第190話 異世界の常識を示す吸血姫。
初っぱなから後始末に駆り出された私達はなんとか領主館へと訪れリンスと現魔王との顔合わせを行って貰った。本来なら謁見室にて行うべきなのだが今回は非公式訪問でもあるため昼過ぎより王都へと戻る事になったのだ・・・が!
「か、歓迎の宴はいいと言ったのに」
「いえいえ。此度は王女殿下がお越しなのです。心ばかりではありますが、楽しんでいって下さいませ」
という、メイド服を着た先代魔王から言われてしまえばどうしようもない。周囲からは『先代様が二人居る!?』と大騒ぎされたけどね。
件の騒ぎの最中・・・非番だった者達にとっては驚き以外のなにものでもないのだろう。
するとリンスは上品に応じていた。
「カノンさん。お言葉に甘えましょう」
「そ、そうね」
今回は非公式なのにね?
マイカも直前までは招かれる側に回っていたが、即座に側仕えのメイド服に換装し、他のメイド達の手伝いを始めてしまった。
時間的な猶予は問題ないのだが、堅苦しい事が頻繁にあると私の身が保たないのよね。リンスは笑顔で応じ粛々と熟していた。伊達に王女の公務を熟してはいないという事だろう。
「これも顔を覚えて貰う事・・・か」
私は壁の花として周囲眺めつつ歓迎の宴を楽しんだ。宴に馳せ参じているのはソミュテル候の寄子達で、その中にはドワーフ貴族も居た。
「いかにも大工って顔ね・・・あの和室は彼が」
それは場慣れしていない職人だった。
リンスの問い掛けには無言で頷くだけだ。
隣の奥様も黙ったまま微笑むだけだ。
これはある種の話題になると口が軽くなりそうな相手よね。私はリンスに念話し──
⦅客間の欄間が素晴らしいって伝えて⦆
⦅欄間ですか? それは一体?⦆
⦅建具の名称よ。今から記憶を共有するわね⦆
⦅!? これは・・・素晴らしいですね!⦆
⦅一枚板をここまで精巧に彫り上げるって相当よ? 可能なら彼に願いたいくらいよ⦆
⦅願う? なにをですか?⦆
⦅落雁の型枠をね? 以前作った砂糖菓子も型枠によっては・・・⦆
⦅こんなに綺麗な物まで用意出来るのですか⦆
⦅そういう事よ。可能ならお願いしてみて⦆
⦅承知しました!⦆
⦅現物も転送したから差し上げたらいいわ⦆
⦅はい!⦆
一種の交渉をお願いしてみた。
型枠職人ではないが、似たような事は出来るだろう。先日会った家政婦も隣に居るようだしね? やはり奥様で間違い無かったわね。
「あら? 無表情が一瞬だけ変化したわね。良さが分かる者が居たと、内心では狂喜乱舞ね」
おそらく作ったはいいが誰もが無関心だったのだろう。畳敷きも土足で入る者が多く、毎度張り替えを行っていたようだから。イグサに似た植物を探し出してまで作るって相当だもの。
「リンスが小出しした落雁に驚いているわね・・・鑑定で毒が無いと把握するのは常だろうけど。やっと二人して破顔したわね」
もしここで、上界産の米や醤油を提供したらどのような変化を魅せるのか楽しみではある。
元日本人が異世界で慣れない食事を行う。
眷属達の様子を見れば一目瞭然だが、それは自然転生した者も同じらしい。
私は亜空間庫から干物や米酒を取り出し──
「興味を示してくれたわね。これは追々の交渉が楽しみだわ」
転生者と目星を付けた者達の側に移動した。
結構な数の転生者がこの地に集まっているのね。これも一種の保護区画なのだろう。
私は身なりを整えドワーフの商人達に声を掛ける。
「少し、よろしいかしら?」
「「「はぁ? !? せ、先代様!?」」」
「先代様はあちらにいらっしゃるわ」
「「「へ? 二人いらっしゃる!?」」」
「(マキナの気持ちが痛いほど分かったわ)」
と、ともあれ、その後の交渉はトントンと進みイリスティア商会との取引も無事成立した。
転生者には米と米酒と干物が大当たりね?
