第207話 吸血姫は保養地を用意する。
そして翌日の午前中。
ルーシス王国に出向いた私達は捜索についての取り止めを命令した。それは捜索しても意味がない事を示したのだ。提示した者から不要と言われて直ぐに信じる者は居なかったけどね。
「そんなバカな事があってたまるか!?」
「我らの威信をかけて捜索しているのだ!」
「今更不要と言われて止められるわけがなかろう! ふざけているのか!!」
というように頭が固いというか、人魚族も人族と大差ないのだなっと思ってしまった。
だから私は相手を煽る口調と共に鼻で笑ってやった。
「そこまで言うなら働かない部下の監視も行いなさいね。威信をかけているのは上役だけで下っ端はなんとも思っていないのだから」
実際に本当の事だしね。
私に隠せると思ったら大間違いだ。
だが、
「たかが、吸血鬼族が、何を言う!」
「我らの苦労を知らず好き勝手言うな!」
「上から命じるとかふざけるな! 我らの主は陛下のみだ! 貴殿に言われる筋合いは無い!」
理解不能を示す者にとって意味が無かった。
「吸血鬼族が海中に同族として現れるわけが無いでしょ? 貴方達、交渉役として役不足過ぎない? もっと相手を敬う事が出来ないの?」
「ふん! 不要とあらば交渉しないだけだ!」
「大体、なんで我らがこのような輩と・・・」
「地上を這いつくばる者達との交易交渉など、馬鹿げている。陛下に一考してもらわねば!」
「「そうだそうだ!」」
本当に意味が無かった。
リンスといいルーナといい頭痛のする素振りとなった。一方のリリナは遠い目をしている。
私が苛つく存在も居たのね。私は自らの存在意義を見いだせない者達を一瞥しつつ命じる。
「そう。そんなに死にたいなら、死になさい。二度と転生が出来ないと思いなさいね?」
「な、何を急に言い出すんだ!」
「そんな脅しには屈しないぞ!」
「戦争したいと言うなら受けて立つ!」
「戦争にもならないわ。一瞬だから」
「「「!!?」」」
「生殺与奪権は私にあるの。私が不要と思えば一瞬よ。心核滅却を行使するだけだからね?」
「あはん」
「ズク卿!?」
「ほわん」
「ミゴ卿!!」
「最後は貴方だけね?」
「あ、いや、そ、その、申し訳・・・」
「今更、言い訳を聞くと思う?」
「!? ほふん」
「さて、心核無き亡骸を片付けてっと」
私は交代を意味するように悪辣な交渉役をその場で消した。売り言葉に買い言葉だからね。
ルーナは口元を押さえながら怯えていた。
「心核滅却って快感付きなんだ」
「場所的にそういう物だからね」
私自身、滅多に眷属を消す真似はしない。
真似はしないが、物には限度があるのだ。
本当なら交渉の場で血生臭い真似をしたら駄目なのだけど私は吸血鬼としてこの場に来ていない。一柱の神として訪れて命じていたから。
(命令すら受け入れられないなら消すでしょ)
現に私達の交渉役だった者達は眷属だから。
リンスとリリナにジト目をいただいたけど。
「「カノンさん・・・」」
「し、仕方ないじゃない。生きたくないって自ら望んだのだもの。ルーナでも思い知ったけど良かれと思って蘇らせたらだめね。消される者は消されるに足る理由が存在するみたいだし」
「か、代わりを呼んできてもらいます」
「ごめんね、リリナ」
全ての眷属には自由意志を与えているが命じても猛反発する自由意志も存在していたのね。
ユーコ達も反発はするが、理由を言い聞かせれば理解したうえで、私達の命令を聞くのだ。
だが、消えた彼らのように海千山千で腹芸を行う者達を蘇らせると聞く耳を持たないようなバカしか現れないと改めて理解した私だった。
例外はリリナ達の父親くらいだろう。
寄越された者がそうだったから。
「誠に申し訳ございませんでした。私の監督不行き届きでございます」
「気にしないで。自らの意思で死にたいと願った者達だもの。それで、彼らにも伝えたけど」
二度手間となるが打診の内容を伝える。
「なるほど、人族が化けていたと。確かにそれであれば無意味でしょうね」
