第47話 仲間の悶え、愉悦中の吸血姫。
「倒していいって・・・二人とも居たの?」
私はユーコ達の声が背後から聞こえたため、呆れを見せつつも振り返りながら声を掛けた。すると、ユーコは呆気にとられながらもツッコミを入れる。
「い、居たわよ!?」
「そうそう。ユウカに足りなくなった素材を分けて貰いに来てたんだよ? さっきまで葡萄園に居たけど」
フーコも腕を組みながら呆けるユウカに視線を飛ばし本当の居場所を明かした。
私はフーコの言葉から意図を察し、白々しい視線を向けながら詰る。
「素材はともかく葡萄園って・・・ワイン用の葡萄なのに味見してたの?」
「「うっ」」
二人は案の定な渋い表情を浮かべた。
二人して葡萄の味見をしていた理由は謎だが体力回復が必要だったためと思い私は流す。実はこの世界の〈渋い葡萄〉はワインへの加工前なら体力回復薬になり、ユウカが第一浮遊大陸・ルティルファ〈ユルーヌ王国〉から個別に分けてもらい、この場で育てていたのね? ちなみに第一はエルフの国でありユランスの紹介によってユウカ自身の国籍を貰ったのだ。
俗に言う〈不老不死のエルフ〉は〈某エルフ〉となるのだけど、それを隠す意図でユランス自らが王家に秘匿させたともいう。
私は渋そうな表情のまま水を飲み干す二人に呆れながらも問い掛けた。
「まぁいいわ・・・ところでナディは? 今回は一緒に行動してたわよね?」
実は今日に限って言えば個々に行動するよう命じており、シオンは錬金術士のコノリとミキの二人を連れて鉄鉱石を買いに第六十八へと向かい、ニーナとはレリィはエルフに〈変化〉し第一へと買い物に向かい、ルーとコウの有翼族二人はログハウスのバルコニーにてノホホンとお茶をしているの。
ただ、ユーコとフーコとナディは冒険者の依頼を熟しに支部へと向かったと思っていたのだが──、
「あー、うん。一緒に居たんだけど・・・」
「依頼完遂後に変な冒険者達に絡まれて・・・」
「「「絡まれて?」」」
ユーコ達二人は要領の得ない言葉使いで俯き、視線をそらす。私とリンスとユウカはその言葉に怪訝となりつつ問い返す。
すると、ユーコは辛そうな表情のまま沈黙するがフーコが代わりに事情を打ち明ける。
「ナディ自身が亜空間のどこかに隠れたの」
「隠れた? あの子が一人で?」
私は隠れた意図が読めなかった。
しかし、話には続きがあるようでフーコは引き続き打ち明ける。
「うん。実は今回、緊急依頼で〈ヒエル草〉を三株用意して猫獣人の里に届ける依頼を受けていたのね? 私達自身は頭痛対策として〈最上級のヒエル草〉を数株ほど持っていたから、この際だって事で・・・でも今回伺った里は猫獣人以外は受け入れる事のない里だったから私達は〈変化〉して、ナディは仕方なく〈変化〉を解いて依頼を完遂したの。でもその時に珍しい毛並みだからって事で周囲を嗅ぎ回っていた冒険者の一人が私達を相手に『囲ってやる』とか偉そうな態度で言い出して、それで私がレベルを〈鑑定〉したらレベル19程度だったから私とユーコはその場で〈変化〉を解いて、全員で〈希薄〉スキルを行使したのだけど相手が目印をナディに付けてたみたいで〈希薄〉スキルを森の中で止めた瞬間、鬱蒼としてようが気にせず多勢で追いかけ回してきてね? 最後はナディが私達を逃がす目的で・・・」
「身代わりとなったという事ね?」
「うん」
その事情はなんともな話である。
二人の記憶を読んでも打ち明けた内容と同じだったため、追いかけ回す外道に吐き気がした私であった。
(それで体力回復のために葡萄を食べて・・・下手な反撃が取れない相手か)
私は鑑定結果を見たフーコが逃げに徹した意図を計りかねる。その所為で渋い葡萄を食べるまで体力を奪われたのだから相当であろう。
ひとまず、この三人に絡む意図が読めない私は思案する。
(目印ねぇ? ナディの居場所は・・・尻尾に変な物が付いてるわね?)
