第204話 窓で途方に暮れる吸血姫。
停泊して一ヶ月が流れた。ロナルドを転生させてから一ヶ月もの月日が無為に流れた。
その間の私達は連合軍から悟られないよう船体を〈希薄〉した状態で停泊させ交代制で警戒態勢を維持していた。大半は釣り時間だけど。
時に偵察機を出して状況観察を、自身の姿を人魚族に〈変化〉したうえで交渉のテーブルについたりね。本日も使節として私とリンスとルーナが出張っていた。
楼国代表は私。
ティシア代表はリンス。
魔王国代表はルーナだ。
当初は三ヶ国との合同会談ともあって有意義な会談になると思ったのだけど、三週間前の提案時以降から、話が進んでいなかった。
進まないから私達も泳いで船に戻っていた。
「今日も『お待ちください』の返答だけか」
「一体いつまで待たせる気なのでしょうか」
「見つけるだけなのに時間をかけ過ぎでしょ」
一度目の交渉ではローナの件を出した。
その時に関わった下手人を連れてくる事。
裁き後に次ぎなる交渉に進む事になった。
短い期間といえど客人としていたからね。
ルーナの転生に併せて返却はしたけどね。
それでも死するには早すぎる命だった。
本当ならば先に別件を進めるべきだが、逃亡されてしまっては手の施しようが無いのだ。
(肝心のロナルドは下手人共を〈希薄〉と低空飛行で捜索中っと。一ヶ月も海上を飛び続ければ慣れたものね。人魚族達は酷ではあるけど)
亡くなって魂になればこちらで対処するが、亡くなったとされる情報が上がってきていないのだ。ローナの殺害に関与した者の因子は拾っているから間違いなく検索に引っかかるもの。
「要求した者達を見つけるまでが期限ですか」
「ええ。未だに見つかっていないから王宮内でも焦りが出ているわね。私達が探してあげてもいいけど、あちらにも面子があるから」
「ああ、条約締結が終わらない以上は合同捜索も出来ないんだっけ」
「ルーシス内部の面子ですからね。自国で起きた問題だからこそ自国で解決したいですから」
「そこに他国の介入は」
「弱み、になると」
己が立場で見ても同じ認識となるだろう。
対等で居なければならないのに属国めいた雰囲気になるのは火を見るよりも明らかだから。
「個人での動きは問題ないけどね」
「ローナ改めロナルドが自らの報復に」
「でも、刑を執行するのは全員を集めてからになりますよね?」
「そのつもりよ。個別に報復したんじゃスッキリしないもの。そこそこのレベルの高さもあって刺していった者達を覚えていたらしいから」
「執念が半端ないですね」
なお、ローナを殺害した者達が居る事を事前情報として示すと女王陛下は驚いて泣き崩れ、宰相閣下は大慌てで部下に捜索を命じていた。
無条件降伏の勧告に利用されボロボロとなった亡骸すらも適当な場所へと打ち棄ててあった事を追加で伝えると怒りも露わとなった。
女王陛下も城内ではローナを要らぬ者としていながら自身の娘であることは変わりなく女王として母親としての内なる葛藤が見てとれた。
その優先順位がリリナだったとしても、ね。
「とはいえ、無条件降伏後に再編成したとしても、時間が掛かりすぎるような気がしますね」
「もしかすると、内部では未だに燻っているのかもね。バカの子は捕縛されて、今は無期限放置と言いつつ贅沢三昧らしいし」
「あぁ。甘やかしている者が居るのですね」
「アホの子の実家と違って激甘な者が内部に居るのでしょうね・・・」
「アホの子? それって私?」
「あるいは、炎熱神様より下と軽んじているとか? 人族の神殿では似たような事があったばかりですし」
「それは無きにしも非ずね。まぁ軽んじたら軽んじたで、そのまま消滅コースなんだけどね」
「無視!?」
いや、今聞かれても困るし。
一応、バカの子とアホの子で分けているのだから理解しないと。名前が一緒だと困るわね。
「まぁ私達からしたら、転生処理で悩まなくていいだけ楽よ。今は外から来た〈夢追い人〉のお陰で、リソースが増やせないでいるからね」
「本音をサラリと出して怒られませんか?」
「絶対、怒られるでしょうね」
そう、話し合いつつ泳いで海上へ顔を出す。
三人で三胴船の隙間に入り、内側に設けた専用の足場に腰をかける。
本当は底部へと追加した潜水艇のハッチを抜けてもいいのだけど出入りを見られたくないよね。元の姿へ戻る際に真下から丸見えだから。
水着に着替えて船内へと入り近場に設けたシャワールームで海水を流す。水中に居る事が当たり前のリリナ達と違って、私達は海水の影響を受けるからね。流さねば面倒なのだ、髪が。
そして、シャワーを浴びつつ私は思案する。
(この一ヶ月の間に該当人物が現れないっておかしいわね。人海戦術で捜索が組まれていたとして怠け者が数名居たとしても、発見出来ない事が異常だわ。それこそ・・・楼国や魔王国であったよう・・・なっ!?)
