第40話 吸血姫は下僕をまたも追加する。
生まれたばかりのナディは早々に気絶から復帰し、私と共にドラゴンの解体に向かった。
それは今更な話だが異世界という認識が追いついてなかった事が要因だった。本人は猫獣人となった事もそうだが目覚めの瞬間にそれを認識したみたいでね? 起き抜けには命じられた通り下着を身につけ手慣れた様子でメイド服に着替えて私の後ろを付いてきた。ただ、尻尾を外に出すときだけはもたついたけど。
そしてログハウスの外・・・亜空間内の解体場に着くと既に他の面々がおり魔物をその場で解体していた。これも普段なら現地で解体する事が常なのだが場所によっては他の魔物と同族が寄ってくるので血の匂いをさせないよう、亜空間で行う指示を出しているのだ・・・リンスが。ただね? 今は私の背後に新しい仲間であるナディが居るため──、
「「「猫さんが居る〜!?」」」
ユーコとフーコ、ニーナが大興奮でこちらに走って来た。なお、ユーマは真面目に解体しているが、気持ち猫獣人が気になるようだ。
「尻尾が柔らか〜ニーナとは違った感じだ〜」
「おっぱいも手に吸い付くようだわ〜」
「お尻もモチモチね!」
ナディは尻尾を握られ、胸を揉まれ、尻を撫でられ──
「ちょ、ちょっと!? いきなりなによ!?」
イヤイヤな声音と共にウットリした表情でユーコから顎下を撫でられていた。
するとナディの声音を聞いたユーコ達は突如として怪訝な表情となり撫でる手を止める。
「あれ? この声・・・」
「聞き覚えがあるような?」
「どこで聞いたっけ?」
「ちょ!? それは余りにも酷すぎない!?」
ナディは撫でを止められた事と忘れられた事で一同にツッコミを入れる。
ユーコはツッコミを入れられたのに淡泊な反応を示すに留めた。
「ん? この反応もどこか懐かしい」
それはどこか懐古的な雰囲気であり・・・ナディは諦めの境地に達したのか溜息を吐いた。
「懐かしいって・・・もういいわ」
すると、その態度を見たフーコが思い出したようにナディに指をさす。
「直ぐに諦める素振り・・・まさか、カナブン」
「そのアダ名は止めてって言ってるでしょ!」
ナディはフーコの指を掴みながら苛つく素振りで注意する。今度はニーナが呆けながら、またもアダ名を使った。
「え? カナブン、猫さんになったの?」
「だから!!」
それは学内では見ないやりとりだったが、この四人の反応は凄く自然であり、勝手知ったる仲という感じが見てとれた私だった。
§
その後は解体前という事もあったが、私が一同に事情を話した。リンスは王城に居るそうで、この場には四人だけが戻ってきたらしい。
「というわけで私専属の使用人としたのよ」
「なるほど〜。カナブンなら安心だね!」
事情を聞いて安心した素振りを示すのはフーコである。だが、アダ名は引き続き使う辺り、ある意味の愛情なのだろう。
ひとまず、勝手知ったる仲という事は判ったが私は改めて一同に自己紹介をさせた。
それは種族的に違う事と名前がそれぞれ異なるからだ。あとはユーマの性別もね?
