第59話 器無き者の良心を知った吸血姫。
それはカノンが不法侵入した勇者達を処断する少し前の事。ネアレ島支部を訪れた〈中立国・アイネア合国〉の勇者達は支部の医務室にて気を失った石動倭の安否を気遣っていた。
今は女性勇者達が石動倭の看病をしており、男性勇者の一人が受付職員から事情を伺っている最中だった。
「じゃあ、その銀髪の新規登録者達とよく分からない言葉で会話した直後に」
「はい。急に青ざめて倒れられたのです」
「そいつらの特徴は銀髪だけか?」
「そうですね・・・種族は人族二名、エルフ一名、猫獣人一名ですね」
男性勇者は四人の特徴と種族を聞き、怪訝となる。
「引きこもりのエルフと人族嫌いの獣人が? 嘘だろう?」
「いえ、実際に和気藹々という感じで訪れて、登録されておりましたから」
彼は地上のエルフと獣人達が人族からの迫害を受けて毛嫌いしている事を知っているからだろう。エルフや獣人と国交を開いている魔族ならともかく、人族と共にするという事が彼等にとっての疑問だったようだ。
すると、もう一人の男性勇者が石動倭のベッド前から移動してきて、受付職員に問う。
「そいつらのランクは?」
「人族の一名がSランク、保有魔力量は三千万MPですね。残りはAランクが三名となりますが」
「人族でS? 仲間ってわけじゃないか?」
「それなら既に登録済みだろう? 俺達は全員、本部で登録したのだから」
「だよな?」
「確か、その方々の言によれば船旅で路銀が尽きたからと申しておりました」
「船旅・・・?」
「船旅か? だが、この世界に俺達の母国語を理解出来る者なんて居るのか? おそらくよく分からない言葉というのは母国語しかないだろう? 石動先生は現国教師で英語は話せないしな」
「だな。自動翻訳が召喚特典で付いたとはいえ、俺達の会話は日本語だし」
彼等はありのままに語る受付職員の言葉を受け、更に困惑した。ちなみに彼等が勇者である内は浮遊大陸の情報は完全に伏せられている。
それは代行者のカノンが例外なだけで基本は情報隠蔽する決まりがあるからだ。もちろん職員の言葉にもあった通り、勇者という立場を終えたなら情報解禁がなされるが、それであっても浮遊大陸の勇者召喚は知らされる事はない。
すると今度は看病をしていた女性勇者達が怒りも露わという表情を顔に出し、彼等に問い掛ける。
「それなら港に行けば居るんじゃない? 相手が旅人であるなら船に戻ってても不思議ではないでしょう?」
「そうそう。どのみちこんな事をしたのだもの路銀が尽きてるから慰謝料は無理としても、お詫びして貰わないと作戦の士気に関わるし」
だが、戦闘狂気味な女性勇者達に反し、男性勇者達は乗り気ではなかった。戦力差という面で思案し、もう一人も同じく困惑していた。
「飯嶋並の保有者が一名と・・・他のAランク三名と併せて戦闘となると」
「相手は旅人だろ? 単身で海を渡るという事は相当な手練れとみて、どの程度の技量を持ちうるか・・・だな? 海にも魔物が居るし倒せないと船旅なんて出来ないぞ? それに聞くところによれば魔法を使わず気絶させたというし」
そう、男性勇者達の方が現実を見て冷静に判断していたのだった。それは迂闊にも喧嘩を売った石動倭が例外とでもいうように。勝てない喧嘩で怪我をすれば、それだけで作戦の士気に関わると思いながら。
しかし、女性勇者達は勝算でもあるのか自信満々に彼等の判断を否定する。
「問題ないでしょう? あくまで飯嶋君と同類が一名居たとしても他がAランクの烏合の衆なら問題ないんじゃない?」
「それに先生を気絶させた方法が魔法以外というなら相手は魔法が不得意ともとれるし魔法戦でなら私達の敵じゃないわ!」
それは余りに無謀・・・猪突猛進な考え方だった。男性勇者達は主導権を彼女達に委ねていたのか、互いの顔をみつめ渋々という表情で頷くだけに留めた。
§
「確か、港湾兵からの情報によると珍しい船とあるわね?」
「どう珍しい船なのか定かじゃないけど真っ白い船とだけあるわ」
「真っ白い船」
「珍しい真っ白い船・・・?」
彼等は石動倭を医務室に残し港に向かう。途中で港湾兵やら民達から情報収集を忘れないあたり地頭は良いらしい。
それからしばらくの間、港を探索していたところカノンが停泊させた船が見つかった。
女性勇者達は船に近づいて人員が居ないか探索する。
「あれじゃない? 確かに珍しい船・・・ね? 人気は無し?」
「というか、三胴船って、この世界にもあったんだ」
男性勇者達は船体の組成を鑑定し、ある一点の疑問が浮かんだようだ。
「・・・木造船ではなく金属船という時点で」
「俺達と同じ異世界人じゃね? それにここ、船の喫水線に水流操作の魔法陣があるぞ? もし高速移動が可能なら・・・木造船なんて目じゃないだろ?」
「ホントだ・・・帆船としてのポールが立つ場所もあるしパッと見はクルーザーか? 操船部の舵もそうだが、なにかをはめる枠が付いてるな? 赤い魔石が点滅してるのは謎だが」