思案した末に思い当たる事が頭に過った。
(なりすまし、か。でも、人魚族に変装する術ってあるかしら? 潜水スキルが生えていて、かつ例の指輪か、一体いくつ流れて?)
シャワーの水を流しつつ滴り落ちる水滴を数える。数えたからといってそれだけの物量が地上にあるとは限らないけど。それこそ複製用の魔道具が存在して⦅存在してた!?⦆はぁ!?
そんなミアンスの唐突なボケのようなツッコミにより、頬が引き攣った私だった。
「禁忌物か・・・」
とんでもない代物が流れ出て〈変装指輪〉を各国で複製した。そう考えれば異種族へのなりすましも常時可能だろう。定期的に祖国へ戻り魔石へと魔力を補充する必要はあるだろうが。
私はお湯を止め、体表面の水分を一瞬で蒸発させた。今は身体を拭う時間が惜しいもの。
そして隣で海水を流す、
「リンス! ルーナ!」
「はひぃ!? カノンさん、どうしたのですか? 唐突に声を荒げて?」
「な、何かあったので?」
リンス達に声を掛けた。
ま、まぁリンスは致していたようで、入ってしまったらしい。神速再生で元に戻るけどね。
ルーナは頭を洗っていたのか泡塗れだった。
「交渉は一旦中止よ」
「「中止!?」」
「見つからない理由はなりすまし」
「「え?」」
「人族が化けて殺していたのよ」
「「!!?」」
私は驚く二人の間を慌てて通り抜け、伝声管を用いて船橋に向かって指示を出す。
「ナギサ、広域探索で〈変装指輪〉を持つ人族を早急に洗って頂戴。目印も忘れずに」
『はっ! 広域探索、条件は〈変装指輪〉を持つ人族、範囲は惑星全土。目印は重点付与。繰り返す・・・』
今回は面子がどうのと言ってられないわね。
魔族国家並びに進路上の国家に潜む人族達が居ないとも限らないから。居たら殲滅あるのみだけどね、それが〈夢追い人〉なら特に、ね。
そうしてものの数秒ののち、
『そ、総数は、さ、三億五千万点。該当地域は魔族国家に集中している模様。残りは人族国家に数点が存在しています! ふ、浮遊大陸は管理島に四十点のみですが、存在しています!』
予想外の物量が隠れていた。
私は背中に嫌な汗が流れてきたが早々に手を打つ事にした。ちょっと侵入されすぎでしょ?
「該当の指輪を基点として持ち主にのみ存在滅却魔法を発動させて。目印済なら自動的に付与されるからね。魂の総量は減ってしまうけど転生処理が追いつかない状況下なら必要悪としても仕方ないでしょ。少しもったいないけどね」
『しょ、承知!』
本当なら複製魔道具も片付けたいが、有用な物の場合は回収する方が良いだろう。
本音ではもったいないが対応に追われて後手後手に回るよりはいい。今回が悪い例だしね。
犯人を捕まえる事は出来なくなったけど。
「相手が人族だったなら、共通の敵として処分したと言い訳も立つでしょ」
「そうですね。管理島を検索っと、えぇ!?」
「ホント、困った者達だ・・・あらら」
検索結果は船員達の〈スマホ〉に転送されてきてリンス達も画面上で何処に存在したのか調べていた。過去形なのは消滅済となったから。
魔族が持っている指輪は対象外だけどね。
「か、管理島にまで侵入者が居たなんて。第七十五、第六十七、第七十三、第七十二、各十人の不審者が、我が物顔で、跋扈していたの?」
「我が国も片付けたはずなのに、またもや入っていたみたい。商会の店舗が目当てだったよ」
「通り抜ける事は出来ないと言っても狙ってくるのね。管理島は流刑島からの上陸者でしょうね。長い年月を掛けて代を継いできた家系で」
「二千年、その年月の間に虎視眈々と・・・」
「まぁ全て魔力にバラされたから気にするだけ損よ。ただ、影響を受けているとすれば役職持ちが消えた事による混乱でしょうね、きっと」
「行方不明者も多数ですね」
「三億五千万人の行方不明者、か」
「総数で見ると八億近い者達が消えたのね。その内の一億は転生待ちだけど」
「「あっ」」
一瞬の内に消え去った者達。
たとえ〈夢追い人〉であろうとも転生魔法を行使する余力は無いだ・・・はぁ!?
「死亡判定付きの自動転生魔具ですってぇ!? 拒否、総じて拒否よ! 一体何処のバカが作ったのよ、こんな物ぉ!」
イラッとする魔力膜が一億強もの枚数で表示された。誰よ! 転生魔具なんて作ったの!
⦅てへぺろ⦆また三女か、お尻ペンペンよ!
⦅ご、ごめんなさーい!⦆許さないからね!
ブラウザクラッシュを見せられた気分だわ。
死亡後も魂に紐付けして、新しい肉体へと持ち込み可能なチートアイテムになっているし。
(これは一括拒否魔法でも創ろうかしら? 生来のスキルを有効化させないといけないけど)
そう思いたくなるような応答の連続だった。
⦅是非!⦆×7
女神界隈では需要が高そうだけど。




