第21話 バカ妹に感謝感激の吸血姫。
「大使、戻ってこないわね?」
それからしばらくして、私達は中々戻ってこない大使をネタに話し合う。それはこの場から一刻も早く離れる必要があったからだ。
勇者達の事はこの際どうでもよいがリンスのお母上の症状が一番気がかりだったため、移動せねばならないとヤキモキしていたのだ。
すると、リンスは私の隣で甘えながら〈遠視〉スキルを使い居場所を特定したようだ。
「そうですね? もしかしたら・・・ライラ王城に居ますね」
これは〈真祖の眷属〉として自覚するまでは使えなかったスキルね?
自覚しないままでは完全なるスキル運用は出来ないようだから。どうもシオンとの魔力的な繋がりも代を重ねる毎に薄くなってるようで、今は魔力量も一程度しか供給がなされてないようだ。
この世界の吸血鬼族の総数が二千七百万人居るらしいから、一人頭に与えられる魔力量自体が少ないのだろう。そこへ私という姉の血が混じったおかげで本来与えられるべき魔力量に変化しリンスだけが特別枠に収まったのだろう。
次代の祖として。
私は話が進まないので、近くに見える座席数から疑問視しリンスに問い掛けた。
「そうなのね。ところで職員って他に居ないの?」
リンスは自身の胸を私の右腕に押しつけながらではあるが〈遠視〉によって他の職員を把握したようだ。
「一応、居ますよ? 一人で賄えるものでもありませんし。ただ、今日は出掛けているみたいですね? どうも〈勇聖教会〉に召還されているようですが」
そして聞き覚えのない組織名をあげる。
「〈勇聖教会〉?」
「はい。勇者の名の下に共闘する目的で人族が立ち上げた互助組織です。その教会が勇者召喚を把握したため、こちらに照会したのでしょう」
「情報が得られる前に照会するもなにも無いわね〜」
私はその組織名と詳細を聞き、呆れてしまった。それはそうだろう?
どういう仕組みかは知らないが吸血鬼族に問い掛けるものでもないのだ。だがここでリンスは私に対し記憶の一端を示した。
(へぇ〜。流刑島の管理と監視って吸血鬼族が行ってるのね? それならなぜ?)
リンスは苦笑しながらも、あの場に居た本当の理由を説明しだした。
「今は内部の監視網が寸断されてますから。実は私自身も対策探しと並行して内部調査で流刑島に入ったのです。主に寸断された監視網の調査ですけどね。その道中で弱体化しなければ」
そして謎の弱体化に怯えを見せた。
私は言うべきか悩んだが怯えるリンスに対して励ます一言を告げる。
「その弱体化があったから私が救えたのかもしれないけどね」
「そ、そうですね? 気持ち複雑ですが・・・」
それは複雑であろう。
一歩間違えれば死んでたのだから。
私が見つけ、血を与えなければ洞穴で灰となって消えていたのだ。それだけリンスの状態は限界ギリギリだった。そこで私の血と魔力・各種耐性が与えられた事で再誕したのだ。
「弱体化・・・今と前の違いって判る?」
私としては弱体化に至った経緯だけは不明であった。リンスの記憶に残っているのは調査に入った直後までであり、それ以降は脳の一部まで灰化していた関係で該当する記憶が無かった。それもあって以前より持ちうる耐性を列挙してもらったのだ。
リンスは自身の掌をみつめて〈鑑定〉した。
「・・・殺傷耐性、瞬速再生、対毒耐性、痛覚耐性が別物に変化してますね。精神干渉無効は同じですけど」
「なるほどね? 完全化で各種無効と耐性が付いたから、あり得るとすれば聖耐性が無かった事による弱体化でしょうね」
シオンの持つ耐性と同じである事が判り、私は自身との違いと眷属化からの変化を元に思案する。そして浮かびあがるのは光属性に対する聖耐性であった。
リンスは聖耐性と聞き覚えがないのかきょとんと呆けた。
「聖耐性ですか? 一体どこにそれが?」
「うーん? その寸断場所って判る?」
私は弱体化の始まりがどの地点か把握するため、第八十八浮遊大陸を指定した〈地図魔法〉をテーブルに表示させてリンスに問題地点を問い掛けた。
「確か・・・ここですね? そこに立ち入ってから意識が朦朧としたので」
リンスは当時の記憶を呼び起こし問題地点を指さした。私は指定されたその地点を〈遠視〉し、状態異常を発生させた原因を探る。
「王都の平原ね。あるわね聖域結界が・・・これの中にある魔道具が寸断の原因ね」
探った結果、案の定な場所に原因物が設置されてあった。それも囮という扱いで周囲には、精神干渉系の捕縛陣が待機していた。吸血鬼族の一般兵であれば精神干渉の余波を受けただろうがリンスは王族ゆえに精神干渉無効が作用したおかげで捕縛陣の影響は受けなかったようだ。朦朧という点で言えば強烈な頭痛で意識が飛び掛けたのだろう。
リンスは私から聞いた結果に驚愕を示し──
「えーっ!? で、では?」
一つの可能性を導きだしたようだ。
「ええ。招き寄せてなにかを行う目的だったのでしょうね?」
私は首肯しつつも連中から読み取った記憶を洗った。そういう意味では奴等の悪知恵は相当なものだろう。知略というか戦術が悪質極まる話だ。元々が犯罪者の巣窟であったなら致し方ない話でもあるけどね?
