第196話 家庭事情を知る吸血姫。
「はぁ〜。温まります〜。頭痛も少しずつ落ち着いてきて〜」
その後、リリナはワイシャツだけ羽織り、船橋の副長席に座った。そしてマキナに注いでもらったココアを頂きながら安堵していた。その声は音声共有を通じてローナにも響き渡る。
『姉上達だけ羨ましいですわ!』
若干、口調が変化しているのは気のせいだろうか? 先ほどは気にしてなかったが今は無駄にお嬢様口調になっていた。
今の船内でお嬢様口調なのはマイカだけだが、それは主に目上──ルーナ以外──の者に対してであり普段は砕けた口調になっている。
それはマキナも気づく変化だった。
「誰が教えたの?」
私達の視線は自然と関わる者に向かう。
「私ではないですよ? リンス様もこのような口調ではありませんし」
が、リリナは手を横に振りつつ否定した。
私はリリナの返答を受け──
「リンスは普段から敬語だけど、こんな歪な口調にはならないわよ? あり得るとすれば」
「マイカかな? でも会ってないでしょ?」
マキナが思い当たる人物を予測する。
しかし、リリナが困ったように人魚族の事情を明かした。
「顔合わせ自体してませんからね。魔王国の要人との顔合わせは、お母様の許可無しでは出来ない決まりですし」
「そういう習わしがあるのね」
「はい。無駄に力ある者ですから取り込まれないよう気をつけなさいと・・・あ、私は例外ですよ? 既に王家とは無関係ですし」
「分かってるわよ。それくらい。しかし、誰が?」
という会話を行っていると──
『口調の事ですか? それは音波魔法を使って拾いましたが? 御令嬢とはこういう口調と伺いまして』
当人からネタバレされてしまった。
誰が言ったか知らないがそれは誤令嬢の方である。見た目だけはマイカが当てはまるけど。
(しかし、音波魔法? 確か、反響音を拾う魔法よね? 使い方によってはソナー・・・いや、ソナーそのものだわ。人魚族はそうやって地形変化を把握しているのね。それこそイルカのような?)
私はローナの言う魔法名から忘れていた生物の事を思い出した。異世界では哺乳類に分類される生物だ。居るのなら見てみたいわね?
という事でリリナにあえて問い掛けた。
「そういえばイルカとかクジラって居るの?」
ローナに聞いても理解不能を示すだろうから。女王様だが少しバカっぽいのよねこの子。
するとリリナはきょとんとしつつ答えた。
「なんですか? それは生き物でしょうか?」
「この感じだと居ないみたいですね」
「海上を進んでいても潮吹く姿を見てないね」
「まぁ居たら居たで天敵そのものだし、居ないなら居ないでいいわ」
「そうですね。クラーケンですら天敵ですし」
「あれなら作っても良くない? クジラ肉を欲する者とか・・・」
『欲しい! あれは美味だからな!』
「ね? コウシが求めているし」
私はマキナの提案とコウシの要望から思案する。海上生態系のトップを入れ替えても良いものかと。現状は人魚族とクラーケンが同等。
そこに大型哺乳類を加えて良いものか?
「そうね・・・人魚族に隷属させる形で用意しましょうか。洋上国にとっては最大級の天敵となるし、人魚族の漁場を護る意味合いで持ちつ持たれつとすれば問題ないでしょう。数十匹だけ養殖して魔王国に売れば外貨獲得にもなるし」
結果、アインスから条件付きで許可が出た。
思案している時に念話してきたからね。
今は人魚族の漁場を人族達が荒らしているとの事らしい。今回の隷属もそうで困っている事案だそうな。それは洋上国に神殿を置く身だからこそ頭の痛い問題なのだろう。
それを聞いたマキナは魔法陣を甲板上に展開させた。
「じゃあ!」
だが私は魔法陣を強制解除した。
「ここではダメよ? 小国連合を抜けた頃合いで用意しましょうか。どのみち〈ルーシス王国〉へとローナを届ける必要もあるしね? その時の友好の証として届ければいいから」
場所的に危険でしょうに。
異様に船体が揺れると位置がバレるしね?