ナディの居場所を〈遠視〉すると亜空間のどこかとは言うが古いログハウスに近い大物用の素材保管庫のそばにてピクピクと蹲っていた。それも全裸という格好で。
おそらく装備品に目印が付いていると判断して魔力還元したのだろう。ナディは今なお感じて色々と垂れ流しているため、目印の場所を調べると弱点である尻尾に目には見えない〈無色の糸〉が付与されていた。
これは元より空属性持ちに特化した者以外には見えない代物であるため、三人には判別が不可能であった。
あとは二人にも元々付与されていたが〈変化〉を解いた瞬間、その部位は魔力還元したため、目印ごと消えた事が判明した。
ナディ自身も〈変化〉していたが、こちらは隠すだけとなるため目印が消える事はなく蹲ったまま〈変化〉が自動で解けたようだ。
だから私はその糸の先がどこか調べた。
すると出てきたのは件の王太子本人だった。
(あの目印の大元は・・・王太子だったのね・・・だから倒したいと)
冒険者のフリして珍しい猫獣人を集めているとは聞いたが猫獣人の里に陣取り定期的に捕縛と隷属を行っていたのだろう。
こんな事を当たり前にされてしまえば同族以外は出入り禁止とする対策も判る話である。
私は余りにも護る価値のない王族に吐き気がした。第零浮遊大陸・ルティルフェ〈ミルーヌ王国〉・・・その城と王都は大変素晴らしいものだったが城の内部に住まう王族はカス同然であった。私はナディへの暴挙に苛立ちを覚え意を決する。
「倒すのは・・・私自身も行くわよ? 二人も当然、手伝ってもらうから安心なさい」
「「!! は、はい!」」
「リンスは本国に戻って隷属解除陣の事を陛下に伝えて。結界起動は明朝に行うと」
「は、はい!」
「ユウカは怪我人が多数出ると思うから、初級ポーションを複数用意しておいて」
「承りました」
そして、その場に居る者達に指示を飛ばし、戦の準備を始めた。
「自身の血を見たいとする第零の王太子を倒して差し上げましょうか。私の大事な者に唾を付けたのだもの死んでも死にきれぬ刺激を与えないとね?」
「「お供します!!」」
殺すのは簡単。だけど殺してスッキリするようなら現時点で瞬殺するわね? でも今回のように後回しとしたのもジックリと嬲るつもりでいるからなの。それはナディに要らぬ刺激を覚え込ませた罪があるのだから。
(あ、ナディの上書きしておかないと・・・)
私は戦の準備の最中、ナディを〈遠視〉し更なる刺激を送り込む事にした。
あの子は私の物だもの。外道な輩に奪われてなるものですか!
