第191話 人族の侵入を伝える吸血姫。
「まぁ追々示す事になるだろうから、今は」
空を飛んだという騒ぎの後、私は前方に見えてくる大きな街を指さして一同に声を掛けた。
マイカも直前までは大興奮で前を向いておらず、他の者達も意識が別の意味で飛んでいたため気づけていなかった。
「えぇ!? もう着いたんですか!?」
「あれが王都なのねぇ」
「祖国よりも大きい・・・」
「それは大陸の規模が異なるから仕方ないわ」
「懐かしの都・・・」
「若干、雰囲気が変わりました?」
「いえ。なにも変わっておりませんよ? 魔王様」
「「なにも変わっておりません」」
「そう? なんか違う気がする・・・」
「単純にあれじゃない? 全員が同じ見た目に変化しているから」
「あ!」
王都までの街道を徐行で進むと門が見えてきた。その道中にレーナは雰囲気が異なるとしてきょとんとしたが、それは仕方ないだろう。
同族の見た目だけが様変わりし、夜時間であるのに煌びやかな風景に変化していたから。
光属性の耐性を得た事で民草達も明るい街並みを作る事が出来たのだ。それまでは亜人達でも夜目を使える者以外は出歩いていなかったが、今は種族を問わず活気ある街並みが出来上がっていた。
「二人は久方ぶりの帰郷ね。今後はずっと住まう事になるでしょうけど」
「そうでございますね」
「お母様が帰還なさった事を知ると民達も喜びそうですね」
「そうですね。それよりも空き区画を用意して神殿を構えなければ!」
そういえばそんな話もあったわね・・・と、私は不意になにかに気づく。
(あら? ここにもあったの? そういえば補強した時にチラッと見たわね。こちらはまだ影響外だけど・・・入り込んだような跡がチラホラとあるわね)
それは王都の中心部。端っこにある王城ではなく小さな岩盤を積み上げたような大岩が街のど真ん中に鎮座していた。そこには大きな洞穴と門が付いており、時折冒険者風の者達が出入りしていた。
そのうえ、門の脇にある円形陣には傷だらけの者や無傷かつ装備を失った者が呆然と立ち尽くしていた。あれは死に戻り陣なのだろう。
怪我は癒やさないが死んだ者は元に戻すという代物だ。但し、壊れた装備は一生返ってこないという鬼仕様だった。
「カノン様、どうかされました?」
「ダンジョンの入口があるのね」
「ああ! そういう事ですか。ええ、あれが我が国最大のダンジョンに御座います。他にも入口が複数存在しておりますが、そのどれもがこの地のダンジョンに繋がっており、内部に居る小ボス、中ボスなどに殺されると総じて王都の陣から返されるという仕組みですね。それがあるため、この王都では入税を取っておらず基本は出入り自由なのですよ」
「基本?」
「はい。内部で得た宝物があれば、それを納める形を取っております。どのような代物でもそれが入税扱いとなり、偽物だった場合は即刻投獄される仕組みですね・・・あの者達は偽物を所持しておりますので自動的に投獄でしょう」
「だから茫然自失なのね。その判断はなにで行っているの?」
「装備がスッカラカンという事でしょうか。普通は死に戻りしてもあのような事態には陥りません。偽物を持ち込んだり、内部で偽物の売り買いをした場合にのみ罰が下るのです」
「なるほどね(ニナンスの力が加わっているのね。それだけ重要な施設という事かしら?)」
改めて見るとそういう刻印が入口扉に魔法陣として刻まれていた。おそらく数回に渡り、そのような行いが跋扈したのだろう。定期的に穴埋めする辺り、ニナンスの苦労が忍ばれる話だった。というかチラッとスケルトンが見えた。
(この地でも大活躍なのね。徘徊モンスター)
数日前に提供した各種モンスターも均等に割り当てたようだ。総数一万弱の魔物群だ。一つのダンジョンに入れるには多すぎたという事だろう。今後はタツトが怯えるから、居るか居ないか判断して攻略指示を出さないとダメね。
その後の私は徐行したまま街中を進む。
時折、自動車を見て唖然とする者が居るが、あれ等も転生者なのだろう。他の者達は珍しい乗り物として捉えているから。
二対のヘッドライトとバックライトで照らされれば気づかれるのは必然だろうが。
「城門に着いたわね。どこで降ろしたらいい?」
「でしたら、一番奥の門まで向かって頂けますか? この場は平民、次が貴族の門となりますので。この場で降ろすと騒ぎとなってしまいますから・・・」
「なるほどね。先代が乗っていると知れば大騒ぎどころではないわね」
そう、マイカはチラッとリーナをみつめた。
リーナは苦笑していたが、つまりはそういう事なのだろう。引き継いだレーナも同じような空気を作らねばとやる気を漲らせている。ルーナですら民草に愛されていたしね。
極一部では失敗していても、それまでの治政は問題が無かった事が窺えた瞬間だった。
そう思えばルーナにそのような判断を行わせた者が内部に居たのだろう。悪逆魔王として処分する思惑が動いていても不思議ではないし。
