第195話 吸血姫は眷属達を心配する。
ニーユ魔王国に滞在して一ヶ月くらい休んだだろうか? 私は適度の休息を得た事で船員のストレスが解消され顔色が良くなった事に安心した。なお、現状は出港に向けて準備に追われているが誰もが和気藹々の雰囲気だった。
フーコもフユキと常にラブラブであり、夜は夜でハッスルしているという。それでも時折、同性を求めるのは変わらないそうだ。
ま、まぁ船内が若干ピンク色めいているのは置いといて、私はナギサと共に船橋へと登り準備の程度を把握する。
「積荷の積み込みは完了と。各国に隠れて存在する魔族国家への物資が・・・かなりあるわね」
「それはギルドからの依頼品ですね。商船への強奪が多発しているとの事で足が速く積み込み量の多い我が商会に白羽の矢が立ったとの事です。商人達の依頼料もかなりありましたから」
「ナギサの権限で受けた・・・と?」
「ま、不味かったですかね?」
「いえ。問題無いわ。持ちつ持たれつだもの」
「ほっ・・・」
ナギサは安堵したような顔になっているが、これも仕方ないだろう。ここ数日の間・・・私もマキナも西へ東へと走り回っていたため、ほぼナギサの判断に任せていたから。それこそシオンでも居ればいいが、シオンも一億もの転生待ちに頭を抱え・・・今は寝込んでいる。
子育てと転生だ。休みが無いと涙を流して。
私は二枚目の報告書に目を通し──、
「亜人の商船を狙う海賊船ね・・・背後に各国の軍が控えているという事は」
別の意味で頭を抱える事になった。
これを見るとシオンの方がマシだわ。
ナギサも同じ報告書に目を通し己が考えを口にする。
「対魔族に認識が変わったという事でしょう」
「連合軍で合国を滅ぼしたはいいが、今度は危険視する相手を魔族と亜人に切り替えた、ね」
そう、二枚目の報告書には週三で飛ばしていた偵察機からの情報が事細かく載っていた。
一回目の偵察では小国連合を。
二回目の偵察では合国の現状を。
三回目の偵察では連合軍を調べていた。
あれから偵察機の台数も三機増やし、私とマキナ以外の人員が定期的に飛んでいたのだ。
その間の有翼族達は船の周囲で警戒したままね。各国の間諜達までも引っ切り無しで近隣を彷徨いていたから。
奪いたいのか威力偵察なのか。思惑は定かではないが楼国や魔王国のように理解ある主が動いていない事は確かだった。
「合国本土も西部を洋上国。南部を氷上国。東部を小国連合。北部を帝国に占領され、実質合国本国は解体という扱いとなっています。王太子と国王も処刑され、今は小国連合が目撃した空飛ぶ槍の捜索にあたっているようです」
「空飛ぶ槍ねぇ。結局、考えは変わらないか」
「上界侵略は継続でしょうね」
「地上に蔓延る魔族を滅ぼしたのち上を目指すか。これは各国にも居るのでしょうね」
「〈夢追い人〉ですか?」
「先日滅してしまった者は若かったから所属までは不明だったのよね。魔導士という事だけが判明してあとは上手いこと偽装していたから」
いや、まったく。度し難いくらいに面倒な手合いだと思った。偽装系の装備で身を包み、詳細を知られないよう隠していたから。判別出来たのはレベルと転生回数等。魔力量も魔物と化した魔導士長より膨大だった。おそらく膨大だったのは転生回数が影響した所為でもあるのだろう。
記憶と経験値などを持ち越せる転生魔法。
改変後は各呪文が変化した事で──
「て、また来たわ。これで何度目かしら?」
私やマキナへの問い合わせが増えた。
どうも前回の改変で蘇生系も同時に改変されたらしい。治療系は引き続きレナンスの担当なのだが、生命に関する物は私達の選任となった。
これが〈夢追い人〉なら拒否一択だが、それ以外は受け入れるしかなかった。一応、施術相手は魔力膜を通じて詳細調査するけどね?
