第37話 吸血姫は女神様の願いを聞く。
ひとまず、冒険者ギルドでの行う事を終わらせた私達は亜空間のログハウスに戻ってきた。
実際に街中にずっと居ても良かったのだけど真っ暗闇な中で大騒ぎしすぎるのも種族バレに繋がるとしてリンスが王族教育を行う事も含めて一同に提案したのだ。
その結果、早速異世界慣れした一同はあちらの世界に比べて娯楽が少ないという理由でその提案を受け入れ戻ってきた。確かにあちらで楽しんでいた一同にとっては暇よね?
私はあちらの方が暇だったけど。
その後の私はダイニングでリンスの王族教育が始まる前にキッチンで兎肉を捌きつつ、ある事を思い出してダイニングで茶を啜る該当者に問い掛けてみた。
「そうそう。ニーナの古い肉体はどうする?」
問い掛けてみたのだが兎獣人となった者の前で兎肉を持ちながら聞いたのがマズかったらしく、茶をユーコの顔面に吹き出しつつも猛烈な反発が返ってきた。
「ブーッ!? 兎肉を捌きながら聞かないで!?」
私は捌いた兎肉をまな板に置きながら、ニーナに再度話を振ってみた。
「たまたまよ。それでどうする? 一応遺体でも、まだ新鮮そのものだけど?」
「たまたま・・・というか新鮮そのものという言い回しはちょっと・・・」
ニーナはズブ濡れとなったユーコを拭いながら引き気味に問い返してくる。
私はそんなやりとりを眺めながらも率直な対応を示した。それはニーナ達の目前で魔力的な壁面を投写し軍船の様子を見せた。これはユーコやフーコの身体を見た時と同じ魔法ね?
「今はまだ時間停止で放置されてるからね?」
そう、中身はこちらに転生しているが抜け殻は上空の軍船に放置なのだ。
ちなみに、ユーマには既に問い掛けており、こちらは不要として魔力還元を願ったの・・・前世の粗物など不要という感じよね? 今は女の子として過ごせる事に喜んでいるようだから。
すると、ユーコがニーナの元肉体を眺めながら引き攣りつつも呟く。
「懐かしい姿ね。野郎共に犯されてるけど」
「そ、そうね? 実際に自分の前の体がこういう状態と知ると・・・なんとも言えないわね?」
ニーナは改めて自身の肉体の状態を知り、唖然という状態だった。
犯されているとは思いもよらないであろう。
私もこの事態は初めて見たが群がる男共を見る限りなんとなく察した。三組にはヤリチン野郎というバカが割と多かったから。
「事の経緯は不明だけど、他の素行不良者の殆どが男共だったというのも・・・あるでしょうね?」
「うーん? 覚えがない状態だからなんとも言えないけど・・・回収は可能なのかしら?」
ニーナは困惑が極まったのか回収を願い出た。すると先ほどまで黙っていたフーコがニーナを怪訝なまま見つめ問い掛ける。
「回収?」
ニーナはフーコの問い掛けに対し、苦笑しながらも率直な思いを伝える。
「うん。愛着のある体だし、留めておけるなら洋服の見本として置きたいかなって」
それを聞いたユーコは察したようでニーナに問い掛ける。
「マネキン用途って事?」
「出来るならね?」
ニーナはそれだけ発すると犯され中の肉体を眺めつつも静かに黙り込む。愛着・・・確かにそれもあるだろう。今の肉体も気に入っているが、それでも十八年間を共にした肉体なのだ。
私は出来る限りの対処として提案・・・否、実行しながら一同に示した。
「それなら周囲の野郎共は消し飛ばして、肉体の異常部分だけを時戻ししましょうか」
「野郎共が消えた!?」
「みるみる間にニーナの肉体が綺麗になってる?」
「凄い・・・肉体が蘇った?」
私は野郎共から生命力を完全に奪い、肉体の構成すらも魔力還元した。そして魂不在の肉体に分離体を与え、ニーナとの繋がり自体を完全に断った。残したまま異常部分を戻すとニーナにもなんらかの影響が出るからね?
