第254話 吸血姫は眷属達を想う。
神器の更新を済ませた私は下界へと戻った。
私が戻って直ぐに船長室を訪れたナギサが、
「魔力密度が急速に上昇しました!」
「そ、それは大変ね。何が原因か分かる?」
「それは何とも、調査してみない事には」
「そう、一先ずは継続監視を続けて」
「了解しました」
慌てて報告してきて少し可哀想だった。
仮にここで、事の経緯を語ると要らぬ誤解を招きそうなので、今回は演技した私だった。
それは⦅ナギサ臭が強大になる⦆誤解だ。
私はあくまで管理神器を創ったうえで更新した側であって管理する側ではないのだから。
お母様と同じ事が出来ると言ってもね。
ナギサはそのまま船橋へと戻り、背後から付いてきていたマキナだけが、この場に残った。
「急上昇に関与してきたとは言えないもんね」
一緒に訪れていたマキナだけは事情を知っていたから苦しそうに笑いを堪えていたけどね。
「そうね。で、それ以外で変化は無かった?」
「これといって変化は無かったよ。強いて言えば意図せず界渡りした感覚があったくらい?」
「ああ、時が止まった瞬間と動いた瞬間の違和感を感じ取ったのね。一応でも惑星が入れ替わったようなものだから。あれも機能面で変化したくらいだけど」
「そうなんだ。感じ取ったのはシオンお母様も同じだってさ」
「まぁ、あんなのでも時空神の娘だものね」
「辛辣だね?」
シオンが聞けばツッコミを入れること間違いないだろう。それでも昔は悶えていたけどね。
「私だけは変わらないもの。それよりも、ベッドに座ってもらえる?」
「うん、分かった」
私は座ったマキナの身体に触れ、
「異常はないわね」
「有ったら困るよ」
身体の内外を精密検査した。
他の眷属達は経路を使って調べられるので今回は後回しとしたが、マキナだけは別だから。
一応、シオンにも後ほど行うけどね。
「まぁ私も経験があるからね。今回は私が実行した側に立ったけど」
そして懐かしみながら過去を語った。
「お母様も経験があるの?」
「お父様の世界で喰らったからね」
「お、お父様の世界?」
「この世界とは違う並行世界の惑星が物理的に破壊された経験ね。あれは忘れもしないわ。最終的に神界へと戻ってきて、お母様の世界に移って時間遡行したけどね」
それは⦅居たのぉ!⦆三女達が絡んできたが分裂前に、とある並行世界に居た事があるの。
詳細を語ると長くなるから、語らないけど。
そのような過去の経験から少しだけ不安が残っているのは確かだった。私の時も空間的な違和感はあっても身体に異常は無かったけれど。
「そ、その世界って?」
「私の予測が確かなら、あの子達が普段過ごしている世界ではないかしら? ギクッて反応しているから間違いないみたいだけどね」
いつか⦅御案内します⦆その時はお願いね。
「はわぁ。こちらの世界を管理して、管理された別世界で過ごすって、壮大だねぇ?」
「私達も直前まで同じような世界に居たけどね。管理する神が違うだけだから」
「あ、そういえば、そうだった!」
将来的には私もマキナも余所の世界を創る事になるかもしれないわね。この世界はあくまでも、あの子達が管理する世界だから。それがいつになるのか、今はまだ分からないけれど。
シオンだけは死神として残るでしょうけど。
ともあれ、マキナの異常が無い事を把握した私はマキナと船長室を出て食料庫へと向かう。
「そうそう。マキナにも、お土産があったわ」
「お土産?」
「自然解凍式の小籠包と肉まんなんだけど」
「はへぇ?」
「あとは駄菓子やらチョコレート菓子が沢山」
「い、一体、どうしたの? それ」
「ユランスのお土産ね。姪っ子にどうぞって」
「ああ、叔母さんからのお土産って事ね」
「これらは問屋経由の品々らしいから」
「だから箱買いが殆どと・・・」
ユランスから受け取った品々を分類ごとに棚へと並べていく。既存の菓子が箱ごと置かれているから食料庫に来た者は驚くでしょうけど。
マキナ専用の棚に多く収め、残りは人員向けの棚に収めていく。これらも追々だけど、お茶請けにもなるから丁度良いでしょうね。
少々好みの分かれる品々が多いけど。
するとマキナはビニールに包まれた薄揚げを手に取り、もぐもぐと食べながら問いかけた。
「でも、これを見たら、お取り寄せが、出来るって、思う子達が、増えない?」
「ええ、沢山現れると思うわ。あの子達は元の世界には戻れないからね。仮に死しても、こちらの世界に永久に囚われるから」
