第236話 吸血姫は行いを省みる。
植樹を終えた私達は池ポチャした者を放置して三番船に戻った。私達がわざわざ魂魄を回収しなくても、勝手に保管庫行きになるしね。
ハルミとサーヤも満足したのか笑顔で後部下倉庫へと自動二輪を片付けていた。私とマキナはハルミ達と別れてタラップを降ろし、後部甲板へと登る。そこには噂を聞きつけていた船員達と共にナギサが立っていた。
「お帰りなさいませ。主様」
「ええ、ただいま。ナギサ」
「ところで、この木々は一体?」
「これは〈銀灯樹〉といって常陽のみで燃え盛る十万本の針葉樹よ。明日の暮金では消火して常夜でも明るく過ごせる樹液、銀に反応する灯りのみしか使えない燃料が得られる代物なの」
「〈銀灯樹〉ですか。名の通りなのですね」
「そう、名付けたからね・・・」
私は苦笑しつつそう応じただけだった。
ここで元が何かなんて言えないからね。
私が言わずともシオン経由で聞いていそうなのがナギサだけど。一応、ハルミ達にも元が何で出来ているかは伝えていない。それで怯えられてしまっては、こちらが堪らないからね。
「もしかして明日まで休息としたのは?」
「樹液採取したうえで魔国に向かうの。主に魔国で暮らす、常陽の者向けの商品としてね?」
「それで、でしたか」
ナギサはそれだけで納得した。
名目上はそれで通す予定だしね。
外向きには『竜王国内で新種の木々が見つかったので、樹液を採取してみたら特殊な効果のある木々だった』と伝える予定だ。
内向きには元魔王と眷属の罪を購う目的で転生させた樹木だから、言わずとも良い事案だ。
そして採取出来るのは竜王国のみ。魔族達が出向いて採取するのは実質的に不可能ともね。
竜王国には⦅私が伝えました⦆ユーンスが代わりに伝えてくれたので、これを商機と捉えて国益として使ってくれる事を望む私である。
但し、愛娘は返却不可になったけれど。
その愛娘は、というと、
「これだけの規模の山火事が・・・」
「これは山火事とは違うから!」
「傍目には山火事と思うよ、これ?」
「いや、そういう風に見えるけど違うから!」
「試しにケンを放り込むとどうなるの?」
「今の段階なら火傷するとは思うけど、私達なら直ぐに治るよ? 少し先が燃える程度だし」
「そ、それだけなの?」
「人族なら火だるまだとは思うけどね?」
「それなら、ケンのコケンに点火するのに使えるかしら? よくセクハラしてくるしね」
「おいこら!? ユーコ! どうして俺の体面が燃える前提なんだよ!? ここにきて大炎上とか、ふざけんなって話じゃねーか!」
「コケンが沽券に聞こえたみたいね」
「どちらにせよ話が通じる不思議・・・」
「いや、セクハラ魔王には丁度良いかなって」
「誰がセクハラ魔王やねん!?」
「セクハラ魔王だと思う人、手をあげて!」
「はーい!」「おう!」「全会一致だな!」
「ぜ、全員だと!?」
「これも普段の行いね?」
「のちに別の意味で大炎上になるケンだった」
「シンも変なモノローグやめい!」
「・・・」
騒ぐマキナ達の中で黙って見つめていた。
なお、ユーコ達の会話の内容は政治家の息子にとっては、地獄ともとれる話だったけれど。
(セクハラ更迭される議員を見てるようだわ)
§
そして翌日。空が暗くなり始めた頃、
「本当に鎮火した!?」
「凄い仕組みね、この樹木」
「ここからが本番だよ!」
「竜王国民に気づかれる前に採取するわよ!」
船内に残る船員達を後部甲板と滑走路に集めて、採取魔道具を手渡した私とマキナだった。
そうして私は後部甲板で、
「先ずは採取方法を教えるわよ!」
「全員、良く聞いてね!」
「・・・」
マキナは滑走路で同じ説明を行う。
「手渡した銅剣でのみ樹皮が切れるから、腰に下げた革袋のガラス瓶を取り出して、一本ずつ樹液を採取してね。その際に気をつける事は、銀棒やら銀貨を中に入れない事だけね?」
「それだけでいいのか?」
「それだけで十分なんだ、タツト。この樹液は銀に反応して燃える樹液だから。それと、そのままでも甘味料として使えるのだけど・・・」
私の方では説明を終えたけど、マキナの方ではまだだった。コウシとレリィが居るもんね。
食材としても使えるから反応したようだ。
「ほう。甘味料とな?」
「もしそれなら菓子にも使える?」
「使えはする。でも、色味が完全に血液のそれなんだよね? だから基本は灯りのみに使う代物になると思う」
「け、血液か?」
「でも、赤くて甘いなら苺のシロップ代わりにも使えそうよね?」
「ま、多めに採って、銀に触れないよう管理するならいいよ。銀食器は使えないから注意ね」
「分かったわ。それでいきましょうか?」
「そうだな。どれほどの甘さか気になるが」
