第215話 数値差を晒した吸血姫。
帆船の捜索はおよそ二週間で全て終わった。
捜索終了時間は暮金の午前だ。
「ようやく離れていくわね」
「長かったような短かったような」
「休暇のつもりが休暇にならなかったわね」
「ええ。探索魔法の乱れ撃ちでしたね」
「まさか、空白地点が発生するとはね」
「〈希薄〉ではまかないきれませんでしたね」
「困った事にね」
私とナギサは引き上げていく捜索船群を眺めながら現在地から離れる出港準備を始めた。
この二週間は船体総点検を行ったり完全遮音機能を完璧な物にしたりと穴埋めに尽力した。
(最初の一週間は失敗の連続だったけど)
穴埋め中に総攻撃を食らったのよね。
小島付近に停泊していた事も失敗だった。
小島の反応が返ってくるはずが返っていかなかった。そこから空白地点を割り出して一極集中の乱れ撃ちが発生した。
簡単には壊れないが気分の良いものではなかったので、反撃として還元弾を用いた全艦砲の一斉射で転生不可の亡者にしてやった。
総員で全亡者を召し上がっただけだけど。
(その分、捜索が延長したのよね・・・)
反撃後は停泊場所を変えて船体周囲に探索魔法通過結界を追加して事なきを得た。こういった小島が沢山ある地点では反応があってしかるべきと思った方がいいわね。〈希薄〉があっても、そこに何かが在ると思わせてしまうから。
(強奪に尽力した者達の悪知恵は侮れないわ)
停泊場所を変えてからも捜索は継続され反応が無くなったと錯覚した頃合いで引き上げていった。その間の降船は乗り物を用いることなく全員で空間跳躍して行き来した。下手に乗り物で飛び出せば捜索もとい軍船が群がるからね。
「総員配置につきました」
「出港!」
「出港、微速前進!」
「はっ!」
結果、船員達は交代で温泉巡りを行い、全員が鋭気を養ったようである。
小国連合の海域を抜けた二番船は周囲の通過結界をそのままに戦闘船速で南下を始めた。
「神殿島に立ち寄る予定だったけど船籍を氷上国としたから、一直線で洋上国に向かうわよ」
「了解!」
帝国船籍の帆船に足止めを喰らったのだ。
ニナンスのボケでは無いと⦅すみません⦆思いたくないけどね。その分、親玉の詳細情報が得られたので良しとした。
私はマキナの淹れてくれた紅茶を飲みつつ、
「新皇帝。消えた皇帝の後継者、ゴミ同然の〈夢追い人〉が皇太子に転生していようとは」
ため息を吐きたくなった。
与えてはダメな奴に権力を与えているから。
マキナはココアを飲みつつ私に応じる。
「転生がランダムといっても悪運が強すぎませんか? 最初の界渡りでも魔物の死骸がクッションになっていたとか」
「幸運値が異常なほど高いのでしょう」
ナギサは珈琲を飲みながら呟いた。
「幸運値、ねぇ?」
だが、幸運値と呼べる数値はステータスに存在していないので異常なほど運が良い者と思うしかないだろう。
とはいえ、それが数値として分からないと偶然か必然か読めないのは確かだ。
必然なら意図的に行った事でもあるからね。
私は思案しつつ生来スキルを有効化した。
(これは改良してあげようかしら?)
