第253話 吸血姫は女神達を憂う。
一先ず、マキナに言付けだけ行った私は、
「はい、芋羊羹。お母様に届けてきてね」
「はーい! 行ってきま〜す!」
例の部屋に到着して、ユランスに手渡した。
ユランスは笑顔のまま神界へと向かった。
私は惑星儀もとい管理神器を二つ取り出して、タブレット越しに初期設定を始めた。
主に管理権限の設定とか、緊急時の設定ね。
「さて、神器の更新を始めますか」
なお、その内の一つは何も描かれていない管理神器だ。もう一つは私達が過ごしている惑星なので大陸やら海やらが描かれているけどね。
初期設定こそ行ったが更新だけは上の者に任せるしかなかった。今は入室権限が無いしね。
私はわくわく顔の三女を呼び出し、
「それと、こちらは最上層向けだから」
「はいはーい。上は私達の方でやっておくよ」
実にあっさりと持っていかれた。
三女は自身の亜空間庫へと放り込み、こちらの部屋を出て、ドタバタと階段を上っていく。
扉を勢いよく開けて、ギャーギャーと口喧嘩していた。上にも一応、同じ部屋があるのね。
「う、上は大騒ぎね、アインス」
「ええ、お恥ずかしい限りです」
「多分、普段は居ない姉上達が今日は集まっているみたいだから」
「ああ、珍しく勢揃いしたと」
今はまだ扉が開けっ放しだからか、上で何を言い合っているのか、丸聞こえなのよね。
『これであの子の監視が捗る!』
『監視って、姉上がお気に入りにしている、ドワーフの女の子の動向を見るだけでしょ?』
『それもあるけど。でも、託宣も降ろしやすくなるよ。ボソボソではなくハッキリ聞こえるようになって。今は「それは何です?」って問い返される分だけ、お花摘みにすら行けないし』
『うっ。そ、それを言われると反論出来ない』
これは聞いていい会話なのかしら?
声音を聞く限り四女の事よね。
一人で張り付いているとの話だし。
そうなると上は上で色々ありそうだ。
ともあれ、同時期に時を止めねばならないので私は上の事は上に任せて更新作業に入った。
先ずはアインスに対して、
「先に周囲の諸々を取っ払ってね。それがあると惑星儀が入れられないから」
「分かりました。レナンス、ミアンス」
「ほーい」「分かったわ」
「ニナンスとミカンスも」
「椅子を片付けます」
「ところで、この食べかけの焼き芋は誰の?」
「あ、ごめん。それ、私の」
「ユーンス姉上でしたか」
管理神器の周囲に置かれたテーブルやら椅子を退かせてもらった。そこで色々とメモ書きしては上に報告したり、飲み物やら食べ物を持ち込んでいるのだろう。
よく見ると床に溢した形跡まであるしね。
状態を例えるなら姉妹で部屋の模様替えをしているようなものね。一柱は外出中だけど。
姉妹の片付けが終わった事を確認した私は旧型の管理神器の底部からミスリル線を引っ張り出して、新しい管理神器の底部に結合した。
「こことここを繋げて、同期を開始して」
必要な情報を吸い出して、今までは適用外となっていた基本設定の項目を有効化した。
「惑星の生命力と魔力を更新、以前よりも増えているから、多少なりに密度が改善されるかもね。帝国領の封印がどうなるのか不明だけど」
そのうえで保留状態の魂魄を除く全種族の移管予約と建物類の完全複製を実行した。
これが完了したら次の作業に入るのよね。
その作業とは世界時間の全停止後、眷属達とシオンを含む全員がそちらに移管されるのだ。
これらは絶対に失敗しない作業ではあるけど何が起きるか分からないから最後の検査を含めて行う必要があるのよね。本当に手間だけど。
「増えているというか倍以上なんだけど?」
「これはもう、別の惑星では?」
今度は召喚神共が何か言ってる。
呆れ顔の私はタブレットを取り出して、
