第261話 吸血姫は眷属案に乗る。
三番船は帝国運河を緩りと進む。
徐行にも似た速度で橋桁を通り抜けていく。
滑走路に居る者達は人族に〈変化〉して、その様子を見守っていた。
「オッサン達と目が合った件」
「うん。気持ち悪い目でこちらを見てた」
「大型船なのに遅いから速く走れってさ」
「はぁ? 一律で罰則金を設けているのに?」
「それ目当てでしょ、どうせ」
「酷い国家もあったのね?」
「元々酷い国家よ、ここは」
「脳筋ゴリラの兄貴らしき人物が皇帝だしな」
脳筋ゴリラ。表向きはこのあだ名を絶対に呼ばないシロだったが今は居ないのであえて呼んだのだろう。狂流狂爺。
皇帝・ゴウヤ・キョリュウの実弟。
称号を看破すると狂流の名字が出てきたのだ。クルルとは無関係よ?
蜥蜴族に転生した狂流狂爺の兄らしき人物であり外道でもあった。
兄弟揃って外道というのはレア過ぎるが。
「それとさ、私の小銃を欲しそうにしてたよ」
「うへぇ。お前等も持っているだろうに」
「精度の違いじゃない?」
「精度ねぇ。まだ一発も撃ってないけど?」
「なら、見た目かね? 結構小型だから」
「しかも弾倉の無い、ね」
「特殊な銃器だから欲しいと」
「使えもしない代物を欲するとか、ヤダヤダ」
ナディの一言がもっともね。
私達の持つ小銃はレベル制限を設けた物だ。
人族達が持つと加重魔法が加わる罰則付き。
「強欲国家、帝国ってことね」
「それもあと数時間で崩壊と」
「国内にあったはずの」
「魔国も更地だもんね」
滑走路の四人はそう言って、左舷に拡がる何も無い氷の大地を見つめていた。徘徊する神精族やら逃げるゴブリン共が時々見えるだけだ。
大きな魔法を使うにはゴブリン百匹が干からびるまで吸わないと行使すら出来ないからね。
魔力を吸っても力は発現せず、一匹の精を最大量吸ってようやく生活魔法が使える程度だ。
「逃げ惑うゴブリン。これは使える?」
「姉さん? 何か思いついたので」
「橋桁にゴブリンを誘導して、神精族共を帝国領に移動させましょう。精強な男共が橋桁に居るし速度を調べる時間はそれで霧散するわ」
「!!」
ミカンスは私の提案を聞いて心底驚いた。
まさかここまで考慮してって驚愕顔ね。
偶然。これはあくまで偶然の産物だった。
狙ってやったなら私がお母様そのものだし。
⦅そのものっていうか、そのものでしょ?⦆
シオンが何か言ってる。戻ってきなさい。
今は船内からだが〈無色の魔力糸〉を亜空間経由で伸ばし、
「先ずはゴブリンの脳髄に挿し込んで、強烈な精を発生させる。次いで、集まった神精族を寄せながら橋桁まで走らせて、あとは様子見ね」
精強な男共がたむろする詰所やら何やらに神精族を送り込む事に成功した。
ただこれも、各所で嬌声が響いてしまうが致し方ない措置だった。
今のまま遅い歩みで近づけば、いつまで経っても解決出来ず、魔王国や楼国への進軍が再開されるかもしれないから。
ミカンスも双眼鏡片手に進路の先を見る。
「ああ、橋桁に神精族が大量流入しましたね」
私達も同じように双眼鏡で先を見る。
「まるでゾンビ映画を見ているようだわ」
「精に飢えた魔族。銃撃しても回復するから」
「マジモンのゾンビじゃねーか。恐っ!」
「ゾンビは頭を撃てば終わりだけど、シン?」
「ああ、そうか。撃っても回復していくから」
「アンデッドとして浄化しようとするよね」
「それすら意味ないけど!」
するとその直後、神官を呼び出して、なけなしの魔力で神聖魔法を行使しようとしていた。
⦅⦅無意味だから全て拒否!⦆⦆
アインスとレナンスが一括拒否しているわ。
拒否理由はアンデッドではないと出た。
神官達はそれを知って逃げ惑う。
私達では無理だって、ね。
「これが精で生きる亜神か」
「旧帝国領はそのまま亜神族と人族の共存共栄の国になりそうね。人族女性の立場が危ぶまれるけれど」
「そうなったら、夢魔族でも放り込む?」
「それもありね。あとで寄越しましょうか」
「今後は女の精で生きる男共が現れるのか」
「人族は亜神族が生きるための餌となるか」
そんな未来が確定してしまったわね。
仮に爆撃しても武器弾薬と装備品、皇帝とその手足のみが世界から消滅するだけだしね。民衆も善人に近しい者だけは等しく生き残るし。
