第202話 先々に頭を悩ます吸血姫。
一方、王都へ進軍しているルーナ達はというと。どうも、謁見室へと向かう準備を行うアインスです。メタ? メタですか、すみません。
「た、大変です!」
ルーナ達の元に血相を変えた兵士が泳いで来た。ルーナはワカメを貪りながら兵士に問う。
「ふぉふぅふぃふぁふぉふぉふっふぁい」
ん〜? 姿からしてバカっぽいわね?
生で食べられない事はないけど絵面からして姫の体では無いわね。脇にはヒジキとか海藻がこんもりと盛られ、黙って喰ってろと手渡された餌のようにも見える。ハズレ姫? ミアンス上手い! 別に上手くない? ごめんなさい。
そんなバカっぽいルーナへと体裁を整える事もないまま慌てている兵士は報告を行う。
「せ、せ、精鋭が・・・」
「ゴクン、精鋭が何よ? 彼らは王都に着いた頃合いでしょう? いちいち慌てる事なの?」
否、まだ王都に着いてすらいないのだが。
ここまで頭の中が空っぽだったの、この子?
アホの子・ルーナは一人居れば十分ね。
「ち、違います! で、伝令が、ひ、瀕死の状態で報告に」
「ふぁ?」
ルーナは咀嚼していたワカメをポロッと落とす。汚いわね、こんな子が女王となってしまうとこの国は終焉ね。お淑やかをいちから教えこませないといけないかも。育成間違いをこうも示されてしまって、嫌な気分になる私だった。
なお、ルーナの隣に居たはずの侯爵子息は王都が近付くと同時に前方へと向かっており──
「は? あの人が死んだ?」
「は、はい。一撃で動きが止まり、最期は遺体そのものが残って無かった、との、ことです」
「い、い、い、一体、何があったのよ!?」
結果だけを持ち込まれたルーナは取り乱した。これが王女? この程度で錯乱する?
侯爵子息は総大将として前に出たはいいがイリスティア号に搭載された未知の主砲によって壊滅したとあっては仕方ないのかもしれない。
へぇ〜。電磁投射砲というのね、奥深いわ。
王都前という事でローナの隣に移動している最中の不意討ちだったから。
一方、前方で輿に乗せられていたローナは、
(ここに居たらだめぇ!? 死にたくない!)
同じく錯乱している軍勢の中、自ら輿を降りて海底すれすれを泳いで逃げ出していた。それはまるでお人形のように祀られて殺される事を待つだけの物ではなく、生存本能に突き動かされた個そのものだった。戦況が読めないルーナとの違いがここに現れたとも取れるかしら?
ローナは必死の形相で軍勢から逃げ出して、
(か、隠れ家に、ひ、避難!)
王族がいざという時に過ごす建物へと逃げのびた。それは女王となる前に母親から教えられた場所でもあった。そこはほぼ使われていない塹壕のような砦だったがローナが一人で生き存えるには丁度良い場所でもあった。
ローナが逃げて塹壕に籠もった直後、ローナの居た輿に光の柱が立つ。空となった輿に気づいたナギサが旗頭を殲滅したと示したようだ。
すると周囲に居た兵士達は呆気に取られ、
「だ、ダメだ! か、勝てない!!」
「に、逃げろ!? こんなの勝てるかぁ!」
「し、死にたくない!!」
錯乱したまま指揮が執れないルーナをその場に残し散り散りになって逃げ出してしまった。
「ちょ!? 貴方達!! 何処に行くのよ!」
報告してきた兵士も光の柱が立つ前と消えた直後を見ていたのだろう。顎が外れてしまったように愕然とし顔面蒼白を通り越した顔色に変化させ後退りながらルーナの元から離脱した。
既存戦力では絶対に勝てない謎の武器。
水魔法と槍での戦いしか知らない者達にとって手も足も出ない蹂躙戦そのものだったから。
海底に残ったのはワカメを両手に握ったまま呆然と浮かんでいるルーナと魚達だけだった。
「私を女王に据えるんじゃなかったのぉ!?」
頭を失い標を失ってしまえば瓦解は必定か。
烏合の衆、否、魚合の衆と呼べばいいか。
イワシ並に群れて戦う戦法はあっても号令を出す者が瞬殺されれば生物の本能が勝っても不思議ではない。弱肉強食の海底を生きる者としては正しい生き方ではあるが、ルーナにはそういった生存本能よりも、好奇心が先立つのかもしれない。そこに居る誰かさんのように。
誰もミアンスの事は言ってないわよ?
