第257話 清掃に邁進する吸血姫。
戦車の事は一先ず置いといてケン達の敷設も滞りなく終わり本日中に出港する事になった。
私達は亜空間の造船所から地上へ戻り、
「公爵閣下も北部の件を憂いていたね?」
「ええ、どうにかして侵攻を止めたいみたい」
ケン達と共にルージュ公爵の元を訪れて敷設完了の報告を行った。その際にどうにか出来ないかと願われて、反応に困った私達である。
今回の線路敷設も南部の安全地帯から中央への食料と武具支援が目的らしく、ルージュ公爵領からも人員の輸送を含めて送り届ける事になっているそうだ。
三番船へと戻る馬車中でも、懇願された事に対する緊急会議を行う羽目になったほどだ。
「疲弊度合いはどのくらい?」
「現状は三割を切っているみたいだ」
「全体の三割なのか、北部だけの三割なのか」
「全体ではないな。兵達の話によれば海沿いの領地は自領を護る事で手一杯だから」
「ああ、北部だけで三割って事なのね」
「こちら側は妙に静かだけどね」
公爵を助けてあげたいのは山々なのだが私達はそこから先、本命を叩く仕事があるのよね。
それも絨毯爆撃が必要なほどの大仕事だ。
「イリスティア号の準備は出来ているけどさ」
「今は価格交渉で難航中なのよね。そんな得体の知れない代物に軍事費が出せるかぁって現状を見る事もせず否定的な者も居るらしいから」
「何処の世界にも、現実を見ない現実逃避者が居るんだな。親父の気苦労を思い出したわ」
「今までは小競り合いだけだったもの。それもあって、大規模攻勢に転換しそうな状況が見えていないのよ」
「それで疲弊するのは現場だけ、か」
レーナも魔王として頑張っているみたいだけど、縦横に長くて広い魔王国を護るには人的資産が少なすぎて困っているみたいなのよね。
そこで目を付けたのが私達の船であり武装だった。ルーナからの情報漏洩もとい報告もあったから余計に欲してしまったのだ。
流石に大型偵察機だけは操縦が無駄に難しいから求められなかったけどね。あれを飛ばせるのは船員達でも極少数だけだし。
「所詮は幻想しか見えていない小者よ」
「その小者に邪魔されるってやりきれないね」
「当初は無償提供でも良いって言ったけどね」
「そんな事は出来ませんって?」
「ええ、拒否されたからね。一度でも無償とすると、図に乗る者が必ず現れるから」
「次はこれ、次はあれ、それって感じか」
「キリが無くなる未来が見えたのでしょうね」
「それで否定的な財務大臣ってどの種族なの」
「オーガ族よ」
「「「ああ、脳筋種族」」」
全会一致で脳筋呼ばわりされる財務大臣。
鬼神族となった者達とは別種そのものよね。
一応、財務大臣を鑑定するとオーガ族としか出なかった。〈変化神器〉を使った形跡が無いから単純な頭でっかちね。
(仮に手助けを行うとすれば、表沙汰になっていない大型偵察機による絨毯爆撃よね。でも)
それを使うと帝都で行う事が出来なくなる。
上空を警戒されて対空兵器を使われたら⦅今は有りませんね⦆ああ、無いのね。
(そうなると、資金的には何とかなっても技術的にどうにもならない代物を投入せざるを得ないわね。あまり使いたく無かったけど)
私はマキナ達があーだこーだと話し合っている間にタブレットを取り出して、とある〈アプリ〉を画面上へと立ち上げた。
「要請があればと思ったけど、これを使うか」
「「「これ?」」」
そして三人に見えるように立体映像を示す。
「はぁ? お、お母様?」
「こ、これは!? まさか」
「造っていたのかよ!?」
それは熱光学迷彩で隠蔽した人工島である。
人工島の中央には三個のドームが存在していて、その中にある一つの蓋が開き何かが迫り上がってきていた⦅わぁお!⦆三女、うるさい。
「途中の洋上でね。暇だったから」
「い、いくら暇だからって?」
「ミサイル発射基地を造るか、普通?」
ケン達もこの時ばかりは地が出ていた。
この人工島は射点を誤魔化す特殊仕様で任意の場所に移動する中型船舶でもあるのだ。
今は両大陸間へと停泊させているけどね。
⦅は、発射場所によっては掠めない?⦆
⦅か、掠めそうな気がします、姉上?⦆
⦅そこはカノンの配慮に委ねましょう⦆
滅亡依頼したポンコツ女神が何か言ってる。
マキナだけは違ったみたいだけどね。
「これってどちらを載せているの?」
「還元散弾ね。もう一つが都市攻撃よ。残りは衛星用だから最上層以外で使わないけど」