無駄な者に施しても意味ないから。
「それは?」
「蘇生魔法の問い合わせ。分かっていた事だけど、こうも大変だと詠唱を使い過ぎるのは良くないわね。魔神達の苦労が偲ばれるわ」
ナギサはきょとん顔で魔力膜をみつめているが、これが冗談抜きで大変なのだ。
詠唱される度にお呼び出しを受けるから。
⦅結構大変なんです。分かって下さって助かります。姉上達なんてイライラしてる時は無詠唱しなさいよ! って、拒否一択ですから〜⦆
⦅こら! 余計な事を言わない!⦆×4
ユランス達から苦笑するような念話が届くくらいには大変なのだ。
「い、意外とアナログなんですね」
「ええ。無詠唱だと視界に文字列が現れるだけ楽だけどね? 詠唱だと頻繁に問い合わせが入るみたい・・・拒否っと。処刑されて魂が無い者を助けてどうするの?」
「い、今のは?」
「う〜ん。不発する時の対応かしら? 魔力量が少ないとか色々な事情もあるけど、無意味な処置なんかは・・・って、またきた。拒否!」
「た、大変ですね・・・」
それは王太子を蘇らせようと首を治療した神官の行いだった。魂が居ない者を蘇生させる事は生死の女神しか出来ない事なのにね? 今までは出来た事でも今後は許される事ではない。
「この神官は永久拒否! 処罰された理由も知らないで助けようとか困ったものだわ」
私が永久拒否を実行した事で蘇生魔法の行使は総じて不発に終わった・・・はずだった。
「いい加減にしなさいよ!!」
だが、今度は魔力量が足りないからと他の者達まで集めだし、連続で申請が飛んできて嫌になる私だった。流石に腹が立ったので蘇生ではないが王太子の身体に悪霊を宿し、戻った風を演じさせてやった。結果は・・・悪霊が神官を殺しまくり阿鼻叫喚を作り上げていた。
アンデッドは早急に浄化しないと危険よ〜。
「なんというか、主様達の反応を見る限り、無詠唱を覚えた方がよさそうな話ですね・・・」
「カノンがここまで荒れるってよっぽどよね」
「実際にマキナも荒れまくってるから・・・」
『鬱陶しい! 滅亡した国家の事なんて知るか! 自業自得って言葉を知らないの?』
「ああ。外階段で叫んでる・・・」
「合国に呼ばれ、合国が滅んだら」
「合国の神官共に利用される・・・か」
「あの国は滅んでもなにも変わらないのね」
「得てして人族という輩は自分達ありきなのでしょう。魔族に生まれ変わった今では嫌というほど思い知らされますね」
ナギサを含む元勇者。ハルミとサーヤも私達の荒れ方に呆然としていた。片手間に出来る無詠唱の承認はともかく、詠唱での承認は本当に面倒くさいわ! 魔法に変換する箇所は自動化されているのだから問い合わせ周りを改善したいと思う私だった。ただ、それも修行の内とお母様から叱られそうだけどね・・・はぁ〜。
§
そうして船は明空となる深夜に出航する事になった。準備自体は終わっていたが、お見送り会と称する宴・・・否、祭りが開催され、仕方なく参加した事で人員の大半が酔っ払ってしまった。
毒無効を完全有効していた私とマキナ、ナギサとリリカ、ユウカとユウキ、調理人員だけ泥酔を回避し残りは自室でベッドインしている。
社交界で飲まねばならない雰囲気なのは分かるけど、船移動なのを忘れるのはどうかと思うのよね。有翼族達も総じておねんねであり哨戒に出られる者は限られていた。子育て中を呼び寄せる訳にもいかないし。
私達は船橋から出来る外隔壁閉鎖だけ行い、甲板上の偵察機には偽装結界を施し、外からは視認出来ないようにした。おそらく奴らの狙いは偵察機だから。どこかしらから漏れたのだろう。帝国船籍とは気づいていないようだけど。
「ルー達が潰れたのは参ったわね。いざ、偵察機を出そうにも」
「ですね。外に出れば軍船の山・・・」
「しばらくは偽装結界の中を進むしかないようね。引き波対策で速度は微速のまま維持」
「了解! 微速、維持します!」
合国を滅ぼした後、魔王国の情報を得て簒奪に動く人族達。楼国の方も外周部に人族還元地雷を敷設し、亜人と魔族を護る砦となしたらしい。今は周囲を取り囲むように連合国が陣取っているから。
「この戦術〈夢追い人〉から得てる物もあるわね。境界を越えたら発砲くらいはしそうだわ」
「ですね。最悪、拿捕も辞さないでしょう」
私達は鼻歌交じりに操舵するリリカの隣で、上部監視台に設置した禁書指定魔法を宿した広範囲探索魔具により外部情報を集めていた。
それらはテーブル上へと表示され、リリカの目前にも進路を示していた。少しでもズレると敵軍に出くわす事から、慎重さが求められる状況だった・・・鼻歌というか人魚族の歌よね?
