第265話 吸血姫は妹達に呆れる。
一先ず、レーコの件を簡単に説明し終えた私は全員が異世界の料理と統合物の風味に舌鼓を打つ間に船橋へと一人で戻った。
「船体周囲に落下防止用の積層結界を展開、自動浮遊モードに切り替え、指定高度は1万メートル、のちに自動航行モードに自動移行っと」
そして三番船の完全浮遊を開始させた。
すると船体の魔力循環が高速で動き始め、全体の稼働状況を示す信号が全て青に変化した。
「あとは目的地まで船にお任せね」
操舵系も含めて施錠を済ませ船橋に誰も入れないよう封じた私だった。
どのみち、船員達は滑走路上にて寛いでいるので、誰もが戻ってくる事は無いしね。
仮に攻撃されようものなら自動迎撃も動くので気にするだけ損である。
そうして滑走路に戻ると、
「う、浮いてるぅ!?」
「い、一体何が起きたのですかぁ!?」
ルーナ達が大騒ぎしていた。
そういえば数センチの高さでは浮かせた事はあるが、数10メートル以上の高さは今回が初めてかもしれない。
一番船では機雷を通り抜ける際に浮いたきりだものね。二番船では浮上させた記憶が無い。
この三番船では地表を空気圧で浮かせたきりだしね。現状の高度は100メートル前後だ。
するとマキナが慌てる二人の間に入る。
「二人とも落ち着いて」
「こんなの示されて落ち着けないよぉ!」
「お、落ち着いて、いられますかぁ!?」
「だから聞いて! 今から私達は本来の拠点にここから戻るんだよ!」
「「ふぇ?」」
「以前、話したよね? お母様達の本拠地は別にあるって。鏡を通してだったら、何度か出向いているはずだけど?」
「あ、そ、そういう?」
「事でしたの?」
マキナの説得により、とりあえずは落ち着いたらしい。まぁ亜空間経由で行き来していたからかどれだけ高い位置にあるのかまでは誰もが知らないのだけどね。タツトとクルル以外は。
なので私はヘッドセットを着けたうえで笑顔になり、滑走路で寛ぐ者達へと指向性の音波魔法で通達したのだった。
「ちょっとした騒ぎになったけど、今から9千メートル上空までの空の旅をお楽しみ下さい」
「!!?」×37
まぁ知ってる者達は無反応だったが、知らない者達は驚き過ぎて、固まってしまっていた。
特にウタハとセツの拒絶反応だけは相当だ。
「そんな、高さにあるなんて聞いてない!」
「だ、大丈夫なの? この船? 気圧とか」
「気圧面は魔法で何とでもなっているから安心なさい。そもそも1万メートルを超したら地表的な感覚が目覚めるしね」
「そ、そういうもので解決出来るの?」
「そういうものとして理解するしかないと?」
するとニーナとレリィが苦笑しつつ、
「ああ、高所恐怖症がここにきて再発したと」
「二人には先んじて上にあがってもらった方がいいかもね。大丈夫と思っても苦手なものである以上はどうしようもないし」
「羽根が生えても飛ぼうとしなかったしね」
「うんうん。二人だけはどうあっても、ね」
二人の苦手分野を改めて示した。
そういえばそんな感じだったかも。
泳げない、揺れに酔う、高所恐怖症。
二人のいいところは顔と巨乳だけね。
(あとは性格もいいけど、ここまで苦手が多すぎると、次の人員には入れられないか・・・)
下界の仕事はこれにて終わったのだが、まだシオンの手伝いと最上層の仕事が残っていて、次は人数を絞って向かわねばならないのだ。
多人数だと色々と大変だからね、維持費が。
予定では新拠点を成層圏に移すつもりでいるしね⦅成層圏キタコレ!?⦆三女、うるさい。
そんな予定の最中、高高度が苦手な者達は必然的に連れていけなくなったわね。
それは当然ながら番も含めて。
一先ずは怯えて腰が抜けた二人と番の二人だけは、滑走路から格納庫へと移動してもらった。必要ならログハウスに移ってもらうしかないだろう。あそこは高さが関係ないし。
私は離れ行く者達を眺めつつ、
「これは早々に人員決めをしておく方がいいわね。今回の成長度合いも含めて人選しますか」
ボソッと呟いた。
するとマキナがきょとんと問いかけた。
「お母様? 何か言いました?」
「何でもないわ」
「???」
今は表沙汰には出来ないので言葉を濁した。
ちなみに、この件は何も最上層に限った話ではない⦅なぬ?⦆亜神化したという事は限定許可が下りたという事にもなるのだ⦅あっ!⦆
私の責任の下、本人達の意思によって異世界渡航が常時可能になるの。もっとも、今後予定している成層圏の経路を通らねばならないが。
⦅それで、お母様がゴソゴソしていたのね〜⦆
私の権能とお母様の権能は同じだもの。
専用経路くらいは用意するでしょう?