「都市攻撃って一発で帝都が落ちるのでは?」
「これは帝都用ではないわ。魔都用だから」
「ああ、セイアイ魔国を滅する用途かぁ」
帝都に落としたら地下も崩壊するからね。
それだけは避けねばならず、魔都ならば不要な国家だから消しても問題はないのだ。消した後に一括転化を行う付与も与えているからね。
ゴブリンは蘇生して女王だけは消滅となる。
「さて、魔力充填が終わったわね」
「遠隔操作かよ。はんぱねぇ」
「魔力密度が戻ったから出来るって事ね」
「ああ、無駄に拡散しなくなったからか」
私は画面をペンでなぞりつつ帝国船に乗る人族と海賊共に照準を与えた。セイアイ魔国に属する魔族共も同様に処分対象とした。
出張るということは死にたい勢だからね。
「魔王国の兵士達は治癒魔法を、兵士の中に潜んでいる間諜共は消滅コースを適用っと」
「え、衛星から目印を与えているのか」
「て、敵には回したくないわぁ」
「二人はお母様の眷属でしょ?」
「「あっ」」
そうしてカウントを開始し、
「発射したわね。衝撃波がくるから注意して」
熱光学迷彩を与えた超大型ミサイルが空に打ち上がった⦅大きいから衝撃波付きだぁ⦆今回は暴風と思う者が多いと思う。
「おぉう! 今、馬車が揺れた?」
「衝撃波がこちらにまで響いてきたのか」
「これって以前打ち上げた物より大きいの?」
「一回り大きいわ。衛星軌道の手前まで登って一周したのち北部海上へと落下してくるから」
「ということは隕石と同じなら?」
「迎撃が確実に間に合わないな?」
「気づいた時にはあの世行きかぁ」
「奴らにあの世は存在しないわよ。そのまま保留水晶行きになって私達の餌になるからね?」
「「「あ〜」」」
私はそのうえで上空映像を拾い三人に示す。
「あ、弾頭が地面に落ちてきてる・・・」
「範囲指定で還元散弾が落ちてきてら」
「自動照準と追跡機能がはんぱねぇ!」
落下しつつ目標に向かって軌道修正しているもの。魔王国の兵士達は呆然と空を見上げ、
「目前で戦っていた敵兵が急に消えて自身の怪我が治っている事に茫然自失だね?」
「魔神様の怒りだって騒いでいるな」
「怒りだと思うなら喧嘩を売らなくても」
「所詮は命じられて動くだけの働きアリよ」
人族共は「知神」と「土神」を呟きながら隕石に怯えていた⦅関知しないもん⦆もんって。
最後は隕石に当たって消えていった。
「とりあえず、資金的には何とかなっても技術的にどうにもならない代物の戦果は上々と」
「ぜ、絶対、真似しようとして」
「技術が追いつかなくて詰むな」
「火薬だけで出せる高度じゃないしね」
これも水素と酸素を造り出して保管する技術が出来ない限り⦅そこまでの技術は先ですね⦆実現する事は実質不可能だろう。
その間の私は人工島の位置を三番船の近くに変更し旧合国の調査が入らないよう警戒した。
現に暴風が発生した直後に調査船が出港しているからね⦅皇帝の入れ知恵です⦆度し難い。
「残り一発は淫魔族を拾ってから打ち上げるから、しばしの間は封印ね」
「なるほど。封印か」
「警戒、しそうだもんな」
「対空兵器を拵えそうだね」
「拵えたところで、逃げる機能を持った質量兵器に勝てるわけはないけどね」
「あちらなら即製造禁止扱いにされそうだな」
「ああ、そんな兵器だと思うわ」
何はともあれ、唐突に訪れた自然現象により帝国軍船と間諜共は消滅し、魔王国の軍船は洋上から岸壁に戻った。洋上警戒はそのままに次に派兵されたらまた出向くつもりなのだろう。
瀕死だった怪我人も何故か治っているしね。
§
馬車から降りて三番船に戻った私達は出港準備を始めた。積み荷の運搬は終えているから行うのは、タラップを片付ける事と離岸だけね。
私は船長席に座りつつボソッとぼやいた。
「価格交渉の時間稼ぎになれば幸いだけどね」
「むしろ、自然現象に救われたから、これ以上の軍備は必要無いとか、言いそうな気がする」
マキナは副長席に座って困り顔で応じた。
マキナの言葉に応じたのは、
「何かそれ、お花畑が過ぎない?」
「今まで平和を享受してきた輩なんでしょ」
「何処にでも居るんだねぇ。可哀想な人々」
昼間の人員であるニーナとマサキとマユミ達だった。サラサ達もこの返答には苦笑よね。
「す、凄い耳が痛い話です」
「我が祖国もそうでしたし」
旧竜王国ですらそれなら、この世界は脳筋で溢れている事にもなるわね。誰が見本かしら?
