第268話 大悪党を求める吸血姫。
最上層へと向かう人員の準備を終えた私は、
「三番船から移設した設備はこれでいいわね」
亜空間の造船所にて宇宙ステーションめいた不可思議な乗り物を創っていた。
その見た目は円柱型。各所に縦横の筋が入った少し特殊なコロニーである。表層には魔力採取板を複数個取り付けて随時大気中に拡散している⦅魔力場で稼働させるなんて!?⦆三女うるさい。各頂点には姿勢制御の噴出口を持つ。
唯一の出入口は惑星側・底部に設けた亜空間門と気密区画のみ。それ以外は属性魔力を付与しない特殊鏡を用いた転移門を使う事になる。
属性は〈水・火・金・木・土・聖・闇〉で扱う魔術の種類によって属性が変化するらしい。
全属性という呼称は元々存在しないが、使おうと思えば誰でも使えてしまうって事なのね。
「四女から戴いた魔導書があって助かったわ。魔術付与は魔法付与と同じように出来るけど正しく経路が繋がっているか調べるには苦労したもの。お陰で魔導書をあてがえば、即座に検査が出来るから時間削減にもなって大助かりね」
コロニーの大きさは直径が180メートル。
高さも180メートルという大きな代物だ。
中心部には直径3メートル、高さ3メートルの円柱が収まっており、そこに魔核と制御室が納められている。外側には複数の個室が収まっていて、三番船から外した各個室を割り当てている。
⦅私の個室は?⦆
大きさが大きさだけに打ち上げ時は代替物だけ上げて空間置換術で差し替える予定である。
⦅無視!?⦆
ポンコツ三女が何か言ってる。
「デブリやらは無さそうだけど隕石対策だけはしておかないとね。ぶつかったら魔力還元で魔力吸収するように周囲の積層結界へ付与して」
ある程度の準備を終えると今度は代替物の創造に入った。こちらはコロニーの縮小版ね。
180センチの円柱を本来の速度で周回させるのだ。小さくて軽いから重量は同じにした。
積層結界がある以上はご都合主義でどうとでもなる⦅ご都合主義は便利だね!⦆世界神の言う言葉なの、それ?
それをロケットに載せてある衛星神器の真下に載せ、後日行う打ち上げの準備は整った。
「打ち上げるのは極軌道が無難みたいだし、後日案内してもらいましょうか。三女以外の」
妹神にね⦅ちょ!?⦆アンタうるさいのよ。
少し黙ったら⦅姉上が言われてるぅ!⦆五女もうるさいから、四女にお願いしましょうか。
⦅⦅なんで!?⦆⦆
⦅当たり前ですよ⦆
何はともあれ、一通りの準備を終えた私は造船所をあとにして、下界へと一旦降りた。
これから向かう場所はニーユ魔王国ね。
§
帝国が物理的に滅びて数日が経った。
地上もほどほどに魔力量の概念が消えていきレベル向上を意識する者達が増えてきた。
残り香を再調査したところ地底には居なかった。まぁ転生して戻ってくることもあるので、そちらは転生前に保留水晶行きとしたけれど。
魔王国も新たな一歩を踏み出す事になり、
「結局、木造船のみになったわね」
「め、面目ないです。カノン様」
「別に気にしなくていいわ。多重陣の提供だけは出来たのだし」
「あの時、財務大臣の首でもはねていれば、もう少し早く進められたものを・・・」
有翼族の反乱以降、領海内の偵察が行えなくなった魔王国。私が提供するに至った最新型の小型偵察機を購入してからというもの頻繁に空を飛ぶ機体が目に留まった。航続距離が無制限だからこちらの購入は一瞬だったわ。金属船だけは受け入れ拒否されたけど。
「リーナ、殺気が漏れてる、漏れてる。ドワーフ達が怯えているから、殺気を抑えなさい」
「あ、失礼致しました」
そして本日、私だけが地上に降りてきた理由はリーナからの現地視察の依頼をされたから。
正確に言うと、リーナではなく話題の中心である大臣から問題無いと示すために呼ばれたともいう。所詮は脳筋オーガって事よね、これ。
私の本音はさておき、
「まぁ過剰戦力は新たな火種を生むこともあるから、今回は良かったと思いましょうか」
「そう、なのですか?」
「余所には無い新戦力ほど、羨望の的になるからね。奪ってでも自国に取り入れたいとする輩が沢山湧いてしまうのよ。猛反発した財務大臣の見る目を褒めるのは少々癪だけど国境沿いの戦乱回避という点では良い仕事をしたかもね」
「なるほど。そういう見方もあるのですね」
そう、リーナの案内で北部海岸の視察をしていると海岸線へと木造船が大量に出来ていた。
(受け入れ拒否の理由は職人保護もあったと)
あちこちでトテチンカテチンと金鎚を振る音が響く。職人は全てドワーフ達で、今ある技術で全て賄えると思っている者が多いらしい。
それであっても大砲やら銃器対策などは無いので多重陣の提供だけを願われた私であった。
「どの船体もメインマストへの設置は完了しているようね。大気中の魔力を吸って多重陣とする対人族軍・海賊向けの船体防御。あら? 軍船だけでなく商船にもあてがったの?」
「ああ、あちらは」
するとリーナが困り顔で口籠もる。
私は訝しげになりつつ問いかける。
「どうしたの? あの商船の持ち主を知っているの?」
「ええ、まぁ・・・お恥ずかしい限りですが」
この反応? 一体何だというのか?
