第238話 やる気を出させる吸血姫。
竜王国にある湖へと到着した三番船は浮上状態から停泊状態へと移行した。
その間の格納庫では、
「予定人員が乗る翼を全展開しろ!」
「了解! セクハラ魔王様!」×3
「俺をその名で呼ぶな!?」
「魔王様と呼ばれて嬉しくないと?」
「普通は嬉しいものだってルーナ様が」
「仰有っていたよね?」
「セクハラが余計なんだよ! それよりも口動かす前に手を動かせ手を! 手を動かさないなら全員の胸を揉むぞ、こらぁ!?」
「キャー! マイカ様、助けてぇ」×3
「そこでマイカの名を出すなぁ!?」
ケンが現場指揮を行いながら翼を折り畳んで収納していた小型偵察機の準備を行っていた。
格納庫で動ける人員は、整備員としてケンとウタハ、誘導員としてのカナとソラだけだが。
残りの人員を上界から連れてくるにはまだ時間が足りないのよね。各種試験に合格したといってもレベルと経験値の面で遅れをとるから。
一方の私は朝食後に集めた操縦士達の前で作戦概要を伝えていた。
「目標は魔国に隠れている〈夢追い人〉、計三億人。これからその全てを本日中に掃討する」
「三億人!?」×19
私が人数を伝えた段階で、マキナを含む呼び出された操縦士達は目を丸くしたけれど。
結構な数が潜んでいるわよね、ホントに。
なお、私が選び出した操縦士達は以下だ。
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大型偵察機:カノン・ナディ・ルーナ
マキナ・ショウ・リリナ
小型偵察機:ミキ、アナ、ミズキ、アイミ
ユーマ、サヤカ、フーコ
コノリ、ナツミ、フユキ
複座偵察機:シン・アキ、ケン・マイカ
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今回出撃させる大型偵察機は二機とした。
当初は全機出撃させようとしたが過剰過ぎたため、クルル達には悪いが待機してもらった。
小型偵察機の単座は十機、複座は二機だ。
現状、準備出来るのはそれが最大だった。
肝心の人員も鬼教官のお眼鏡に叶ったのはクルルを省いた十三人だったため、現状が最大人員になるのよね。
「目標へは自動照準ののち、自動追尾されるから指定したポイント上空で爆撃したらいいわ」
「そ、それだけなんですか? お母様」
「それだけなのよ。この地図を見ても分かる通りね」
私はマキナの問いに応じつつ地図をホワイトボードに拡げてみせた。
それを見たルーナとマイカは息を呑む。
「こ、これが魔国? 王都と同じくらい?」
「このような大国を開拓させていたのですか」
元々は同じ民族が興した国だものね。
ルーナの言う通り大きさで言えば魔王国の王都と同程度だ。魔王国より小さいが王都の規模を知る二人にとってはそれでも大きいらしい。
するとナディとショウが何かに気づく。
「地図にある赤い点々は?」
「ま、まさかそれが目標?」
「多すぎて、数え切れない」
「だ、だから三億、なんだ」
今回、二人には副操縦士として隣に乗ってもらうだけだ。私が命じた場所で爆撃を行うのが二人の仕事だけどね。操縦するのは私だから。
なお、ルーナとリリナは証人として連れて行くだけである。一応でも地上国の王族だから。
「それが目標よ。群がって存在しているから」
「ここを目がけて消し飛ばす、と?」
「それがこんなに広い場所に分布してるから」
「ええ、広範囲だから数が必要なのよ。大型でも出来ない事はないけど」
「ああ、何度も補給に戻る必要が出てくるね」
「そうよ。それに一度で全て終わらせないと隠れてしまったり」
「連絡を取り合って逃げてしまうかも」
それが一番の危惧なのよね。
「完全に片付けるにはそれがベストなのよ」
「なるほど」×19
上空から決まったポイントに落とすだけ。
落とすだけとはいえその規模が広すぎる。
何度も往復すると気づかれて逃げられる。
面制圧では数が物を言うとはこの事よね。
すると今度はマキナが質問してきた。
「でも、お母様? 滅したあとの処理は?」
それは私とマキナが行う事でもあるので他の人員は聞くだけだった。
「自動保留ののち保留水晶に送る事になるわ」
「自動保留?」
マキナは初めて聞く言葉なのかきょとんだ。
私は微笑みながらマキナにネタばらしした。
「実は今回から呪文の差し替えを行わないと、転生申請が保留となる改良を行ったのよ」
「え?」
案の定、マキナはきょとんとしたままだ。
それは既存の呪文にちょっとした改良を加えたのだ⦅気になるぅ!⦆×7
つ、通常なら、
〈生を統べる精霊に求む〉
となるが私は以下のように改良した。
〈生を統べる精霊に乞い願う〉
ちょっとした改良だけど、これを行ったお陰で手間が減ったわね。求むだけでは切実さが伝わらないし軽んじているように聞こえるから。
通常の呪文も残しているので、新しい呪文を使わない限り、願う者の転生が叶う事は無い。
⦅私達も同じ改良を行いましょう⦆×7
軽んじない呪文を発した時だけ私達の元へと申請が届くのだ。通常の呪文を発したら、そのまま保留水晶へと御案内されるだけである。
私の改良案を聞いたポンコツ達は失敗か魔力不足のオチを付けそうだけどね。
何はともあれ、
「先ずは実践あるのみよ。操縦中に届いても困るしね? 邪魔と思える数が申請してくるし」
「ああ、それで、自動保留と」
今は余計な説明を行うよりも、実際に転生申請を行ってもらう事を選択した私だった。