「やはり船の仕様といい相当な手練れとみて間違いないか? 魔法陣の隠蔽もパッと見では判らんし」
男性勇者達は持ち主の技量を想定する。
それは魔法が不得手ではないと船が示していると理解しながら。しかし男性勇者達の疑問を無視した女性勇者達は桟橋を抜け、船に乗り込もうとする。
「まぁ、異世界人かどうかは中に入れば判るでしょ?」
「外に人気は無いけど、中には居るだろうし!」
男性勇者達はそんな女性勇者達を追いかけ、腕を掴むも振りほどかれた。
「お、おい! 待てって! なにか罠があったらどうするんだ!!」
「そうだぞ! 防犯魔法が付与されていたらどうするんだ!!」
「大丈夫大丈夫! お邪魔しm」
「魔法が不得手な者の魔法なんt」
直後、男性勇者達の目前で女性勇者達が時間停止結界に捕まり飛び乗った状態で停止した。
それは・・・ある意味で罠だった。
男性勇者達は目前で起きた事態に一瞬呆けるも冷静に対処を開始した。
彼女達は無謀だった。制止すら無視したと。
自己責任として放置し船の周囲を改めて鑑定する。非情にも思えるが元より考え無し共と思っていたのか彼等は黙って鑑定する。
直後、彼女達の足下・・・薄らと見える魔法陣の存在に気づく。
「お、おい・・・これ」
「無色・・・時空系の魔法陣? 鑑定出来るのはそれだけ?」
「他は妨害されて見えないが、かなり高度な魔法が付与されている?」
「不得手、いや・・・先生に対して使う価値のない者とみなされた?」
「恐らく・・・」
脅威、その一言に尽きるだろう。
喧嘩を売って良い相手ではないと。
男性勇者達は桟橋に座り込み船上に浮かぶ彼女達を見上げた。直後、カノンが動いたようで船上から彼女達が消えた。
「え? 消えた?」
「どういう事だ?」
「お、おい、安曇から念話が・・・海中? 助けてくれって!!」
「海中だと・・・座標は?」
「判らん。ただ、今のままじゃ溺れるとだけ」
「クソッ、先生が居ないと地点把握出来ないぞ?」
そう、沖合の海にカノンが転移させたらしい。彼等は念話を用いて女性勇者達を探す。
だが、彼等には空間魔法が不得手だったのか彼女達を助けられないでいた。
だから今回・・・仕方ないとして私が助ける事とした。妹に怒られるのは見て見ぬ振りする私ですからね。
(今回限りですよ? まったく代行者相手に喧嘩を売らないで欲しいものです・・・勝てないのは判りきっているのに異世界人の子女というのは短慮が過ぎますね? この子達が例外なだけかもしれませんが・・・)
ともあれ、私の手助けにより彼女達は死亡寸前で桟橋に現れた。今は俯せで横たわり、少しばかりの経験値とスキルが生えたようだ。
〈潜水〉という数時間なら潜っていられるという、とても皮肉なスキルが・・・だが。
すると、男性勇者達は水音に気づき桟橋の奥に目を向けて駆け寄った。そして彼女達を抱き寄せ頬を叩き、生存を把握する。
「お、おい! しっかりしろ!! 反応があるから生きてはいるか」
「どうも〈潜水〉スキルが生えてるから、それで生き延びたみたいだな」
男性勇者の一人は〈潜水〉スキルで生き延びたというが実際には死に掛ける直前でスキルが生えたため、気を失った彼女達が〈潜水〉スキルを使う事は無かった。
ちなみに、肺に溜まった水はスキルが生えた時点で口内を通して排水されたため、今は問題なく呼吸が可能となっている。
助かった彼女達を抱き抱えた男性勇者達は桟橋を離れながら話し合う。
「な、なぁ? この船の持ち主って」
「ああ。相当な手練れとみて間違いない。先生や他の面子にも伝えないと。知らずに喧嘩を吹っかけるとかあり得るぞ?」
「せめて相手の名前が判れば・・・」
「そこは支部に戻るしかないだろうな。それと共に早急に江草先生の班にも伝えないと」
「だな・・・」
そう、この島を訪れている・・・もう一つの班名を出しながら彼等は自身の班長が寝込む支部へと戻った。ただ、彼等に限って言えばカノン達が言うほど問題があるようには思えない私であった。
§
その後の私は一人で船に戻り、桟橋から離れる者達を〈遠視〉で把握した。
(アインスが助けたか・・・手駒を失うのは痛手だものね。まぁ今回は川添と錫木が居ただけマシよね・・・あの二人は一組でもマトモな方だから)
そう、一組でもマトモな者は確かに居る。
ただ、全体的に少数で四十人中、十人も満たない良識派として存在しているのだ。
それ以外の殆どは無鉄砲・無知蒙昧・頭が良いだけの世間知らずしか居らず、彼等良識派は交渉役か参謀としてこの場に居るのだろう。支部から船に戻る際、名前までは〈鑑定〉してなかったが最後に江草先生と言ったあたり良識派を取り仕切る教師が居る事が判っただけでも儲けものと思った私である。
ちなみに彼はフーコの兄であり重度のシスコンであると・・・嫌悪感マシマシのフーコから聞いたのだが、どうもフーコが男性嫌いとなった原因が彼にあるそうだ。
(良識はあるが重度のシスコンとは・・・これ如何に?)