「ここね。というか入城した辺りから騒がしいわね・・・衛兵達も呆然としているし」
「お、おそらくカノン様のお姿を見て・・・」
「ああ。リーナと勘違いしたという事ね」
「光栄に御座います」
「(褒めてないのだけど・・・まぁいいか)」
私は呆然となった衛兵に会釈だけすると、逆に敬礼されてしまった。それだけリーナに対する思いが強いのだろう。亡くなった時は失意に暮れた者が多かったと聞くし、民から愛されていた魔王だと悟った私だった。人族共は除く。
「到着したわ。既に待機状態ね?」
「そうですね。彼等が驚くのはこの後からとなりますが」
マイカはリーナを一瞥すると、真っ先に扉を開けて外に出る。後部座席の扉を開け、ソミュテル候、リンス、側仕えの順に降りて貰う。
そして──
「!!? 先代様!?」
リーナが降りると一様に驚愕を浮かべ、最後のレーナが降りても気づく者は居なかった。
ドM的には感じているわね。放置プレイで。
私は運転席から降りたのち、自動車の幌を剥がして亜空間庫から取り出した自走荷車へと積み替えていった。載せていた物はインゴットが殆どなのだけど、目録を見た宰相は顎が外れそうだった。
「な、な、なんだあれは!?」
金、銀、銅、アルミ合金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネ等の各種金属素材が山積みとなったのだ。
マイカはインゴットの事を知っていたため、それほどでは無かったが後半だけは違った。
「カ、カノン様? その品々は?」
「私のお手製。使わなくなった物が殆どでね。死蔵するのももったいないから持ち出してきたの。今はレベル上限で使えない者が多いし。一応、一部に神器があるけど気にしないでね。主に刀と槍が中心だけど」
「神器!?」
そのうえでダンジョン内からでしか採れないとする短杖、長杖、刀、剣、槍、弓、各種防具も連結された他の荷車にドカドカと載る始末。
これは私からのプレゼントね?
目録にしたためていない代物が多数である。
人族指定で下限レベルが200。
魔族指定で下限レベルが100。
上限は210という縛りの強い品々だ。
これは低レベルな者達が持った瞬間、腰の骨を折るか腕が骨折する類いの物ね。魔族なら魔力源に多大な負荷が掛かり気絶する危険物だ。
対応レベルに達した者なら強化魔法が付与されるから、国力を維持するには必要不可欠の品となるだろう。鑑定は常時可能としているので驚く者多数だったが。
私は一番最後に降ろしていた刀をレーナに手渡す。それは鞘と刀身が真っ白な刀だった。
「そうね・・・この刀なんかレーナ向きじゃない? これだけはレベル下限が200、上限が400の物だし、使い勝手が良いから貴女に差し上げるわ」
暗闇なら一目でそこにある事が分かる神々しさね。光属性は込めていないけど。
レーナは恐る恐るという様子で受け取る。
「よ、よろしいので?」
「魔王として持っていた方がいいわ。それを持って一定魔力を発すると、相手に恐怖を呼び起こさせる代物だから。人族達なら一瞬で戦意喪失するしね?」
「そ、それほどの物を私に?」
私は刀を受け取りながら萎縮するレーナに微笑みかける。リーナも同じように微笑んでいるけれど。珍しく怯えるマキナを思い出すわ〜。
「怯えたらだめよ。国を治める者は威厳を持っておかないと。周囲に示しなさい! 貴女が今代の魔王である事を!」
「は、はい!」
レーナは刀を抜刀し、天に掲げた。
そして一定の魔力解放し──
「我は四代目魔王、レーナ・ニーユ! 我は城へと帰還したぞ!」
高らかに宣言した。それを見た衛兵達、私とリンスを除く全ての者がその場で跪いた。
その際に案の定という光景も視認したわ。
「やはり数名ほど人族が隠れていたわね」
「全員が失禁してますね?」
「あの刀は魔族や亜人が相手なら戦意向上となるからね。人族達は恐慌状態に変化するけど」
「逆の効果が現れるのですね。という事は?」
「新作よ。これだけは別物として作り出したの。本当のレベル上限は800ね。私が持てないと意味がないから」
「それはまた・・・あれこそが神器では?」
「そうともいう?」
リンスから呆れの視線を頂いたが、あれほどの品があればこの国は発展していくだろう。
この国も基本は防衛特化しているようだし。
侵略は人族共が行う蛮行みたいだしね?
何はともあれ、納刀したレーナは失禁した人族達に気づき、即座に捕縛の命令をしていた。
「衛兵! そこに居る不埒者共を引っ捕らえろ!」
「はっ!」
「メイド長、清掃を頼む」
「承知!」
これで隠れ潜んだ居残りも片付くだろう。
先ほどの宣言は偽装結界に反射し大陸全土に拡がったもの。当然、隠れ潜んだ人族共は一瞬で変装を解かれ、その場で失禁していた。
これも捕縛されるまでは気絶から解放されず、魔物に食われても目覚める事はない。
魂も肉体への束縛を受けるため、魔物から魂諸共食われる事になるだろう。
あの刀には私の加護が加わっているから、その効果は言うに及ばずである。