神界を抜けずとも渡る事の出来る経路だ。
出口は実家ではなくあちらで買った土地経由で行えるしね。ログハウスを建てているから。
⦅それで、島内に土地を買ったんだ!?⦆
陸地に向かう船は借りないといけないが。
定期船が出ていたわよね?⦅あるよ!⦆
§
それからしばらくして、上空1万メートルに到着した。ここからは少しずつ高度を引き上げて浮遊大陸の周囲を旋回するので、船体が少し傾く事になる。といっても微々たる変化だが。
「ほ、ほ、本当に浮いてるぅ」
「前に見せたじゃん。ルーナ、頭大丈夫?」
「大丈夫だけど、映像で見るのと自分の目で見るのは違うと思うの」
「ああ、そういう事ね」
マキナとルーナが並ぶと本当に姉妹よね。
頭の出来が良い姉とおバカな妹という感じ。
私とシオンみたいな⦅バカじゃないわよ⦆関係かもしれないわね⦅言い切った⦆第六十五に顔出しなさいね⦅はいはい⦆はいは一回!
現地は第八十八の端っこだ。ここからは時計回りで高度を引き上げていくのだ。
(予定時刻は夕刻だから、夕食後に下船ね)
他の船員達は満足したのか船内に戻った。
このまま港に着くまでの間に余暇を楽しむのだろう。それか下船準備を行っているかもね。
私もテーブル類を片付けつつ、従来の滑走路に戻していった。レーコはそのままナディ預かりとなったので、この場には既に居ないが。
残ったマキナとルーナは端で景色を眺める。
「大型船が顔を出したから住民が驚愕してる」
「そういえばここも流刑島だったね。犯罪者達の巣窟だから気持ち悪い思考が垂れ流しだよ」
アオイは古巣が見えていないのに、方角を理解して黙ったまま、ジッと見つめていた。
「・・・」
アオイなりに何か思う事があるのかもね。
次いで、空賊めいた者達が襲ってきたので、
「ああ、電磁投射砲で蜂の巣だぁ。還元弾だから地上に落ちる事なく保留水晶に御案内だね」
「空の上にも海賊みたいな輩が居ると」
「滅したセイアイの女王も元々がそれだよ」
「そういえばそんな話もあったね」
自動迎撃が稼働して撃ち落としていた。
ルーナとマキナは空賊を見て拝んでいたが。
大きい空賊船なら、還元ミサイルが射出されて滅していたでしょうね⦅滅多に居ないわよ⦆その滅多に出くわすこともあり得るのよね。
というミアンスとの念話会談をしていると魔力充填が開始され、右翼の五発が射出された。
「あ、偽装した空賊船団が魔力還元で消えた」
「大型だから、背後から追ってきていたと?」
「見た事もない帆船型の大型船だったから」
「商船か何かと思って、襲う予定だったと」
今後はこの船も狙われるようになるのね。
(この空賊達は下界問題の原因にもなったから殲滅した方がいいかしら?)
ミアンスの許可が仮に下りたら実行に移すのも止むなしだ⦅今は待って⦆時期では無いと。
⦅姉上はお花摘みです。代わりに許可します⦆
そう思ったらユランスから許可が出た。
(お花摘みって必要無かったはずだけど?)
こればかりは気持ちの問題かしら?
三女達も以前、それっぽい話をしていたものね⦅あれは自家発電だよ⦆三女が暴露した件。
(なるほど、悶々として触れまくっていると)
その後、三女の声はパタリと止まった。
おそらく妹達から、お尻ペンペンを喰らったのだろう。微かに、断末魔が聞こえたから。