ここで全て殺すとシオンが大絶叫するもの。
「帝国人にとっての最大級の罰ですね」
「他国を餌にしてきた罰よ。今度は自分達が餌として未来永劫生き延びるしか道は無いわね」
その後は引き続き監視を継続し、橋桁から人気が無くなった頃合いに船速を引き上げた。
といってもいつでも止められる微速だけど。
咎められたら風が強かったと言えばいい。
私は忘れていた事をミカンスに問いかける。
「そういえば内部検めはないの?」
「荷を降ろさないなら問題はないですね」
乗り込まれる事案が起きると面倒だからね。
停泊税は岸壁に船体を近づけたら警備隊が近づいてきて徴収していくそうだから。
荷は降ろさないが人員は降りる。
法令遵守するのは片付くまでだ。
「そう。人員は?」
「検査自体はされますね。魔族かどうか」
「それなら隣に居た魔族はどうなるのよ?」
「淫魔族はスルーでしたね。そういえば」
「な、なるほどね」
ミカンスも今になって思い出したらしい。
割と抜けているのかも知れないわね⦅ミカンスは天然ですよ⦆姉に天然呼ばわりされてる。
当人はきょとんとしているが。
だが、それが打開策に思えた。
(男共には酷だけど、いけるかもしれないわ)
誘導されたとはいえ、神精族達が簡単に受け入れられた理由も、それが原因のようだから。
「それなら淫魔族に〈変化〉させて降ろしましょうか。当然だけど男も含めて」
それを聞いた唯一の男が怯えた。
「ひっ!?」
いや、もう一人居るけどね。
そちらは諦めムードで苦笑していた。
するとアキが慰めるように、
「シン、平面という選択もあるよ?」
自身の胸を強調する。
アキには一応でも胸があるじゃないの。
しかし、シンの不安は拭えなかった。
「そ、そうだが、無くなるのが、恐い」
ああ、男共が拒否する事案はそれか。
マサキも股間を押さえて何度も頷いていた。
だから私は安心させるための一言を発した。
「感覚を覚えなければどうってことは無いわ」
「か、感覚?」
「シンがアキに与えている強烈な感覚」
「「!!!」」
揃って真っ赤になるってどうなのよ。
やることやってんでしょ?
すると今度はニーナ達が苦笑で反応した。
「ああ、私達の感覚は覚えさせたらダメね」
「うん、兄さんには覚えさせられませんね」
「もう! 少しは恥じらいを持ってよ!?」
すると真っ赤な顔のシンは、
「フ、フユキはどうなんだ? 嫌だろ?」
平然顔のフユキに問いかけていた。
私もフユキの存在を忘れていたわ。
そうそう、フユキも男だったわね。
だが返答はあっけらかんとしたものだった。
「別に。そんなものかって感じですよ。時々、姉さんと入れ替わって、やってますし」
「な、ん、だと!?」
フユキの出自を思い出せば何となく分かる。
フーコを分割したような存在だからね。
フーコは元々バイセクシャルだったし。
「シン? 諦めよう」
「うぅ」
これは相当なまでに困った事になったわね。
私は仕方なしで条件を付ける事にした。
「なら、下船して岸壁を越えるまででいいわ」
「「え?」」
そんな嬉しそうな顔にならなくても。
一方のフユキは苦笑しているが。
「問題があるのは警備隊が居る岸壁よ。そこを超えたら問題は無いわ。今回は淫魔族であるかどうかが、安全に入都する鍵だからね?」
「あ、ああ」
「そ、それで」
ようやく納得したようね。
他からも安堵の溜息が伝声管から響いた。
そんなに無くなるのが恐いと。
私はそんな男共に、
「種族を偽って入る事が可能なのが私達でしょ。シン達は何度エルフ以外に〈変化〉しているのよ? 性別は別としても」
呆れながらの苦言を呈す。
マキナは苦笑しつつ例をあげた。
「それか無性のスライム族になるのも手だね」
「そ、それはそれで・・・」
「そこのスライム猫を思い出すなぁ」
スライム猫。ああ、居たわね。
ミズカは言われた瞬間、きょとんとした。
理解してシンを怒鳴った。
「スライム猫とか言わないで!?」
「今はおっぱいだけがスライムみたいだね」
「マキナ!?」
その直後、大騒ぎの船橋内へ報告が入った。
『例のワイヤーが回収されています!』
それはナディからの報告だった。
(ワイヤーが回収された? 一体何が?)
