第259話 吸血姫は前哨戦を行う。
ゴミ掃除を終えて楼国の港街から出港した三番船は静かに北上を続ける。
私は船長席にて地図を拡げて思案する。
「さて、淫魔族の上陸地はどうしようかしら」
それは亜空間隔離した二万人もの淫魔族の処遇である。ずっと引き連れていくわけにもいかず魔国滅亡に併せて降ろす必要のある者達だ。
すると給湯室から戻ってきたマキナがココア片手にきょとんと問いかけてきた。
「適当なところで降ろせばいいんじゃ?」
「それも有りではあるけどね。ただ、降ろす場所によっては影響範囲外になるから困りものなのよ。あまり近すぎても巻き込まれるしね?」
「ああ、例のミサイルかぁ」
三番船の背後から追従する中型船舶に乗せた大きな代物。マキナを除く船員で知っているのはシンとケンだけになる。仮に発射すれば全員が知る事になる代物だけど。
マキナはうんうんと思案し、
「亜空間の門を魔都近郊に開けるのはどう?」
一つの案を提示した。
私はそれが可能かどうかタブレット上でシミュレーションしてみた。
「そうね。仮に魔都近郊に降ろすとして上界に当たらない経路は、一つ。ギリギリ掠めるか」
「でも、可能ではあるんだよね?」
「第八十八の横をすり抜けるわね。運が悪かったら風圧が王寺達に直撃だけど」
「それはそれで別にいいんじゃない? 粗方片付けたし、上界侵攻自体が収束するならさ?」
「確かにそうね」
確かにあれはもう役にも立たないだろう。
私もマキナの苦言がもっともだと思えた。
仮に掠めたとしても大陸が壊れるわけではないし縁の近くにある置物が破壊されるだけだ。
⦅う〜ん。第八十八ならいいか!⦆
⦅多少の被害は仕方ないですね?⦆
ミアンス達からも許可が出たしね。
実にあっけらかんとした許可だったが。
「そうなると射点の関係から、あと数キロ先で決行しないといけないわね」
「だったらさっさと降ろしちゃおう!」
マキナはココアをグイッと飲み干して元気よく腕を振り上げた。船橋で仕事する者達はわけが分からず困惑顔になっているが。
私はマキナの案に首肯を示し魔都近郊の草原地帯の2メートル上空に亜空間の門を開けた。
⦅ボトボトと地面に落ちていく〜!⦆
⦅尻餅ついていたり、尻尾が刺さったり!⦆
⦅きょとんのままキョロキョロしてますね⦆
実況はポンコツ女神達がお送りしました。
そして間を置かず、
「警戒中の船員に告げる、総員船内に退避せよ! 繰り返す! 総員船内に退避せよ!」
マキナが伝声管を使って命令を発した。
戦闘でもないのに中に入れという命令。
きょとんとしたまま退避しない船員達は問い合わせだけしてきた。
『このあと何かあるの?』
『私達が隠れないといけない理由は何?』
『折角、平穏だからイチャイチャしてたのに』
『シロちゃん、今は仕事中!』
私の命令は聞くけどマキナだと聞かないか。
マキナも苦笑したまま命令を聞いたミズキを思い出す。
「そういえば眷属しか聞かないんだった」
ミズキと共に居たタツトとクルルとアンは空気を読んで船内に退避したようだ。
「理解力があると助かるわね」
「空気を読める男、それがタツトだね!」
『俺だって空気くらい読めるわ!』
「仕事中にイチャついていたのに?」
『ぐぬぬ』
すると船橋内で唯一知る者がハッとした顔で言葉にした。
「まさか、もう撃つのか?」
私とマキナは笑顔で頷くだけだった。
表情を改めたシンはケンにメッセージを送り慌てたケンは格納庫から滑走路上に顔を出す。
『そこのバカップル、いいから入ってこい!』
『『バカップル言うな!』』
『暴風で嫁を溺れさせたいのか?』
『暴風、だと? まさか、そうなのか?』
『そうなんだよ! 分かったなら急げ!』
『おう! 分かった! セツ行くぞ!』
『ちょ、ちょっと、スカートの中が見える!』