ただその光景を見る者は総じて驚愕ね。
目前でビックリするような出来事が当たり前に起こるのだから。ニーナが元に戻った肉体を見て口元を覆い涙する。
「蘇ったわけではないわよ? 中身はニーナ自身だし。今は私の分離体を入れたから、たちまち異世界人の肉体が死ぬ事はないでしょう・・・ね?」
私は違いを示し、転移術を用いてこの場に連れてきた。
「え? 消えた?」
転移術で呼び寄せた瞬間にフーコは驚き、ユーコが驚きつつもフーコに示し、ニーナは涙を流しながら笑顔に戻った。
「こっちに現れたわよ!? 裸だけど!」
「!?」
私はそんなニーナに対して、苦笑しながらではあるが注意事項だけは伝えた。
「ニーナは持ち主としてしっかり管理するのよ? 一応、生体そのものだから太りもするし痩せもする。命じればその通りに動くけどトイレなどは自発的に動くから要注意でね?」
それは本能的な部分で分離体が活動するからだ。それ以外は命令に準じるため、ある意味で使い魔そのものだ。心臓の鼓動も当たり前に起き、生理だって起きる。その点の管理もニーナが行う必要がある。表情は常時真顔だけね?
こればかりは感情面をニーナ自身が開発するしかないの。ある意味で高校生までの知識がある赤子という感じだから。
しかし、私の言葉を聞いたユーコは訝しげにニーナの元肉体を見つめ、フーコもユーコに応じながら、きょとんとした表情のままそれが浮かんだようだ。
「ペット?」
「ペットよね?」
茶を静かに飲んでいたユーマまでも──
「兎獣人のペット・・・」
ボソッと呟き、怒ったニーナのツッコミが一同に入った。
「私の体をペットとか言わないで!? ニナちゃんは私の妹なんだから!!」
一応、名前は前世名で自身の妹としたようだ。扱いはペットとなんら変わらないのは致し方ない話だが。
§
それから数日後。
妹を持ったニーナは・・・というと。
魔導士として錬金魔法を一生懸命覚え、その都度服を作っては楽しそうに──
「ニナちゃん。こちらの服を着てね?」
「はい。お姉ちゃん」
ダイニングにて自身の前肉体を相手に着せ替えを行っていた。
ちなみに必要な生理用品は私が用意しニーナが付け方をニナに教えるまでもなく手渡していたのは言うまでもない。それは知識として当たり前に存在する事と、ニーナが不要だからだ。
その光景をフーコがニマニマと眺める。
「この分だと、ルイとレイ辺りも同じ事しかねないよね〜」
同じく王族教育中のユーコに話し掛けた。
すると、ユーコは苦笑しながら当人達を思い出しダイニングの上座に座る私が問い掛けた。
「あー、レイヤー仲間だったしね〜」
「まだ居たのね・・・これは肉体用の部屋を増設する必要がありそうね」
私は該当者が一人だけと思っていたのに、これから増えるとして呆れながらもログハウスの図面を引き直した。
今はこれから増えるであろう人員向けの部屋しかないため、回収済み肉体用の部屋はなくニーナがフーコと共に寝る同じベッドでニナを寝かせているのだ。
元が同じ者の身体だから問題はないけどフーコがニナの身体をアレコレと触る度にニーナが怒って、フーコを蹴り出す事が増えたため別室を用意する事となった。
それと回収者以外・・・捕縛者の部屋も用意する必要があり──増えないでよ──と思った矢先に増えていく同居人に辟易していたが。
すると、外出していたシオンがリンスと共に、お疲れ気味な様子で戻ってきた。
「ただいま〜」
「戻りました〜」
実は今回、本国から二人は呼び出され城に上がったらしい。私自身、その点の理由は関知してないけどね?
私は労いつつも──、
「お疲れさま。アップルパイなら保冷庫にあるから・・・」
リンスの好物を用意したと言ってるそばから、リンスは颯爽と保冷庫の前に移動してニコニコ顔で取り出していた。
「いただきます!」
それを見たシオンは苦笑しつつも──
「リンスは好きよね〜」
溜息を吐いたので私はシオンに問い掛けた。
「それでなにがあったの?」
シオン自身には心配してないけどね?