そう、思ったら私達の頭上を大きな飛空船が飛んでいった。
『大きい。帝国旗がある? 旗艦かな』
『旗艦かもしれないな。木造船だけど』
『今、撃ったら落ちるんじゃない?』
『落ちるけど進路が塞がれるわよ?』
こ、これはもしかすると?
私はタブレットを使って上空映像を拾う。
結果、飛空船の乗員は問題児達だった。
飛空船の進路上には大多数の問題児が居た。
しかも気持ち悪い頭部が地上で蠢いていた。
つまり、あちらも厳戒態勢に入っていると。
⦅頻繁にミサイルを飛ばすからこうなるのよ⦆
今度はお母様から苦言を呈された。
ああ、警戒されても仕方ないわね。
(そうなると先の戦術が漏れて、対応中と)
なので私はナディの案に乗る事にした。
少し早いが削れる者は削っておくに限る。
「大規模光線銃、急いで! 照準、前方の旗艦を中心に半径10キロ!」
『りょ、了解!』
「それと帝城周辺へとランダムで落として!」
『了解!』
突然の命令でバタバタする指揮所。
私は苦笑するミカンスを一瞥しつつ、
「これに怯えて中に隠れれば御の字ね」
テーブルに置いた淹れたて珈琲を口に含む。
苦いわね。でも、途轍もない甘味を味わう前の隠し味になるなら、申し分ない苦みよね。
一方のマキナは理解不能の様子だったが。
「お、お母様? 何を?」
私はカップとソーサーをテーブルに戻し、マキナの疑問に答えてあげた。
「掃除よ。親玉が寄越しているゴミの半数」
「半数? あ、六億の半分だから三億人?」
タブレットを持ち映像を帝城に変更する。
そして目印数を算出した。便利よね、これ。
「ええ。残り半数の三億は帝城に居るみたい」
「という事はゴミ虫共が一箇所に勢揃いっと」
「お陰で片付け易くて助かるわ。この機を逃すと帝都に分散してしまうから厄介だったのよ」
この人数から察する事が出来るのは私が旧合国で行った戦術を使うと予測したからだろう。
伝わっていても不思議ではないからね。
総数は不明だがゲリラ戦になったから。
だから帝都の中心と外に分けて待機させ、いつ訪れるか分からない勢力に徹底抗戦すると。
以前は陸上からの侵攻だったから、運河を遡上するとは思ってもいないみたいだけど。
「三億が帝都に分散。総員でも対処に困るね」
「物量で追い立てるって事でしょうね。でも」
「光線銃で一括滅却して数回に分けて光柱を」
「与えてあげようかなって、ね? 外に出たらいつ降ってくるか分からない恐怖を与えて」
「中心に固まったら囲い込んで潰せばいいと」
「そういう事よ」
マキナも私の意図に納得したらしい。
あとは定期的に落とす事も忘れずに。
それからしばらくして魔力充填が完了した。
旗艦は着陸準備中でありナディの監視の下、
『防御結界の消失を確認!』
周囲の結界が完全に消え去った事を知った。
着陸準備中が一番気が緩むからね。
着陸中を狙って正解だったわ。
「撃て!」
『発射!』
直後、旗艦と周辺一帯が光柱で消え去った。
零距離の高温高熱の光柱が降り注いだのだ。
直径20キロの大規模攻撃だ。
私はタブレット越しに帝城を眺める。
「愕然の帝国軍人が多数っと。次弾急いで」
『了解!』
その後は六発の光柱が帝城周辺に落ちた。
ランダムのはずが人気の無い場所を選んでいたわ。子供達に乳を吸われ中のシオンが⦅無駄な死人を出さないで⦆と苦情を届けたらしい。
私は状況を笑いながら監視し、
「外に出ていた問題児が帝城に引っ込んだわ」
「ある意味で落雷にも似た代物だもんね?」
苦笑するマキナの意見を聞いていると、ミカンスも上からの報告を受けて苦笑していた。
「というより最初と最後の二発だけ問題児に直撃したみたいですね。それを目撃して・・・」
「逃げ出したと。気がついたら消滅だものね」
「目撃者の掴んでいた手。怪我の無い左腕だけが残ったそうです。もう一人は右腕ごと持っていかれて右肩が癒えて驚愕していたそうです」
「ある意味で医療神の光よね」
「滅してから癒やしているもんね」
「姉上の力そのものですけどね?」
「「確かに」」
妹神から言われると納得出来るわ。
これは〈レナンスの光柱〉と名付けましょうかね⦅私を恐れないでぇ⦆医療神、どんまい。