そして基礎概念の一部を改良した。
基礎概念は種族が持つステータスの雛形だ。
その雛形を改良するだけで全種族のステータスが一瞬で書き換わる。それは女神でさえも。
⦅なっ!⦆×14
その雛形に幸運値という数値を追加した。
これは〈概念改良〉という女神の権能だ。
マキナも無効状態で所持している権能だ。
シオンだけが所持していない権能でもある。
この世界の管理権限を得られたから使えたともいう。今までは使えなかった権能でもある。
⦅マジで!⦆×13
⦅私達も持ってないよ〜⦆
⦅姉上だけズルい!⦆
ズルいって、これは生命を操れる者でしか使えないわよ。精々、お母様達くらいだし。
私は鑑定していないが、女神達は鑑定して一喜一憂していた。召喚神はお疲れさまだけど。
⦅ミアンスの数値は69だって!⦆
⦅ミナンスの数値は100だよ!?⦆
⦅ユランスは、99って! なんで!?⦆
⦅レナンスは47、召喚神だけに低いのね?⦆
⦅そんなぁ〜。今度から数値で判断しよう?⦆
⦅それは召喚陣を使う人族達に言って!⦆
⦅ねぇ、ねぇ? ユインスは37だよ?⦆
⦅この数値、まだ勇者召喚が続くのぉ〜⦆
⦅おぅ⦆×13
あちらはあちらで賑やかなことで。
ともあれ、私も幸運値を鑑定してみた。
「ふむ。53か・・・」
「ん? どうしたの? お母様?」
「幸運値って奴を追記したから鑑定したのよ」
「はい?」
それを聞いたマキナはきょとんと固まった。
ナギサとリンス、リリナとリリカまでも。
計器を見つめるフユキとニーナとマサキも。
「は?」×8
私は気にせず、高いのか低いのか微妙な数値にいかんともしがたい気分となった。ユランス達より低く、レナンス達よりは高い幸運値。
「その結果、最大100ところ53しかないって分かってね。47のポカミスが出てくると」
これを知ると詰めが甘いとなるのは仕方ないのかもしれない。三女は100だったから幸運バカと呼べるかも⦅バカじゃないよ!?⦆ね。
この幸運値は固定値の年齢やら何やらで算出されているらしく、神族は生来のレベルの高さからマイナスハンデが加わっているようだ。
(実レベルに負荷値という制限が掛けられているのね。そこから算出されるのが、幸運値と)
私の神体の実レベルは5500。
憑依体に宿ってもレベルは変わらない。
ここに神力結界を纏って550となる。
⦅私達よりも上じゃん!?⦆×7
⦅ですよね〜⦆×6
⦅そんな気がしてた。初回が300だったし⦆
マキナの場合は5000、纏って500だ。
⦅喧嘩を売るの止めようね。ミアンス?⦆
⦅わ、私だけじゃないでしょ!?⦆
新しい憑依体に宿った当時は400だった。
昔苦戦したファイア・ドラゴンをワンパンで伸したのは3600も差があれば必然だろう。
(以前は載らなかったのに。驚きだわ・・・)
今回の改良で実レベルまで表記されてしまってレベル隠しがひと苦労になりそうに思えた。
想定外の部分まで触れてしまったのも若干低い幸運値のなせる技なのか、不運にも私自身の身バレが必然に思えてならなかった。
呆然としていた船員達も私の発言から各々で鑑定を始めていた。リリカは自動操縦に切り替えてまで鑑定しているから、困った子である。
「私、78でした!」
「私は82ですね」
リリナはリリカより高くて安堵したようだ。
リンスは複雑そうな表情だった。
「70ですか。低すぎないだけマシですね」
「おぅ。68・・・って、レベル5000って」
「『はぁ!?』」
マキナはしょんぼりしたと思ったら余計な一言を口走って周囲を驚かせていた。これも何らかの対処が必要かもね。それこそ・・・神力結界の有無で判断するように再度改良してみた。
その結果、
「あら? レベル500のままよ?」
「え? あ、ホントだ。目の錯覚だったかな」
ニーナが鑑定する前に瞬間的に弄ったから事なきを得た。ただこれも戦闘中に鑑定されたら正確な数値が出てしまうが致し方ない。レジスト可能は種族とスキル、耐性一覧のみだから。
「マキナ。貴方、疲れてるのよ」
「ニーナはその言葉が言いたいだけでは?」
「そ、そうともいう?」
一先ずの私は新皇帝の遠隔鑑定を実行した。
近しいレベルだと気づかれるから、一瞬だけ神力結界を解除して己がレベルを引き上げた。
(幸運値が99かぁ。ラッキーだけで上り詰めた感があるわね。これらもその時々で変化する数値だから今の段階で99なら二番船の発見に至った経緯も、それが影響しているのかもね)
結果は驚くべき数値だった。
悪運が強いなんてものでは無いわね。
(仮に神罰を与えるなら幸運値を1か0へ?)
