第239話 各々の変化に驚く吸血姫。
それからしばらくして魔国上空へ到着した。
「全機、タイミングを合わせて!」
『了解』×13
私とマキナの機体は存在を隠したまま上空を旋回して円形に魔国王都の空爆を行う予定だ。
他の人員は予定地点の上空で、旋回しつつ底部から落とすだけである。気をつけるべきは私が命じたタイミングであり、少しでもズレると余計な報告が各所に飛び交う恐れがあるのだ。
「マキナ、カウント!」
『了解、三、二、一!』
「投下!」
『投下!』×13
私の命令にあわせてナディとショウが投下ボタンを押す。他の面々も発射ボタンを同時に押して地表へと還元弾を落としていく。私とマキナは旋回しつつ王宮を避けてぐるりと落とす。
例の牢獄は王宮外にあったしね。
処刑前の商人が消えてしまうが仕方ない。
「私とマキナの乗機以外はそのまま帰投せよ」
『了解!』×12
命令を受けた小型偵察機は三番船へと戻っていく。私達が残ったのは撃ち漏らしが無いか観測するためだ。撃ち漏らしを観測するのは還元弾に気づいて迎撃した魔族が居るかもしれないから⦅熱光学迷彩で気づかれてませんね⦆中には熱源から察知する者も居たりするけど地上の魔族はその点でいえば⦅弱々⦆かもね。
私は観測中のショウに対して問いかける。
「起爆は?」
『もう少しかかりますね』
私も〈遠視〉しつつ状況を注視する。
暗闇の夜空から仄かに明るい地表へと落下した還元弾は風魔法による推進力で上空から目標を自動追尾する。時に有翼族達を避けつつ、時に魔力を隠蔽して、目標の上空にて該当者だけを消し去る魔法が炸裂した。
すると私が把握したタイミングで、
『該当地点で同一タイミングの起爆を確認』
ショウの報告も入った。
「ナディ、操縦代わって」
「りょ、了解!」
一方の私は魔力膜を展開して保留水晶の状況を観察する。
「保留水晶に続々と集まってきてるわね」
『総数が三億だけど、今はどれくらい?』
「一割ってところね。回収速度がボトルネックとなるから致し方ない話ではあるけれど」
『一割、かぁ』
「ようやく二割になったわね。一分間に一割として」
『十分は様子見だね』
「その十分が油断出来ない時間でもあるわね」
私は魔力膜を表示させたまま、
「操縦を代わるわ」
「ほっ。了解!」
緊張した面持ちのナディと交代した。
不慣れだったナディは胸をなで下ろす。
私は苦笑しつつナディを弄る。
「ナディは大物を操縦する訓練も必要ね?」
「訓練は丁度良い大きさだけでいいですよ」
「ウタハの彼氏から分裂した大物も居るわよ」
「そ、そちらの大物ではありません!」
「猫獣人はそれしか居ないけど? 身長が190センチの大物ね。どっちだと思ったの?」
「そ、そちらの意味だったんですかぁ!?」
「ふふっ。真っ赤なナディ、可愛い。でも」
ホント、どちらと思ったのか?
いや、ウタハが大きいとか言ってたからね。
その時は近くにナディとミズカも居たので、
「気をつけないとミズカに獲られるわよ?」
一つの可能性を提示してあげた。
まぁ猫獣人はハーレム可だから問題無いが。
「カノン様!?」
「旅も次の帝国領で一旦終わりだもの。各々の思うがままに関係を構築してもいいじゃない」
そう、次の帝国領で一旦終わりだ。
主に下界、上界の旅が、だけど。
(最上層、地表に行くのは誰になるのやら?)
