第213話 吸血姫は最古参を遂に知る。
「ホント、いい湯だわ」
「そうですねぇ」
「身体の芯からポカポカですぅ」
「たまにはいいわね、こういうのも」
私達はギルドで資金を下ろして近場にある温泉街に入った。そこは懐かしの硫黄臭のする街で異世界の温泉街かと思うような造りだった。
そのうえ入浴作法もあちらと同じだった。
おそらくこれは例の者達が広めたのだろう。
そういう点では功績を認めてもいいかもね。
その功績をマイナスにする罪だらけだけど。
「あちらの白い濁り湯もよさげですね〜」
「嗅覚が敏感な者は臭すぎて入れないわよ」
「そうそう、私達は覿面だから無理だよ」
「そうなんですね〜。勉強になりました」
「フーコが入って土左衛門になってそうね」
「あ〜。女の子の下半身を触るためだけに」
「潜って、ふらついて、プカプカ、浮くと」
「そ、想像に難くないわね・・・」
いや、フーコがやりそうだと誰もが思った。
ここ最近は相方であるフユキといちゃこらしているが、その本質は女の子が大好きなのだ。
フユキの見ていない場所で暴走しても不思議ではない。
すると、
『きゃー!』
叫びの後に大きな水音が響いた。
「今の叫び声、フーコ?」
「隣の温泉で騒いだんでしょうね」
『隠れてお尻を揉まないで!』
「ああ、ユウカに突撃して反撃されたのね」
「あの子ってば、ホント懲りないわね〜」
「静かに入らないと出禁もあるそうよ?」
「帰ったらフーコさんの教育を徹底しないといけませんね。公共良俗だけは守らないと!」
その結果、リンスの逆鱗に触れたフーコ。
戻ってから地獄を見る羽目になったようだ。
⦅そんなぁ〜。ユウカのお尻が悪い!⦆
⦅私のお尻の所為にするな!?⦆
念話でも口喧嘩する二人。
片方は土左衛門でブクブクと。
片方は反対向いてイライラと。
何気に仲がいいよね、あの二人。
ともあれ、そんな温泉時間もあっという間に過ぎ去り、私達は湯冷めが起きる前に二番船へと戻る時間となった。予想外に三時間が経つのは早いわね。浸かった湯が、ぬる湯だったから長時間もの間、過ごせたのかもしれないけど。
砂浜に戻ってくると早々に上がっていた者達が積層結界を張った状態で海風を防いでいた。
これは冷たい風に当たらない新しい方法ね。
「たまにはいいわね、こういう時間も」
「ですね。毛並みが良くなった気がします」
「肌つやも良くなってるね」
「エステに行く時間は無かったけど、泥の湯に入って肌がすべすべになったよ〜」
空気浮揚艇を取り出して順番に乗り込む。
点呼を行って全員が居る事を把握した私は試験運転を行う事もないまま出発した。
帰りは帆船の数が減っていたので、少しだけ蛇行しつつ戻った。蛇行無しで戻ると二番船の停泊場所がバレるからね。
「到着! 全員降りていいわよ〜」
「気持ちよかったぁ。機会があったらまた行きたいね」
「ですね。上にもあればいいのですが?」
「もしかすると未開地にあるかもしれないね」
「もしそれなら源泉調査だけは急務ですね!」
「帰りは吐かずにすんだぁ〜」
「帰りは吐かれずにすんだぁ」
「吐かせるためにユウキがウタハの胸を揉んだ甲斐があったね。盛大にどばぁっと吐いたし」
「う、うん」
「俺は姉さんの胸の方が好みだね」
「がーん!」
ウタハとユウカ達の間ではなんともいえないやりとりがあったようだ。弟に揉ませる姉?
だが、この時、
「あ、シン達が扉前で止まってるんだけど?」
「ホントだ。なんで?」
「ウンともスンとも言わないね?」
「指挿したら反応するアキが動かない?」
「まさか間諜だったりして?」
「ユーコ、そのダジャレは面白くない」
「ダジャレのつもりは毛頭ないわよ!」
「そうなの?」
「当たり前でしょ?」
「そ、それなら、本当に?」
扉前で立ち往生している者達が居た。
(普段ならそのまま入れるのにね?)
