第45話 女神様は動き驚愕の吸血姫。
『告げる。第七十六から第八十八浮遊大陸の民達よ』
それは翌日早朝、全流刑島に対しミアンス自らの声により四つの啓示が行われた。
一つ、女神にあだなした愚者達を許す。
一つ、愚者達が外に向かう行為を許す。
先の二つは侵略行為そのものを許す・・・見なかった事とする恩赦だ。
ただ、その言葉を額面通り受け取った者達は侵略行為が許されたとして大いに喜んだ。
特に第八十八の国王はその言葉に酔いしれ、勇者達を呼び出し早朝から宴を開くという始末である。
それに対して女神の啓示の深読みを行った者達もそれなりにおり、なぜ知られているのかという恐怖に染まっていた。
女神を欺いた事への罪悪感。
それを持つ者達はひとえに自室へと引っ込み、ベッドで布団を被り怯えた。
それ以外の罪悪感を持たぬ者達は歓喜のままに城を闊歩し喜悦に踊った。
だが、この悦びのつかの間も残りの啓示により、絶望の奥底へと突き落とされた。
主に気づいた者だけだが。
一つ、外敵排除に引き続き尽力せよ。
一つ、召喚勇者達を永久に援助せよ。
気づいた者は少数。
罪悪感を持つ者達は意図を察した。
それは女神様から与えられた永久という名の罰であると。それは心の奥底まで知り尽くしているという事実を明かされたのだと。
気づかぬ者は大多数。
罪悪感を持たぬ者達は気づけず呆ける。それは自分達の侵略行為を励ますものだと悟る者が多かった。
ただ、言葉の中の〈永久〉の意味に気づける者は居なかった──だが!
「魔導士長が辞職なさいました!! 引き留める前に城から出られ行方知れずです!!」
「間諜として外に出ていた者達が地下牢で発見されました!?」
「外界が視認可能になってます!! 六十五の上空に斥候軍船が留まったまま動いておりません!!」
「八十七から捨て駒達が軍船ごと城に戻ってきていると報告が上がりました!!」
第八十八流刑島の宰相は謁見室にて阿鼻叫喚の部下達をよそに混乱の渦中に居た。それは早朝の啓示。
その啓示の直後から作戦に関わっていた各所にて混乱となる事態が巻き起こったのだ。
「一体なにが起きているというのだ!!?」
そう、事実として巻き起こる各種報告。
喜び宴に酔いしれる者達のなかで少数だが退職し城から出る者達があとを絶たない。一人は魔導士長というのだからなおさら意味不明と思わざるを得ない。
すると、宰相の背後から声が響く。
「なにを慌てておる。このような喜ばしい時に、そのような顔をしていては作戦の士気に関わろう?」
それは酒に酔った国王であった。
朝から酒を・・・内心では怒りに震える宰相。
「し、しかし・・・」
「気にしては損じゃぞ? 女神様が我らを激励して下さった。そう思えば良いのだ」
国王は酔いの回った頭のまま無知な妄言を口走る。宰相は現状打開を考えねばならず、その妄言を聞き頭痛に苛まれた。
宰相は困惑を顔に出したまま俯き王に問う。
「激励・・・そうであれば辞めていった者達の代わりは如何様になさるおつもりですかな、陛下?」
しかし、その返答は余りにも荒唐無稽な指示である。使えるよう書き換えたと報告は受けている。ただ、その実。
魔導士長より使えるかといえば知識量により使えない事が現状だ。
だが、国王は現実を見ようともしなかった。
「そんなもの勇者殿達に委ねればよかろう? 使えぬ魔導士長より使えよう?」
「そう、そうですな。陛下の命であるなら、そう致しましょう」
宰相も勅命と捉え思考を放棄した。
だが、その本音は──、
(潮時なのかもしれぬな・・・我もジータ同様・・・里に帰るか)
国王に丸投げし失踪するという選択が採られていたのは言うまでもない。それから数日後、作戦総責任者である宰相は行方知れずとなり、執務机に残った手紙に〈全責任を国王陛下に一任する〉とだけ記されていた。
唯一彼だけは洗脳されていない、この国の良心だったのかもしれないが。
§
「ミアンスが動いたのね」
私は朝食の準備中、使い魔から伝えられた報告である事を知った。それはミアンス自らが啓示という形で宣戦布告したのだ。
