が彼女にも与えられたからだ。
それはともかく! 彼女の名は〈リンス・ティシア〉というらしい。
家名ありの者だから一応、貴族の系譜なのだろうが。
彼女は自身の変化に戸惑いながら同じ銀髪の私を見つめて呆けていた。
回復した彼女の顔立ちは美少女で間違いないが、金髪から銀髪に変化したことと元々Bカップくらいだった胸がはち切れんばかりに急成長し少々苦しそうだった。
お尻もそれなりに大きく育ち、およそ130センチの身長なのに大人っぽい不思議な印象を持つ子供に変貌した。
私は呆ける彼女を眺めながらも身体の隅々まで〈詳細鑑定〉した。
身体中の傷は全て癒え、下着の流血も鑑定結果で経血と判明した。あれね?
盗賊共の記憶で流血に気味悪がって「出すな!」と暴行したようだ。
(無茶なことを平然と命じる外道だったのなら、殺して正解だったわね)
意図せず外道な盗賊共を片付けたことに安堵した私は優しく微笑みながら彼女に声を掛けた。鑑定結果自体が〈良好〉と出てるからというのもあるけどね?
「元気になっただけ、良かったのではないかしら?」
「そうですね。ですが……私の状態は一体?」
だが私は彼女の問いかけに対し申し訳なさがいっぱいだった。
「ごめんなさいね。人助けと思ったのだけど、まさか眷属化するとは思わなくて」
事情を打ち明けると彼女は怪訝な表情となり再度問いかけてきた。
「え? 眷属化ですか? 私が? 貴女の?」
「う、うん。私もね? 同族なのだけど……真祖なのよ」
「!!? そ、そ、それ、それって!! 伝説の!?」
彼女は私の告白を聞き目を見開いて驚いた。
そのうえ、大粒の涙を浮かべて喜んでいた。
ただ、私としては──、
(し、真祖は伝説なの!?)
というのが率直な感想である。
というかこの世界の吸血鬼族は弱体化しすぎなのでは?




