第62話 吸血姫は勇者達を心配する。
それはフーコが兄を伸した直後の事である。
「出て来いよ! 居るのは判ってるんだ!!」
私達が船内で寛いでいる最中。
船外から男性だろうか?
偉そうな声が響いてきた。
私は何事かと外に出ようとするシオン達を制止し、一人で甲板に赴いた。容姿を一応、茶髪碧瞳へと〈変化〉させながら。
「どちら様でしょうか? 私達になにかご用でも?」
「ご用もなにもお前達の船を俺達に寄越せ!」
すると、どういう事であろうか?
周囲には殺気だった兵士達が沢山おり、真ん中に一人の勇者が陣取って〈接収〉と書かれた羊皮紙を掲げていたのだ。
彼の名は飯嶋史郎。
今回の遠征で一番魔力量が多い者のようだ。
だが、私は余りにも異常な行動に辟易し、徐々に〈魔力炉〉を解放させていった。登録情報では同様の魔力量だが、完全解放すればその差は歴然なのだから。
「はぁ? 旅人の船を欲するという意図がよく分かりませんが? 余りにもそれは横暴ではないですか?」
「うるさい! 俺達は勇者だ! それくらいの権限は戴いている!」
私は眉根をピクリと動かし、苛立ち気に応じる。今は船長という立場で応じているからだ。
「勇者だから許されると? それは横暴を通り超した外道行為そのものですよねぇ?」
勇者という免罪符を掲げた飯嶋。
私は鉄砲玉の一人として思い出し〈魔力炉〉を完全解放したあとに殺気を飛ばす。
「ヒッ!」
すると、不可思議な事が起きる。
それは飯嶋と周囲の兵達が前のめりで一斉に突っ伏し、青ざめたまま粗相した。
港が臭くなるから正直イヤだったのだけど、私は清浄魔法を行使しながら再度問い掛ける。
「どうしたのですか? 急に全員で倒れられて?」
ちなみに下界の場合、清浄魔法は確実に失敗する生活魔法の一つだが私とシオンだけは変換術を事前に行使しているため失敗しない。
今もシオンが臭そうな顔で〈希薄〉し背後から清浄魔法で浄めていたのだから。
それはともかく、腐っても、否・・・臭くても勇者という事だろう。
「ちょ、ちょうしが悪かっただけだ!!」
問い掛けに応じながらも強気で応対した。
私は〈鑑定〉スキルで飯嶋を把握しつつ、あっけらかんと問い掛ける。
念のため種族は人族に偽装して、鑑定をレジストをしないよう注意するが。
「そうですか? まぁ〈魔力感知〉と〈鑑定〉スキルをお持ちのようなので、こちらの正しい魔力量を把握してから出直してきて下さいますか? もっとも勝てないのは確定してますけどね?」
「なっ!? 十京MP・・・ど、どういう事だ!? 情報と違うぞ!!?」
〈魔力炉〉の完全解放後という事で・・・各器の総量を把握した飯嶋は顔面蒼白で後退る。
彼の背後にはギルド支部長もおり「三千万MPであってます」と、こちらの総量を把握しないまま口走るので怯えた飯嶋から頭頂部を殴られていた。
私はそんなやりとりすらも時間の無駄とし、指を空にさしながら彼等を相手に幻覚魔法を行使した。
「で? 魔法戦でもやりますか? もっとも・・・規模からして相手になりませんけど?」
「な!? 無詠唱だと・・・な、なんだ、この規模の・・・か、か、還元、魔法陣!?」
「き、消えたくない! 逃げろ!!」
「て、てっ、撤退だぁ!! 勝てるか!? こんなもん!!」
「あ、相手が悪すぎる!! 二階のバカは絶対とっちめてやる!!」
直後、幻覚魔法をレジストする事なく蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
それは、島中を覆う規模の還元魔法陣が展開されたように見えたため「消えたくない!」と叫んだ者が多かった。
これは魔力が無いなら周囲を還元すれば良いという・・・大変暴力的な魔法陣なのだから。
私自身は当たり前に使える魔法陣なので小島戦ではこれを併用する予定である。
すると終始無言で見ていたシオンは呆れながらも呟く。
「レベル45・・・やっぱり魔力量だけが全てって異常だわ」
次いで〈変化〉前のルーが羽根をはばたかせながら。
「周囲に居た私達にも気づいてなかったけど・・・?」
コウも同じく周囲を浮かびつつ、撤退する者達を眺める。
「相変わらず無鉄砲だね〜、飯嶋く〜ん」
レリィが人族に〈変化〉しながら一本角を隠して呟いた。
「企画立案は二階のバカみたいだけど?」
シメは私が残りの清浄魔法を行使しながら一組のバカ達を哀れんだ。
「どのみち勝てない喧嘩を売る時点で異世界と変わらないって事でしょう?」
私は解放した魔力はそのままに〈魔力炉〉だけはアイドリング状態に戻した。
それは近いうちに戦闘になる事を予見し、必要数だけ確保したともいう。
§
それからしばらくしてユーコ達も戻ってきた。私はユーコ達の姿を認めるとシオン達に指示を出し、交代で登録に向かってもらった。
ユーコ達は撤退人員とは途中で出くわす事はなかったようだが、船の周囲で港の清掃をしていた私とユウカとナディに気づき、ユーコは目を見開いて驚いた。
「はぁ? こっちにも来たの?」
私は片付けもそこそこに疲れを示した顔でこの場であった事態を打ち明ける。
「ええ。船を寄越せってね? 最後は幻覚魔法を与えてから撤退して戴いたわ」