それは騙したのだから永久に罰を受け続けなさいという意味に他ならない。
だが、永久という事は自らを永久に罰し続けるという意味にも感じたので──、
「でも、召喚契約ってミアンスが言うには戦闘終結が期限だったんじゃないの? 今のままだとミアンスは契約に束縛され続けるわよね?」
私は早朝からこちらに現れた・・・ユランスに問い掛ける。ミアンスが声明を出す際に邪魔したらダメだから〜という理由でログハウスに現れるのだから姉思いな妹なのか謎である。
それこそ隣で見守るくらいしても良さそうなのだが。ちなみに期限に関しては以前の〈知神殿〉にて行った尋問会にて知った話である。
「いえ。無期限隔離のお陰で契約が正常に履行されましたので無事に解放されました。本来であれば戦闘終結が期限ではあるのですが〈平穏召喚〉という穴がありましたので、その場合は無期限隔離で外へと向けさせるという条項に変更し契約は無事終了したのです。変質者達もある意味では不老となりましたしね? それなら全て死に絶えるまで戦って貰おうという事に致しました」
「なんとまぁ・・・ん? 待って? それなら今後は?」
「召喚陣ですか? 今回の啓示で消失しましたよ?」
ユランスは茶を啜りながらあっけらかんと事情を説明した。だが勇者召喚を不要としたという話は絶句せざるを得ない言葉だった。
「消失ッ!?」
ユランスは茶を飲み干し・・・ホッと一息入れたと思いきや──、
「元々が緊急時に作った契約だったのです。その粗を悪用されたのが今回の顛末ですから、一度見直しをという事で・・・カノンを呼び出すつもりであった召喚陣の方を改良して・・・」
「はぁ!? い、今、なんて言ったの!?」
トンデモナイ事を口走る。
私はキッチンから飛び出しダイニングで座るユランスの元へと慌てて駆け寄った。
しかし、朝食の準備中に声を荒げて無人に見えるダイニングに一人騒ぐのだから朝食に降りてきた眷属達から怪訝な視線を向けられた私であった。
「落ち着いて下さい。周囲の目が・・・」
「ああ。ど、どういう事よ!?」
私はユランスの言葉と視線に気づき、落ち着きながらもダイニングの席に座り小声で問い掛ける。今は朝食の準備中ではあるがトースターのパンが焼けるまで待っていた事もあって退屈しのぎの行動としては問題はないであろう。
するとユランスはトースターから漂う薫りに酔いしれながら私の睨みに気付き──、
「良い香りがしてますね・・・いえ、元々はシオンの願いですね・・・」
逡巡したのちに語った。
それは各管理島と連携する形で中央大陸のみに別の召喚陣が存在しているという。
ようはシオンが自身の魔力を元に私を呼び出すために用意したという物らしい。
それを今回の消失と共に陣を魔力変換し、改良した魔法陣に使ったという。機能としては既存召喚陣の上位版だそうで呼び出される者は必ず一人であり、各種付与もミアンスが私に与えた物と同じにするそうだ。
それとは別にレベルに関してはその者の寿命が影響するらしく基本的に魔力との順応性もあったりするため、総寿命の一割がレベルとして認識されるという。経験値倍増も付くため最初期であればレベルアップも早いのだとか。
「という事は今後呼び出される者が居たとして・・・」
「それは中央大陸の王城地下に隠された召喚の間に現れる事になります。元々が亜空間に設けられた場所であるため人族は誰も入ることが出来ませんが・・・そこから該当地点に転移させられ」
「戦いに即時投入という事ね? 事前説明はどうするの?」
「そこはカノンと同じですよ。時止めの空間で話す事になりますから」
この浮遊大陸には外敵が常に居るから勇者召喚を不要とするのは自殺行為そのものだ。
だからこそ女神として出来うる対策を採ったのだろう。今回の事は意図せず起きた事だが、結果オーライで間違いが発見出来たのだから良しとした印象が見受けられた私である。
「なるほどね? あ、パンが焼けたわね? 食べてくでしょ?」
「はい。いただきます」
ともあれ、そういう血なまぐさい話は朝食時には似合わないので私は空気を変えるため、ニコニコ顔のユランスを朝食に誘った。