マキナはローナの事を思い出し項垂れた。
「あぁそういえばそれもあったぁ〜」
『嫌そうな口調で言わないで下さい!』
「そっちの口調がいいよ。変に真似ると頭が悪く見えるから。まぁバカっぽいのは今に始まってないけど」
『私はバカではありません!!』
バカではないと言う輩は大概バカだったりするが、ここでそれを言うとローナがへそを曲げそうなので私は黙っておいた。
マキナもギャンギャン騒ぐローナを無視し、リリナに対して問い掛ける。
「それはそうとルーナは?」
ルーナも仮眠室にて寝ているからだろう。
マイカと共に魘されているから。
しかし、ルーナの名前を呼んだ途端──
『姉上!?』
ローナが猛烈に反応した。
するとリリナはローナにツッコミを入れた。
「姉上じゃないから! 大体、姉様は亡くなってるし・・・あっ!」
だが、余計な事を発してしまい黙り込む。
『え? それはどういう事ですか?』
ローナはきょとんとするような声音で問い掛けるがリリナは困ったように呟くだけだった。
「だから顔合わせをさせられないのよ・・・」
マキナはリリナの呟きを聞き逃さず問う。
「もしかして習わしの本当の理由って?」
リリナは観念したように打ち明けだした。
「お母様が元魔王様に肖って、お名前を拝借したそうなのです。私達の年齢は人族と大差ありませんから長生きするようにと」
「それでかぁ。マイカが言うにはルーナの名前は三つの月が同じ空に浮かんだ時に生まれた事が由来だから名前負けしてしまったのかもね? 魔力が多くないと寿命が短くなる名前だから」
そう、ルーナの名前にはそういう由来が存在する。魔力が一番強い時に生まれた女の子。
今ではレーナの方が多いが、それは魔王になって経験値取得が困難になった事が原因だからだ。本当ならレーナほどのレベルになってから魔王になる予定だったらしいからね? それを聞いたリリナは寂しそうな表情に変わる。
「姉様は少なかったですね」
マキナはリリナを抱きしめつつ問い掛ける。
「じゃあ、顔合わせを許可制としたのは?」
慰めるつもりでもあるのだろう。
リリナも慰められていると気づいていたが。
「借り受けた事を詫びる準備を行いたかったのでしょう。勝手に拝借してますからね」
「まぁそんな事でとやかく言う元魔王じゃないけどねぇ・・・気にしないって返しそうだし」
実際に念話で問い掛けると──
⦅うぅ・・・名前? 気にしないよ。私と同じ名前の子なんて一万人は居るし⦆
という例えようのない返答を頂いた。
別段珍しくない名前という事だろう。
それは長命種である魔族にとっては、だが。
ともあれ、名前の問題はあっさり解決したが、ローナの問い掛けている内容は解決しなかった。
『亡くなったってどういう事ですかぁ!?』
私は会話の合間に問い掛けられたため、悩んだ。
(ダンジョンから解放出来たらいいのだけど・・・あ、ニナンスから・・・ギリギリいけるかしら?)
直後、ニナンスからの念話が入り地下神殿に類するダンジョンとの事で権限を頂ける事になった。その結果、魂の欠片だけがなんとか手に入り、アインス経由で肉体情報も手に入れた。
私はルーナ・ルーシスの魂から捕まった直後から死亡するまでの記憶を削り、捕まる直前の記憶から後は適当な内容で改ざんした。
亜空間庫内ではローナ寄りの顔立ちをした人魚族が再生された。これを見るとリリナは他の雄が父親で、ルーナとローナが本当の意味での姉妹なのかもしれない。
(再生させて、ローナの元に送りますか)
私はローナがギャンギャン騒いでいる最中、背後から抱きつかせるように転送した。
『どういう事なのか説明して下さい!』
『やめなさい。そんな事を言ってはダメよ?』
『ふぇ? 姉上?』
その声と姿を見たローナはぽかーんである。
亡くなったと聞かされ怒っていたからこそ頭の中が大混乱である。私はその間に音声共有を切り、バラスト部だけ遮音結界で封じた。
姉妹の会話は私達には一方通行で聞こえるものとしたけどね? リリナ達はその声音を聞いてきょとんとしていた。
「「は? 姉様?」」
私は安堵の表情を浮かべつつ残りの珈琲を飲んだ。
「ギリギリね。行方不明となっていた期間はクラーケンに追われて、海底の奥深くで眠っていた事にしたわ」
「カノン様? もしかして」
「ええ。リリナの考えた通りよ。というか・・・リリナ達ってそういう関係だったの? 顔立ちが全然違うから、不思議に思っていたのよね」
そう、先ほども思ったが、リリナだけ目鼻立ちのスッキリしたシオンが驚く美少女だった。
ルーナとローナは逆に愛嬌のある顔立ちでリリナ達との違いがハッキリしていた。
名付け方にも違いがあるしね?
