第200話 吸血姫は挨拶する。
リリナ達の先導により、私達はルーシス王国の王都へと入った。リリナ達の姿を見た者は総じて見蕩れ、二人の顔立ちから気づいた衛兵は大慌てで城内へと泳いでいった。
私は衛兵を〈遠視〉で追跡する。
「た、大変に御座います! へ、陛下は? 陛下はどこに!!?」
そこは玉座のある謁見室ではなく、一種の居室だった。すると部屋の奥から妙齢な女性が顔を出す。年齢的には五十五才くらいかしら?
ただ、ノーブラなのは種族的なものだろう。
ローナもノーブラだったから着けさせたし。
「なにごとですか。そんなに慌てて・・・?」
彼女はリリナを老けさせたらこうなるって分かる顔立ちね? ローナ達の顔は父方の遺伝なのだろう。母親似ではない事が分かったから。
衛兵は陛下と呼ばれる女性に気づき、一呼吸置いて報告する。
「へ、陛下・・・た、大変に御座います。ひ、姫様が・・・」
「見つかったの? それで誰が? ローナ達だったなら追放したから即刻追い出しなさい!」
あら? 追放処分を受けてたの?
ローナが砂浜に打ち上げられた辺りで色々と騒ぎが起きていたようだ。
すると衛兵は首を勢いよく横に振り──
「ち、違います! あの者達では御座いません」
真っ向から否定した。
「なんですってぇ! こうしちゃ居られないわ!」
それを聞いた陛下はもの凄い勢いで衛兵を避け、リリナの居場所を探るように城内を泳いでいく。愛されてるじゃない。リリナも〈遠視〉しているのか涙を漂わせながら苦笑していた。
それからしばらくして──
「リリナ! え? リリナが二人居る?」
陛下はリリナ達の目の前に現れた。
まぁ驚くのは仕方ない。
「それに、その髪・・・鱗も? どうしたの?」
リリナとリリカは互いに手を繋ぎ、クシャクシャ顔で陛下へと抱きついた。
「「お母様!!」」
それは感極まったともいう。私達も一応、背後に居るのだけど気づかれていないわね? どうも水没した樽としか思われていないようだ。
「こ、声が同じ?」
「はい! 私はリリカです!」
「え?」
「私がリリナですね。話せば長くなりますが、私達はあの方によって生まれ変わる事が出来たのです」
私達はリリナ達がこちらを向いたので、窓から笑顔で手を振った。
「生まれ? 白い樽ではないの? 人族?」
やはり樽と思われていたらしい。
推進装置が付いてないから仕方ないが。
大きさも酒樽と同程度だしね。
内部は空間魔法の応用で極端に広いけど。
「いえ。人族というより魔族ですね。正確に言えば元魔王様と同じ種族です・・・見た目で言えば、ですが」
いや、確かにそう言うしかない。
見た目で言えば・・・だけど。
しかし陛下の耳には別の名が届いていた。
「ま、魔王様・・・? 元って?」
リリナは涙を拭いつつ苦笑し、答えた。
「あぁ・・・魔王国でも政変がありましてね。今は妹君が魔王になっております。御本人は真上の船に居ますが」
「真上の船・・・!? 大きい・・・」
やはり、尋常ではない大きさという事だろうか? 陛下の驚愕は相当なものだった。
まぁ王城に影を作っているものね?
三つの船体で一つの船だ。
驚くのも無理は無いだろう。
すると、その直後!
「なに!? なにかが射出された?」
轟音が海底まで遅れてやってきた。
リリナは陛下を抱きしめながら、安心させる一言を告げた。
「お母様、大丈夫です。あれは援護ですから」
「え、援護?」
「はい。外部から敵対勢力が押し寄せていますので・・・それらの排除に動いたのでしょう」
リリナは厳しい表情で先を見据える。
それは炸裂した瞬間を目撃したからだろう。
すると陛下はリリナの一言で気がついた。
「敵対勢力・・・まさか!?」
私の方でも観測出来たわね。
船体側面からアレが発射されたらしい。
二発同時でも良かったけど、一発だけとしたらしい。それは威嚇のつもりなのだろう。
一発の弾が海中を進み、後方に陣取る群れを消し飛ばした。前後併せて数万ってところね。
中程には怯えたローナが見えるわね?
