第252話 予兆を感じ取る吸血姫。
そして翌日。
三番船は大運河を抜けて海上へと向かった。
「航路で何かがあれば連絡を入れて」
「承知しました」
私は航路選択だけ行って船長室へと戻った。
これから進む航路は、旧合国の大陸と魔王国の大陸の境を通り抜ける航路だ。
この航路を選択した理由は航路自体が魔力経路の真上にあるからというのもあるのだけど、
「魔力密度の改善度合いを調べるために、わざわざ通らざるを得ないとは。そのまま北の海上に出て舞い戻る選択肢もあったんじゃない?」
私の隣で茶を飲むシオンのぼやき同様の確認作業が殆どだったりする。
私も本音ではシオンの意見に同意なのだがこればかりはどうしようもないのだ。例の予定の件といい、どちらも重要な対応案件だから。
「それも一つの手ではあったんだけどね。上では分からない事が現場ではあったりするから」
「わ、分からない事?」
「ええ、先の封印強化と同じ事が別の地点で起きているかもしれないからね。あの旧型では大局だけは読めても、それ以外は細かすぎて見られないからね。気づいた時にはってやつよ」
「ああ、確かに」
シオンも知っているから何度も頷いていた。
「何故旧型で管理させているのか謎だけどね」
「それは分からないわ。ただ、言える事は」
「練習台、的な扱いとか?」
「そうかも、しれないわね」
「それが結果的に後手後手を生む、か」
「その後手後手で、各種対応力を身につけさせるつもりだったんじゃない? 知らないけど」
「お母様ならやりそうな手よね」
「ふふっ、言えてるわね」
「とはいえ、後手後手も困りものなのよね」
「直前まで手遅れ寸前になっていたものね」
「ええ、だから可能なら」
私は呟きつつ机上に、惑星儀を取り出した。
「可能なら上にあがって、こちらへと更新すべきなんだけどね。ただ、更新するには完全同期と検査時間が必要だから、今は出来そうに無いしね・・・情報更新、完了っと!」
静止衛星の神器経由で情報の更新も行った。
シオンは惑星儀を見つめてきょとんだが。
「え? どうしたのよ、これ?」
「昨晩、創ったのよ」
私はシオンの問いかけに応じつつ、惑星儀に映る各地を精密検査する。各地に異常があれば警告と書かれた魔力膜が出てくる仕様だ。
「つ、創ったって権限は?」
「お母様から最上位の権限を貰った」
「い、いつのまに?」
「夕べよ。焼き芋と一緒に送ってきたわ。アオイを救った事への褒美とか何とか言って」
「じ、自由奔放よね。まるで誰かさんみたい」
娘なのだから似るのは仕方ないでしょ。
シオンも何処かしらが自由奔放だしね。
だが、お約束なので問いかけだけは行う。
「誰かさんって、誰よ?」
「誰かさんは誰かさんよ」
次いで魔力密度の検査も同時進行で行う。
ちなみに私が取り出した惑星儀は、お母様が使っていた神器を模した管理神器であり、リアルタイムで情報更新が行える最新式の代物だ。
しかも罪歴と称号を常時精査してゴミ虫を発見すると魂魄に目印を与えて処理を楽にする。
お母様もそれで神罰を与えていたりするが。
「魔力密度は帝国領を除いて改善の見込みありっと。異常があるのはこの先の交点だけ、か」
「でも、これがあるなら航路を戻しても良かったんじゃないの? 調査も現時点で終了したも同然でしょう?」
「私もそうするべきとは、思うけどね。予定が決まっているから、どうする事も出来ないわ」
「予定・・・ああ、先の報告書の事?」
「そうなるわね。経路異常が現れた交点に向かうのも、こちらから北上した方が早いし、おそらく上では、見えていないかもね?」
そう、見えていな⦅異常無し!?⦆旧型の脆弱性かもしれないわね。それに気づいて慌てて数トンの焼き芋で隠してきたのかもしれない。
シオンも察したのか天井を見上げた。
「ああ、だから最上位の権限を与えたと」
「でしょうね。上で気づけない何かがあると」
「管理神器の更新も含めて創れと」
「焼き芋羊羹と共にね」
ただ、これを更新するとなると呟いた通りの手間が掛かるのだ。既に動いている管理神器を時間のズレなく更新しないといけないからね。
それには世界全体の停止も含まれていて、
⦅早急に更新をお願いします!⦆×14
焼き芋羊羹と共に上へあがる事も決まった。
というか上と下を同時ってマジ?