するとマキナが椅子の上で回りつつ問い掛ける。またパンツ穿いてない・・・。
「とはいえ・・・こちらも遣られっぱなしではないよね?」
「一応ね? 撃たれたなら反撃はするわよ。掃討されても仕方ない話だから。代わりにシオンから・・・これ以上送り込むなって怒りの一言が飛んできたから・・・還元弾の設定を魂還元に切り替えないとね」
「でも、それをすると経験値とか無駄にならない? 外には八千隻以上が陣取ってるけど?」
「問題ないわ。経験値と魔力は自動的に船の魔核に送信するよう設定済みだから。魔核内に蓄えた経験値だけは、飲み水に取り込ませているし、一石二鳥でしょう?」
私はそう、タブレットを取り出しつつ魔核内の経験値残量を把握する。余裕有りね。取り込んだら、しばらくは保ちそうだわ。
この魔核も新規で設置したこの船の動力源である。今は二番船にしか存在しないから追々、一番船にも取り付けないとね。
するとマキナは安心した直後に驚いた。
「な〜ん・・・だ!? お母様? そ、そんな設定があったのぉ!?」
それはマキナだけでなく泥酔回避した人員全てから返ってきた。音声共有してない調理人員は除く。レリィ達は酔い覚ましを作っているから、今は邪魔しないよう共有から外している。
「私も初耳です・・・飲み水に経験値が含まれている事なんて」
『私達もビックリした!』
『だから、やたらとレベルアップ速度が速いんですね!』
「言ってなかったかしら?」
「『聞いて(ません!)ない!』」
うっかりしてたわね。まぁ知ってしまうと飲み水が枯渇するからほどほどにという事で水に流して貰う事にした。水だけに・・・寒いわね。
「ま、まぁ一日平均で一人100リットルまで飲める分量はあるし、ボテ腹になりたい者だけ飲んだらいいわ。1リットル平均で十人分の経験値が詰まっているけど」
「『そ、そんなにぃ!?』」×3
「かなりの量が混じっているのですね・・・」
「といっても微々たる量よ? その時に確保した分量が適用されるから。惑星の生命力よりは少ないし、たちまちは飲み過ぎない事ね?」
それを聞いたマキナは船橋裏手の給湯室に向かった。新たに設けた医務室に陣取るユウカ達も、なにやら怪しげな動き・・・飲み水を使った研究を押っ始め、ナギサは珈琲豆を砕きつつ新しい珈琲を用意していた。
飲み過ぎない事が重要だが、一同は飲んでいる方が強くなれる近道と気づいたようだ。
それは調理人員にまで伝わり──、
『これからはスープを多く作るよ!』
『おー!(コクコク)』×5
お腹がタプタプになる船員の増える事が予見出来た私である。ルーナあたりがそうなりそうよね。今は二日酔いかってレベルで水を求めているから。米酒を水なしでガバガバ飲むから。
「主様も一杯如何ですか?」
「そうね。頂こうかしら。これから先は無駄に時間が掛かりそうだし・・・」
「では、お注ぎします」
「マキナはココアを注ぎに向かったのね」
「経験値豊富で更にうまーい! リリカのもあるから横に置いとくね?」
「ありがとうございます。自動航行に切り替えて・・・美味しいです〜」
そうして船は静かに東へと進んでいった。
左側では連合軍の船がひしめき合い、戦いの火蓋を今にも切りたそうに待機していた。
私達は側面窓から明るくなる空をみつめる。
「あと少しで行動しそうですね? お母様」
「そうね。でも、今回の長期滞在の間に設置した新結界が作用するだろうから、しばらくは様子見ね。外に出てからは私達との追いかけっことなるだろうけど・・・」
「よく見たらキラキラしてて綺麗ですね〜。同胞達が集まりそうです〜」
「対人族向けの物理防御結界を偽装結界に織り込むとは・・・流石は主様です」
「今回は必要以上に侵入されたもの。防御は万全としないとね。一応、海底まで到達させているから泳いで渡る事もできないわ。人魚族以外は。それに隷属強制解除も含んでいるから」
「助かる同胞も居そうですね〜」
そう、リリカは喜んだ。
それはひしめき合う段になって気づいた事だが、隷属させた人魚族に船を曳かせていた者達が居たのだ。それは帝国船であり、度し難いと思った私である。それがあったため、急遽海上から海底にかけて〈隷属強制解除結界〉を追加した。効果は事前に拾っていた人魚族で試したから間違いはない。隷属耐性が無かったから生やすために生け簀で操った。
それを見たリリナは微妙な表情だった。
妹が言われるがまま裸踊りをしていたから。
「あ、女王様の黒歴史を思い出した・・・」
「本人が知らないというのも酷ですね?」
「私達の胸の内に仕舞っておきましょう。思い出すと笑えてくるけど・・・ぷくくくく」
『聞こえてますわよ! どういう事ですの!』
ローナはある意味で賑やかし要員である。
今もバラスト部で右往左往しながら怒っているから。周囲が見えない白い壁の中で・・・。
「あら? 音声がバラスト部に繋がってる?」
「あ! 水の事で妹に教えていたんでした」
「リリカの凡ミスかぁ〜。仕方ないなぁ〜」
『ちょっと! 聞いておりますの!?』
「純水にも経験値を混ぜましょうか。品質には影響しないし」
『聞いておりますのぉ!? あら? 身体が急に・・・お、お胸が育ちましたわ! どういう事ですのぉ! 胸あてがキツいですわ!!』
「高濃度経験値を注いだから感謝なさい」
「良かったね、ローナ。泳ぎにくそうだけど」
『ナディ事案、再び』×5
『ナディ事案ってなんだ?』
『なにがあったの?』
『コウシとミーアには後で教えるわ』
『う、うん(お、おう)』
私はローナをからかいつつ話題を沈没大陸に移した。外の事など今更どうだっていいしね。
「というか、女王不在で国は大丈夫なの?」
すると、リリナが下着姿のまま──
「大丈夫ではないでしょうね・・・捜索している者達が隷属されていたようですから。ローナを帰すのも有りかもしれませんが、外に出した矢先、捕まりそうな残念な子ですし」
『姉上!? それはどういう意味ですかぁ!』
「頭が痛いから静かにして! いたたたたた」
困った顔で隣の仮眠室から出てきた。
酔いは覚めたみたいだけど顔が青白いわね?
ココアでも勧めましょうか・・・。




