第61話 吸血姫は勇者達に辟易する。
「すみませ〜ん、登録をお願いしまーす」
それから数分後、ユーコ達は和気藹々な雰囲気のまま支部を訪れた。たちまちの交渉は各メンバーのリーダー格が行うためフーコ達は静かに見守っていた。しばらくすると受付奥から職員が出てくるのだが、なぜか呆けて疑問気な表情でみつめた。
「はいはーい。ただい・・・ま?」
「ま?」
「いえ、今日は銀髪の方が多いな? と思いまして・・・」
疑問顔の正体は私達・・・第一陣を踏まえての事だったらしい。するとユーコは苦笑しながらも事情を打ち明ける。
「ああ。それ、ウチの船長達ですね。この後も折りをみて副船長とか他の者も登録に伺いますから準備だけ、お願い致します」
「ちなみに何人ほどお越しに?」
職員は驚きの表情のままユーコに問い掛けるが、ユーコは人数を覚えてないのか背後に居るユーマに確認した。
「えっとですね〜、何人だっけ?」
「ひぃふぅみぃ・・・八人だね、姉さん」
「八人ですね」
ユーコはユーマから教えて貰った内容をそのまま答えた。なお、この時のユーマは日本語で数えていたため職員はきょとんとした顔でユーマを見ていたようだ。
そう、勇者達が使う異国語という意味で。
否、実際は違うのだが言語はともかく人数だけは受け入れたようだ。船長に続いて副船長と各種船員という高ランクな者達がこの場を訪れるという畏怖を込めながら。
「そんなにですか・・・承りました」
こうしてユーコ達も無事にAランク探索者として登録を終えた。だが、これで終わる話でもなく、ユーコ達が登録を終えて依頼票を眺めていたところ背後から声を掛けられた。
「あ! そのうしろ姿は・・・江草・・・楓子?」
これは時間があれば適当な依頼を見てくるようにとも伝えていたためでもあり、ある意味こちらは想定内、勇者に至っては想定外の出来事であった。
ユーコ達は無視を決め込み依頼表を眺める。
時折、会話しながらあれこれと決めていく。
勇者の問い掛けは基本無視という私の指示を守りながら。
そのうえ異世界語に聞こえる〈言語偽装結界〉を用いつつ別人を演じていた。
この結界は〈スマホ〉経由で利用出来る魔法で本人達が日本語で会話していても周囲にはその国の言葉で聞こえたり、相手を指定すれば同時翻訳で会話出来るという魔法である。
ただ、これを使うには少なからず条件があり身体を覆うような魔力操作に慣れていないと出来ない魔法のため、ショウに至っては現在リンスから厳しい指導を受けている最中である。そのような理由もあって、ユーコ達は引き続き背後の騒ぎに対し無視を決め込む。
その反応に騒ぐのは勇者達だけだった。
「ちょっと! 無視しないでよ!! あなたは楓子なんでしょ?」
彼女の名は確か安曇奈津。
船に不法侵入して海中ドボンしたおマヌケ勇者の片割れだった。彼女はフーコの兄にご執心していた者であり妹であるフーコを毛嫌いしていた者でもあったようで突っかかりとしては日常茶飯事だったらしい。
そのため、フーコは無視しつつも嫌そうにユーコ達と会話する。
「うっざい。安曇のバカはどうしてこうも」
「まぁまぁ落ち着きなさいな」
「落ち着きって、どこを突いてるのよ? しかも両方・・・」
「フーコの柔らかい、お乳、突いてみた」
「プッ・・・怒るのも馬鹿らしくなったわ。ユーコ、ありがとう」
途中の百合プレイは置いといて、フーコはユーコに感謝しつつ尻を揉む。
「あん。お、お安いご用よ・・・それくらい。でも、カノンが言った通り絡んできたわね?」
すると、百合に走る姉とは正反対に苦笑いのユーマが背後を警戒し、一同に問い掛ける。
「こちらの言葉は分かってないようですね? 自動翻訳が機能してないのでしょうか?」
「確か自動翻訳ってこちらが翻訳不可とした場合は機能しないわよ? ほら?」
その答えに応じたのはニーナだった。
勇者達に見えないよう〈スマホ〉を取り出し〈アプリ〉からヘルプを参照したようだ。
実際は自動翻訳に限らず、周囲の探索者達にも他国の言葉に聞こえるため会話の内容から把握される事はないのだ。ヘルプを見たユーコは嬉しそうに微笑みフーコを抱きしめた。
「ホントだ。カノンさんぱねぇ〜」
「流石はご主人様だ〜」
「とりあえず勇者達が居る間はこの〈アプリ〉を必須としましょうか?」