「同じ惑星よ。基本機能は全て同じ。例外は神に害する悪人対策だけね。このシミュレーションでは〈夢追い人〉に類する者が現れた場合」
動きのシミュレーションを二柱に示した。
「ああ! 魂魄に刻印が与えられてる」
「そのまま追跡してるし、行動予測まである」
しかも今回からは迷宮関連の機能も追加しているので、ニナンスが大いに喜んだ。
「今後の管理が楽になりそう!」
旧型のままだと簡易管理だけだったから。
ドロップ品を増やそうとしても簡易型故に頭打ちだったからね。それは上でも同じだが。
『迷宮管理の上限値が増えてるぅ!』
『よ、良かったわね。マインス』
『うん! ユインス』
喜んでもらえてホッとした私だった。
ただ、ミカンスだけは、
「帝国領はどうなるのでしょう?」
何処か浮かない顔になっていた。
私が予測出来るのは、例の封印が魔力圧で吹っ飛んで、大慌てて再封印に向かう事までだ。
だから私から言えるとしたらこれだけだ。
「大して変化は無いわよ。封印を行った原因物共が罪の上塗りを行って詰みになるだけでね」
「ああ、問題は無いのですね」
「問題があったら私の暇潰しが消えるでしょ」
「それも、そうでしたね」
「罪で詰み。刻印と追跡。削除も行い易いと」
「お母様が普段から行ってる事と同じですね」
「現にお母様が使っている物と同じ型だもの。ここにあるのは形状は似ていても旧型だから、インターフェイスにも違いがあるしね」
まぁ迷宮機能だけは、お母様の管理神器には存在しないけどね。使い道が皆無過ぎるし。
それからしばらくして、
「姉上、完了通知が出ました」
私が紅茶をいただいていると全ての同期が終わったようだ。様子見はアインスとユーンスが私と交代して行ってくれたから助かったけど。
「地上の時間は丁度、昼時ね」
「芋羊羹がありますけど食べます?」
「船に戻ったら大量にあるけど、いただこうかしら。食べられない可能性もあるし」
「では準備しますね」
ニナンスは私が持ち込んだ芋羊羹を持って、奥へと引っ込んだ。厨房が奥にあったのね。
その間の私は三女に連絡を取り、
「準備は?」
『完了!』
「同一タイミングで停止させるわよ」
『了解!』
「カウント!」
『三』
「二」
『一』
「『停止!』」
世界の全時間と止めた。
あとは復帰時刻と神界時間を合わせて同一タイミングで戻すだけだ。
ここからは時間との勝負ね。
「管理神器の総取っ替えを行うわよ」
「『了解!』」×12
古い管理神器を管理室中央から取っ払って結合部付近の清掃を行う。埃やら食べこぼしやらが落ちているのは、見なかった事にした。
そして新しい管理神器を設置して結合した。
検査は時間復帰前に行うのでこちらも同一タイミングで行った。ここで問題があれば警告音が出るのよね。しばらくは緊張しっぱなしだ。
「十、二十、三十」
というところで警告音が鳴った。
私は慌てて該当箇所を調べる。
「一体何処に? あぁ、交点かぁ」
調べたところ、例の交点に異物有りで、魔力圧によって完全破壊してしまう事が判明した。
「交点?」×5
「合国から出る経路と帝国へと入る経路の交差地点ね。ここは他国が改善しない事には手出しが出来なかった場所なのよ。私も手出し出来ないと思ってスルーしていたけど、まさか交点にまで異物を置いていくなんてね。度し難いわ」
五柱の疑問に応じた私は管理神器からの完全除去を実行した。
同期時には問題がなくても、本番移行前に発覚するなんて事は、よくある話だからね。
「従来の要石を除去、管理神器の同期型に総交換、これで流量調整が随時可能になったわね」
上では検査が終わっているのか、私待ちだ。
私はそのうえで警告音の対策に乗り出した。
「あとは迂回路をこちらとこちら、それとこちらとこちらにも通して、従来経路は一時閉鎖。そののち、再検査を実行っと!」
「迂回路?」×5