「それなら、見せない方が、よくない?」
「それが出来たら良かったけどね。既に厨房へと示してしまったからねぇ」
マキナはゴミを結界内で浮かせて燃やし、
「ああ、芋羊羹・・・」
示した品物を思い出して溜息を吐いた。
私は棚の蓋を閉め、苦笑しつつ応じた。
「こちらで手に入る材料だったなら良かったけどね。手に入らない材料が含まれていたから」
「それはどうしようもないのね」
「切っ掛けはどうであれ、不平不満の解消になるなら必要な事として受け入れましょう。必要なら購買部を船内に設けるのも手だしね」
「ああ、希望が通るかどうか分からない」
「ええ、そんな購買部になりそうだけど」
そう、切っ掛けがお母様の大ポカであってもこれらは必要な事でもあったのだ。
「ここ最近の眷属達の反応は惰性に近しい状態だしね。転生直後の緊張感がある内は異世界の生活に慣れようと一生懸命だったけど、今はその緊張感が乏しい状態になりつつあるから」
乏しい状態から元の世界と異世界との比較。
元の世界との比較から、不平不満が出る。
そこから生じるのは厨房でのやりとりに繋がるだろう。手に入ると思えば不可だったって。
特にレリィ達の反応は投げやり感が強いし。
マキナもそれを感じ取っていたのか、
「ああ、お母様も感じてたんだ」
心配そうに私を見上げた。
私はラードやら調味料を片付けていたが。
「ええ、慣れが出てきたんでしょうね」
「ちょっと便利にしすぎたかな?」
「まだ、不便ではあると思うけど」
「この世界基準で見ると、だよ?」
「便利、ではあるかもね。あちらの世界基準で見ると不便さが極まっているけど。でも、帝国には似たような食料品が多いから・・・」
「ああ、ウタハ達の記憶、か」
「侵入していたからね」
この状態のまま帝国戦を行うとなると危険が生じそうで恐いのよね。帝国には異世界品と近しい品が多いと聞くし。眷属達の寝返りは無いにせよ、全体の士気に関わるのは確かだった。
『不必要に帝国を潰す必要は無いのでは?』
『生活に便利な逸品があるなら残そうよ!』
とか言いそうなのよね。不満を持つ者は。
商いをするうえでは継続でもいいけど中枢だけは潰さねばならない。女神達の件もあるし。
この状況で不和だけは避けなければならず、見えていても見ないふりをしていた私だった。
そこへ降って湧いたお母様の大ポカだ。
それを飴と鞭にするかは私次第だけど。
「どちらの基準に傾けるか、その加減が分かり辛いね。一度、アンケートでも採ってみる?」
「そうね。早速だけど、今の生活に関して聞いてみましょうか。で、マキナは何かある?」
「私? ん〜? 必要とあらば戻れるから気にして無かったかも。あちらに憑依体もあるし」
「そ、そうくるか」
ま、まぁ、私とマキナは戻ろうと思えば戻れるものね。あの子達は帰還すら叶わないけど。
叶わない状態で、既に開き直っている者ならともかく、何かしらの不満を感じている者なら解消に乗り出さないといけないから。これらも救い出した責任ってやつでしょうね、きっと。
私は食料庫内からではあるが、マキナとシオンを除く全員に向けてメッセージを飛ばした。
「唐突かもしれないけど、どう反応するか」
「これで何らかの不満が出ればいいけどね。経路から流れてくる不満ってわかり辛いからさ」
「マキナの場合は二人でしょ?」
「あの二人は感情を隠すから難しいよ?」
「ああ、主人だから隠す場合も、あるか」
「命じれば直ぐだけどね。でも・・・」
「余程の事が無い限り眷属に命じるのは最後の手よね。感情を無視して操る事と同じだから」
「難しいね、眷属を持つって」
「そうよね。シオンは慣れたものだけど」
「伊達に二千七百万人の長だもんね」
その直後、次々に反応が返ってきた。
私はタブレットの画面をマキナにも見せる。
「普通のスタンプが大量に来たわね」
「別に不満とも思っていないと?」
「それなりに今の生活に順応していると」
「満足も三十六人だね。大半は相手が居る者だけど」
「残りの不満は四人か。理由付きで」
その内、レリィとレイの理由は叫びだった。
『材料費が高い!』
上界の問題が解決すれば何とかなる。
魔王国から取り寄せる事も視野に入れてね。
『お残しが多い』
どうも好き嫌いする者が多いのね。
緩い罰則を設ける必要があるかも。
『苦情を言うな』
どんな苦情なのか聞いてみたいものだわ。
ああ、魔卵? 新人かしら?