「だねぇ〜。ショウが魔力操作のスキルレベルを上げるまでミキ達は登録出来ないけど」
「こればかりはどうしようもないわよ。あの子は今日生まれたばかりだし」
「銀狐・・・う〜ん、巫女服とか一番似合いそうよね〜?」
「それは追々レリィ達と相談して決めたらいいんじゃない? それと、この依頼なんだけど、海底遺跡で獲れる魚の鱗・・・どこかで見た事ない? ナディが釣った魚だと思うけど」
その後も一同は安曇奈津を無視して今後の方針を話し合う。
ニーナの巫女服話は置いといて。
だが、その直後──、
「楓子ちゃ〜ん! お兄ちゃんですよ〜!」
「ゲッ!?」
この場に来ないはずの兄が支部に現れた。
無視を決め込み反応しないと決めた矢先、フーコは嫌悪感マシマシで殺気を飛ばす。
レベル98とレベル50の差。
そのレベル差により勢いよく抱き着いてきた兄を、その場で倒れるように気絶させた。
「ウッ・・・」
安曇は急に倒れ伏した兄に駆け寄り心配する。
「エ、江草先生!! しっかりして下さい!」
この時の私は良識ある者も妹の前では良識が吹き飛ぶと思い知った。フーコの対応を見ていたユーコ達は困った顔で問い掛ける。
「「「フーコ?」」」
しかし、フーコは嫌悪感マシマシで〈無色の魔力糸〉を伸ばそうとする。
「だってぇ・・・気持ち悪いもん。この残念イケメン・・・消し去りたいから食べていい?」
だが、その対応を見て流石にマズイと思ったのかニーナが止めに入る。
「それはダメだって! 種族バレするから!」
「バレないと思うよ? 大体、吸血するワケじゃないし」
そう、止めに入るのだが・・・フーコの嫌悪感は最大値にまで達していたので私は仕方なくユーコの〈スマホ〉にメッセージを飛ばした。
「ん? なら、魔力だけ戴けばいいでしょ? 無駄に有り余ってるなら戴いて、しばらく戦力外とすれば余計な魔法を使われなくて済むし・・・ってカノンから、お達しが来たわ」
ユーコはフーコを宥めつつ、私のメッセージをありのままに伝える。フーコはそれでも足りないと思ったのか問い返す。
「魔力だけでいいの?」
ユーコはフーコが毛嫌いするであろう言葉を選択し、フーコの嫌悪感を逆撫でした。
「魂や生命力なんて吸ったら、昔の記憶、読み解く事になるけどいいの? 私達、このスキルレベルがカノンほど高くないでしょ。それこそ不意打ちで読み解く可能性の方が高いし」
「そ、それだけはイヤ!」
猛烈に拒絶したフーコは〈魔力触飲〉を用いて、兄の魔力を一MPだけ残して全てを戴いた。
「で、でも、魔力だけは戴きま〜す! まっず・・・」
ちなみに今回の措置の意図は借り物の魔力といえど使った分だけ回復はするらしく、回復速度を把握するために人柱となって貰った。〈鑑定〉スキルであれば魔力量を計る事は簡単で鑑定魔法よりも詳細が分かるため、定期的に調べようと思った私であった。
ただ、フーコからすれば不味い魔力を戴いたためか顔面蒼白となっていた。
薄さだけでなくブラコン以外は良識者だからこそ風味が多少おかしかったようだ。
こうして、第二陣で登録したユーコ達は突っ伏す者を放置してフーコを労りながら支部を出た。
「量はあっても風味が不味い・・・塩辛い納豆の入った薄いリンゴジュースを飲んでるようだったよ」
「マジで? フーコ、ドンマイ・・・」
「ま、変な魔法で居場所を探られるよりはいいでしょ?」
「というか・・・年甲斐もなく元妹に抱き着くとかキモいわね? 今は他人同士なのに」
「似てるだけで抱き着かれるとかキモいわ〜」
「というか他人同士ってバレたらヤバくない?」
「そしたら、ユウカの元兄みたいな魔道具をカノンに用意してもらうかな?」
「あれかぁ・・・凪さんが化けたら美女になるのかな?」
「どうだろ? 一風変わった獣人で奴隷とするなら可かな? 関わりたくないけど」
その後の会話は・・・なんともいえない会話であった。私は彼女達の会話を聞きつつも害をなす前提で用意する事にした。
(一応、数本だけ用意しておきましょうか? 余ったら余ったで、どこかで使う事になるでしょうし)
ちなみにこの時の私は第三陣と共に四人が帰ってくるのを待っていた。否、こちらにも他の勇者達が訪れていたんだけどね?




