第274話 人参をぶら下げる吸血姫。
一先ず過去回想はこれで終わり⦅メタな⦆悪かったわね。この回想をやってしまったのはマキナの発した『三十人態勢ではまかないきれない』の一言が発端だ。缶ビールを飲んで気分が少しだけ良くなったから、というのもあるが。
(とりあえず、全員が危惧していたから助かったとも取れるか。早々に未来視をすれば良かったわね。見えるとそれはそれで面白くないから見ないようにしていたけど)
仮に回想時の行いをやっていなかったならマキナへの返事は唸りだけになっていただろう。
そのうえで記憶の無い憑依体を用意して降りた者達をコロニーに緊急で呼び戻すという手間が発生していただろう。そういう意味で薬草室にて水を撒くエロフには感謝しかないわね。
私は酒精が分解される感覚を覚えながら、
「〈水撒きエロフ〉に感謝」
ボソッとユウカが悶絶する呟きを吐いた。
するとマキナが呆れ顔でツッコミを入れた。
「お母様、それ称号に載ってませんか?」
「あ、またやってしまったわ」
「ユウカが怒って降りてきそうな気がした」
まぁやってしまったものは仕方ない。
仮にユウカが降りてきたら誠心誠意お詫びして労ってあげようと⦅呆れて流してますよ⦆あぁ称号耐性が生えてきたのね。これだと与えるだけ与えたら、そんなものかってなりそうね。
何はともあれ、これからの一週間は情報収集が主なので地上から上がってくる情報を精査して、私達は次なる指示を出すだけである。
一応、寝泊まりやらも考慮していて、その時だけはコロニーに戻ってくるよう伝えてある。
あとは必要があればギルドの登録も可としたが、ユインス曰く⦅通貨は地底と同じ⦆との事なので当面は困る事は無いだろう。
転移を用いれば入国審査もザルだしね。
なお、各班が降りている地域は以下だ。
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※第一班・人族領(地名は地底表記)
合国圏東部:シン、アキ、シンゴ
帝国圏南部:マーヤ、ニーナ、マサキ
氷国圏全域:マユミ、カナ、ソラ
※第二班・人族領(地名は地底表記)
楼国圏中央:ナディ、ショウ、ニナ
楼国圏南部:コノリ、ミキ、アコ
楼国圏北部:ココ、アンコ、コウコ
※第三班・人族領(地名は地底表記)
洋上圏全域:リリナ、リリカ、ロナルド
帝国圏北部:ワンコ、サエコ、クロコ
合国圏西部:シロコ、ルミナ、リュウ
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各地へは三人一組で行動してもらっている。
人族領は素で亜人になれる者を中心とした。
最上層にも獣人種は当たり前に居るからね。
シンゴは種族的に魔人種にあたるが、化けていれば然して問題無いのであえてあてがった。
それと合国圏西部は注意区域なので監視密度を高めにしている。ここが例の召喚国だから。
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※第一班・魔族領(地名は地底表記)
魔王国西部:サラサ、ラディ、アオイ
魔王国西部:ルーナ、マイカ、ケン
魔王国南部:ケンゴ、ミズカ、マリー
※第二班・魔族領(地名は地底表記)
魔王国南部:ルイ、コヨミ、シュウ
魔王国東部:レイキ、ウタハ、シロ
魔王国東部:セツ、シロウ、トウヤ
※第三班・魔族領(地名は地底表記)
魔王国北部:ソージ、フーコ、フユキ
魔王国北部:ハルミ、ナツミ、タツヤ
魔王国中央:タツト、クルル、サーヤ
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次に魔族領だが、ここは勝手知ったる者達を中心に動いてもらうことにした。一応、地域毎に区分けしているが規模が規模なので現地判断で何処に向かうか一任している。これもルーナ達に任せれば、なんとかなりそうだしね。
私は正面に置いた惑星儀越しに、
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。最初は手探りでの調査だから、もたついても仕方ないけど」
各地との連携を取る監視担当者達を眺める。
担当者達はヘッドセット越しに地上へと降りた者達に指示を出す。
「シンにアキ、イチャついてないで息子見て」
「ニーナとマサキも交尾は帰ってからにして」
「カナとソラ、マユミが遅れてるから緩めて」
「ルーナ様、前方よりオーガが近寄ってます」
「ルイちゃん、逃げて!? 何処にって空!」
「フーコさん、ソージ先生を連れて行って!」
それは衛星神器越しに拾った映像を元にした遭遇回避の指示ね。魔物などは簡単に狩れるが不必要な戦闘は良しとしていないのだ。
ただまぁ、中には見られていないと思った者達が草むらへとしけこもうとしているけどね。
すると隣でココアを啜るマキナが呆れ顔で物申す。
「周囲の情報より相手の情報収集が主になってない? 極一部の番だけだけど」
「これは人選を誤ったかしら?」
「そうでもないよ? 離れたら離れたで騒がしくなって、調査どころではなくなるだろうし」
「ああ、共に居る事が常な者達だものね」
私達の席からも上空の映像は見えていて、指示通りに動く者とぶー垂れる者が半々だった。
私は仕方なくぶー垂れる者達を相手に通信の割り込みをかける。
「今週の調査で一人十件の情報を持ち帰った者には夜空の見える貴賓室を一日貸し出すわよ。そこで愛し合うもよし、夜空を眺めるもよし。高級ワインと高級料理のフルコース付きよ」
それは先日の船内案内でも示した貴賓室の貸出権の進呈だった。この高級料理とは神の晩餐的な代物で⦅狩りを始めるよ〜⦆元世界の人間が作る高級料理よりも格段に美味いコース料理である。但し、元⦅素材を知らなければ⦆美味なる食事となる・・・割って入らなくても。
それを聞いた番共は、
『貴賓室キタコレ!?』×16
一部を除いて躍起になった。
一部は苦笑気味のタツトとクルルね。
『俺は貴賓室も気になるが』
『私は料理が気になるかも』
この二人は簡単な事では動じない。
むしろ、他者と一線を画する者達なのよね。
なので準備を始めた五女には悪いが、
「提供される高級料理はコウシ達が将来的に向かうべきゴールと言えばいいわね」
『コウシ達の向かうべきゴール、か?』
『それは相当なまでにハードルが高いよ?』
「そのハードルを限界突破したような風味とだけ言っておくわ。それを味わったら、次も頑張れるってなる代物ね」
『カノン様がそこまで言う代物か?』
『それを聞くとやる気が出てきたかも』
徹底的にハードルを上げさせてもらった。
上げたとしても⦅過去最高を用意するよ⦆と張り切っているので問題は無いだろう。
私とマキナも実家で戴いて惚れ込んでしまった料理だったしね。こんな事なら山中ではなく実家で過ごせば良かったと後悔したほどだ。
⦅地元に居たのぉ!?⦆×7
ただこれも、山中に隠れていて正解だったと思うけどね。今思えば私の黒髪の憑依体と島内で出くわして何故ってなっていただろうから。
一先ず、上空からの映像でも確認したが、
「全員の動きが途端に良くなったわね」
「馬獣人は居ないけど人参をぶら下げたと」
「本当ならナギサ達みたいに」
「使命に忠実ならいいけどね」
やる気が出た事で安堵した私達だった。
ともあれ、それからの数時間は大した変化もなく問題となるべき人物が居るとされる地域の特定には至らなかった。
「一日目はこんなものよね」
「地上世界に慣れる必要もあるしね」
「本日はお開きにして、日を跨いで翌朝から頑張ってもらいましょうか?」
「うん、それしかないよね」