すると、ユーマが絶句しフーコが呆れながら応じた。
「なにか・・・」
「鉄砲玉が沢山だね?」
私はフーコの言葉を補足するように現状で把握している人員名を明かす。
「呆れかえるくらい・・・鉄砲玉が多いわね。良識派・・・参謀として馳せ参じているのは、川添と錫木だけね。戦線離脱したフーコの元兄は置いといて、残りの全てが鉄砲玉という事よ」
私の補足を聞いたニーナが考え込みながら確認してきた。
「 川添と錫木か・・・他は誰と誰が来てるの?」
「〈遠視〉すれば判るけど、ひとまず言うわよ?」
私はニーナの言葉に応じつつ、メモとペンを取り出してニーナに手渡す。そのうえでこの島を訪れている勇者達の名前を一人ずつ伝える。
それは支部で寝込む者から順に石動倭、江草凪。
看病に尽力する安曇奈津、二階紗綾。
支部の仮眠小屋で眠る、川添健吾、錫木晋呉。
撤退し領主の館に逃げた、飯嶋史郎。そして最後・・・小島が見える丘にて待機する者達を挙げた。
「娯納起矢、黒田闇子、白田光子・・・以上ね?」
ニーナはメモを流し読みしてボソッと呟く。
「残りは愉悦脳筋と黒白コンビか・・・」
フーコが呆れ、ユーマが困った顔で応じた。
「外道とSMコンビしかいないとか・・・」
「勇者向きじゃない者しか居ない件について」
私達の会話を聞いた呆れた様子のユウカとナディも会話に参加してきた。
手元では清掃魔道具を片付けながら。
「唯一、川添と錫木が勇者をしてる気がするけど、精神だけは惰弱だから」
「ええ。戦わず逃げるでしょうね? 勝てないと判ると戦略的撤退を真っ先に選択して自分達だけでサッサと逃げるという勇者とは真逆の者達だけど」
私はそんな一同の会話を聞き流しながらも、登録自体を早める事を指示した。
「第四陣の登録も急ぎましょうか・・・どうも領主館の雲行きが怪しいから」
それは領主の館に逃げた飯嶋が〈勅命無視〉という言い分で領主を通じて余計な人員を寄越そうとしていたのだ。
だからだろう、ユウカ達も気を引き締めて私の指示を聞き第四陣を呼びに向かった。
その間の私は事を起こす段取りを始めた。
(これは・・・本物を見舞って差し上げましょうかね? 作戦よりもこちらを優先した神罰として)
おそらくだが、慰謝料という理由で船を戴けと立案したのだろう。戦力を削がれたという二階が発する自分勝手な理由で。
もっともこれは石頭が私達を無視すれば済む話だった。それなのに似てるからと声を掛ければ反発は必定である。特に嫌われていた教師からのナンパは御免被りたいものだから。
だが、それも・・・勇者だからナンパしても許される。仮に犯しても悪いことにはならない。
周囲は自分達の味方で、こちらが悪だと決めつける。仮に喧嘩を買われたとしても自分達の方が正しいと。自分勝手に求めてきたのだ。
だが、そんな理由は私達には関係ない。
慰謝料を払えというなら払うが、生命線である船を奪うというのは度が過ぎていた。また新規で作るという手もあるけどね? 人員が増えた事で部屋を増やす必要が出来たから。
だがそれは戦闘が終わってから行う事なので保留とした。私がそう思ったところでアインスが動いたようだ。
それは全世界の対象者に発した神託である。
『使命に尽力せよ。代行者に手出しするならば神罰が与えられても仕方ないと心得よ』
と、私にも通じる言葉で合国の関係者と領主達を脅した。ちなみに代行者と呼ばれる地位は合国の国王達と世界中の教皇達だけが知っているようで、怯えながらも了承した。
当然、知らない領主はポカーンとなり、この場に兵を寄越す段取りを始めたので、私は欲する物を彼らにお見舞いしたのである。
(手始めに敷地内の特定物だけを照準して、上空に無色の還元魔法陣、展開・・・減りに減った空間魔力の足しになりなさい!)
直後、領主館の敷地内に居る者と各種備品及び領主館を除き、別館・領主屋敷だけがきれいさっぱり空間魔力に戻った。
女神の神託を無視した神罰・・・その意図に気づけるなら次はなにがくるか判るであろう。
しかし領主は屋敷が消えた事に対し怒り心頭なまま派兵の指示を飛ばしていた。
(へぇ〜? まだ諦めてないの? ごちそうさまでした!)
私はそんな領主を哀れみ飯嶋の目の前に居る領主を一瞬で消し去った。
肉体と洋服は魔力還元で魂と生命力と魔力は私が戴いた。元々〈転生の渦〉の保管庫も満杯らしいので戴いたとしても問題はないのだ。
(あら? 飯嶋ってば、また粗相して。貴方達が望んだ事でしょう? 責任は貴方達勇者が取りなさいな・・・それと美味しい魂ありがとう。大変美味でした・・・領主もなに気に悪意の塊だったわね? 小島の反乱に領主が噛んでいたなんて・・・)
いやはや、どうしたものか?
勇者を本国から寄越してもらった領主は辺境伯という地位にありながら勇者否定論者であり、あわよくば勇者を消し去ろうとした極悪人でもあったのだ。
どうも、この国もなに気に一枚岩ではないらしい。あんな勇者を見せられれば否が応でも否定したくなるのは判る話ではあるが。
そう、浮遊大陸の勇者達は洗脳でオカシクなったが一組の勇者達は元々オカシイのだ。
結果的に勇者達を救った事になるが間引きは必要・・・そう思える私であった。