私は不審に思い甲板を時間停止下に置いた。
そして本人達に受話器から連絡を入れると、
「あらら、二人してデートしてるって。帰り時間をすっぽかして慌てて戻ったら、誰も居ないから砂浜で待ってるって」
置いてけぼりを喰らった状態になっていた。
戻ってきた乗員は時間停止下で動いている。
その内の二人は止まったままだ。
私は時間停止で捕獲された者達を一瞥する。
(こいつらは一体誰の差し金かしらね?)
二番船は全ての外扉前に亜空間の門がある。
一番船は扉間にあったが二番船からは手前に設けたのだ。だから当然、内部に入るには亜空間の門を通り抜けないと入る事は許されない。
扉自体も内向きに開くのでドアノブに触れた段階でこの二人は時間停止を喰らったようだ。
船の防衛措置が正常に機能した証拠だけど。
「幸か不幸か、機能把握が出来てしまったか」
「と、ということは?」
「こいつらは、なりすまし?」
「良い度胸してるじゃないのぉ」
例外はこちらから招いた場合のみ。
そういった例外は上界からの賓客。
下界で許されているのは楼国と魔王国の関係者のみ。ルーシス王国も王族以外の許可は与えられていないのだ。
その後のなりすまし犯は、
「それなら変装解除を実行して!」
「素っ裸に剥いて!」
「魂を露出させて!」
「不要な肉体は〈還元転換炉〉に御案内!」
乗員達からやりたい放題されていた。
魂云々はマキナだ。御案内はユウカね。
マキナは露出させた魂から記憶を吸い出す。
「ほほう。帝国の間諜だったよ。帆船が多かったのも二番船を鹵獲する目的だったみたい」
「それで誰が主犯なの?」
吸い出した結果はイラッとする内容だった。
(一体何様なのかしら? あれを拵えたりするって事はそういう手合いでしょうけど・・・)
マキナは私に問われると、もう一人の記憶を読み取る。片方には詳しい情報が無かったか。
「武器商だね。ソトミチの名で活動してる」
「ソトミチ? それって外道醍醐の関係者かしら?」
「可能性は無きにしも非ず?」
「なら、ユウカの元兄の例もあるから?」
「ああ、愚兄のパターンか。そのまま何度も転生して?」
「ええ。生き延びていても不思議ではないわ」
そのソトミチというバカが鹵獲のために二番船を追うか。そして把握手段について詳しく調べると特殊な動作音にあったらしい。
「動作音?」
「機械的な動きは無いから、水流操作陣が要因かしら?」
「その線が強そうね。音波魔法は存在するし」
「リリナから聞いてもそういう音ってある?」
「音、ですか? そうですね・・・」
マキナに問われたリリナは時間停止空間から身を乗り出して耳を澄ませて魔法を行使する。
今は停泊中で音はしていないと思ったが、
「小さいですがキンキンという音がしてますね。水が当たる音と風が当たる音も同じです」
想定外の異音がある事を知った。
「高音域の異音か。ステルス塗装が影響しているのかもしれないわね? 魔法無効と物理無効の特殊効果が強固な結界となっているから」
「それって対策は出来るの?」
「一応、対策はあるわよ。今はまだ、あまり使いたくない手段だけど・・・」
「そうなんだ」
完全遮音機能を設けてはいる。
音波魔法を使う者が居ると知った段階で設けた特殊機能だ。主に内部の音を外に漏らさない表層機能の一つだけどね。そういった外からの音も同一の音で常時打ち消すのだ。だが、この機能は改良中だから消費調整がまだなのよね。
私はそう言いつつ管理機能の魔力膜を表示して完全遮音を有効化した。
「展開時の最大消費量は三千万MPか」
維持は毎分三十MPが消費されている。
リリナは私の呟きを聞いて再度調査する。
「外の音がしなくなりました! キンキン音もありません!」
「海の音も無くなったわね」
「風音も消えたね」
「無音状態とはこのことかぁ」
余計な音までかき消してしまったらしい。
私はリリナが調査している間に魔力消費量を調整した。
「あ、キンキン音が出ました」
「一MPまで落とすと危険域ね。少しずつ」
「今、消えました!」
「外の風音は残ったわね」
「海音も残りましたね?」
「無音状態は解消ですか」
維持は毎分三MPだけで片付いた。
展開量も三百万MPに落ち込んだ。
余力を持って三MPとしたけどね。
