第217話 吸血姫は癒やしを与える。
二番船は洋上国の海域を通り抜け、
「氷の大地だぁ!? あと寒い!!」
「こたつが欲しい! そこで寝たい!」
「猫達が寒がってるわね」
「私達は平気ですけどね」
甲板にて過ごしていたカナとナディ、ショウとソラがほのぼのとする反応を示していた。
確かに猫達には厳しい気候よね。
浮遊大陸のある北極は何故か温暖で、南極が極寒なのは異世界特有の不思議な気候だけど。
氷の大地に近づくにつれ、流氷も現れた。
二番船は流氷を割りつつ前進する。
バキバキ音が極端に大きいので完全遮音の魔力量を少し多めにした私だった。自然に聞こえる音量まで下げたあとは上陸の準備を行う。
「凍結無効があっても寒いものは寒い!」
「ナディは尻尾をスカートの中に入れたら?」
「そうだった! カナ、お願い、入れて!」
「自分でやってよ〜! 私も自分でやるから」
「えーっ!? しくしく」
「でも確かに寒いわね。冬用装備が必要かも」
「うん。寒がりは誰一人として出てこないし」
主に寒がりは猫獣人だけね。
兎と犬、狐獣人は種族特性で寒さに耐性があるから、のほほんと甲板上にて過ごしている。
有翼族達も寒さに強いから、
「何処までいっても真っ白の大地だぁ」
ルーとキョウとアンが周囲を見回した。
「気をつけないと方向感覚が狂いそうね」
「確か、ホワイトアウトでしたか?」
下のデッキで佇むロナルドと一時的に戻っていたコウ達が監視台を見上げる。
「ホワイトワウト?」
「ホワイトアウトだよ〜。ロナルド〜」
ミュウも一緒に戻ってきていて、リョウと抱き合っていた。
「一面が真っ白になって進む方向が分からなくなるってやつだっけ、ゴウ?」
「ああ、それで、合っている、はず、だ?」
「ゴウ、そこは合っているって言わないと」
コウの隣にはゴウも居るが抱き合う真似はせず、可哀想な事に相手にされていなかった。
(本日の託児要員はシオンとクウなのね)
暑さに強いドワーフ達も顔を出さず船内の工房へと隠れる者やベッドで抱き合う者も居た。
エルフの面々も興味無いのか一人を除いてイチャついていた。互いに興味があるというね。
「私も早く彼氏に会いたーい!」
「私も会いたいよぉ!!」
そう、彼氏持ちなのに転生放置された可哀想な片割れが甲板の端から叫んでいた。
それはウタハとルミナである。
フーコもフユキが生まれてからはルミナに構っておらずルミナの個室も無事に決まった。
それでも数人の個室を行き来するくらいにはルミナの真ん丸尻尾の抱き心地が良いらしい。
私とマキナは海側のデッキから外を眺める。
「あんな事、言ってるけど? お母様?」
叫びが真下から響きジト目が隣から刺さる。
「うっ。い、一応、蘇らせてはいるのよ?」
そう、一応だが全員を蘇らせてはいる。
この数ヶ月間の暇な時間に一人ずつ蘇らせているのだ。総勢十四人。カナやソラと同種の者達を引っくるめて全員を蘇らせた。
ひと通りの種族は獣人に偏ったが、ダークエルフもとい闇エルフの男女が二人生まれた。
それもあって今後は普通のエルフを森エルフとして呼称しようとユウカと決めた。
ユウカ達も銀髪のハイエルフ族であるが森エルフとしたのだ。肌で判別する事になるけど。
なお、以下が最後に蘇った者の種族一覧だ。
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旧:打田流司
新:リュウ・ナミル/レベル180
種:リス獣人
※ルミナの彼氏
旧:麻島将人
兄:マサキ・ナーガ/レベル198(転済)
妹:マユミ・ナーガ/レベル188(元男)
種:兎獣人(兄妹共)
旧:諸星恋
姉:レン・スター/レベル180
弟:ラン・スター/レベル180(元女)
種:闇エルフ(姉)/ドワーフ(弟)
旧:小山桃
姉:モモコ・マヤ/レベル180
弟:トウカ・マヤ/レベル180(元女)
種:森エルフ(姉)/闇エルフ(弟)
旧:因幡登子
姉:クロコ・ナーバ/レベル180
妹:シロコ・ナーバ/レベル180
種:兎獣人(姉妹共)
旧:犬山沙織
姉:ワンコ・サリー/レベル180
妹:サエコ・サリー/レベル180
種:犬獣人(姉妹共)
旧:狐山修吾
兄:トウヤ・イナリ/レベル180
弟:シュウ・イナリ/レベル180
種:狐獣人(兄)/犬獣人(弟)
旧:真島暦
兄:レイキ・シロコ/レベル180
弟:コヨミ・シロコ/レベル180
種:森エルフ(兄)/猫獣人(弟)
※兄がウタハの彼氏
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当然、ルミナの彼氏である打田流司を筆頭に、ウタハの彼氏という真島暦も同じように蘇った。
今は個室の準備が間に合わず、未開地の一角に設けた仮設住居にて暮らしてもらっている。
リンスとユウカが定期的に上界へと向かうのも全員に与える王族教育のためだったりする。
私は引き続きジト目で見られているが。
「それなら教えてあげないと」
「イチャつきが過分になるから」
船内の各所で拡がる桃色空気に耐えられなかっただけね。マキナも感じとったのかデッキから船橋内を覗き見る。
「ああ、士気に関わると」
「そ、そうなるわね?」
個室でイチャつくだけなら問題は無い。
廊下に出てまでイチャつくから腹が立つ。
私自身が半永久的に独り身だからっていうのもあるわね。マキナだけは例外的に異性をあてがわれる可能性もあるが関係だけは持てない。
(相手に完全な死滅を与えてしまうもの)
そう思っていると、
⦅本体の場所を少し変更してるよ。今は上部だけになってる。全体だと楽しめないからって⦆
三女から驚くような暴露をいただいた。
(お母様!? それは最初に教えて!)