まぁ五柱から何事という反応をいただいたけどね。私は数字を眺めつつ応じた。
「今のままだと帝都地下のブツにぶつかって同じ警告音が出てしまうからね。除去は私達が行う事になっているから、しばらくの間は流れを堰き止める側に魔力を流さず、地表よりも奥にある臨時要石へと魔力を通すの。そうすれば」
「ああ!?」×5
「私の意図が分かったわね。今のままだと魔力圧で封印が完全破壊されるから、それを回避するの。再封印で侵入されでもしたら面倒だし。元々は罪で詰みとするつもりだったけどね」
「余計な罠を仕込んでから戻る可能性も?」
「あるわね。あとは己の思惑通りに大陸から魔力が消えたと油断してくれたら幸いよね。帝国領だけは魔力が完全に消えて」
「他国は安定供給を受けるようになると」
「概念も同時に書き換わるから、魔力拡散も漸次落ち着くでしょうね」
「ああ、ようやく、これで落ち着くと」
「あとは、問題児達の対応だけですね」
今回設置した迂回路は帝国領を通らない場所に二箇所。帝国領の大運河の地下に二箇所だ。
臨時要石も地中深くにあるので簡単には触れないだろう。その迂回路も北極の周囲から顔を出して合流する運びとなっている。
そうして総検査の方は無事に終わり、
「時間復帰、カウント!」
『三』
「二」
『一』
「『復帰!』」
三女とタイミングを合わせて完了させた。
管理神器の周囲にテーブルを戻したアインス達は魔力膜を表示して安堵の溜息を漏らした。
「全世界の魔力密度、九十パーセントに推移」
「帝国領のみが零パーセントで維持っと」
「そのまま帝国領が氷の大地に早変わり」
「こうなると分かっていて動いたのかしら?」
「どうだか? セイアイ魔国の女王は何を願ったのか、私達には分からないわよ。ユランスも分からないって言っていたし」
魔神すらも分からない思惑、か。
それこそ世界を呪った的な何かだろうか?
(呪い的な代物ならシオンの餌食よね)
こればかりは、ここで女王へと不可視の目印を与えて、詳細を調べるしか無いでしょうね。
この管理神器ではそれが簡単に行えるから。
そこで私はこの場に居ない者達を思い出す。
「というか、ユランスが戻って来ないわね?」
ニナンスも奥に入ったきりだ。
いや、戻っては来ていたみたいね。
芋羊羹をテーブルに置いているから。
今は上に持っていって、居座っていると。
ミアンスは私の問いかけに対し、
「ああ、セイアイ魔国を滅ぼしていたりして」
ケラケラ笑いながら流していた。
(ユランスなら遣りかねないけど、姉としてそれはどうなのよ? 私には言われたくないだろうけど)
そう思っていたらドタドタと戻ってきた。
「流石にそんな事はしませんよ!?」
私は唖然としたままユランスの背中に指をさす。
「戻ってきた。というか、その風呂敷は?」
「あちらに行って買ってきました」
「買ってきたって。まさか? ラード?」
「はい、そのまさかです!」
「ほ、他には?」
「購入可能な商品類ですね」
「そ、そう。大変だったわね」
「そうでもないですけどね」
戻ってこないと思ったら異世界に渡って買い物をしていたとはね。この女神、自由過ぎる。
いや、お母様の子だから、当たり前だけど。
「ま、まぁ、無理はしないでね?」
「大丈夫ですよ。どのみち、私達も使うので」
「ラードを?」
「ラードを、です」
「餃子でも焼くの?」
「餃子?」×5
「何です、それ?」
「これは知らないのかぁ」
「???」×6
ラードは使うのに何故か中華は伝わっていなかった。多分、唐揚げなどに使っているのだろう、それっぽい代物が厨房内から見えたから。
「というか上界はいいの?」
「あちらは正式型ですから」
「今のところは問題は無いわね。あったのは地上だけだったし」
「そう、だったのね」