§
どうも、お出かけ前のアインスに蹴りを入れているミアンスです。それは私の事を言ってるでしょ!? そりゃあ魚は私が創ったけどさ。
でも、人魚族はアインスの領分でしょうに。
はぁ? 魚を食べたから同類になった?
そんな事はいいから行きなさいよ!?
おっと、私達の姉妹喧嘩は置いといて!
イリスティア号の甲板上では、
「射出時の音が凄かったぁ!」
「バチバチバチって、何!? って思ったぁ」
「今回は威嚇も込みなのかな?」
「いつもなら遮音するものね」
耳を畳んだナディとショウがベンチに座ったまま怯えていた。この二人は非番なのね。
今が戦闘時だから甲板下には降りられないだけかもしれない。甲板の両脇にある主砲からの放熱対策とか何とかナギサが命じていたから。
「発射後も湯気が出てるし」
「熱そうね、あそこだけ・・・」
「気持ち、近寄りたいけどね」
「さ、流石はナディね・・・」
若干、変態的な言をナディが呟いているがそれでも言葉にするだけで実行はしないらしい。
するとショウが不安気ながら問い掛ける。
「でも、一発だけなのかな?」
「一発だけでしょ。交互に発射すれば殲滅どころの話ではなくなるし」
「そう、よね。でもこれって、射点を上空に向けたら空高くまで飛んで行きそうよね?」
「あ〜。うん、弾頭次第だとは思うけど飛んで行くでしょうね。浮遊大陸を突き抜けて」
なぬ!? ちょ、そ、それどういう?
あ、姉上。大丈夫? 照準が飛空船のみに制限されてる? なぁんだぁ、ビックリしたぁ。
困り顔のナディの言葉は例え話なのね。
設計図を見せてもらうとそうなっていた。
というか姉上が何で持ってるの?
カノンから頂いた? いいなぁ。
というところで甲板にユウキが現れた。
「突き抜ける前に消えそうだけどね」
ユウカが指揮所に詰めているから手持ち無沙汰で上がってきたのね。ナディ達も宴の酒精が抜けていないから、様子見に来たようだ。
ナディ達は声がした方を揃って向く。
「「ユウキ?」」
ユウキはベンチに黒鞄を置いて中身をゴソゴソと漁っていた。瓶とか薬草とか収まってる?
ユウキは苦笑しつつ二人を労る。
「それよりも耳、大丈夫だった?」
へぇ〜、ドSなユウカと違って優しいのね。
まさに医術者とでもいうような姿だった。
その姿を見てポッと顔を赤く染める二人。
「あ、そうだった」
「まだ少し聞こえが悪いから」
この二人も何だかんだと異性に弱いのかもしれない。二人の素は変態と百合っ子だけれど。
「どれどれ。少し鑑定するから触れるよ」
「「う、うん」」
それと共に二人の診察も行うようだ。
耳が良い二人が強烈な轟音に怯んだからね。
ナギサが配慮して寄越したのかもしれない。
船橋からチラッと顔を出しているし。
ユウキは状態を把握しつつ赤い二粒の錠剤を手渡した。成分はリンゴと例の経験水だけ?