私の心配はリンスにあるのだから。
すると、シオンはブルッと身体を震わせながら事情を打ち明ける。
私の放置で感じたみたいね〜。
「リリスの症状が完治したという報告があったのと・・・」
「リンスのお母上の事よね? 治ったのなら良かったじゃないの?」
「うん。それはまぁそうなんだけど・・・」
「歯切れが悪いわね?」
私は完治した事が嬉しいと思ったのだけど、シオンの表情はどこか辛そうな・・・感じるとかじゃなく本気の辛さをみせていた。
私はシオンの心配など一切無いが、この表情と言葉だけは見過ごせないという感じがした。
「実はね? カノンの事を・・・」
「ん? 私の事?」
私は・・・私の事と聞き嫌な予感がした。
「ええ。錬金術士としての技量・・・」
「まさか・・・」
職業的な話として嫌な予感が的中した事を私は気づいた。シオンは私の予測通りという首肯を示しながら詳細を明かす。
「ええ。どこで噂を聞きつけてきたのか知らないけど、第零浮遊大陸・ルティルフェ〈ミルーヌ王国〉の王族が・・・打診してきたの。そのような素晴らしい錬金術士が居るなら是が非でも囲わせろってね?」
流石にこのタイミングで中央大陸の名が出るとは思いもよらなかった私だった。
ただ、この一件で私の怒りが爆発しかけてしまった。件の侵略者達の目標が私に打診?
囲わせろとかどの口が言う?
「へぇ〜。そんなに滅びたいの? それなら変質者達の妨害は止めようかしら?」
しかしシオンは姉の行動を予見したようだ。
事前に回避策を用意した事を告げた。
「それを言うと思ったから噂はあくまで噂として返答したのよ!」
だが、私としては怒りが収まらないため、楽しいという気持ちのままに問い返す。
「そうなの? 滅亡欲のある王族なら放置してもいいと思ったのだけど」
「王家だけなら滅びても構わないわよ。所詮は人族国家だし・・・でも民達は違うもの」
シオンは私の言葉を聞き流しながらも、変質者達の相手を思い出させてくれた。
私はその時点で怒りが消え、困ったようにシオンの考えに同意を示した。
「そうね。民達が割を食うのは違うわね」
そう、人族の王家という輩は欲望に忠実過ぎて頭の痛い話だった。同族ならば私達に対して〈畏怖の念〉があるため、定期的に提供される事のみに留めるが、人族は違うようだ。相手が誰かなんて関係ない。
隷属してでも囲う。
そういう事をまかり通す種族なのだから、やりきれないであろう。特に今回は今まで話題には出てきたが関わる事が一切無かった国家だ。
それが今更出てきて囲わせろとは片腹痛い話である。
すると、私の困惑を見たリンスが心配そうに・・・否、アップルパイを置いた小皿片手に苦笑しながら教えてくれた。
「どのみち打診してきたのは大使館経由ですし、使節が訪れたワケではないですから心配する必要はないですよ。それにカノンさんの国籍は〈ティシア〉の者でも居住は亜空間のどこかですから噂の大元がどこであれ、今回の場合は話を通さねばならない相手が違います」
「そうね。リンナもその点は同意見だったわね。国名の無い場所に住まう者をどうこう出来るわけがないのだから」
シオンもリンスの祖母の名前だろうか?
彼女が言った言葉をそのまま私に伝えた。
それに亜空間の持ち主・・・この場合はユランスに話を通さねばならないのだ。
「相手にする必要はないです。姉上もこれは同意見ですね」
今度はユランス自らが再度顕現し、ダイニングの椅子に座った。
先ほどまでは神界に戻っていたようだけど、まったく自由きままな女神様である。
私はこの場の意味を含ませながら──
「話を通す相手が女神様だとするなら、人族の長は手も足も出ないわね?」
「そうですね? 聞き入れるつもりは毛頭ないですが」
ユランスを相手に話を振ると、ユランスも軽い調子で話に乗り、シオンもあっけらかんと同意した。
「まぁそうなるでしょうね〜」
だがこの場にはリンスや他の面々が居た事を忘れており──、
「え? 女神様?」
「「「「え?」」」」
リンスがテーブルにアップルパイの小皿を置きながらキョロキョロと見回し、同じく眷属の四人もそんなリンスの姿に呆けていた。
まぁ見えないのは仕方ない話よね?
ある意味、会話としてシオンが私の話に乗ったようなものだから。すると、この空間の持ち主は優しそうな微笑みで呟いた。
「楽しそうでなによりです。引き続き争いとは無縁な生活であって欲しいですね〜」
そう、フラグのようでフラグではない、なんともな願いを口走りながら。