全員が目の色を変えて交渉してきたから。
言い値で買うと騒ぐ者も居たわ。
リンスと会話中のドワーフ貴族も耳だけがピクピクと動いていたし。米を求める者は割と多いらしい。ティシアとの国交が樹立されれば手に入る事も容易になるだろう。
§
そして昼過ぎ。
私は衛兵達の待つ門前にて──
「私が馬車を出すからそれに乗って向かいましょうか。時間も限られているし、衛兵達はあとからノンビリとくればいいわ」
「!!?」×9
午前中に乗ってきた大型四輪駆動車とは別の車種を取り出した。それは白い車体はそのままに荷台と幌が付いた車だった。一応、リンスには事前にみせているため驚かれていないが──
「馬車!? これが馬車ですかぁ!?」
現魔王のレーナのみ声をあげてツッコミを入れていた。まるで驚いた時のシオンみたいね。
私はレーナの驚きを余所にオリハルコンの鍵を鍵穴に挿し解錠したのち左側の扉を開けた。
「馬車の代わりよ。さ、今から開けるから乗ってね。マイカは助手席、リンスはレーナとリーナを連れて後部座席ね。ソミュテル候は・・・」
「同伴させて頂きます」
「そう。それなら後部座席ね。十人くらいなら乗る事が出来るから気にしないでいいわ。側仕えも一緒に乗りなさい」
「は、はい!」
私は衛兵達の見ている前で左側の扉を閉め、右側の扉から運転席に入る。
「この魔道具は足が速いから、馬で追っても間に合わないわ。貴方達は今まで通りの足で王都に向かうといいわ」
すると衛兵の長が心配気に声を掛けてくる。
「え? ご、護衛は?」
「レベル550の私一人居れば十分よ」
「!!?」
流石に驚くわよね?
鑑定もレジストせず示したから。
ただ私の一言を聞いたレーナまで気絶した。
現魔王としてそれはどうなのだろう?
私は乗り込む前に驚く衛兵達に安心させる一言を告げた。
「それに盗賊を蹴散らすくらいなら、これで一発だしね?」
そう、車のボンネットを叩きつつ、フロントの鈍器。オリハルコンシールドを示しながら。
それを聞いたドワーフの衛兵達は手を合わせていた。これも知っているから出来る反応ね?
「あ、あれで、ひき殺されるのかぁ」
「盗賊達、南無」
「時速何キロ出るんだ? あれ?」
「最大で160キロ出るわ」
「「「瞬殺だぁ!?」」」
「といっても街道を走る際は時速60キロだけどね? 舗装されていない悪路だろうから」
「「「それでも60キロ」」」
「もし売る事になったら、ドライバーとして志願しなさいね? 作りはあちらと同等だから」
一応、おまけで仕様の一部を明かした。
売れるかどうかは分からないけどね。
「い、今、なんて言った?」
「き、気づかれていた? 俺達の素性?」
「い、一体何者なんだ? あの方は?」
私は驚く者達に進路を明け渡してもらいつつイグニッションキーを差し込みエンジンを始動させた。これは魔導エンジンね。
充填魔力で始動して空間魔力を微量だけ吸引し空気圧縮の力だけで回転を生む仕様である。
「え? ね、燃料はなんだ?」
「排気ガスが出てないぞ?」
「び、微量だが、魔力がフロントから取り込まれてるぞ?」
「「な、なんだってぇ!?」」
ドワーフ達の驚きもそこそこに、私はギアを入れ、徐行するように前進する。知っている者は大興奮、知らない者は呆然としたままだ。
ドワーフの大工も無表情だが興奮していた。
車内でも気絶した魔王とマイカを除く全員が不意に感じる慣性に驚いていた。
「う、動いた!?」
私は門前で左右確認しつつ、フロントに設置したナビを立ち上げ移動経路を探る。
「ここから王都まで・・・普通に走って夕方には到着するわね。盗賊の住処が三カ所っと・・・」
「夕方!? 三日の距離を!?」
「はいはい。マイカ落ち着いてねぇ〜」
「あっ!? 失礼致しました」
すると後部座席に座るリンスから興味深げな質問が入る。他の者達も聞き耳を立てている。
「今回は少し音がするのですね」
「一応、稼働している事を周囲に示す必要があるからね。盗賊は除くけど、音が無いままぶつかって怪我をされても困るからね。防音結界で無音にも出来るけど、今は必要ないから機能を止めているわ」
「そういう配慮があるのですか〜」
「この国は魔族と亜人が殆どだもの。人族なら消し飛ばしても構わないけどね」
そして少し速度を上げて、領主館から街道まで移動を始める。しばらくは貴族街やら平民街を抜けるため、徐行に近い速度で進む。
それでも馬よりは少し速い程度ね。
私は徐々に速度を上げつつ街道を南下する。
リンスは全員の緊張を解きつつ世間話を行っていた。それはルーナ達の歓迎会の話が主ね。
するとリンスは思い出したように──