それでもめげないレリィ達にマキナは頬が引きつっていた。まぁ元が何か知っているからだけどね。本当の意味で血液みたいな代物だし。
吸血鬼が血に怯えるのもおかしな話だけど。
その後は前後班に分かれて採取に向かう。
全員が離れるとそれはそれで困るから。
私は有翼族と吸血鬼族を除く班員の半分を連れて地上の採取に向かう。
一方のマキナは残りの面々の前で、
「吸血鬼族は全員翼を出して向かってね!」
私が教えた方法を用いて翼を展開する。
昨日の内に上界で教えたのよね、これ。
マキナには高所の採取をお願いしたから。
この高所作業だけは全員にお願いした。
「翼!?」×18
驚く十八人の前に出て来たのはルーナだ。
「こんな感じで魔力を背中に集中させるの」
「おぉ!」×18
マキナと並ぶと姉妹のようだけど。
リンスもマイカも同じように翼を展開する。
リンスの翼はコウモリのようだけど。
「翼が生えてる!?」×6
有翼族達はまさか飛べるものと思っていなかったのか全員の目が点だった。
本日の有翼族達は母親が託児所に上がっているので六人しか居ないけどね。
するとルーナとマイカが苦笑しつつ、
「私達も滅多に飛ばないだけだよ? 魔力消費が大きいし」
「高所もあまり飛べませんし、遅いんですよ」
翼をばたつかせる。
リンスも困り顔で応じるだけだった。
「父様ならそれなりの速度で飛べますが、私は苦手なんですよね、飛ぶの・・・」
マキナは三人を眺めながらルイを見た。
「今回の採取は高所ではあるけど速度は求めてないから気にしなくていいよ。私も昨日初めて飛んだし、全員がルー達みたいにビュンビュンと飛ぶ事は出来ないと思っているからね。精々ルイだけが飛び回りそうな気もするけど?」
ユーマも頷きながらルイを見た。
「そういえば経験者でもあったね、ルイは」
全員から見られるルイは狼狽えた。
「へ、〈変化〉無しでは、初めてなんだけど?」
しかし、フーコとユーコ、
「コツを掴めば直ぐに飛べそうな気がする」
「私もそれは思ったわね。ルーはどう思う?」
「ん〜? 出来ると思う!」
ルーが太鼓判を押した事でルイの逃げ道が塞がれた。
「お姉ちゃん!?」
いや、あの子達は一体、何をしてるのやら?
ナギサも微笑んでいないで注意しなさいよ。
その後、樹液の方は予想通り大量に採れた。
作業の合間に樹液を舐めたレリィ達は『さっぱりした甘さだった』と言って食料庫向けに別採取していたけどね。銀にさえ触れさせなければ有用な甘味料になるのだから。
そうして甲板へと戻った私はお試しとして、
「ガラス瓶に銀棒が付いたこの蓋をはめると」
「おぉ!?」
商品とする銀蓋をはめて灯してあげた。
しかも蓋をしているというのに煌々と灯り続け、昼間かと思うような明るさを発したのだ。
マキナも同じように試して一同に示す。
「銀に触れている部分だけが燃えてる」
「凄い幻想的な見た目よね? これ?」
「採取済の樹液なら触れても火傷しないよ」
「!?」
「銅剣で触れた部分だけが変化するからね。一定量、採取した後は樹皮も元に戻っていたし」
「た、確かに」
するとマキナは近くで静かに炎を見つめるサラサに歩み寄り一言伝える。
「実は、これを魔国で試しに売って竜王国の国益にしようかなって話になっているんだけど」
「え? そ、それって、まさか?」
「竜王国に対するお詫びでもあるかな?」
「く、国に、対する?」
「今は竜王女を救ったけど死亡時は救えなかったから。一応でも、同族の犯した罪でもあるからね。お母様もホブゴブの件では間接的に関わっているから、嫌な思いをさせたお詫びだよ」
「え?」
それを聞くだけだと意味不明よね。
早い段階で一号車の壁面に気づいていたら救えたかもしれない命だったから。あとで気づいて転生させたのは私からのお詫びでもあった。
これは本音と建前というやつよね。
(今回は私から言うと火に油だものね。目の前では赤い樹液に火が点いているけれど・・・)
ホブゴブの件以外にも眷属化が悪い意味で伝わって先ごろ滅した父親がサラサを苦しめた。
一応でも同族が勘違いしたまま放置した。
(マイカではないけど長としての責任もある)
壁面に気づけば良かったのに気づかないまま寒空にサラサを放置したのだ。〈夢追い人〉という大局ばかりではなく偏狭も見るべきだったわね。
女神は基本、大局しか見ないから⦅耳が痛いです、姉上⦆私も痛いわ。
(これが私に出来る最大限の償いよね)
マキナの隣ではサラサが泣き崩れていた。
そしてマキナがサムズアップしていた。
それを見ると嬉し泣きみたいだけどね。
正直に言えば複雑な心境の私だったが。
何はともあれ、とても幻想的な暮金の夜は静かに更けていくのであった。