⦅メインス!⦆×13
⦅ちょ!?⦆
全会一致でメインスだった件。
⦅ユーンスだってそうでしょ!⦆
あの子の中身は脳筋なのね。
眷属を見たら大体分かるけど。
すると各所の信号が青になり、
「脳筋特有の事なかれ主義ね」
出港可能な状態へと変化した。
私はマキナを一瞥しつつ頷く。
「肝心の財務大臣が脳筋だし」
マキナは手振りで出港命令を出す。
本日のナギサはお休みだからね。
無理が祟ってユウカのご厄介になっている。
ユウカ曰く『カフェイン取り過ぎ』らしい。
ナギサもしばらくの間は静養ね。
その間の三番船は静かに離岸していく。
計器を眺める者達も困り顔で応じる。
「出し渋りしている場合では無いと思うけど」
「机上の空論で物言うバカなんでしょ」
「例えるなら世襲大臣とか?」
「貴族は世襲だから!」
操舵するフユキの苦言がもっともだった。
「「「あっ」」」
そうして船体は稼働状態へと変化し船体の周囲に多重結界が全展開された。元々外側に常時展開していた停泊用の積層結界を消しながら。
そんなやりとりの最中、
『あ、何かが海に落ちた!』
外からボチャンと大きな水音が響いた。
後部甲板で警戒中のタツト達の声も響いた。
『何処? 溺れてる?』
『ああ、沈んでいった』
『何かが、張り付いていたのかな?』
『さぁ? 側面だけは分からないからなぁ』
それを聞いた私は即座に船体映像の一つを正面から底部へと切り替える。
そこに映っていたのは溺れ死ぬ人族だった。
「あらら、帝国の間諜が張り付いていたのね」
馬鹿馬鹿しいから回収はしないけど。
「まだ居たんだね。積層結界に張り付いて所有者変更でもしようとしていたのかな?」
「ちょっと待ってね。ああ、していたみたい」
「え?」×16
「改変記録が残っているわ。レベル制限で弾かれて何度も繰り返していたみたいだけどね?」
「はぁ〜。バカも居たんだね」
いや、本当に居たのよね。
停泊用の結界だけは所有者のレベル次第で改変が可能な代物なのだけど、レベル30程度で書き換えようとしていて見事に弾かれたのだ。
「レベル10000になってから出直す事ね」
「お母様、叶わないレベルだよ、それ?」
「言えてる」×15
「分かってて言ったのよ!」
「そうだったんだ。びっくりしたぁ」
「棒読みって」
「あはははは」×15
ちなみに、船体の所有者変更に必要なのは血液と全属性魔力、レベルと不死属性であり、外側から魔法陣で何かを行っても無意味である。
それが出来ると踏んで張り付いたとするとバカの所業としか思えない⦅停泊時の結界だけ改変しても意味ないわね⦆本当に意味ないのよ。
「可能なら変更しろと命じられていたのかも」
「人族の常識が通用すると思っているなら」
「帝国の全員がお花畑の中に居るって事ね」
夢見がちな男がトップを張っているものね。
(お花畑に生きる〈夢追い人〉か。そのまま〈花摘みの君〉と改変してあげようかしら?)
何とかの住人的な扱いになってしまうが。




