第5話 吸血姫は街を歩く。
「小国の割に都は大きいのね?」
私は城から街に出た。
本来ならば召喚されてきたばかりの異世界人にとっては右も左も判らないことが普通なのだが、そこは〈魔導書〉のおかげか迷うことなく街中を闊歩出来た。
私は生来スキルの行使を止め、自身の姿を晒した状態で闊歩した。だが、私の見た目が華やかなのかは知らないが、道行く人々が振り返り壁にぶつかる者やら転ける者が後を絶たなかった。
だからだろう、
「そこのお嬢さん。私とお付き合いしませんか」
身の程を弁えない……否、如何にも身形のよい男が声を掛けてきた。おそらく貴族のそれであるが、正直なところ私は異性などに興味はなく声掛けであろうとも完全無視である。
これが悪意に染まった者なら即座に餌となっただろうが、それほど旨そうな匂いを漂わせていないため、有象無象の範疇と捉えて無視を決め込んだ。
「お嬢さん?」
「お嬢さん、お呼びですよ?」
「え? 私ですか?」
そこには平民の女の子が居たため、私はその子に声を掛けつつ〈希薄〉スキルを行使し、その場から消えたように見せた。正直ナンパの類いは面倒なことこのうえないので、いい加減にしてほしいと思う私だった。
「え? 居ない?」
「貴族様? お呼びですか?」
「おまえではない!」
「えーっ!?」
掌くるりを見せられたが、それでも小悪党の範疇にも収まらないワガママボンボンだったようで、誘引されないで欲しいと思った。
(やはりローブの一つくらいは欲しいわね。魔導士ではないけど胸を隠すのはそういう装備として必要だし……)
そう思いつつ自身の保有魔力ではなく〈魔力触飲〉で確保した外部魔力を用いて錬金魔法を行使した。
すると身体の周囲を纏うように黒い魔力の帯が現れ、みるみるうちに黒衣のローブへと早変わりした。
元々の銀髪に合う見た目を選んだはずなのに真っ黒になったため……目立ちそうと思いながらローブに魔力を宿し希薄付与を敢行した。
(見た目と匂いを隠す〈隠者のローブ〉ね。ひとまずの装備としては問題無いわね。あとは寝泊まりする場所とか……亜空間に拠点を作って都の外で過ごしましょうかね。どのみち、この国に長居しても良いことがないし)
私は衣食住のうち、衣はともかく食は魔物やら薬草で済ませる予定で住居となる場所を確保するため都の外まで歩いて出て手頃な空き地内に亜空間の扉を開いた。
内部に寝泊まり出来るだけのログハウスと家財道具。
風呂やキッチンなどを錬金魔法で編み出し、その中で暮らすこととした。
これは私が開きたいと思う場所に開く亜空間であるため、どこであろうが寝泊まり出来るという大変安全かつ便利な拠点となった。
仮に外で騒ぎが起きようともその場は無音であり、出入りする時だけ周囲に気を配ればよいのだ。寝泊まりもそうだけど一応女だし、お風呂にも入りたいしね?
§
ともあれ、その後の私は亜空間に建てたログハウス内で一息いれた。
召喚からずっとあれこれ見て回って疲れたということもあるけれど、慣れぬ異世界生活の一日目があと少しで終わるのだ。
それに無意識であってもいつのまにか気を張っており、このままずっと同じ状態が続けば気分的に保たないという問題もあった。
今は外部魔力で湯を張り、湯船の中に身体を浸けて天井を見上げていた。
私の胸は浮力を得たことでプカプカと浮いていた。
不老不死の肉体であろうとも肩凝りが存在するため、この時だけは重力から解放されたとして体の力を抜いた私であった。
「当面の目標は世界の解明かしら? 今は東端の浮遊大陸で中央大陸である〈ルティルフェ〉は移動までに一年は掛かる距離よね? 現在地から何らの方法で移動するとしても大陸の端までの移動手段が徒歩だけというのもあれだものね……」
あとは……そう、今後の方針を決めることと退屈しのぎを見つけることにあり行動予定と移動のための方法を視界内で地図を開いて呟いていたのだ。
年数は知らないが今まででもずっと独りで生きてきたのだから、あとにも先にも何も変わらないであろう。
仮に同族に出会うことはあっても、それは〈常夜の刻〉だけなのだから。
「吸血鬼族か。私が真祖と知ったらどう反応するか謎よね。異世界の真祖だけど」
そう、私は異世界育ちの真祖だ。
称号欄には〈真祖姫〉と書かれているが〈デイウォーカー〉であり、従来の吸血鬼族と異なる夜の世界の住人ではない。だからこそ、この世界の者達からすれば異分子と捉えられるか同族と捉えられるかが謎であった。
「何にせよ、出会った時が勝負よね。血を吸わずとも生きていける…例外中の例外だろうけど」
私はそういう意味では異分子なのかもしれない。血を吸わない吸血鬼。
その代わり〈触飲〉によって生命力と記憶を〈捕食〉するのだから。
今日戴いた者も一時的には記憶の混濁が見られるが長い月日が過ぎれば記憶とともに生命力も元に戻るから血の取り過ぎで死ぬこともなければ倒れることもないのだ。生命力を奪うから殺そうと思えば殺せるけどね。
「気が向けば眷属を用意するのもありよね。あちらの世界でも居たには居たけど死んじゃったし、気に入る者が居れば。いえ、ダメね。独りで居る方が気楽だわ」
眷属のことも考えたけど、意味がないと愚痴り湯船からあがる私だった。残り湯はそのまま魔力に戻し〈魔力触飲〉で体に宿した。欲しい時だけ魔力を元に湯を張るので錬金術士様々である。
「パンツとブラも……旅行バッグはバスの中ね。これは新しく作るしかないか」
だが、下着が無いことに気がつき私は全裸のまま唖然となった。
なので仕方なく先ほどの外部魔力を用いて必要数の下着を作り出した。
それは着替えのレギンスから下着、シャツ、ドレスにいたるまでの普段着と他所行きの服である。当然、基礎知識にあるこの世界の服も用意した。
最初から買ってもいいが貨幣が手元に無いのだ。流石に貨幣まで錬金するつもりはないので、どこかしらで素材をかき集めてポーションでも作ればいいと思う私であった。
私は必要ないのだけどね。
「あ、〈夜目〉の行使とか久しぶりだから、あとで慣らしておこうかしら。この世界では松明の無いところは真っ暗だというし、慣らしておかないと後々面倒よね」
下着やら何やらを作った私は〈常陽の刻〉ではあるが擬似的に闇夜を作りだし目を慣らした。
夜の世界の住人は当たり前に使う技能だが元の世界では夜ですら明るい。
そのため〈夜目〉を使うことは稀であり寮暮らしでも夜中に面倒がない限りは外に出ることはなかったのだ。
「使い勝手は問題なし。一切使わなくて退化していたらどうしようかと思ったわ」
私は一通り身体を再検査したのち寝間着に着替え、そのままベッドに潜り込み眠った。
真祖だからって眠らないわけないからね?
だからこそ安全な亜空間に家を設けたのだもの。




