第186話 魔王終焉と吸血姫。
この日の夕方。
魔王国の王都で異様な変化が現れた。
それは城に残る吸血鬼族の容姿が波紋のように拡がり、金髪赤瞳から銀髪碧瞳へ変化したのだ。吸血鬼以外の魔族達は異様な変化に驚きを示すも、魔王が城に居ない事を好機としてクーデターを起こした。どうも、ユランスです。
「銀貨を使うなという巫山戯た政策はこれで終わりだ! 吸血鬼族など死んでしまえ!!」
「「「そうだそうだ!」」」
不穏分子はどこにでも沸くらしい。
銀髪碧瞳へと変化した吸血鬼達は驚きを示しつつも日傘片手に応戦する。しかし、敵対する魔族達・・・主に有翼族達は銀の槍でもって吸血鬼達の心臓を穿つ。
「グハッ!」
そして心臓を抜き出しながら大声で叫ぶ。
「宰相を討ち取ったり!」
だが、倒れるはずだった宰相は──、
「で?」
腕を伸ばして有翼族の右腕を握りしめる。宰相本人としても生きている事に驚いていたが、今はクーデターを沈静化させる事に尽力しようと決意したようだ。
「!? はぁ!?」
「やはり有翼族共は愚物の宝庫らしい。魔王様が救ってやった恩義を忘れ、反旗を翻すとは。さて、たちまちは銀の槍の出所を吐き出させるとするか。しかし、銀以外にも日光にまで耐えられるとは・・・私の変化は一体?」
「な、なぜだ!? 吸血鬼は銀が苦手ではなかったのか!? 日の光もそうだ!」
「それは私が知りたい事だ! 衛兵! 此奴等を牢に入れ、出所を明らかにせよ!」
「「はっ!」」
それは王都の各所でも巻き起こり、クーデターに参加した魔族達は一括りで捕られられていった。間一髪でしたね。少しでも遅れると不味かった。姉上には感謝してもしたりませんね。
不穏な動きはかなり前から判明しておりましたが、まさか有翼族が主犯だとは。他の魔族達も不満が溜まっていたようですね?
銀貨を不可とする政策で計算しないといけない者が多かった・・・か。商人達が後ろ盾だった可能性が高いですね、これは。
銀貨と大銀貨が死蔵そのものとなり、金貨と大銅貨で商いをしなければならなかったから。
吸血鬼国家に亜人を受け入れた以上はそういった不満が出ても不思議ではないですが、今回は失策でしたね? ルーナ。
§
魔王達が気絶した日の午後。
私達は目覚めた者から順に事情を打ち明けたのだけど、理解させるまで大変だったわ〜。
それは魔王の眷属達に──
「いいですか、落ち着いて聞いて下さい。魔王様を含め、貴方方はこの度無事に不死者となりました」
「は?」
大銀貨を握らせながら伝えたのだ。
手前には煌々とした小太陽を照らし、灰にならないという証拠を明かしながら。代わりに肌が乾燥するけれど、こればかりは仕方がない。
事情説明は立ったままの者や、座ったままの者など、個々に対応を変えながら行った。
魔王は日頃の疲れが溜まっている関係で目覚めなかったが、驚愕の側仕えはともかく、ソミュテル候は目覚めと同時に理解し跪いていた。
魂状態でも会話が聞ける者も居るのだろう。
まるでナギサを見ているようだったけど。
ともあれ、それから二日後、魔王は目覚めた。ここはソミュテル候が用意した居室だ。
「はっ・・・ここは?」
魔王はキョロキョロと周囲を見回し、布団から起き上がる。結構な時間まで寝てたわね。
城でも気を張っていた事が分かる話だわ。
マキナもそう思う? 寝起きがそっくりね。
それは言わないで? マキナちゃん可愛い!