リリナは私の問い掛けに逡巡するも──
「あ、えっと・・・まぁ、はい。庶子でした。お母様は同じなのですが、父は平民の出で・・・父が亡くなった折、妹として」
困ったように打ち明けた。
記憶もようやく解放したわね。
この記憶はリリナにとって苦痛そのものであり封じておきたい内容だった。第二王女。
元より除け者とされた王女・・・か。
私は神妙な面持ちでリリナの言葉尻を繋ぐ。
「養子縁組したと?」
リリナは泣きそうな顔になりながら──
「そうなりますね。正直今は離れられて安心しています。半分は王族でも半分は平民ですから、貴族からのやっかみが、一番嫌でしたね」
最後は晴れやかな表情に変わる。
王家とは無関係と念押しして言っていたのはそういう経緯があったからだろう。
リリナの告白を聞いていたマキナは両腕を組んでウンウンと頷いていた。リリカと共に。
「人に歴史あり・・・だね?」
『マキナが言うと含蓄あるわ〜』
「それって年寄りって言いたいのかな?」
『そんな事はないよ?』
「棒読みってなんなの!? ちょ! ユウカ聞いてる? あ・・・音声共有切ってるし」
ユウカのツッコミで重苦しい空気が途端に弛緩したわね。ともあれ、バラスト部ではローナが姉に抱きつき泣きじゃくっていた。
その声音は女王様を辞めたいという心情が見てとれた。リリナ達とは元々住む世界が違うからか言える我が儘だけどね?
『無茶言わないの。今は貴女が女王なのよ。私が行方不明だったから庶子であるリリナが代わりを務めさせられた。まだ幼かった貴女の代理でしょうね。きっと』
『ふぇ? 庶子?』
『そうよ。リリナは半分平民なの。母上が浮気した相手の子。正直言って・・・私はあの子が嫌いだったわ、平民の分際で城に住まうとか』
『そう、だったのですか・・・?』
愛嬌のある顔と思ったけど性格はドSね。
これはサッサと放出した方がよさそうね。
それを聞いたリリナは耳を塞ぎたい心境に駆られていた。
「キ、キツいですね。姉様から直に聞くのは」
リリカは我関せずだったが。
私はリリカを一瞥しつつリリナに命じる。
「受け流しなさい。今は貴女も不死の人魚族という扱いになるから立場上は別の王族よ? むしろ寿命の概念が存在しない長命種だから気にする必要はないわ」
「それはまぁ・・・分かるのですが、受け入れられるのでしょうか? 私はどう考えても迫害されそうな予感しかしません」
「そうなったらなったで、上で暮らせばいいわ。湖のある未開大陸を開拓すればいいしね」
「そう・・・ですね。余りこちらには良い思い出がありませんし」
「行こう行こう! 私も上がいいな!」
「ふふっ。リリカってば。そうね、こちらより上の方が住みやすそうだものね」
すると私達の会話をリンスが聞いていたようで、お目覚めと同時に泣いていた。
「リリナ様、可哀想・・・ぐすっ」
お酒は抜けたようだけど理性が若干緩んでいるわね。この分だと国交は無かった事になるかしら? あれが相手だと碌な事にならないし。
するとリンスは徐々に覚醒し──
「例の件はあくまで理想でしたし、決定権はローナ様にはありませんでしたから、ルーシスとの話はこれまでですね。お魚も魔王国経由で得られますし、重要視しても仕方ないです」
「よろしいので?」
「はい。お友達を見下す者など信用に値しませんから。お母上がどうであれ、そういった輩を放置している以上はなにも変わりませんよ」
涙を拭って、あっさりと決断していた。
損得勘定で見れば得したようでいたが、実情が実情のため損としか思っていないようだ。
寿命の面でも人族と大差無いなら中身も同様だろう。リリナ達という例外も居るが、父親の教育が良かったからと、納得した私だった。
そしてこれから行うのは客人の解放である。
「さて、この海域だと大丈夫?」
「ふぇ? あ、あぁ・・・そうですね。近くに・・・同胞が数名探索にあたっているので彼等に引き継いだ方がいいでしょう」
リリナは海中を〈遠視〉しつつ隷属鑑定ののち問題ない事を把握していた。彼等は近衛の者なのだろう。全員が隷属耐性を得ていたから。
私は一方的で悪いが──
『当船はこれより人族軍との戦闘を開始する。非戦闘員並びに客人は早急に退避されたし。底部発射管、一番から八番まで発射用意!』
『了解!』
ぞろぞろと回復して持ち場に着く者が現れだしたので、頃合いを見て発令した。
動き出したから敵軍の足並みを乱す目的ね?