私はパッシブスキル故に対応に困るスキル。
無効化している〈思考読取〉を有効化した。
するとリーナの思考が流れ込んでくる。
(財務大臣の商船だったと。大臣が木造船の営業権を持っていたと。木造船の既得権益を大臣が持っていたから金属船導入に猛反発したと)
受け入れ拒否の表向きの理由だけなら私も納得が出来たが、裏の理由を知ってしまうと呆れてものが言えないわね。商船を見たリーナがお恥ずかしいとするのも理解出来るわ。
私が魔王国へと格安で売り払った多重陣。
金属船は要らない木造船を護る術は欲しい。
そう、願われて、受け入れて、今がある。
こちらは商会だから願われた品を売るだけ。
売る際に条件だけは付けさせて貰ったけど。
その条件を無視して一隻のみにあてがっているのだから呆れてしまうのは仕方ないだろう。
提供条件は国軍船のみ。それなのに条件を無視して私的流用して自分の商船にあてがって。
リーナの困惑は理解出来るわね。
どうせ言い訳は、
『機能するか試験的に導入してみただけだ!』
だろう。だが、機能しないわけがない。
同様の陣は小型偵察機にあてがっている物と同種だから。それを示していたはずなのに。
(いえ、示したから欲したともとれるわね)
どちらにせよ、条件無視を今回の視察で把握出来たのは僥倖だった。
私は一千個もの多重陣の内、ランダムに与えた通し番号を〈遠視〉して商船の多重陣のみを完全停止に追い込んだ。旗艦用を私的流用か。
これも稼働時には、
『軍船のみの条件外適用により機能停止しました。契約金から一陣分の購入費用を王宮へと返金しました。ご利用ありがとうございました』
そう返すので怒鳴って駆け込んできても無意味である。条件の範疇に無い私的流用だもの。
本来の用途にない利用をすればどちらが悪いかは明白だ。買った者勝ちは通用しないわよ。
(与えた側から陣を止める事が出来るって説明したはずだけど? それなのに視察させて報せてしまうとは所詮は脳筋オーガということか)
なお、売れなかった二番船やら金属船の買い手はマグナ楼国に全て移っている。魔王の居る国家は何も魔王国だけではないのだから。
各軍船の提供前にドワーフ達が軍港設置に意欲をみせ、例の荒んだ港街には大規模な軍港が出来つつあるしね。海底では人魚族達が手伝って掘削まで行っているのだから、私達のゴミ掃除は各国との友好の架け橋にもなったようだ。
片付けを終えた私は苦笑しつつ、隣でどう説明しようかと煩悶するリーナへと声をかける。
「理由は言わずともいいわ」
「よ、よろしいのですか?」
「何となく分かったからね」
「あ、そうでございますね」
というか私とリーナが共に歩いていたら普通に姉妹に見えてしまうかも⦅リーナが姉⦆そんな感じね。私を老けさせたらリーナになるし。
その後も軍船視察は続き、一隻を除く全ての設置が完了した事を把握した私だった。
それでも、一応、問うておく。
「というより先ほどの陣は旗艦用だったのだけど、あの商船は旗艦扱いになっているの?」
「いえ、王国の旗艦は別にあります。まだ建造中との報告をレーナから受けておりますが?」
「ああ、建造中なのに私的流用したのね」
「私的、流用?」
リーナは私の呟きを聞き殺気が溢れだした。
「私的流用・・・そのためだけに猛反発を?」
「罪状はそれで十分よ。大臣を罰するのは」
「はっ! 早急に処断して参ります」
国軍備品の私的流用を行った財務大臣を罰するのは私ではなく魔王国の魔王達なのだから。
終わったと思った地底世界のゴミ掃除。
別の意味で掃除が必要と思えた私だった。
所詮は小悪党、私がいただく必要はないが。
私は離れ行く怒り狂うリーナを眺めつつ、小型偵察機が飛び交う空を静かに見上げた。
(善人であろうとも長い年月で狂う時は狂う)
その狂った善人・悪人を処断するのが私の使命だけど、小悪党程度では出張る必要はない。
(どの世界も最後は欲望が勝ってしまう、か)
その狂う原因が欲望というのは微妙だけど。
(それこそ純然たる大悪党は居ないかしら?)
邪神は美味過ぎて、倒しがいがあったわね。
苦みの中の芳醇な甘み、チョコレート風味。
あちらはともかくこちらには居ないからね。
(あちらで見つけたら、いただくというのもありね。弟には悪いけど・・・)




