第211話 吸血姫は提案を受け入れる。
先ずは二番船の側面を氷山に見えるよう偽装を施し配置した全員に〈亡者のローブ〉を着けるよう指示を出す。気づかれたら面倒だから。
「クルル達は格納庫で待機。状況次第になるけど空爆をお願いするかもしれないから」
「「りょ、了解!」」
そして撃って下さいと高々に声を荒げるバカを目がけて狙撃してやることにした。
それが狼煙とでもいうようにね。
私とマキナだけは船橋脇のデッキに上がる。
「ライフルを取り出して、弾頭は散弾でいいわね。奴に還元弾はもったいないし」
マキナも双眼鏡を取り出して横に寝転んだ。
「それを使っても大丈夫なんです」
私は目標の頭部に照準を合わせつつ、
「着弾後の弾は消えるわよ」
「なるほど、弾で特定される恐れがあるので」
マキナの疑問に答えた。
マキナの不安は分かるけどね。
奴らもそれくらいはやってのけるだろう。
「そんなへまはしないわよ。さて、着弾と同時に〈希薄〉を解いて攻撃開始よ!」
『了解!』
二番船の〈希薄〉が解けたら氷山がドドーンと現れて銃弾の雨あられが降ってくるってね。
これはあくまで予定だけど。
命令のあとの演説は自分達の行いが正しいとか何とか言っているわね。ダンジョン攻略を正当化する方便を発しているだけに見えるけど。
(異世界の転生者が同じ異世界人を利用するってどうなのかしら? 罪の意識は無いわけ?)
私は奴の演説が最後に達した頃合いで、
「遮音結界展開からの、ふぅ〜、ふん」
ヘッドショットを敢行した。
士気を高める的な動きを示したからね。
全員で声を張り上げて出陣する予定なのだろうが無情な弾丸はするりと眉間を撃ち抜いた。
「後頭部からの脳漿どばぁを確認! レベルが高くても所詮は人族だね。演説者は無事死亡」
「転生申請が、来たわね。片付けるまで放置」
『総員一斉射』
そして狼煙の後に動揺する者達を消し去る銃弾が氷山の周囲から降り注いだ。狼狽える間もなく反撃する暇を与えず舟と人が消え去った。
それは死亡した〈夢追い人〉の遺体諸共ね。
私は微笑みながら呆然となる者を見据える。
「誰に喧嘩を売ったか、思い知らせないとね」
全て片付くまで寝そべったままだけどね。
隣のマキナも双眼鏡で相手を見据える。
「消滅弾とか何とか伝えようと足掻いてる?」
「仮に転生すれば伝えられるでしょうけどね」
魔力膜を出して受諾と拒否の文字を眺める。
「そうは問屋が卸さないってね。拒否!」
その直後、拒否された魂が実体化した。
人格は消滅して異世界の知識は⦅いただきます⦆ミアンスが颯爽と回収していった。
残りの記憶も経験値も養分に変化していく。
内なる魔力は霧散し世界に還元されていく。
そしてウネウネと幹と根を生やしだした。
根は海中まで伸びていき、太い幹は青々とした葉っぱを辺り一面に生い茂させた。
「あらら、巨大なマングローブに早変わりね」
「身体を失ったから海水で生きていく樹木に変化したと? そうなるとレベル400超えは殺す場所を選ばないといけませんね?」
「そうね。先の一件で消え去った者は」
「あちこちに森林を造ってそうですね」
今回消した者はルフィラ商会の副商会長。
(同じような副商会長があと一人居るとして、商会長がどれだけのレベルにあるか、よね?)
現状では過去最高は私なのだけど近しい状況なら簡単には殺せないだろう。まぁ人族と魔族の差があるから不意打ちでなら問題は無いが。
ともあれ、総員の武装解除を終わらせた私は船体の〈希薄〉を行使しつつ偽装を解除した。
そして目前にそびえ立つ樹木を見上げる。
「帰りの航路が〈夢落儚樹〉で完全に封じられたわね。反対側から出ていくしかないかぁ」
「〈夢落儚樹〉、言い得て妙ですね?」
空爆予定だったクルル達も表に出てきた。
「生った実を食べたらバカになる?」
「雄の樹木なら実は生らないだろ?」
演説者そのものが瞬殺だったもの。
銃撃を避けるなりして反撃したら可能性もあったわね⦅人族には無理ですって⦆そう?