§
その間の三番船は問題なく進んでいる。
シオンは船長室を出て託児所へと向かった。
管理神器を片付けた私も大厨房へと訪れた。
更新前の芋羊羹だけは何がなんでも作らないとね。それはレリィ達、調理班が、だけど。
今は昼食の準備を終えた頃合いだったので、
「トン単位で焼き芋が手に入ったのだけど、これで、芋羊羹を作ってくれないかしら?」
大量の焼き芋を作業台に取り出して示した。
実はこれが全てというわけではない。
本当は数十トンの焼き芋が届いたから。
ドサドサドサって私の亜空間庫の中にね。
何処で育てたサツマイモなのか謎だけど。
残りは食料庫へと移したので、そのまま食べるなり菓子にするなりの指示は出すつもりだ。
「トン!?」×6
「!!」
レリィ達は目が点となり、無表情が売りのアンディまでも硬直した。アンディにも変化が出ているわね。自我が芽生えたかしら?
それはともかく、私は一緒に届いた粉寒天等の材料も隣に取り出してあげた。
「これらは好きなだけ使っていいわよ。この世界の品ではないから使い慣れていると思うし」
作るための材料を寄越せと言ったら必要な材料を含めて全て届けたからね。
どれだけ食べたいんだって思ったわ。
レリィ達は芋よりも驚愕顔を浮かべたけど。
「え? こ、粉寒天?」
「こ、これは上白糖だと!?」
「しかも、パッケージ付き?」
「クチナシの実まである」
「それもトン単位って」
「パ、パトロンは誰ですか?」
パトロンって。まぁ異世界品がずらりと並べば反応するのは仕方ないかもね。
何処から入手したのかって事でもあるから。
私は苦笑しつつ、答えを濁した。
「トウカの疑問も分かるけど入手方法は示せないわね」
「そんなぁ〜」
「こればかりは仕方ないわよ」
「ああ、俺達は願われたら作るだけだ」
「そうそう。無い物ねだりしても、ね」
「限度無しになると、迷惑をかけるし」
「これだけ手に入ったなら言うことないわね」
全員が意気消沈したけどね。
もしかすると欲しい材料が有ったのかも。
「パッケージは焼却処分してね。異世界品のビニールなどは魔力還元が出来ないから」
「りょうかーい」×6
消沈したレリィ達は仕込みを開始した。
私はレリィ達の思考を読みながら思案する。
(レシピ不明の特製調味料。販売先はコウシの実家か。料亭でも使っていたから、その味を出すために普段から四苦八苦していると)
それがあると風味にコクが出るという。
似たような風味の材料を用いても同じ味だけは出ないそうだ。この子達にも故郷を偲ぶ。
そんな気持ちが何処かしらにあるようね。
流石に断言こそ出来ないが何とかして入手してあげねばという気持ちが芽生えた私だった。
⦅姉上の問屋経由で手に入れましょうか?⦆
ミアンスが何か言って、って・・・は?
(そういえばあちらとこちらで商いしてるって言っていたような気がする。そこを経由して届けたのかもしれないわね、お母様も)
私は大厨房から出ていって〈スマホ〉経由でミアンスに依頼した。ポンコツ女神でも使いよう⦅承知だけど、それは酷い!⦆ってね。
しばらくすると芋羊羹が出来上がった。
「カノン、お待たせ」
「出来たのね。って、凄い量ね」
「それだけの量があったからね」
それも大量にね。どうも昼食時のデザートにも使う予定なのだろう。マキナも好きだしね。
だから私は返礼として、
「ありがとう、レリィ。それとお礼にこれを受け取って」
「!? こ、これは!?」
レリィが驚く特製調味料の瓶を手渡した。
この数時間で得られたのは一本のみだった。
取引先では無かったから店買いしたらしい。
「今はこれだけだけど、近い内に食料庫に必要数の品を収めるわね」
「い、いいの?」
今後は営業を行って必要数を寄越してくれる事になった。その分⦅更新よろしく!⦆となったけどね。こればかりは仕方ない話だった。
「味の決め手でしょ? どうしても必要な品なら取り寄せるわよ。出来ない事もあるけどね」
「あ、ありがとう、カノン」
レリィは礼を言うとコウシの元へ行き、感激の声が私の元まで届いたのは言うまでもない。
それだけに、あれこれと追加が発生しそうだけどね。一人を優先したら次も出てくるから。
現に、
(ああ、トウカがラードが欲しいと思ってる)
オークよりもアグー豚のラードがいいと。
出来ない事もあるって言ったばかりなのに。
あがったら可能品と不可能品の取り扱いリストを貰わないとね⦅準備します⦆お願いね。
(さて、芋羊羹を持って、あがりますか。あとはマキナに任せてもいいわね)
なお、資金的な代物は錬金した金塊で賄っているという。そういう換金方法もあったのね。
(そういえば、マキナも行っていたわね。あちらにマキナの憑依体があったのは驚きだけど)