計算式は不明だが、そんな気がした。
すると、
⦅与えました! 永続的な負荷値です。幸運値が必ず1または0になる神罰としました!⦆
ミカンスが意気揚々と罰していた。
どうあっても許せないようである。
今までは不可視の数値だったからこそ判明した事で影響を与える事が可能になったようだ。
この分だと〈夢追い人〉の幸運値だけを引き下げるだけでいいかもしれない。彼らはそれ相応の罪を何度も何度も重ねているのだもの。
§
最大船速で洋上国近隣に着いた。
途中で複数の帆船が沈没したが知った事ではない。それらは帝国とか氷上国の帆船だった。
幸運値の低下が影響したのか沈没船に乗っていたゴミ共からの転生申請が大量発生した。
「「一括拒否!」」
拒否した瞬間、洋上国の周囲にマングローブが大量発生し海に浮かぶ陸地が出来上がった。
それは洋上国を囲うように出来た陸地ね。
「勢揃い、絡まった末に、浮遊島」
「ナギサって川柳の趣味があったの?」
「いえ、なんとなく浮かんだ言葉ですね」
それは洋上国の港内でも巻き起こり、出航しようとした帆船が大波で揺れ、近くを歩いていた該当人物を多数巻き込んで大破したのだ。
これで〈夢追い人〉が激減するなら儲けものだろう。その分、全ての港が使い物にならなくなったので、該当区画へは直接侵入となった。
私は席を立ちつつアインスに聞いていたとある事情を思い出す。必須条件ともいうけれど。
「今回はマキナだけでいいわ。残りは待機ね」
そして申し訳なさげに待機を命じた。
「『えーっ!?』」×56
その分、ナギサとマキナを除く全員から大顰蹙をくらった。仕方ないのよ、これだけはね。
マキナは羨望の視線を浴びつつ問い掛ける。
「お、お母様、どうして?」
私は準備を行いながら事情を打ち明けた。
「時間が惜しいのと、問題の地下神殿は指定レベルの関係で出入り可能な者が居ないのよ。昔は低かったみたいだけど、今は洋上国を維持する関係で、最低550に跳ね上がっているの」
「『550!?』」×57
今度はナギサまでもが驚いたわ。
元々がそういう指定なのだから仕方ない。
この最低レベルとしたのは新皇帝を除外するための措置だろう。あれは540だからね。
(該当区画までは〈希薄〉だけで侵入して神力結界を解放したのちに、問題区画へと侵入ね)
この指定レベルは憑依体に宿ったアインス達が出入りするうえで指定した⦅条件ですね⦆彼女達も本来はそれを超えるレベルらしいから。
それでも私とマキナ以下だけど⦅ぐぬぬ!⦆
「で、ですが、私はまだ500ですよ?」
「問題無いわ。マキナの実レベルは5000よ。現状の500は周囲を守る術でもあるから」
「え? じゃ、じゃあ、先ほどの数値は?」
「目の錯覚ではないわ。実際にそれくらいはあるもの。マキナはファイア・ドラゴンをワンパン出来るだけのレベルがあるのは確かだから」
「ああ、それで、なんですか。ようやく納得」
「『うそぉ!?』」×57
あまりの事に船内の各所が阿鼻叫喚ね。
マキナは納得したのか準備を始める。
私はそのうえで『信じられない』と呟くシロに対して現実を知らしめた。
「シロに抱きついた件では例の術を用いらなかったらシロが消し飛んでいたわね。マキナの胸の感触を味わう前にプチンと弾けていたのよ」
『マ、マジでぇ!?』
「ああ、なるほど、そういう事でしたか。先日も大丈夫だったかと心配されたので・・・」
シロに色んな意味で絶望を与えたマキナはあっけらかんとしていた。マキナを心配したのはミアンス達だろうけどね。
なお、シロはセツから『どういう事なの?』と説明を求められているが私達は無視である。
何はともあれ、戦闘準備を終えた私とマキナは〈希薄〉したのち、洋上国の一角へと空間跳躍した。
二番船は戦闘待機で浮かんだままだけどね。