私は立ち上がって船橋に移動しつつ、
「実は生らないわよ」
「生らないのぉ!?」
「だと思った」
「何も生み出さない樹木ってことね」
クルル達に違いを示した。
これで実が生ったら大事よ。
夢追うバカを錬成してしまうだけだから。
私はライフルを片付けながら命じる。
「そのまま進行方向に進路をとって、この海域を即座に離脱します」
「了解!」
このまま残っていても騒ぎが起きるだけだ。
すると、
⦅海路の〈夢落儚樹〉は神罰であると神託しておきます。罪はダンジョンの私物化・世界の魔力を封じる動きに対する罰だと、牽制と共に⦆
そう、ニナンスが念話してきた。
海路上へと明確に残る神罰の墓標。
ニナンスは間髪入れず神託を行う。
それを聞いた本島の神官達が現れて大騒ぎとなった。本島の真横に巨大な樹木があればね。
「こ、これが神罰の墓標・・・」
「ル、ルフィラ商会の副商会長がこれに?」
「こ、今後一切、ダンジョンの地下神殿へと立ち入る事は禁ずる! 命が惜しい者は特にな」
これで魔力経路の封じが落ち着けばいいけどね。私は騒ぎの本島を眺めつつ先々を憂いた。
というところでニナンスからまたも届く。
⦅途中で姉妹を回収して下さい。聖女職を解任しましたので。それと交代は不要です。今回からは神殿長に神託をおろしたので・・・⦆
おいおい、解決と同時に返却が入ったわ。
罪の意識を持つかどうかが鍵のようね。
今までは染められていたから出来なかった。
今後は純粋な者になったから不要となった。
私は居ても立っても居られない者を見つけ、
「クルル! 妹達を回収してきて」
「!?」
デッキから顔を出して命じる。
甲板上に佇んでいたクルルは大急ぎで第二格納庫へと戻り、十二人乗りの小型空気浮揚艇を中央エレベーターから甲板上に出してきた。
途中までは浮遊して着水後に滑走するのね。
「岩礁付近で漂っているそうよ」
「す、直ぐに助けに行きます!!」
クルルは手慣れた操作で前方に見える岩礁目がけて飛んでいく。飛行機じゃないのにね。
末妹達はそんな姉を見て困惑していた。
「「姉さん・・・」」
分裂しているとはいえ当人には変わりない。
そんな姉の行動を見て複雑なのは確かよね。
それからしばらくして、クルルは半裸の姉妹を乗せて戻ってきた。姉妹は下着姿のままね。
「ちょっと聞いてくれる? この子達、服も賃金も持たせてくれなかったって。なんでも辞めるなら不要って言われて、舟に押し込まれて流されたって。これが素の女神様の行いなの?」
「「「「・・・」」」」
おいおい、ニナンス、これはどういう事?
妹達を助けたクルルは怒り心頭である。
甲板で待機していた末妹も姉達にバスタオルを巻いていた。この子達の再誕もあったわね。
直後、ニナンスが即座に詫びを入れてきて、
⦅誠に申し訳ありません! 彼女達の侍女が暴走したようです。直ぐにでも罰しておきます。お詫びに温泉島への航路を示しておきますね⦆
二番船の水晶テーブルに追記を行った。
お詫びで温泉島へと案内するってどうなの?
私はこれでクルルの怒りが収まるのか疑問に思えた。船橋のデッキから見下ろすとクルルの怒りは継続中だったしね。
「温泉島、ねぇ・・・」
するとその名称を聞いて反応したのは、
「「「「温泉島!!」」」」
クルルの四姉妹だった。
この四人は知っているみたいね。
クルルだけは怒りに狂っていたので気づいていないけれど⦅クルルだけに⦆そういえばミアンス達のお尻ペンペンも⦅うっ⦆あったわね。
「一度、行ってみたかったんですぅ」
「侍女達が自慢ばかりしてましたし」
「動けない私達の前で何度も何度も」
「この機会に絶対、行きたいです!」
「そ、そうなのね。まぁいいかぁ〜」
「「「「やった!」」」」
ともあれ、ニナンスの急な御提案により私達は温泉島へと向かう事になった。
(これは休息が必要って事かしら?)