案の定、旗頭にされたようだ。
観測を終えた私は周囲を〈遠視〉し──
「これは護りを用意した方がいいわね」
危機感を募らせる。どうも、この国には護りとなるべき障壁が一切無かった。
というより周囲に破壊痕が残っていた。
おそらく〈夢追い人〉が破壊したのだろう。
時間経過したようにボロボロだったから。
マキナは危機感を感じとり不安気になる。
「お母様?」
私は早急に〈錬金釜〉を立ち上げ、時間加速の中で準備し、マキナの亜空間庫へと強引に送り込んだ。物量が物量だけどマキナなら受け入れてくれるはずだから。
「マキナは東西10キロの地点に、亜空間庫へと送った結界石を転送して!」
「は、はい!」
マキナはあっさりと受け入れ準備に取りかかる。魔力量が少ないと青白くなるからね?
これをユーコ達に送り込むと泥酔に加えて真っ青になる事が確定している事案だった。
私もマキナと同じように南北10キロの地点に結界石を転送し〈遠視〉で破壊された要石を視認し、新しい物と交換した。
禁忌庫を担っていた要石は既に崩壊しており、魚達の巣になっていた。
二千年以上も放置なら致し方ないだろうが。
「これは海底の方も保守が必要みたいね」
「気が遠くなりそうですね・・・」
「破壊の痕跡がある物だけでいいわ。全ての要石が破壊されている訳ではないみたいだし」
「ホント、面倒な事しかしないよね!」
「あの子達が放置した穴が悪さしたのよ。こればかりは仕方ないわ」
私はそう言いつつ言葉の棘で突っ伏した女神達を幻視した。アインスに最も多く刺さっていそうだわ。この世界の女神の長だしね?
⦅姉上・・・つ、辛いです⦆
ほらね? 念話で突っ伏している姿を示してきたし。甘んじて受け入れなさい。
女神が現実逃避したらだめよ?
それからしばらくして、王都を囲うように物理障壁が展開された。これで破壊魔法を与えようとも跳ね返るだろう。今回は反射結界も追加したから撃った者へと返る。
仮に海上から砲弾が落ちたら、命じた者の船に返っていく代物だ。
私は結界が展開されると同時に音波魔法でリリナ達へと伝える。
『これで問題ないわ。船底結界を周囲に張ったから悪意ある者が触れたら無意識になって砲弾や魔法も撃った者に戻るから安心していいわ』
「助かりました。主様」
「ありがとうございます、主様」
「え? あ、主様?」
まぁ陛下からはきょとんを頂いたけどね。
私は潜水艇を意識操作に切り替え、マキナと苦笑しつつ肉体から出た。肉体はその場で亜空間庫に格納し、潜水艇の表面を素通りするように海中に現れた。当初の予定とは異なるけど、こちらの方が手っ取り早いから。
「この姿で失礼するわね」
「どうも。初めまして」
リリナ達は初めて見たからか驚きよね。
「「主様!?」」
というかリリナ達だけでなく誰にも見せていない姿だけど。ナギサが見たら感涙するから。
私はリリナ達の頭を撫でつつ──
「今は見えるようにしているだけよ。アインスも行っているでしょう?」
彼女達が祀る主祭神の名を明かす。
陛下は存じているためか驚きを示した。
「炎熱神様の御名ですって!?」
私達は驚く陛下に対してお辞儀しつつ自己紹介した。二人の主として必要な事だから。
「申し遅れました。私は生の女神と申します」
「私は生死の女神です!」
「もう一柱、死の女神もいますがこの場では関係ないので割愛します」
「プッ(シオンお母様可哀想)・・・」
シオンは居ても居なくても影響ないからね。
一応、名乗れない神名もあるけど言わない。
真名は吸血鬼としての名前であり私達の愛称だ。マキナは自身の神名を知らないが、これは安易に示す事の出来ない名なので・・・今回は語らないわよ?
⦅えーっ!? あったのぉ!⦆×14
私をなんだと思っていたのよ?
十四柱もの女神が総じて大絶叫していた。
一方、私達の自己紹介を聞いた陛下は──
「・・・」
うん。気絶していたわ。
そら女神が顕現すればそうなるわよね?
リリナ達は苦笑しつつ互いの顔を見ていた。
((女神の御使いに転生してよかったぁ))