だからだろう──、
「えー! ユーマってば女の子になったの!? ユーコやユリエさんからキレイキレイされてた事が影響したわけじゃないよね?」
「え? そうなの? 私だけじゃなく姉さんの影響もあったの?」
ナディが驚愕しながら現実を受け入れられないでいた。そのうえユーコの姉の名を出しユーコもユーマを問い詰める。
「あったというか・・・元々、そっちだったし」
しかし、ユーマとしては恥ずかしいのかモジモジしながら自身の気持ちを暴露した。私は当初より気になっていた事を思い出し納得した。
「元々が男より女の子だったって事ね・・・影響のあるなしに関わらず」
そう、どういう経緯かは知らないがそういう立場の者は必ずといっていいほど居るのだ。
それはまだ蘇らせてない一名も含むが、なにかしらの要因で男女が入れ替わるように転生する事がままある。
私は自己紹介もほどほどに、それぞれが行う作業を促した。
「とりあえず、時間は有限だから私達も解体始めましょうか」
「そうですね」
ナディもそれに対して首肯を示したので私は亜空間庫から一匹のドラゴンを取り出した。
「「「「!!?」」」」
「どうしたの?」
しかし、私が大きな巨体を取り出した瞬間、先ほどまで魔物を解体していた者達は唖然となった。ナディには事前に戦闘中の記憶を見せていたので平静を維持してるけどね? すると、ニーナが恐る恐る聞いてくる。
「そ、その、巨体・・・〈ゴールド・ドラゴン〉?」
「そうね? まだ数体残ってるけど」
私はなにを今更という素振りで返答した。
狩るのは簡単過ぎたもの。巨体というだけで大した反撃が無かったから。
あるとすればドラゴン相手に撃った攻勢魔法が術者本人に戻ってくるくらいで物理攻撃さえ与える事が出来ればそれほど脅威ではない。
次いでユーコが恐る恐る私に問い掛ける。
「もしかして・・・」
私は作業に入りたいと思いながら、あっけらかんとユーコの言葉に応じた。
「ええ。三十体くらいかしら? 軽く狩ってきたわよ? 一体辺りで確か・・・大白貨一枚・十億リグする魔物だけどね? 日本円に換算すると確か・・・百億円かしら?」
「「「「「!?」」」」」
だが、売値を言葉に出すとナディを含む一同が白目を剥き泡を吹いて気絶した。
いや、仮に売るとしたら三千億相当になるけど、これも解体せずに売ればの話だからね?
私は売らず自身の素材として消費するけど。
血液や臓物はマナ・ポーションの素材だし、肉は滋養強壮となるもの。皮は鞣してローブの表面に施せば耐魔特性のローブとなるし。鱗も盾やら鎧に出来るしね? 骨も鋳溶かせば添加剤として金属の補強になるもの。
大白貨十枚・百億リグの魔核はともかく、それ以外は私が消費するからね?
(魔核は・・・リンスに売って貰おうかしら?)
だが、魔核の需要が判らなかった私は気絶した者達を眺めつつ、この場に居ない王女殿下に委ねる事にした。
おそらくリンスが聞けば同じく気絶する事は明白なのだが・・・この時の私はその配慮すら頭になかった。
§
ともあれ、ドラゴン解体は私一人でこなし、粗方片付いた頃合いでナディ達は目覚めた。
ドラゴンの血はその場でドラム缶サイズの大瓶に複数本保管し、肉は部位毎に解体して食べやすい大きさに切り刻み、味付けを施して冷凍乾燥で保管した。
これはある意味の干し肉扱いね?
臓物も部位毎に挽きつぶして液体へと変化させこちらも大瓶に移した。排泄物の類い・・・〈ゴールド・ドラゴン〉は腹に液体と固体のオリハルコンを蓄えていたけど、これも回収して剣や装備品の材料とした。
元々が排泄物だから汚いと思うなかれね?
他の生物と同じと思うのは違うもの。
皮は鞣す前だが、今は乾燥させている最中である。鱗も山のように採れたので革袋に袋詰めして土嚢のように積み上げている。魔核の三十個は貴重品なので即座に洗浄して亜空間庫に保管した。
流石に一人で三十体の解体は辛かったわね?