私がそう、感慨深く口にするとナディは神妙な表情に変わった。
「カノン様・・・」
その直後、マキナが会話に参戦した。
『ミズカとナディがコヨミ争奪戦するって!』
『なんだってぇ!?』×4
反応したのはミズカとウタハと当人達だ。
ナディは声音を聞いて顔が真っ赤に染まる。
「ちょっ!? マキナ!!」
『一人の雄猫を取り合う雌猫が二人! 賭けるなら今だよ、皆! 一番人気はミズカとナディの百合! 私は百合に大白貨十枚!』
『マキナ! 私はノンケだぁ!?』
「私もノンケよ!!」
『ドMのカナブンが何か言ってる』
「フーコ!? カナブン呼ぶな!」
『俺はナディに大白貨十枚』
『いやいや、ミズカが勝つって。大白貨五枚』
『男共! そこは百合的な選択で大白貨十枚』
『コヨミのハーレムに大白貨二十枚!』
終いには賭け事になってしまい真っ赤な顔のナディは言われるがまま呆然としていた。
私は騒ぎ続ける眷属達を無視して、
「ナディも乙女になったわね。前ならモジモジと受け入れられるかなって悶えていたのに?」
「きゅう」
以前の違いを示すとナディが本気で俯いた。
いや、本当に眷属達の性質が当初より変化したと思う。以前ではあり得ないような反応がそこかしこで当たり前に起きているからね。
かく言う私も普通に戻りつつあるけれど。
(むしろ、私が変わってきてるから?)
そうとしか思えない反応がチラホラと見えだした。シオンはドMなんだけど、そのドMも少し弱まってきているものね。ノーマルM的な。
もしかするとこの憑依体になってから起きた変化かもしれない。その方が辻褄が合うしね。
あとはカナという反面教師が出来たからというのもある。あくまで仮説だから、こればかりは今後の成長を観察するしかなさそうだけど。
そんな騒ぎの中、
「ようやく全ての回収が完了したわね。総勢三億四千万の魂魄だけど」
「『そんなに居たんだぁ!?』」
『それってどういう扱いだったの? お母様』
「〈夢追い人〉の子供として〈夢追い人〉が転生していたみたいね。これらも全て幸運値が異常値だったせいかもしれないけどね。さて、観測も終えたし戻るわよ」
『了解!』
結果が分かったので私は帰投する事にした。
なお、オブザーバー席のルーナとリリナは暇過ぎたのか、鼻提灯を出して眠っていた。
「『ムニャムニャ』」
「この子達はやっぱり大物ね」
「そ、そうです、ね、大、物」
「今は下ネタではないわよ?」
「わ、分かって、ます、よ?」
一方のナディが復活するのはしばらく掛かりそうだ。分かってますと言いつつ真っ赤だし。
するとマキナの乗機から報告が入る。
『リリナが起きたよ〜』
『ん? もう終わったんですか?』
『終わったよ。寝心地が良かったのかもね?』
『リクライニングチェアだもの』
椅子の寝心地が良かったのか離陸してからずっと寝ていたのかもしれない。双発エンジンの轟音も今回は抑えめに指定したから余計にね。
そうして三番船の上空へと戻り、
「マキナから降りて」
『りょうかーい!』
順番に滑走路へと降り立った。
降り立った段階で熱光学迷彩を解き、機体を拘束しながらエレベーターで格納庫へと戻す。
私は格納庫へ片付ける前に一同へと告げる。
「総員、良く聞きなさい! 今から二時間後、船体上部の講堂に集まりなさい。そこで今回確保した三億四千万人分の経験値を授けるわ。上界に居る者は、リンスとユウカの案内に従って降りてくること! 以上」
『分かったわ!』
「『了解!』」×71
『りょ、了解』×14
『りょうかい』×3
子供が返事していたのは母親達が〈スマホ〉越しに返事させただけみたいね。連れて行くって意味で。私を省くと総勢九十人の船員か。
私は気持ち良さげに眠るルーナを背負い、
「ホントに増えたわね」
多数の返事の声音から感慨深くなった。
隣を歩くナディは落ち着いた表情に戻っていて私に感謝していた。
「それだけ救って下さったって事ですよ。私もカナも含めて」
「ナディも元に戻ったのね。というか、今回の経験値授与でナディ事案が起きても不思議ではないわね。当事者としてどう思う?」
「が、頑張れとしか言えません」
そうして大型偵察機から降りた私はナディにルーナを預け、保留水晶を保管するログハウスへと移動した。
§
ログハウスへと到着した私は先んじて訪れていたマキナと合流した。私は保管庫の一角から大水晶を取り出してテーブルの台座に置いた。
「これが保留水晶? なんか気持ち悪いね?」