それを聞いたルーナは慌てだした。
『えぇ!? ここはどういうところなの!』
ローナはそこまでじゃなかったけど。
数回ほど戦闘を見せてるし・・・慣れかしら?
『リリナ姉上が居を据えている船の中ですかね? 私が砂浜に打ち上げられて救ってくれた方達と共に居たので・・・』
『なんであの子がこんな所にいるのよ!?』
『えっと・・・長命種になったから?』
『長命種? それって』
『不老だった私達とは異なる不死の種族らしいですよ? 生死の女神様に認められたとかで』
『なんですってぇ!? 私を差し置いて!』
という言い合いも聞き飽きたので、ご退場願った。二人に照準を合わせて転移魔法を用意する私。あらら。完全に人族と同じだった。
これは救った事自体が失敗だったかしら?
死する理由を元から持っていたらしい。
アインス達もゲッソリしているしね?
これは母はともかく父に問題があるようだ。
その間も戦闘準備は続く。
『魔力充填完了! 注水開始します!』
「目標、左舷連合軍、1キロ間隔展開用意!」
『照準、左舷連合軍、間隔展開・・・完了!』
「注水完了と同時に解放、一斉射開始!」
『注水完了! 一番から八番、発射!』
なお、船の近くでは近衛達が捜索し船底付近で異様な魔力圧を感じ固まっていた。それは魔力充填の圧力だった。直後、局所的に穴が開き八発の魚雷が発射した。
『なんだ!? あの勢いよく飛び出た棒は?』
『じ、人族の船が一瞬で木っ端だと!? しかも、誰一人として海に落ちてこない?』
『き、危険だ! この船は危険すぎる!!』
船底には反射結界があるし、どちらにしても衛兵達は近寄れないけどね? 意識を失うし。
私は姫達を彼等の退避先に強制転移させた。
『『えぇ!? か、海底?』』
二人を見た衛兵達は大慌てで近寄った。
『姫様!? お、おい、お父上いや、騎士団長閣下を呼べ! ルーナ様が御一緒だ!』
『なに!? 分かった!』
『・・・姉上』
『どうしたの?』
『なんでもありません』
『変なローナ?』
ただ、この時の私は近衛の一言から不安になり、リリナに問い掛けた。
「父親が騎士団長・・・大丈夫なの?」
ローナは少しだけ寂しそうな感じがするけど気のせい? 異父姉に情が湧いたのかしら?
するとリリナは嫌悪感を浮かべつつ──
「人格破綻してますね。お母様が浮気した理由がそれですし・・・私も大嫌いでしたから」
離れていく者達をジッとみつめていた。それは〈遠視〉ではなく底部カメラの監視映像だ。
「女王に命令してそうだね?」
「してましたね。自身が国王と思ってますし」
「ルーシス王国は崩壊手前みたいね?」
「滅びても仕方ないんじゃないですかね」
「仕方ないですね。私利私欲に溺れる王家は続きませんし」
リリナもリンスも実にあっさりしていた。
マキナは二人を見て何度も頷いていた。
「含蓄あるなぁ〜。流石は現役王女様」
「マキナ、言われたことを気にしてるの?」
「お母様!?」
地雷だったようだ。あとでマキナには水羊羹でも作ってあげるとしよう。大好きだしね?