そして出撃前に活力を与える事にした。
「それと保留水晶内には三億人もの経験値膨大者が蓄えられるから。帰投次第、全員に振る舞うわね。先日経験した者達もブー垂れるから」
「!!?」×19
もうね、それだけで元気になったわね。
今回の会話は〈スマホ〉を通じて全員に伝わっているので各所でも元気いっぱいになった。
『やったるでぇ! ウタハ、彼氏呼んで来い』
『言われなくても呼んでくるわよ!?』
『高濃度の経験値、じゅるり』
『ね、姉さん、涎が出てます』
『あ、ごめんなさい、ユウキ』
『私も欲しい〜!』
『子供達も連れて戻るわ!』
『シオンさんはどうするの?』
『行くに決まってるでしょ!』
シオンも〈夢追い人〉の風味だけは知らないものね。いっつも私が一人で召し上がるから。
『主様、私は大変、感激しております!』
「お姉ちゃんの信心がカンストしてるよ?」
「ね、姉さんが大号泣してる」
「そ、それは、まぁ、いいか」
「お母様、どんまい」
「マキナも対象なんだけどね」
「あぅ」
§
そんな騒がしい打ち合わせののち、
『周囲に同族の監視網無し!』
『こちらも問題ないけど同族と違うよ、ルー』
『一応、同族? って事で!』
『何やってるのよ? 二人共。それよりも!』
『おっと、小型機より発進どうぞ!』
ルー達に周囲を哨戒してもらいながら三番船の滑走路では発進準備が粛々と行われていく。
複座型から単座型が順番に滑走路へと昇っていき、物理防御結界で延長した滑走路の端から端まで加速して、夜空へと飛び上がっていく。
「物理防御結界の端に例のガラス瓶を浮かせているから何処までが滑走路か分かり易いわね」
「あれって下から滑走路を照らしてます?」
『そうしないと風圧で飛んでしまうもの』
「『なるほど』」
音も無く飛び立つ偵察機を見つめるのは、
「凄い、鉄塊が夜空に向かって飛び立ってる」
三番船に乗る者の中で唯一、偵察機が飛ぶ姿を知らないサラサだけだった。今は滑走路下にある滑走指揮所から顔を出して覗き見ていた。
滑走指揮所にはカナとソラも待機していてサラサのリアクションに笑顔で応じていた。
「まだまだこれからよ〜」
「これは序の口だから〜」
「序の口?」
「「次は姉さん達の乗る大型が出るよ」」
二人が宣言した直後、滑走路に大型偵察機が姿を現した。といってもマキナの機体だけど。
「こ、これは!?」
「魔力密度が以前より増えてるのかな?」
「そうかもしれないね。灰銀から消炭色に近い色になっているし」
黒に限りなく近い色合いの大型偵察機は滑走路を走らずその場で上空に向かって離陸した。
「浮いてる!? というか、空に溶け込んだ」
「夜空に溶け込む恐ろしい機体の登場だぁ!」
「もっと恐ろしい機体はこのあと出るけど!」
『聞こえているわよ。二人共』
ナディからの叱責にカナとソラは謝った。
「「ごめんなさい!」」
謝るような内容かしら?
いえ、私の機体は魔核から多めに魔力供給しているから、完全な黒銀となっているものね。
私もマキナと同様に滑走路から離陸した。
「今度は完全に消えた!?」
「そういえば熱光学迷彩も付いていたよね?」
「この船にもあるけど付いているね。周囲に溶け込む機能で」
「ふぇ?」
これは追加した機能でもあるからね。
魔力供給が最大にならないと使えないが。
「私達は王都上空を飛ぶから仕方ないわ」
『周囲の領地を小型機で消す以上はね?』
「それはそうですが。帰ったら絞めないと」
「絞めたら喜びそうな気がする」
『ナディの性質も結構変わったよね?』
『長く生きる事に順応したのでしょうか?』
『こればかりはナディを弄ってみない事には』
「マキナだって似たような変化してるでしょ」
『ん〜? 私は元に戻っただけだと思う』
「も、元に戻った?」
王都に向かう間はナディが荒れたけど。
私は隣で操縦しつつマキナの変化を教えた。
「マキナは本来の性質が表に出てきただけよ。シオンの性質は実質が消えてきているしね?」
「せい、しつ、ですか?」
教えたところ何故かきょとんをいただいた。
私は操縦しつつどう伝えてよいか悩む。
(ここで打ち明けていいのかしら?)
シオンに聞けばはぐらかすだけだしね。
だが、聞きたいとするナディ達の熱視線に負けた私は、逡巡しながら語ろうとした。
「ええ。何処から話せばいいかしら?」
直後、マキナがあっけらかんと語った。
『寝ているお母様が犯されそうになって争った男共が斧などで生きながら分裂させた! その後は蹂躙戦で複数の国を滅亡に追いやった!』
「『はぁ!?』」
「ちょ、マキナ!?」
『こういう事は重苦しく語るよりはいいと思うよ? 傍観者として見てきた側から語るけど』
「・・・」
その後はマキナが事の起こりから何からを語り出す。当事者というより傍観者としての昔語りだけどね⦅姉上達、可哀想⦆ポンコツ達まで泣いてるのは気のせいだと思うけど。
(そのままシオンに伝わって悶絶中っと)
気がつけば船員の全てに語りが届いていた。
『だ、だから、異性に興味が無かったと』
『分かる、分かるよ! カノン、シオン』
『それを喰らったからシオンさんのドMが』
『私でもそれは無理かも。うん、無理だよ』
『野郎共、間違っても手出しするなよ!』
『恐ろしくて手出し出来ねぇよ!?』×22
『つか俺達は出来ねえだろ、タツト?』
『ああ、そういえばそうだった』
少々恥ずかしい昔話だったけど、こればかりは仕方ないと思って諦めた私だった。