「ええ。しかもそいつらは、炎熱神の社を破壊した者達と同類なのよ。困った事にね・・・」
そのうえで二千年以上前までは存在していた要石の真上にあった代物についても教えた。例の禁忌庫とはアインスの社でもあったからね。
実際に〈夢追い人〉かどうかは分からないが類する者であるのは確かだろう。障壁が崩壊していた件も相まって、破壊後を知っている者達が行ったのは明白だったから。
「な、なんと!?」
「これは一応、事後報告も兼ねての命令だから分かるわね?」
「ああ、処置後ということでしたか」
処置済みなのに止めないと反発したからね。
消える前の記憶を覗けば、懐に入ってくるとか何とか、捜索を利用した形跡があったけど。
動き出した何らかの事業が止められない事と同じなのだろう。捜索の事業展開で長引かせられる私達にとっては堪ったものではないが。
ともあれ、私の発した命令は無事に受諾され次なる交渉が進みだした。両者にとって有益な条件で締結しなければ、意味が無いからね。
一先ずの私は、私が創った通信魔道具を珊瑚製のテーブルに置いた。
それは海中でも使える通信魔道具だ。
形状は30センチの歪曲した直方体に受話器が付いている横長の箱だが、内面に海中でも使える特殊紙が通り抜ける仕組みを与えている。
「では、こちらを用いれば」
「地上とのやりとりも常時可能になります」
これは一種のファックスみたいな物ね。
試作品を創った時はミアンスが⦅欲しい⦆と念話してきたほどの代物だ。用紙はロール状で亜空間から無制限に創り出される特別仕様だ。
⦅設計図を貰ったから製造の打診してくる!⦆
通常品は自分で背後に当てはめないといけないけどね。これは一回の通信毎にカットして羊皮紙サイズで取り出される仕組みね。交易書類を残したい時にも使えるから役立つと思うの。
私はそのうえで必要な物があると伝える。
「但し、社跡地に生神殿を設ける必要があるけどね。そこを経由して各地とのやりとりが可能になるから」
ルーシス王国の国土に建立する以上、許可は必要だ。神が勝手にあれこれは出来ないから。
下界への過干渉は神罰以外では叶わない。
「なるほど。そういう事であれば問題は無いでしょう。是非にでも建立してください」
リリナ達の父親は全ての裁量権を得ているのだろう。その場で即断即決して許可を出した。
今回は命令ではなくお願いだったけどね。
その後は交易品の選定とクジラの養殖話に発展した。増えすぎたら全捕獲すればいいしね。
実際にクジラは存在していなかったので、
「おぉ! これは大きい。こちらの主食は?」
三種のクジラ、三十頭を私が用意した。
実は用意していて亜空間庫から取り出したというのが正しいが。二種は異世界にも居るマッコウクジラとシロナガスクジラだ。
残り一種は特殊な品種改良を加えた物だ。
一番大きく金色に見える特殊な皮膚を持つ。
見た目はホッキョククジラだけどね。
「これは少々特殊な部類のクジラで主食はクラーケンと人魚族に化けた人族です」
そう、主食はクラーケンだ。
オマケで化けた人族を加えているのは二度も同じ事案を起こさせないための措置である。
まぁ驚くよね。周囲の衛兵達も呆然だもの。
「!!?」
「体内でクラーケンの毒を無毒化し排泄される特殊な鉱物から解毒薬を創る事が可能になります。漁場と同胞達を守るための守り神ですね」
リリナはそう言って父親に微笑んだ。
見え方によっては神々しい巨体だ。
「おぉ、これは大事にせねば・・・」
その結果、人魚族にとって必要不可欠な生物となった。実はこのクジラ、仮に人族が黄金の見た目から狩りに出ても、銛や魔法を通さない皮膚を持つため、餌と見做され反撃で喰われるだけである。大きな口で一括捕食されるのだ。
それと不死者と魔族は喰わないので仮に体内へと入ったら、口や噴気孔から吐き出される。
人族が纏わり付いてきたら内部の体液で絡め取られ、不死者や魔族だけが放出されるのだ。
一応、滅多に獲れない主食だけでは生きてはいけないので、普段は中身の無い貝殻や珊瑚などの死骸、小魚等で賄う事になるだろうが。