その代わり〈解体〉スキルが生えてきたから今後は楽だと思いたい私であった。
私は片付けの最中、目覚めて早々のナディに話し掛ける。これはある意味、重要な事案だからだ。
「そうそう、ナディは毛並みが珍しい銀猫だから、外に出るときは〈変化〉して貰うから」
そう、〈変化〉スキルである。
慣れるまでは〈希薄〉スキルでもいいだろう。だが冒険者登録をするとなると目立つのだ。そのうえレベル70という高いのか低いのか判らない状態であり、上位の者が奴隷とする──精神干渉無効でナディが身悶える──可能性もあるから見た目を偽る事は最優先事項である。
すると、ナディは片付けに参加しながら私の言葉に呆けつつも応じる。
「え? 〈変化〉ですか?」
「そうよ? 私の全眷属は種族を問わず様々な容姿に変身出来るスキルを与えてるのよ・・・ナディのその姿は珍しい姿だから、ひと目見て色んな意味で犯そうとする輩が現れても不思議ではないからね?」
私はナディの言葉に補足を行った。
なお、手元では〈金色の魔力糸〉によって亜空間に散らばった血痕を洗い流し・・・という名の食事をしているが。だって、もったいないでしょう?
一応でも血液だし魔力が溢れているもの。今は吸血鬼組の面々も片付けを手伝いつつ〈金色の魔力糸〉を用いて、その味に酔いしれてるし。
なに気に大量の血液が溜まったのよね〜。
しかし、ナディは私の提案というか命令にモジモジと困惑した。
「で、でも、どんな姿をとれば?」
確かに、どんな姿とすればいいか判らないのは仕方ないだろう。イメージが浮かばなければ〈変化〉のしようがないのだから。私はニナを保管庫から出して丸太ベンチに座るニーナを指さして提案した。
「昔の姿だとあれだから、ニーナと同じ姿になったらいいわ」
「へ?」
ニナとニーナが並んでいたからナディの目は点である。ちなみにニーナの現在の姿は兎獣人ではなく金髪碧瞳のエルフである。
するとユーコが苦笑しつつナディに話し掛ける。
「まぁニナがそばに居れば呆けるのは仕方ないと思うよ?」
「そうそう。捕獲組と回収組とでは肉体の取り扱いが違うから」
「私は消して貰いましたけどね〜。男の身体とか不要ですし」
そのうえフーコとユーマまでも苦笑しつつ、ナディに対して事情を打ち明ける。捕獲組と回収組という言い回しで余計混乱したが。
「へ? ど、どういう事?」
私は苦笑しながらも転生前の事案を思い出させた。
「先ほど見せたわよね? ナディの肉体が勝手に動いてるアレ?」
「はい。芋虫をモグモグしていた」
だがここで、ナディの一言を聞いたユーコ達は驚愕を示した。
「カナブンだけじゃなく芋虫も食べたの!?」
「カナブンじゃ飽き足らず・・・?」
しまいにはニーナまで絶句し、ナディは大慌てで言い訳を繰り出した。
「ちょ!? カナブンって呼ばないでよ!? 好きで食べたわけじゃないんだから! あれはバカ兄に放り込まれただけで・・・」
私はナディの言い訳と周囲の雰囲気から察した。
(なるほど、アダ名の由来ってそういう事? 兄に対する嫌悪感もそういう?)
ある意味、そういう性癖を作ったのも兄の所為だろうが、余りにも酷である。
シオンですら虫を食すのは無理とするのに。
私は話が進まないため大騒ぎを執り成した。
「はいはい。話を戻すわよ?」
「「「「「はーい」」」」」
「実はね? ナディの元肉体は本来の斥候という名目で侵入していたのよ。使い捨てとされた回収組とは違う本命ね?」
私は真面目な顔でナディとユーコ達の違いを示す。しかし、ナディは回収組の用途に絶句し、四人を改めてみつめた。
「つ、使い捨て?」
その直後、ユーコを始め、ニーナ、ユーマ、フーコと笑顔の会話が続く。
「そうね〜やりきれないけど、それで助かった事でもあるし」
「ニナちゃんを回収出来たのも、そのお陰だしね?」
「元よりのあった闇属性が回避に繋がったのもそうだしね?」
「うんうん。使い捨て万歳って今なら言えるわ〜」
ある意味で重い空気の話題なのに助かった面々の言葉が緩かったからだろう。一時的でも温和な雰囲気となった。なお、ユーコとフーコの前の肉体は既に廃棄されて燃やされた後だが。その後は私が執った方策を伝えた。
ナディとしては自身の肉体に兄が宿っていたとして嫌悪感を滲ませていた。
私は保管庫から兄の疑似人格だけを取り出して提案した・・・が!