「そうでした! 王都に着いたら後ろの品を提供致しますから。受け取って下さいますか?」
気絶から回復した魔王に問い掛けていた。
姫様然とした無邪気な笑顔で。
年齢も同じだし、気が合うと思うけど。
「後ろの品?」
「はい。私達が管理する土地で採掘された各種金属のインゴットです。目録はこちらに」
「どうも・・・これは!? 魔王様!!」
「どうしたのよ? ソミュテル候?」
「こ、この目録を御覧になって下さい!」
「え、ええ・・・金、銀、銅・・・は? こ、こ、これは貨幣として、ですよね?」
「いえ。貨幣ではなく純粋な金属素材です。貨幣の方はダンジョンから採掘されると伺っておりますので本国にて流通している貨幣は持ち込んでおりません」
「そ、そうなのですね。あと、この見た事のない金属は? オリハルコンは分かり・・・!?」
「陛下? どうなさいました? 陛下?」
あらら。また気絶した。
大丈夫かしら? この魔王様。
今は側仕えが介抱しているが。
すると先代が静かな口調で問い掛ける。
「伝説級の金属は滅多に出ませんからね。本当によろしいのですか? このような貴重な品を我々に提供して」
「構いません。友好の品と思って頂ければ幸いです。昨今、人族達の悪行で宝物庫の品が減っているとの話をルーナ様から伺いましたので」
それを聞いたリーナは寝耳に水とでもいうような表情できょとんとする。
「そうなのですか? ジーヤ?」
「ええ。先代様がお亡くなりになった直後より前学長が着服している事が、取り調べで判明致しました。そのうえで屋敷を調査すると現物は既に売り払われており、彼奴の懐にはなにも残っておりませんでした」
リーナの表情は曇っていき思案気になる。
ソミュテル候やマイカ達も戦々恐々ね。
「宝物庫・・・それは代々受け継がれた血液を用いないと開けられないはずでは? ルーナがそれに気づいたと? マイカ?」
「はい。魔王様の御生誕祭に合わせて、指輪を作るために素材を取りに向かった時に知ったとの事です」
「おそらくですが、血液検査と称して別の鍵を作っていたのではないかと」
「ルーナ様も中々開かなかったとの事で、最後は実力行使で開けたと仰有っておりました」
「前学長は、どこに?」
「はっ! 一度王都に連行し、取り調べを行ったうえで牢へと入れております。魔王様が戻り次第、公式に追放処分にするとの事です」
「そう。レーナ・・・目覚めなさい」
「は、はぃ!」
おや? リーナから私と同じ気配がする。
話を聞く限り、相当に不味い事が城内で起きていたらしい。明るい話題が一転、重苦しい空気が後部座席に拡がっていた。リンスはオロオロとした表情でこちらを見ている。
私は車速を速めながら前方で動かない盗賊達を片付けていった。鮮血や肉片はその場で魔力と化し車体を汚す事なく余剰燃料に変化した。
盗賊は引っ切りなしで現れ、その都度車の燃料に変わっていく。どうも高速移動する鉄塊があるから捕まえろと指示されているのかもね?
鉄塊に生身で突入とかバカの所業だけど。
「追放処分は甘いわ。初代から受け継いだ各種国宝を売り払った者を外に出すのは危険よ」
「え? どういう事ですか?」
「貴女は聞かされていないのね。先々代として命じます。レーナ、その者は死刑となさい」
「は、はい!」
おやおや。リーナは完全に私と同種だった。
シオンの性質は妹が持つという事だろう。
リーナにも妹が居るらしく今は魔王国の冒険者ギルド・王都支部長をしているとの事だ。
直後、リーナの怒りは別の者に向けられた。
「ルーナにもお仕置きかしら?」
リーナは相当にご立腹らしい。
ルーナのボケがここまでとは。
ルーナは港街でビクッと震えていたが。
だから仕方なく私は会話に割り込んだ。
「お仕置きならしておいたわよ〜」
「え?」
「空高く舞って、マイカ共々気絶した」
「あ! そういえば・・・あんな青白い顔のルーナ様は初めて見ました」
「マイカの方が治りが早かったわね。それだけマキナの挙動が凄かったという事でしょうね。上へ下へとグルングルンと回っていたから。アクロバット飛行かってほどに」
「い、一体なにがあったのです? マイカ?」
「そうでした! 私、空を飛んだんですよ! あの時は有翼族達の世界を垣間見た気がしました〜」
「加速で気絶したけどね?」
王都までの同伴者とレーナは揃って声を上げた。それだけマイカは大興奮だった。
リンスは苦笑し、私は全員が上界を見た時どうなるのか幻視した。
「そ、空を・・・飛んだ!?」×4
「浮遊大陸を見たらどうなるのでしょう?」
「揃って固まるわね、きっと」