あ、そういえば調整したのは三女だったわ。
そうなると・・・今更怖くて出来ないわね。
しばらく女の子だけで楽しみましょうか。
(というか、ここのところ最上層の女神達が顔を出しすぎじゃない? 暇なのかしら?)
何はともあれ、二番船は接岸準備に入った。
元岸壁と称した方がいいようなボロボロの岸壁にて全員を降ろした。これも人気の無い場所を選んだら必然的にそうなっただけね。
但し、上界住居に居る面々は除く。
私は全員が降りると同時に二番船を亜空間庫へと片付けた。偵察機もしばらく見納めね。
出遅れた者はそのまま上界にてお休みだが。
「全員降船しました」
ナギサの報告を受けた私は薄着と思えるような格好の船員達を眺める。表層へと積層結界を覆っていても気分の良いものではないわね。
私は亜空間庫から人数分の厚手コートが入った洋服ケースを取り出した。
「寒々しい格好だからこのコートを着てね。専用ブーツもあるから履き替えるように」
「主様、ありがとうございます」
「「「寒さから解放されるぅ」」」
コートの表地は自動的に積層結界を張る。
コートの裏地は常時適温に感じさせる付与を与えている。動きすぎて熱くなれば冷たくなり冷たすぎれば全身が暖かくなる代物だ。
色は男女ともに白い迷彩柄。全体の大きさは体型に合わせて伸縮するのでどれも同一だ。
有翼族向けのポンチョもある。
「うわぁ!?」
「あったか〜い!」
「動きやすい!」
身長だけは流石に変えられないので、小柄向けと大柄向けで選ばせているが。マキナとリリナ達はギリギリで小柄になるわね。リンスが一番小さいが小柄でも大き過ぎるように見える。
「すっごい、歩き易い!」
「転ばなくてすんだぁ!」
「もう、転んでたじゃん」
「フーコの大きなお尻が」
「雪の中で大きな穴を開けているし、あれ!」
「それを言わないでぇ!? フユキ埋めて!」
「はいはい。埋めてきますね〜」
専用ブーツもスパイク付きで壁面であろうとも簡単には落ちない代物となっている。
念じると鉤がガッチリと食い込むのだ。
有翼族達の爪のように。
当然、足跡が即座に消える整地機能付きだ。
「あ、歩いたあとが掻き消える」
「足をあげた瞬間に無かった事になってる!」
「これは潜入向きでは?」
「そう思った。通常でも使えそう」
まぁナディとショウが別用途に気づいて話し合っているけれど。この分だとそのまま差し上げてもいいわね。指定レベルが180からしか着られないし。これが人族なら指定レベルが300にならないと着られない重量物になるが。
一方のルー達はつま先の形状を〈変化〉させてブーツを履いていた。
そのままだと履けないものね。
全員が準備を終えた事を把握した私は亜空間庫から空気浮揚艇を取り出して地面に並べた。
一見すると海上でも乗っていた物だが、
「あら? 形状が全然違う?」
「足回りに無限軌道がある?」
「まるで雪上車みたいだな?」
「これって浮くの?」
「場所によっては浮くわよ。それ以外は地べたを這うけど」
足回りだけ異なっていた。
この変化はこの国特有の環境に合わせた仕様だ。雪が降り積もっていたら風圧で舞うから。
その時は無限軌道を動かして整地機能で無かった事にする。氷だけの大地では浮上して風圧だけで進む。そのうえ後部に余剰人員が乗るためのキャンピングトレーラーを結合した。
こちらは従来のキャンピングトレーラーと同じだが足回りは空気浮揚艇と同じ仕様とした。
「それと一号車と二号車は温泉付きよ」
「お、温泉!」×61
「魔王国の源泉から亜空間経路を通じて注いでいるのよ。源泉掛け流しで溢れ出た湯は〈還元転換炉〉に流れていく仕組みね。休憩時に解放するから楽しみにしていなさい」
「やったぁ!」×61
「水着の着用は必須だけどね」
「「「おぅ」」」
あらら、三バカだけが意気消沈したわ。
シンはアキから、シロはセツから白い目を向けられ揃ってバツの悪い顔でそっぽを向いた。
それを聞いたルーナとマイカは思い出す。
「あ、そういえば」
「先月、源泉を買い占めましたね。商会で」
マイカはケンの尻をつねっているが。
「痛い、痛い、痛い!」
「私以外を見たらダメですよ?」
「は、はい」
実はこれも利益が出すぎて困っていたら源泉を買いましょうって事になってログハウスの風呂と船内風呂、こちらに全て引いたのだ。流石に温泉宿を経営するつもりは毛頭ないからね。
私は念のため注意だけ行った。
「約束を破ったら、食事の全てをカキ氷にする罰をレリィが実行するから覚悟しなさいね?」
レリィからは苦笑をいただいたけど。
「そ、それをするのは私なんだ」
それを聞いたコウシはスイッチが入ったのか料理人の顔になった。
「シロップはどうするんだ?」
「果実があるから適当に混ぜようかなって」
「それならメロンが無いからワサビを使うか」
「罰ゲームの意味合いを持たせるの?」
「それもある。レリィの裸は見られなくない」
「それならワサビシロップだけでいいね」
三バカはソージのワサビ刑を思い出して顔面蒼白になった。冷たい氷とワサビが舌を襲う。
「「「ひっ!?」」」
唯一、知らない者達だけがきょとんとした。
「カキ氷って何ですか?」
そういえばロナルドだけは知らないわね。