交渉後、リンスとルーナが条約締結を行う事になり、私とリリナだけは社跡地に移動した。
「要石の周囲へ錆びない白い鉄骨を打ち込む」
「あわわわわ。広範囲に打ち込むのですね?」
「ここが土台にあたるからね」
白い鉄骨の周囲を白い鉄板で囲う。
地面付近に直径10センチ程の太いミスリル線が収まった通信ケーブルを通す。ここはアンテナ兼神殿だから必要な工事なのよね。
事前に王都から伸ばしつつ埋めてきたしね。
地中のパイプを通すように伸ばしながら。
囲い終えたら一度浮上して内部に移動する。
「ここでは〈変化〉を解いてね」
「解くんですか?」
「不慣れかもしれないけど、この空間だけは足で泳いだ方が早いから、水着に着替えてね」
「わ、分かりました」
内部に残る海水を抜き出して要石の結界石を囲うように海水で固まるセメントを流し込む。
固めつつ浮遊して上に乗っかりながら、パイプを内部に埋めて、ケーブルを接合していく。
全体の長さが分からないから都度接合するしか無いのよね。余剰もあるけど伸ばせないし。
伸ばせない分、破損時の交換も随時可能になるから、メンテナンス性は増すけども。
海上まで固め終えたら鉄骨と鉄板を少し大きめに溶接して、同じようにセメントで埋める。
「海上に広い土地が出来ました!」
この島の広さは異世界の小豆島と同等だ。
広範囲で囲って要石の補強を行ったもの。
仮に名称を付けるなら神殿島だろう。
「これ自体が結界石の役割を担うから今度は簡単には壊せないわよ。あとは港を設けて、二番船を岸壁に寄越して。ナギサに命じて『神殿島の第一埠頭まで』」
『承知!』
残りは二番船から必要な部材を卸すだけだ。
あとは転移魔法で訪れた魔王国のドワーフ達に建ててもらう事になっている。
土台自体は出来ているけど、各神殿は魔王国と同じ物をお願いしたからね。魔王国には例外的に七女神の神殿も建っているから。
中心に生神殿、周囲に七女神の神殿が建つ。
⦅わぁ! 完成後に神官達を寄越さないと!⦆
早速、ニナンスが動きを示したけれど。
一先ず、二番船が接岸するまで暇なので、
「魔神様だけでなく、他の神々も、ですか」
神殿候補地に名称を記す私の手元を眺めるリリナが横から質問してきた。
「ええ。重要って意味合いを持たせるためよ」
この島には商街も出来上がるから中立的な交易都市になるだろう。この世界で完全中立都市って見たことがないから、重要な試みである。
なお、セメント地には〈還元転換炉〉に通じている誰も降りられない下水道を通しているので街道が汚物で汚れる事はない。
それと死人が出たら生神殿の祭壇で遺体を魔力に戻す扱いだ。
「これで再度破壊しようと訪れたなら・・・」
「ああ、民達から反感を買いますね」
「それだけではないわ」
「ふぇ?」
この島での殺生は生神殿のみに許された行為となる。例え魔族や人族であろうとも争いから生まれる殺生は全面禁止となる。
破ったら最後、転生すら出来ない死を招く。
そのうえ神殿島での悪しき行いは、
「美味しい食事が得られるというね」
「食事? あ!? そういう事ですか!」
私達にとって願ってもない食事になる。
壊しに来たら命を捧げに来たと同義だ。
「この神殿島では王族も貴族も無いわ。世界に等しく存在する生き物としか見られないから」
「ある意味で神々の楽園みたいな土地ですね」
地位も名誉も関係ない島。
神官であれ生物の一括り。
偉そうに振る舞えば死が訪れる。
なお、神殿島の治安維持以外はこの海域を担う管理者達に裁量権を委ねている。
「そうね。但し、ここにはダンジョンが無いから主に訪れるのは寝泊まりする者達しか来ないわね。そうなれば宿泊施設と市場が出来て?」
管理はルーシス王国が行う事になっている。
この島の所有者はルーシス王国なのだから。
リリナは祖国の財源が出来たとして喜んだ。
「! そういう扱いでしたか! 我が祖国に仕事を与えて下さり、ありがとうございます!」
「管理を委ねるのだもの、当然でしょ?」




