第26話 吸血姫は普段の行いを反省す。
カナデ達が第八十八流刑島の者達を拿捕する一ヶ月前、問題の第八十八流刑島では──、
「うぉっほん! これから呼び出す者には先んじて斥候に出てもらう事とする!」
カナデの言う王寺輝明なる人物が他の勇者達の前に立ち、偉そうな素振りで命令していた。
「多山孝、白石淳二、檜山昭夫、箕浦勇子、江草楓子の五名だ」
「おいおい、どういうことだよ!」
「聞いてないぞ!」
「王寺、それは横暴じゃないか?」
命令された方は喧々囂々というように批判を発する。
彼等は召喚前であれば共に対等な仲間として過ごしてきた者達のようで以前と同じようなやりとりで反論したのだ。
「どういう理屈で私達が選ばれたの?」
「そうよ! 私達はまだレベル上げの中よ?」
同じく女子二人も拒否感のままに反論した。
すると、王寺なる者はふんぞり返りながらも──、
「決定事項だ! これは国王陛下の命令だからな? 俺の意思ではない!」
そう、自分の意思ではないと国王の責任で決まった事だと叫んだ。
「ホントかしら?」
「嘘っぽいよね?」
だが、箕浦と江草なる者は王寺なる者を毛嫌いするかのように疑惑の目を向ける。
しかし、王寺なる者は偉そうな素振りは変えないまま宣った。
「嘘ではないぞ! その証拠に第二陣のメンバーも決まっていってるしな?」
すると、友であった者達はなぜという視線の元、問い詰める。
「なら、おまえはいつ行くんだよ?」
しかし、王寺なる者は自身のパーティーメンバーの名を出し、後頭部を掻いて視線をそらした。
「俺か? 俺は姫さんと上枝次第だからなぁ〜」
「ひでぇ! 友人が冷酷になってやがる!」
「なんで俺達が斥候なんだよ!? 他にも居るだろう!」
「そうだぞ! 他はどうなってんだ!?」
直後、一同のやりとりを見ていた老齢なる騎士が苦言を呈す。
「黙れ、黙れ! 王家筆頭騎士である王寺殿の命令が聞けないのか!」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
一同は王寺なる者の言葉には耳を貸さないが騎士の言葉には黙りを決め込み、素直に頭を垂れた。
それはどこかしら条件反射の様相であり、ある者は疑問に思っていた。
(どういう事? 私、そんな気ないのに・・・身体が勝手に反応したの?)
それは、もう一人の者も同じように──
(ワケがわからないわ! 王寺君になんの権利があって!? あと、身体の自由が効かない! なんで!?)
頭を垂れながらも、その心中では不可思議な行動を示す自身の身体に疑問を持っていた。
だが、本人の意思を無視して身体は動き装備を整えて軍船に乗り込む五人であった。
((納得いかない! 上枝様のひとでなし!))
そう、最初期に焼き付けられた洗脳により、彼等は異世界の常識を徹底的にすり込まれていたのだ。意思が拒絶しようとも身体が無条件で動くという物を。
§
それから一ヶ月後、軍船は第六十五浮遊大陸上空を進んでいた。
「暇だ〜。一体なんの権利があって私達がこんなことを?」
「ほんとほんと! こんな事ならもう少し男達を〈魅了〉して食べればよかった!」
「えー、私が居るのに?」
「それはそれでしょう? フウだって〈催淫〉で、お食事してたじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどね?」
それまでの間、軍船の航行は問題なく進み、二人の女子達は甲板上にて会話する。
それこそ下品な会話ではあるが・・・同性同士の関係を持っている者達なのだろう。
その直後──
「フウ、きぼちわるい・・・」
「ひぅ!? ユウ助けて・・・」
唐突に身体を這いずる怖気が箕浦と江草なる者を襲う。
それは別甲板に居る男子達も同様だった。
「アッ!」
「ヒッ! な、なにか入ってきた!? いやだ!」
「ウッ!」
一人が顔面蒼白となり二人は果てていた。
それは、第六十五浮遊大陸より、あの子が与えた措置によるものだった。
経路の順番でいうなら箕浦から始まり多山、白石、江草、檜山。
そしてまた最初に戻るという順序で変換されていない魔力が流れたのだ。そのうえレベルやら経験値が消失し身体中の力も抜けていった。
直後、斥候軍船は第八十八流刑島の王城庭園に不時着した。
『えぇ・・・身体が動かない、というかここどこ?』
『吐き気が消えた? というか身体が動かない?』
ただ、亜空間内でカナデがなにかしたのだろう。二人の魂だけはカナデの手中にあり、問題の身体は甲板に横たわったまま命令に動くだけの肉塊に成り果てた。
§
一方、カノンの行為を観察していた女神様達はというと──、
「カナデが彼女達の魂を回収して、代わりになにかを入れてたようね? 女神である私が知らない技能を持っているようだわ」
「あれは・・・使い魔ですね。それこそ人族に近い魂に見えました」
「う〜ん? これは一度シオンに確認しましょうか?」
カノンが行った事に興味を持たれたようだ。