自分達の行いに対する裁きに反論して自分勝手に責任転嫁する輩だから。
「な、なにかって?」
そう、知らない方が幸せな物だった。
だから私は問い掛けるリンスに対して首を横に振りながら教えられないと語る。
「知らない方が幸せだと思うわよ? 首謀者の記憶って相当に悪意の塊だから」
それは弱体化と併せて尋問ならぬ拷問を行うとあったから。
(ま、首謀者の記憶と経験値はゴッソリ私が戴いたけどね? レベル100の経験値は大変美味しかったわね〜。最後は死なない程度に残して放置したけど同じ考えを持つ者があと十二人居ると判ると、どこかしらで召し上げするしかないわよね? 美味なる餌があと十二人も居るのだもの!)
私は表情にこそ出してないが改めてそれを知り猛烈に嬉しくなった。美味しい餌があと十二人も居るのだから。異世界では薄味となった悪意がこちらでは濃縮還元かと思えるほどの味わいで存在するのだもの。もし仮にシオンの〈触飲〉が上手かったら存在しなかった人員だったため、この時ばかりはバカ妹の苦手に感謝した私である。
リンスは怪訝な表情で舌なめずりしながら思案する私をみつめて問い掛けた。
「美味しかったのですか?」
「! ええ。大変美味だったわね」
頬が緩んでいたのか私はバツの悪そうな表情に変わり素直に認めた。表情に出してないと思っていたが、想像以上に嬉しかった事が災いしたのだろう。おそらくだが、リンスも直系となった事で〈悪意喰らい〉の本質を理解したようだ。悪意が濃いほど旨味が凝縮され甘みが増すのだ。
(あの味を知ったら、この世界の悪意を持つ者を刈り尽くすのが惜しいと思えるのよね・・・それこそ飼ってでも・・・いえ、ダメね? それをすると味が落ちたから)
そう、私がかつて行った事案を思い出したが首を横に振るだけとなった。リンスからは引き続き怪訝な表情を向けられた──、
「でしたら、今度は私も味わってみたいです!」
のだが興味が勝ったらしい。
リンスも食欲が勝り悪意の味を求めた。
「そ、そうね? 残り十二人も居るそうだから、半々でどう?」
私は若干引き気味になったが、残りの人員から折半する形で提案するとリンスは満面の笑みで提案を受け入れた。
「はい! その時は、お願い致しますね?」
一応、王族とか他にも美味しそうな餌はあるので折りを見てリンスにも味わって貰おうと思った私であった。
これは当人達が知れば竦み上がる話ではあるけどね?
気づかぬ内に経験値がゴッソリと奪われるのだから。そのうえ新たな経験値を取得する事も困難らしい。生命力ならば一ヶ月もすれば元に戻るが経験値は一度でも取得経験があると無効とされ数値が増えないそうだ。
これは〈魔導書〉による基礎知識ね。それゆえ例の騎士も増えない経験値に対して阿鼻叫喚となるのが火を見るよりも明らかとなり、同じく勇者達にも伝播し恐怖の坩堝となるの。
恐怖も恐怖で美味だから放置一択だけど。そう、あの異世界人達の薄味が強化され芳醇な物となってるか気になる私であった。
あの時の幻魔法も洗脳魔法もある意味でスパイスだもの。甘みの中に刺激を与えてくれるのであれば、その悪意なき悪意はどれほどの味となってるか気になるじゃない?
作られた悪意が薄味だったら嫌だけど元よりの性質が生かされるのなら異世界の洗脳術よりもピリッとして美味しいかもしれないしね?
例えば〈触飲〉に〈隷殺〉スキルを併用すれば洗脳やら幻毎喰らえるし、操られた者の精神を瞬殺して真っ当な精神に戻すという事も可能だしね?
実際に魔導士長やらお供も洗脳済みな感じだったけど味わいが深くてまた味わいたくなったもの。あとを引く旨さってやつね?
なお、彼等は洗脳前の状態となりレベルと経験値も1に戻っているのは言うまでもない。