「人の頭大の水晶に三億四千万人の魂魄がすし詰めで収まっているからね。中から聞こえる助けろとか、救えとかの叫びだけは相当よね」
「それと、ここは何処だって言ってるけど」
「一先ずは無視でいいわ」
「そうだね。少々鬱陶しいけど」
そして今から行うのは樹木の時と同様の処置である。現状だと経験値がバラバラで、吸い出す場所によってはハズレを引きかねないのだ。
一応、行う事は少しだけ異なるけどね。
「先ずは知識と記憶を抽出、記録水晶に転写」
「それは?」
「ポンコツ二号の要望よ。数が多すぎて回収が出来ないからって、漂白する前に欲しいって」
「な、なるほど。ポンコツ二号って?」
「ミアンスよ。ポンコツ女神筆頭は別だけど」
「あ〜。はいはい。納得」
マキナが何度も頷きながら様子見している間も抽出は続く。膨大な量の知識と記憶よね。
整理も同時進行で行うから時間が掛かりそうだわ。それも含めて時間を多めに取ったけど。
およそ一時間が経過して抽出が終わった。
「記憶が無いって騒いでいる」
「全て吸い出したからね。こちらの記録水晶はユランスに転送して、次は人格の漂白ね」
「ああ、これでうるさい声を聞かなくて済む」
次は耳を塞ぐマキナの前で漂白を行使する。
こちらは染め直すだけだから、およそ三十分もあれば全て完了するだろう。
「声が少しずつ治まっていく」
「漂白と共に経験値へと与えられた謎の封印も解除されだしたわね」
「封印? それって?」
「ええ、何故か不活性状態の者があったのよ」
特に子供、転生したての者は昔の経験値が不活性状態であり、何らかの外的要因によって使えるようになるらしい⦅姉上の禁忌物で封印解除するようです⦆またもやポンコツ筆頭かぁ。
これも記憶回収後に検索したのだろう。
ユランスが代わりに報告しているから。
漂白が終わると次に行うのは均一化だ。
「およそ二千年物の経験値と膨大な魔力、生命力がこの中にはあるから、それを一つの命として定義するわよ」
そう、言いつつ定義を開始する私だった。
すし詰め状態の魂魄の境が消え始める。
水晶内部で攪拌が開始され、経験値と魔力と生命力の分離と統合が攪拌中に行われる。
マキナは水晶内部の変化に目を丸くする。
「こ、これが均一化?」
「私はそう呼んでるけどね」
「一つの命。ああ、だからハズレが消えると」
「何処を抜き出しても膨大な量の経験値と魔力と生命力がいただけるというね。帝国領に隠れているとされる残り六億強の者達も同じ処置で召し上がる事になるでしょうね。樹木としても良かったけど」
「そこからは地上の者達の努力次第って事ね」
「お膳立てはしたからあとは好きなようにってね。さて、こちらの創造もあと少しね」
その間の私は別の水晶を創造して保管庫へと収めた。収めた途端にゾロゾロと入ってきたけれど。まだ安易な死を選択するバカが居たわ。
(数は六千個か。そうなると六億が帝国領に居るのね。こいつらはそのまま放置でいいわね)
今から行うと指定時間に間に合わないもの。
今回の水晶の許容量は残り七億に合わせているので、しばらく放置でも問題は無いだろう。
定期的に見に来る必要はあるけれど。
均一化後の水晶の元に戻ると、
「お母様、味見していい?」
マキナが涎を垂らして待っていた。
(フライングするとユーコ達が黙って・・・)
そう思いながら全体の総容量を把握した。
(魔力は私に匹敵するわね。生命力は惑星並、経験値は人一人が吸ったとしても処理しきれない分量が収まっているか? それなら・・・)
私はマキナの目前で〈金色の魔力糸〉を伸ばした。
「あ! お母様!?」
「マキナもいただきなさい。どうせ、全員がいただいても問題ない分量があるからね」
「!? ありがとう、お母様!」
ということでフライングかもしれないが、私とマキナは濃厚かつ極上の風味を味わった。
「「うま〜い!」」
語彙が崩壊するとはこの事か。
それ以外の表現が出来ない悪意の味がした。
「漂白しても残る悪意って凄いわね?」
「二千年もの間、熟成した悪意って事だね」
「なるほど、熟成か」
「というか、お母様。レベルアップしました」
「私もよ。1000だって」
「この状態で900になりましたね」
「神体だと無敵ね」
「そ、装備品も造り替えないと」
「大太刀そのままでもいいけど」
「他は上限値を超えますからね」
「そ、そうね」
それと同時にレベルアップして元より人外な私達が人外を超えてしまう結果となった。