そして私の名を出したので、どうしようかなと思いながらも報告をあげた。
「それがよろしいでしょうね? あぁ・・・シオンから魂ではなく分離体を入れたとの報告が入りました」
「ぶ、分離体?」
「はい。カナデの血を元にした痛覚と意思の無い道化という物らしいです。肉体を壊すのは簡単・・・でも生かしておく必要があるから中身だけ挿げ替えた・・・とあります」
「なにかの下準備かしら? 道化というと・・・人形的なもの?」
「そういう感じですね? シオンの報告によると」
そう、知の女神様は疑問気な御様子で思案するが、つまりはそういう事である。これはカノンが楽しめるという前提で行ったことだが。リンスの時は純粋に善意だったとカノンは言うけどね? 相手がこの世界の人族だった場合は違うと思うけどね? 今回も愉悦を味わいたいがため、二人の少女を利用したに過ぎないのだから。
それだけこの三ヶ月間は暇だった。
私が驚愕で頬が毎回引き攣る程の刺激を求めていたのだもの。
§
それからしばらくして。
夕食を準備する前の私はリンスに本国へとポーションを届けてもらい、私達だけがログハウスへ残るよう手配した。その後、ログハウス内の錬金工房にて私はシオンに願い出た。
「さてと、シオンは手伝ってね?」
「はいはい。それはそうと大丈夫なの? 分離体なんて使って?」
「判別出来る者って女神様くらいでしょう? 人族に〈魂の秘術〉は理解出来ないわよ」
シオンは私がなにをやったか逐一見ていたので、呆れをながらも段取りを手伝ってくれていた・・・のだが、なぜか心配したので私はあっけらかんと返した。
それは私があちらの世界で作り上げた術の一つだからだろう。
「そうね〜、案の定・・・女神様達も知りたがってるから」
シオンは術を作り上げる前に次元の狭間に落ちたので詳細は知らないが理屈は知っている。
とはいっても私も数百年に一度か二度しか行っていないから、この世界でも可能かどうか謎なのよね。多分・・・魔力なる物があるから〈異世界のマナ〉の代わりにはなると思うけど。
「ふふっ。女神様達でさえ知らない情報があるってことね?」
「そうね〜、それで? 回収した子達はどこに?」
シオンは女神様達の視線を感じながらも、問題児達の居場所を聞いてきた。私はシオンに対して作業テーブルの上を指さした。
「目の前の〈封印水晶〉の中ね?」
作業テーブルにはポーション瓶やらなにやらが置かれていたが手前中心部には握りこぶし大の水晶球が二つの桶の中に一つずつ置かれており中身が淡く闇色に輝いていた。
それを見たシオンは興味津々なまま〈鑑定〉で把握する。
「へぇ〜。こっちの子は〈魅了〉持ちかぁ。こっちは〈催淫〉持ちって・・・まんま闇属性持ちじゃないの!」
「でしょう? 人族でそのスキルを持つという事は使い方を間違えさえしなければアリって事だからね? 濃い生命力を持ってたのはこちらの〈魅了〉の子ね? 悪女になったのは洗脳の影響下で罪悪感が消えたからでしょうね? 今は真っ新だから本来の女の子に戻っているわ」
そう、彼女たちは闇属性持ちの人族だ。
そのうえ、異世界人だった者達であり、例の洗脳を受けた者でもあるのだ。
ただ面白い事に──この二人──他にも居るかもしれないが〈闇属性の魂〉には、それほど強い洗脳が出来ないのではないか?
という疑問が浮かんだのだ。
それはシオンの元肉体だけ隷属したという点でもそうなのだ。
例の魔導士長やお供もアッサリと解放されたし、この子達も肉体だけが影響を受けていた事が解った。
実際には魂にも多少なりに影響が出てたけど、それは〈魂魄回帰魔法〉と共に私の〈隷殺〉スキルで解放したので回収前には植え付けられていた異世界知識や常識が消え失せていた程である。
この〈魂魄回帰魔法〉は時間干渉魔法の一つで、今回で言えば〈経験値取得履歴〉のリセットを行った事になる。
通常であればリセットしても再取得は出来ないが、この魔法を行使すると履歴自体を無かった事に出来るのだ。但し、異世界人の肉体に関してはシオン同様、どうすることも出来ない。
器は所詮器だ。中身が無事なら、なんとでもなる。本人達にとっては酷な話だけども。
私はシオンと女神様達が見ている前ではあるが〈封印水晶〉に施した時間停止を解除した。
そのうえで中身に対して笑顔で声を掛ける。
「さて、それじゃあ始めますか! お久しぶりね? 箕浦さん、江草さん」
ちなみに、この〈封印水晶〉には私の顔が見え、声が聞こえるように術を施している。当然、中身との会話も可能ね?
ある意味で通信魔道具のような感じだが、これは魂の保持や諸々を加えた魔術なので女神様達は興味津々で見てるようだ。
シオンの目の奥で二柱が見えるから。
私から声を掛けられた二人は──、
『その姿は巽、さん?』
『巽さんよね? というか・・・』
『『巽さんって、喋る事が出来たの!?』』
私が凹む一言を同時に告げてきた。
「酷い言われようだわ・・・」
「ど、どんまい」




