第32話 吸血姫は想定外を作る。
そして翌日。今日から一時的に〈常陽の刻〉となるが──、
「えー!? この世界ってそういう世界なの!?」
リンスがユーコ達に対して世界のルールやマナーを教えていたのだ。ただ昼夜の仕組みを教えた直後、ユーコの絶叫がダイニングに木霊した。
「はい。お静かに!」
「あ、すみません」
「通常・・・今日を含めて二日間と一日を除くと我らが外に出る事はありません。但し、冒険者として擬態した者は例外的に動いていますが、基本は街の中には入らず〈未開大陸〉か飛空船に乗って移動している者が殆どです」
というようにリンスが伊達眼鏡を掛けつつ私の用意したホワイトボードの前で主なる基礎知識を二人に教えていたのだ。
これは再誕前、洗脳中は焼き付けられていたため見聞きして知ることの無かった知識だ。
今は真っ新のスタートのため、初めて聞く状態になる。
一方の私はというと今後の事を考えある魔道具を錬金工房にて用意していた。二人はともかく今後増えるであろう者達に一々教える事が大変という事もあって【勝手に覚えてね?】的なブツを拵える事としたのだ。
これは本人達に対して丸投げの様相もあるが時間的にどうしようもない事情があるため仕方がない措置である。
それこそ女神様達が強引に覚えさせてくれれば話は早いけどね〜? 〈召喚契約〉があるから、それは無理な相談らしいが・・・ともあれ。
現状、私の隣にはシオンしか居らず見本としてスマホを浮かせながら作業していると──、
「前々から思ってたけど、そのガラス板ってなになの?」
「一応、通信魔道具の一種よ。といっても全てが電気を用いた機械だけどね? 異世界には隠れ魔術や妖術はあっても魔法の類いは一切ないから」
「ん? 電気ってなに?」
「あー、そこからかぁ・・・雷魔法のビリビリを応用した物でね。様々な手順を踏んで誰でも使える道具としているのよ」
興味津々な様子でアレコレ質問してきたの。
シオンがあちらに居た間には無かった道具が殆どなので興味の底が尽きない有様であり、作業中ではあるが別のホワイトボードを用意して説明した私であった。説明後のシオンは腕を組みながら唸っていた。
「異世界は奥が深いわね〜」
私はそのうえで主な違いを示す。
「こちらは魔法がある分、代わりとなる魔道具を用意するしかないのよね・・・」
その直後・・・私が用意した〈通信具生成魔道具〉の内部が光り輝き目的の道具が完成した事を知り、内部から目的の物を取り出した。
「と思ったら、完成したわね。後は必要数だけ用意して所有者登録もしましょうか。私とシオンは共用となるけど、それは仕方ないしね?」
この〈通信具生成魔道具〉は大きさで言えばシングルベッドと同じ大きさの物で、内部では水晶の削り出しや魔法付与が行われる。
そのような過程を魔道具として一つに纏めると持ち運び不可な大物になってしまった。
そして問題の水晶板はというと──、
「虎の子というわけではないけど、四個目と五個目は私とシオンで、他の物は順次作成が進んでるから必要数出来たら手渡しましょうか」
「水晶の板だけで・・・なにもないけど?」
「これはね? 血を表面に・・・垂らすとね?」
最初は無色透明な水晶板だが血液で所有者登録すると本人が思い描いた通りの見た目に早変わりし、異世界のスマホをエミュレートする魔道具となった。
動力も持ち主が無意識に放出する微量魔力でありバッテリー的な物は存在せず、盗用する事も不可能で窃盗された場合は水晶板に還元し魔法陣も即座に消滅する。通信に関してもこの世界の通信魔道具に用いた物と同じであり、映像と文字、音声でのやりとりに加え、小型という事で常時持ち運びが可能になる代物となった。
ちなみに、従来の通信魔道具は召喚されてきた錬金術士が作り出したアーティファクトという事らしい。通信に使う電波的な物も女神様が用意した〈魔力場〉と呼ばれる不可思議な力を使うとかでそれを私自身も使わせて貰った。
理屈のうえでは電離層のような通信結界ね。
肝心の通信番号も神族から人族にかけて付与されている枠の空き枠を貰いうけ、私達専用として設定して貰った。これ自体は通信魔道具で既に使われている物と同じね?