「それで、この〈封印水晶〉の処置、身内であるナディに一任しようと思うけど・・・」
「い、要りません!?」
ナディは猛烈に拒絶を示した。
シオンが居れば大興奮となる嫌悪感である。
シオンがこの場に居ない事が可哀想と思う私であった。
すると、ユーコが私の代わりに問い掛ける。
それはどこか、もったいないという感じだ。
「不要って事?」
「今は転生して別者なんです。かつての縁が無くなったのなら関わる気は毛頭ありません!」
ナディはユーコの言葉なのに相手を見てないのか敬語を使う。それは仕方ないであろう。
俯いて自身の胸を抱いたまま震えてるからね? 銀の長い尻尾もしおれて震えてるし。私は拒絶をもって対応を変えた。
「でもね? 実際の疑似人格にはかつての記憶が無いから別人と変わらないけどね? その志向も至極真面目な青年に戻るから」
「え? そうなんですか?」
ナディは急に顔を上げ呆ける。
それはそうだろう。
かつての記憶は敵対者が全てぶっ壊した。
人格を成す名前以外は全て崩壊させたのだ。
元に巻き戻したとしても真っ新な疑似人格にしかならない。ある意味、肉体のないニナという感じね? ニナの場合は肉体に分離体を入れただけの疑似人格だから育て方次第でどっちにも転がるけど、この疑似人格には感情が含まれてて、ある程度の知識を植え付ければそれ以外の行為は行わないのだ。
本能的な部分は分離体が行うしね?
ということで私はあえて隠していた手札をきる事にした。
「そうなのよ。それで・・・ユーマ、使うけどいい?」
「使う? え? まさか・・・」
そう、消したと思わせたユーマの元肉体である。ユーマも一瞬、呆けるが直後に愕然とした表情に変わる。
私はその表情を見て(待ってました!)という微笑みで返す。
「消したと思う? もったいないでしょう?」
「!!?」
私はユーマの声にならない絶叫を無視し、ユーマの肉体を取り出して分離体を宿し、第十階梯魔法である人格移植魔法を行使して、ニナと同様に元の状態に戻った肉体に枝葉兄の回帰人格を宿した。
この世界の知識もユランスから戴いた知識を与え枝葉宰本人が持つ執事知識だけを焼き付けたので問題なく使いっ走りとして利用する事が可能であろう。
見た目はかつてのユーマだが中身は枝葉宰の人格だ。本能的なものは分離体が行うし、命令に準じる人形なのだから。
直後、顔を真っ赤に染めたユーマが懇願する。
「あうあう、カ、カノンさん、せめて顔だけは・・・」
「変えた方がいい?」
「はい。流石に・・・イヤなので」
私は嫌悪感を出すユーマの懇願に仕方なく応じた。顔立ちの変更は骨格をいじる事になるから面倒なのだが私は分離体に命じ厳ついユーマの顔を構築させた。元々が女顔だった事もあって、変化はとてつもないものとなったが。
「なにこの男らしいユーマ君!?」
「極小は目立つけど執事服を着れば問題ない顔立ちになったわね?」
「元々が筋肉質な肉体だし、ようやく本来の姿になった感じかしら? 下はともかく」
「これは私じゃないですよ!? それと名前も変えてください!?」
その結果、ナディ以外の女性陣の反応は予想外のものとなったが、ユーマの願い通り執事の名前は〈アンディ・エダハ〉という似ても似つかない名前へと変えた。
その後のナディは金髪碧瞳のエルフに〈変化〉したので、猫耳と尻尾が消えたとしてニーナ達からしょんぼりされたのは言うまでもない。