『おぅ。お米様抱っこときたか・・・』
どうも男連中は知ってるみたいね。
だからタツトも空気を読んだのね。
船の背後にデカブツがあるから。
見送ったケンは残り者の元に向かって、
『いくぞ、駄獣人共!』
尻尾を握って引っ張った。
『こ、こら、セクハラ大魔神!?』
『ど、何処を触っているのよ!?』
『二人の尻尾だよ!』
『や、やめて! 放して!』
『マイカ様に訴えるわよ!』
『ぐっ。そ、それでもいい。だが、ここに居たら海中ドボンだからな!』
『『海中ドボン?』』
『・・・』
答えは中に入ってからとでも言うように引っ張ったまま格納庫の扉を閉めたケンだった。
(手段はともかく、今回に限ってはマイカに必要な事として助言しておきましょうか・・・)
私はケンの行動力に報いるため、
「カウント、五、四、三、二、一!」
あえて大きな声で数字を読み発射ボタンを押した。ミサイルの発射直後は平穏そのものだ。
だが、
『うわぁ!? 船が揺れるぅ!』
『な、なに? この衝撃波は?』
『やっぱり、入って正解だったな!』
『『尻尾の事はともかく、ありがとう!』』
船体を揺らす衝撃波が響いた。
三番船でも揺れるって相当よね。
先日の打ち上げ時は停泊用の積層結界で護られていたから、揺れなかったらしいけどね。
するとニーナが何かに気づく。
「あれ、何? でっかい、透明な棒?」
上空を掠めるように昇っていく代物。
これは曇り空だった事が災いしたかもね。
シンは窓際に立ち、双眼鏡を覗き込む。
「おうおう、打ち上がったなぁ大陸間!」
「はぁ!?」×30
その声を聞いた船員達は、呆気に取られた顔で私を見つめてきた。しかも指揮所に居る者達や、監視台の者達まで顔を出しているしね。
するとポンコツ女神達の実況が入った。
⦅あ! 掠めて縁だけが削れた!⦆
⦅どうも高密度の積層結界が加わってますね⦆
⦅ああ、密度違いがここに出ちゃったかぁ〜⦆
ミアンス達は隣部屋から実況中のようだ。
高密度積層結界は迎撃されて落とされないための措置である。落下直前まで形状を残す働きもある。表層は空力加熱の影響を受けるけど。
⦅結界強度を再度見直しですね?⦆
⦅そうね。仕事が増えたけど仕方ない⦆
⦅そして石像だけが海上に落ちていく⦆
あらら、王寺達は海中ドボン刑に処されてしまったか。ナディ達がドボンとならず、かつてのクラスメイトがドボンとなる。
私は自身に祈る形になってしまうが、
「王寺達よ、安らかに眠れ」
両手を胸前で組んで落下する者達を祈った。
マキナは私の様子に気づき苦笑した。
「あらら、その感じだと?」
「ええ、上空1万メートルから急降下ね」
「ああ、そのまま魚礁となって生き続けると」
「上枝だけはスカートの中が魚の住処になりそうよね。ノーパンだったし」
「それはそれで酷な現実だね」
それからしばらくして、
「あっ! 火の玉が! 轟音が来る!」
ニーナの叫びの後に前方から衝撃波が届く。
ドーンという都市の一つが滅びる音と共に。
ニーナ達は長い耳を押さえて蹲っていた。
三番船は前方からの衝撃波で大いに揺れる。
海も大荒れね。小舟とか帆船なら転覆だわ。
「ぶ、無事に落下したわね?」
「これにてセイアイ魔国は滅亡したね」
「いや〜。質量兵器、半端ねぇわ」
「魔力還元付きだから最後まで残らないしね」
「そして何もない大地で淫魔族改め神精族が産まれると。精のみで魔法を使う不死の種族ね」
「野郎共の阿鼻叫喚が聞こえる・・・」
「それは気のせいだよ、気のせい」
ちなみに、背後の中型船舶は打ち上げと同時に亜空間庫へ片付けた。旧合国の調査船に鹵獲されては堪らないからね。あれを使うのは後一回だろう。最上層の衛星打ち上げだけだから。
⦅ワクテカして待ってるよ〜⦆
最上層の三女が何か言ってる。