§
そして翌々日。
時は〈常陽の刻〉。
リンスの見立て通り、第二十二の東側前方には百一隻の軍船が浮かんでいた。
私は〈ティシア王国〉の港に三胴船を停泊させ、シオンと話す。
「まったく、汚物もここまで集まれば相当なものよね?」
「夜の住人を相手に昼間の内に喧嘩を吹っかける、策としては妥当だけどね?」
今回は第七十五で話した直後に船を出し、前日に〈ティシア王国〉へと上陸したのだ。
ただ今回の移動に際し三胴船の試験を兼ねたためか、通常の飛空船よりも高速過ぎて、数ヶ月の距離をあっという間に飛び越した。だからなのかは知らないが、ミルーヌ所属の警邏船三隻に追われたのは言うまでもない。そしてその時に『止まりなさい!』と叫ばれ無視すると『止まらねば撃ち落とす!』と叫ばれ私は仕方なく帆を消して速度を落としたのだ。これは高速試験の一つが終わったためでもあったが。
すると、件の警邏船の甲板には下品な笑いを浮かべた兵達が現れ始め、私は引き攣った笑みを浮かべながら船の結界形状を流線型に変更し、彼我距離が数メートルとなった瞬間に急加速した。
その結果、甲板上で乗り移る予定だった警邏船の兵達は急加速の暴風に煽られて数名が船から落ち、残りの者達も音速を超えた時の衝撃波で三隻の警邏船諸共破壊されて空の藻屑となり瞬殺されたのである。
どうも、この警邏船の者達も今回の派兵者だったらしく意図せず戦力を削った私は同乗していたユーコ達にシラけた視線を向けられたのだった。
ともあれ、そんな意図しない前哨戦があった後、シオンが事情を知って港を訪れた。
そう、今回参戦するのは私とユーコとフーコのはずなのだが、シオンとユーマとニーナまでも参戦を表明し、前衛と後衛に分かれて相対する事となった。
前衛は三胴船に乗り込んだ私とユーコとフーコが、陸地の後衛には残党狩りを行うシオンとユーマ、吸血鬼に〈変化〉したニーナが陣取った。
今回は相手が接岸して大陸に乗り込む前に片付けるつもりであるが、予測として後衛が大変になると判っていたそうだ。
どういう意味かは不明だけどね?
ティシア王国軍もシオン達の背後に陣取っており、リンスもそちらに待機している。
一応、昨日から隷属解除陣は展開済みで第二十二浮遊大陸の周囲・・・10キロの範囲から隷属解除が行われるため、相手があと数メートル近づけば開戦となるのである。この世界には専守防衛はなく攻められる前に攻めろという話がまかり通るらしいから。ということで、私はひとまず〈遠視〉により該当者を探る。
「例の王太子は・・・最後尾の安全な旗艦に居るわね?」
「安全・・・どこまでが安全かは不明よね? 自身が求める錬金術士様が逢瀬に来るのだから」
シオンも〈遠視〉により下品な笑いを浮かべる王太子に対して引き攣りつつも、私へと皮肉を言う。私は皮肉と知りつつも満面の笑みを浮かべ、この後に行える刺激を求める。
「逢瀬って・・・私へ喧嘩を売った事を後悔させながら苦しめてあげるだけよ?」
「愛されるナディが羨ましいわね〜。一体どんな刺激なのか気になるわ〜」
すると、シオンは身悶えながらナディの名を出した。ちなみにナディは未だにあの場で悶えており、苦痛緩和として王太子の〈無色の糸〉を私の〈無色の糸〉と交換しているのだ。
質としては私の方が高強度であり、簡単には取れない物となったため、ナディの悶え継続中である。主に私からの経験値と高濃度の魔力を継続的に送り込まれているともいうが。
だから私はシオンをあえて詰る。
そのうえで亜空間庫から〈とある灰色のブツ〉を取り出した。
「片付けた後で良いならシオンも感じる? この尻尾を付ける事になるけど」
「!? そ、そ、それは・・・結構です」
すると、シオンはその尻尾を見て大慌てで拒絶した。それはそうだろう、この尻尾の結合部は特殊な形状をしていたのだから。
形状としては・・・芋虫のような複数の尖った触手が何本も生えた物だもの。
「そう? まぁこれは王太子用の魔道具だから、シオンは〈変化〉で猫獣人になればいいしね?」
「そ、それならそれって言ってよぉ〜! ビックリした〜」
そもそもシオンの場合は〈変化〉だけで事足りるのだ。
この尻尾は王太子専用の魔道具なのだから。
そう、専用・・・ナディに付けた〈無色の糸〉をこちらに交換した王太子専用の魔道具だ。今回の戦闘では私達は〈戦闘装束〉を着ていない。今の私とシオンが〈戦闘装束〉を着て戦うと浮遊大陸自体の魔力が失われ落下すると女神様達から使用禁止を言い渡されたから。これも以前もシオンでなら問題なかったらしいけどね? 今のシオンは全属性に加え、私と同等のレベル333に上がってしまったのだから。そのうえ本気の戦闘をするなら外敵が来た時、流刑島外でしてくれとも言われたのだ。