『休みが欲しい』
この休みはコウシの件だけだろう。
厨房では定期的に休ませているから。
トウカからは『ラード』だけだった。
なので「取り寄せた」と返した私だった。
そうしたら『満足』と返ってきた、現金な。
最後にルミナからも『不満』が届いて、
「ひ、避妊具が欲しい?」
「え? 願わなければ出来ないでしょ」
「願っているから、回避したいのでは?」
「互いに願っている。でも、今は出来ないと」
「こ、これは、と、取り寄せる?」
「つ、創った方が早い気もするわね」
反応に困った私とマキナだった。
調理班の解消は容易いから今はいいが、この手の話はミアンスに相談ね⦅なんで!?⦆黒歴史で勇者相手に股を開いたと⦅ユランス!⦆上では姉神が妹神を追いかけているようだ。
アンケートの結果、基準はそのままで継続。
例外的に希望品を取り寄せる事で片付いた。
私はマキナはエレベーター前と食堂間にある空き区画へと移動して、小さい売店を設けた。
「購買部を設けるとして誰が対応するの?」
「不平不満を言わないアンディ、一択かもね」
「ああ、男ならアンディしか居ないから」
「女なら・・・託児所の人員でいいかもね」
「シオンお母様以外の三人ってことかぁ」
店員が二人で行き来すれば問題ない規模だ。
普段はシャッターを閉じていて、朝と夜の数時間だけ開く売店にした。現状は食料庫に片付けていた駄菓子類が殆どだけど。
なお、購買部での決済手段は〈スマホ〉へと追加した〈給金決済〉だけで現金は用いない。
元々眷属達には最低限の賃金だけは与えていたのよね。リンスからの提案を受けて。
個々に冒険者として高額報酬を得ているからって事で、その金額は駄賃程度の賃金だけど。
月々、金貨三枚・三百万リグだけどね。
日本円換算で三千万円となるお駄賃だ。
それを今後は現金支給ではなく、
「来月の給金を先に振り込んで・・・」
「元の世界の品々を購買部で買わせると」
各人員の専用口座を船の魔核へと追加して、魔力場的な貨幣情報のやりとりで即時決済を行う仕組みを設けた。
「決済後は船内の商会口座に振り込まれて」
「新たな購入資金に変化すると」
「違うわ」
「違う?」
「商会からの寄付金として回収するの。商品の取り寄せにはあの子達が深く関わっているからね。でも、あの子達は受け取らないから、教会へと寄付するのよ」
「ああ、商会で購入するわけではないんだ」
「私がお願いして買ってきてもらう品々だからね。購買部で決済させるのも、タダ同然で配ってしまうと、眷属達があの子達への感謝の念を失い易いでしょ?」
「なるほど、だから駄菓子が並んでいると」
「ふふっ、今は商品が無いからね。マキナの駄菓子以外を使わせてもらったわ」
肝心の貨幣移動は船長室にある大金庫内で自動的に移動するので私が手を出さずとも良い。
一応、購買部の横には自動預払魔道具を置いていて本人の入出金が常時可能となった⦅提供はミナンスでした⦆いつの間に創ったんだか。
これは〈スマホ〉の〈給金決済〉がキャッシュカード代わりになる代物ね。肝心の認証は本人の持つ〈スマホ〉だけ。暗証番号は不要だ。
残高も〈スマホ〉に表示されるから眷属達の楽しみも増えるだろう。外では使えないけど。
あとは黒歴史を抱えた女神に⦅逃げたユランスを追って自分の世界に帰りました⦆あぁ、避妊具について相談しようと思っていたのに。
ともあれ、設置後の私達は初日ともあって、
「さてさて、反応や如何に」
「暇になりそうな気がする」
店内に入って横切る眷属達を待った。
マキナの言うとおり、暇だったけど。
誰もが働いている時間帯に購買部を開店しても無意味だったわね。今後は深夜早朝の交代時間にのみ、開店させた方がいいかもしれない。