「しばらくすると元に戻るだろうけど、はい」
魔力回復と治癒促進的な効果があるのね。
治癒系の経験値を意図的に与えるのかぁ。
手渡されるナディ達はきょとんとした。
「「これは?」」
ユウキは微笑みながら経験水も手渡した。
「治療薬。獣人向けの物だから、安心して」
「「ありがとう、ユウキ」」
海底では戦闘中なのに甲板上だけがほっこりする空間になっている。海上と海底の温度差が相当なまでに違うのだけど、なんなのこれ?
癒やし要素? そんなメタな・・・。
§
何かミアンスがボケていそうな気がするが。
私とマキナは肉体へと宿り直したのち、
「今回は御対面だけで良かったんです?」
「いいのよ。アインスが〈転移鏡〉を置いてくれたし、外交交渉は船上で行えば問題無いし」
「はぁ? でも・・・」
潜水艇に乗り込み、リリナ達と共に二番船へと戻る。マキナは沈黙しつつ外を眺める。
道中では呆然と立ち竦むルーナだけが海底に残り、数万もの兵士達は消え去っていた。
(一発で萎縮して終結した戦闘、か)
人魚族達は人族共と違って引き際が明確なのかもしれないわね。例外は留まり続けるルーナだけで、勝てないと判ったら手出しはしない。
(それでも私達が居る間だけよね、きっと)
私は潜水艇を海上へと浮上させる。
そして沈黙を破るように言葉に出す。
「これからは夫婦揃って立て直ししてもらわないとティシアとの交渉どころでは無いでしょ」
海底で言葉にすると音波を拾われかねないからね。
妨害派的な者達が居ないとも限らないし。
潜水艇毎浮遊させて甲板へと着地した。
リリナ達は空間跳躍で海上から甲板に登る。今は警戒中で、タラップそのものが降りていないからね。
するとマキナは意図に気づきハッとなった。
「ああ、瓦解したとはいえ」
「ええ、残党を片付けないとね。散り散りで逃げたとしても何処ぞで集結して、王都に集まらないとも限らないから。今の内に派閥を再編して強固にしないと内側から食い破られるもの」
「では?」
「しばらくは停泊が確定ね」
予定は狂うけど必要な事なのでしょうね。
あちこちで政変が起きすぎでしょうに。
私はため息を吐きながら潜水艇を出る。
「それとローナは」
「生きては居るみたいだね。悪運が強いというか何というか」
マキナは私を追うように梯子を登った。
甲板に降りるとリリナ達が〈変化〉しつつ上下の水着姿でベンチに座っていた。
姉妹は久しぶりの再会に、胸が躍ったのだろう。楽しげな表情で空を見上げていたから。
潜水艇を片付けた私はマキナとドライスーツの上半身を脱いで蒸気が立ち上るレールガンを眺めた。
「あえてナギサが逃がしたのでしょうね」
「ああ、背面を撃って追い立てて」
「居なくなったと同時に消し飛ばした」
「混乱していたからローナを認識する者は居ないもんね」
冷却速度は等速のままね。
威嚇だけだから連射しないとしたか。
威嚇でも十分過ぎる戦果だけどね。
人族共も同じように逃げ惑えばいいけど。
「上手くやったわね。最小の損害で」
「逃げて行きましたもんね」
「ただ、最小の損害だからこそ」
「再集結も有り得ると」
しばらくは威嚇相手として停泊は必須ね。
外交交渉も同時に行わないといけないし。
後日、イリスティア号の来訪が古参貴族から政変派へと伝えられた。
『彼の船への敵対は死を意味する。無条件降伏し、我らが傘下に加わるべし』
と、私達の都合もあるけど、それを加味した降伏勧告だったようだ。
これを聞いてどう動くかが鍵よね。
困った事にルーナだけは健在だから新たな旗頭で馳せ参じ、しそうな気がするわ。
ちなみに肝心のローナは、
『私も生まれ変わりたいですぅ!』
現在は転生待ちだったりする。
何故、死んだのか理由を聞けば巡回してきた古参貴族の兵士に討たれたらしい。
悪運で逃げてのびても結果的に殺されるって困った子よね。