肝心の指定も〈種族・属性数・固有番号〉という形式となっており神族の〈000・08・固有番号〉から始まり人族の〈004・0x・固有番号〉という感じで終わるのだ。
なお、私達は神族の下に位置しており〈001・0x・固有番号〉を割り当てて貰った。
ひとまず、シオンの反応は上々である。
「あ! 赤色の魔法陣が出た後に見た目が見本の板と同じになった!!」
「でしょう? 時間停止中の亜空間でも外の時間と同期してるから感覚的に日数が判らなくなる事もないわね。ただ、せめて日付があれば一番いいのだけど・・・」
ユーコ達も第八十八の野蛮人達に手荷物が回収されて取り戻せない事を悔やんでおり、代わりとなる魔道具が手に入るのなら多少は溜飲も下がるであろう。
ただ、シオンとの話題でもあるように日付という物がこの世界には無い。時間は私が限定的に与えてみたところ固定化されたため──、
「そこは女神様達も苦慮してるそうよ? 出来るならこっちに丸投げしたいとか言ってるし」
シオンは苦笑しながら女神様の苦労を語る。
「それでいいの? まぁそうね? 今日がこの魔道具を作り出した日だから開始の新年を今日からにして異世界風の三百六十五日の一年間としましょうか。三年後の一年だけが三百六十六日となるように。あとは暦の方も異世界式にした方が彼等も間違えなくていいでしょうし・・・主に私達の中だけでもね?」
流石に丸投げという点はどうしたものかと思ったけどね? 日付の感覚が長命種には必要の無い物だから私達はともかく異世界の人族から転生した者達を考慮して私はシオン経由で女神様に提案した。
「それでいいって。日付指定がそもそも手つかずだったそうだから・・・適用されたわね?」
提案したはいいが・・・速攻受諾されこの世界の時間というか日付が即座に設定されてしまった。それは通信魔道具〈スマホ〉に異世界式の日付が当てはまったからだ。
その見た目は──
〈創世歴3025年1月1日・午前14:00〉
という感じね?
この創世歴というのは世界が作られた年という物で私達の年齢から九十二を引いた──年齢で引かないでよね──年数の事をいう。
この瞬間、私の価値観というか色々な物が壊れていく音が自身の中から響いたが、そういう物だと思い直し呆れのあるまま受け流す事を選択した。
「地球と違う気がするけど・・・まぁいいか」
「そうね。一日が四十八時間だからね〜、異世界風で言えば二日分に相当するけど」
「無駄に長いわね・・・まぁ三つの月が十六時間毎に現れるのだから仕方ないわよね?」
そう、この世界は一日が四十八時間であり、午前十四時は午前七時に相当するのだ。
今日明日は太陽が異世界時間で四日間出っぱなしであり、召喚日のように一つに重なる事はないが、二つの太陽が左右から照りつける期間が長時間存在する事になる。朝焼けや夕暮れ時は四十八時間の間に片方が月と入れ替わる期間ともいうけどね?
§
ともあれ〈スマホ〉の使い勝手を検証した私達は問題の無いことを把握するとシオンがダイニングで伸びる者達を呼び出した。
「ユーコ、フーコ、勉強会が終わったなら、こっちにきて〜」
だが──、
「リンス様、厳し過ぎます〜」
「覚える事が多すぎます〜」
「まだ初歩でしょう? 魔法詠唱を覚えるよりは楽ですよ?」
今はリンスから現在進行形で説教されており口から湯気を吐いて突っ伏していた。これも世界の仕組み・種族・マナー・歴史・通貨価値・魔法の仕組み等々を時間の許す限り詰め込ませようというのだから伸びるのは必定であろう。
実質、二日間の間に試験合宿かというレベルで勉強会を開くのだから受験勉強を行っていた二人からしても限度を超えたようだ。
いくら肉体が真祖の直系となったとしても、その精神は異世界人の女子高生なのだから仕方ない話ではあるが。
だがシオンの発した言葉を聞いた瞬間──
「気晴らしにカノンが作った〈スマホ〉見たら気が変わるかもよ?」
二人は突っ伏していたのに名称を聞いた直後に起き上がり錬金工房の方を向いた。
「「〈スマホ〉!」」
リンスはその挙動を見て苦笑いだったが。
シオンは手招きしつつ錬金工房に二人を呼び寄せ私の言付けを伝えてくれた。
「そうそう。たちまちは一人一台らしいから、無くさないようにって言ってたわ」
「「あれ? カノンは?」」
シオンは確かに言付けてくれたが、二人はなぜか私の居場所を問い掛ける。
シオンは立場上言えない事なので苦笑しつつも言葉を濁す。
「カノンは外出してるわ。所用でね?」
リンスもこの件は知らないからきょとんと呆けた。
「所用ですか?」
「まぁ色々あるのよ、色々ね?」
うん。色々あるのよね〜。
私の事は置いといて〈スマホ〉を見た二人は一瞬呆けるも血を垂らした後で自身が使っていた機種が現れ──、
「私のスマホ!! ラインもある〜! 電話まで可能なの!?」
「電話番号以外の設定は空っぽだけど通話まで出来ちゃうの凄い!」
「通信番号は通信魔道具と同じ物ね。それと見た目と機能だけを同じ物としているだけらしいから、前の情報は載らないわよ?」
「でもでも! これだけの物が用意出来るカノン様、尊敬しちゃう!」
「今晩からずっと夜伽してもいいくらいだわ!」
大興奮で各種設定を行っていた。
確かに前の情報が載らないのは仕方ないだろう。元々が真っ新な端末なのだから。
実際、本来の通信魔道具では映像やら音声は可能でも文字を打つ事は不可能だった。それを私が該当魔法を用いた〈アプリ〉で代用したのが、この魔道具の真髄である。
なお、この魔法をアプリ化する考え方は知の女神様が大絶賛したため・・・私は一人で王都の神殿へと召還されたのである。