一先ず動作中も変わらなそうなので、
(この分だと常時展開が無難かもね)
このまま完全遮音を維持する事にした。
必要なら〈還元転換炉〉から直結してもいいからね。ユウカが燃料補給をしてくれたし。
私はそのうえで甲板にある空気浮揚艇にも亜空間の門と完全遮音を追加付与した。
残りの五台も同じ付与を行うしかないわね。
氷上国の移動はこれを用いるから。
マキナはこれ以上奪う記憶がないとして魂をいただいていた。
大変旨そうに食べているわね。
「ごちそうさまでした!」
「おそまつさまでした!」×20
食べられなかった面々は悔しそうだ。
時間停止を解除した私は第二班と交代しつつ引き継ぎを行い、忘れ物達を回収するために、
「水上バイクで少し出てくるわね」
「えーっ!? いいなぁ〜!」
「アキ達を連れてくるだけよ。乗せる前に時間停止結界に置くことも忘れないよう注意しないとね。折角、温まったのに湯冷めしそうだわ」
空気浮揚艇が出た直後に船首から水上バイクで飛び出した。実はこの水上バイクには隠し兵装が付いていて左右側面から還元バルカン砲が展開されるのだ。底部は還元魚雷、正面からは小型の還元ミサイルが射出される危険物だ。
(さーて、鹵獲のために集まっているバカな帆船共には転生が出来ない死を与えないとね〜)
そう、目の前から向かってくる小島に隠れていた帆船共を目がけて乱れ撃ちを開始した。
小さな小舟と思うなかれね?
機動力ではこちらが上だもの。
走り抜けながらバルカン砲で風穴を開けていき、正面から大砲を向けるバカにはミサイルを発射する。背面から挟撃するバカ共には還元魚雷の一斉射だ。どれだけ帆船をこちらに寄せようとも動きの遅い的でしかない。
「なんなんだ!? あの小舟は!!」
「ソトミチ殿! あれは無理です!」
「馬鹿たれ! それでも鹵獲するんだよ!」
おお! 目標自らが出張ってくれた!
鑑定するとソトミチがもう一人の副商会長だった。惜しい! 商会長ではないのね。
(顔はともかく性格面がアレに似てるわね)
レベル500。転生は250と少なめだ。
魔力量は言うに及ばずなので無視だ。
私は背後に回りつつ〈無色の魔力糸〉を目標に差し込んだ。
(〈夢追い人〉の最古参だから味が濃厚だわ)
久方ぶりに極上の風味を味わったわ。
温泉に浸かって最高の餌をいただいて。
二番船の脆弱が発覚した日でもあったけど、それもこれもこいつのお陰で発覚したのよね。
(今日はなんて良い日なのかしら?)
ニナンスに感謝⦅不本意な感謝⦆だわ。
ソトミチは徐々に衰弱していき転生する事も出来ないまま、全て私の餌にされてしまった。
肉体もオロオロする船員の目前で消えた。
(ごちそうさま! 例の指輪は無かったわね)
いただいた記憶は大変興味深いものだった。
どうもユウカの愚兄と共に界渡りした者だった。ユウカの愚兄はソトミチ達と距離があったからか行方不明になったらしい。
渡ってきた者達は先の副首領とソトミチ、本物の武器商人と複数のゲリラ兵、ソトミチの親友の首領だけだった。
界渡りの発端はシオンと同様、次元の狭間に落ちて帝国領の森林に転落してきたらしい。
(だから愚兄だけが浮遊大陸に落ちたのね。時間軸もソトミチ達とは異なる時間だったか)
首領の名はゴウヤ・キョリュウ。
現時点でのレベルは540。
ギリギリで私に近いレベルだった。
それでも頭打ちの540なので今は伸び悩みで詰んでいる状態だろう。
武器商人とゲリラ兵は己が知識と技術を首領に譲り渡して転生済だった。
⦅ち、知識! あ、回収出来てない〜! 次こそは絶対に回収するわよ!⦆
ミアンスが奮起しているが無視する。
最後に帝国の帆船を完全破壊した私は恋愛脳に汚染された忘れ物達を拾いに向かった。
「「おそーい!」」
「なりすましに利用されたバカ達には言われたくないわよ!」
「「え?」」
されたことに気づいていなかったようだ。
きょとんとしたまま固まっているから。
(ここまで能天気だと私の苦労が何だったのか考えさせられるわね・・・)
それでも先兵を消せたから良かったけれど。
二人を乗せる前に時間停止下に置いて問題ない事を把握した私は背後にアキを、アキの後ろにシンを座らせて、二番船へと戻った。