今は暮金・・・あと少しで常夜に変わる頃合いだ。
魔王は室内灯の灯りでチラチラと輝く前髪に気づく。
「ん? 金じゃない・・・銀? なんで?」
この部屋も元々薄暗い部屋だったのに、今や煌々とした部屋になっているのよね。太陽に対する耐性が得られた事で、今や港街は祭り一色に変化していた。船からも船員達が交代で降りてきて、港街の祭りに参加してるしね?
これは良いストレス解消になりそうだわ。
すると魔王の側仕えが入室してきた。
「失礼します。魔王様」
「マイカか・・・どうし・・・たのじゃ!?」
それは魔王の側にいつも居た縦ロールのメイドだった。マキナも挑戦してみる? 巻き髪用のヘアアイロンを用意するから少し待ってね?
マイカはきょとんとする魔王を心配する。
「どうかなさいましたか? ああ。髪の毛の事でしたか」
「お、驚かないのか?」
「ふふっ。流石に驚き疲れました。でも、これは嬉しい変化ですよ。魔王様」
「? どういう事じゃ?」
魔王は状況が理解出来てない?
マキナちゃん、落ち着きなさい!
今、顔を出したら混乱するから!
マイカは魔王の両手を握りしめて微笑んだ。
「私達は不死になったのですよ。魔王様」
「は?」
「銀貨にも触れますし光属性にも耐えられますし。城下では太陽の下を歩く者が増えましたね。代わりに肌が少し乾燥しますが」
「ま、待て待て待て!? どういう事じゃ?」
「先頃、お越しになった他族の長は覚えておいででしょうか?」
「う、うむ。忘れようはずがない」
なんとか落ち着いた素振りをみせる魔王。
内心は相変わらず大混乱ね。
彼女は極端な変化に弱いのかしら?
流石はシオンをモデルにしただけあるわ。
するとマイカは居住まいを正し──
「実はあの方達は・・・魔王様の容姿の元となったお方なのです」
私達が打ち明けた立場を明かす。
これはユランスが顕現したうえで示したから理解されたともいう。その後に目覚めたソミュテル候が感涙ののち跪いたのだけど。
「は?」
「正確に言えば魔神様が元とした姉神様なのです。生死を司る・・・最高位の女神様です。だから魔王様のお姿が似ているのも当然とのことで、魔王様は女神様の生き写しで高貴なるお方でもあるのです!!」
なんだろう?
マイカの雰囲気が誰かに似てる?
誰だったかなぁ? 楼国王?
ああ、もしかして? 血縁だったかぁ。
血が薄すぎて付与が効かなかったのね。
楼国王の血より魔王の血が色濃く表れたから配布に対応していなかったと。
「ま、待て待て! で、ではなにか? 我はどのような扱いとなっておる?」
「直接的には生死の女神様の眷属に昇華したようです。今までは魔神様のお人形という扱いでしたが」
「は? 魔神様のお人形?」
魔王は理解不能という様相に変わる。
マイカは少々率直過ぎるわね。
ユランスが発した事をそのまま伝えるとは。
私は仕方なく〈希薄〉を解き、マキナと共に姿を現す。
「というよりこの世界の種族は総じてお人形よ。世界を作って管理する女神からすればね」
「身も蓋もないですが。どうも、モデルです」
「そこに居たの!? あ、どうも」
マキナと魔王・・・ルーナは共にお辞儀した。
今の姿で見ると完全に鏡映しね?
ベッドで横になる者と私の隣に立つ者と。
マイカは驚きつつも口元を隠す。
「存在が全然感じられませんでした」
私は反対側に椅子を作り出し、マキナと共に座る。作り出した瞬間、なぜか驚かれたけど。
「今は私の眷属達がこのスキルを使って国内の大掃除を行っているわ。クーデターの後始末でね」
そう、ルー達は船に戻って祭りに参加中ね。
それは他領での血祭りが殆どだけど。
同胞の恥曝しは晒し首だぁ! って、バッタバッタと棒立ちの衛兵共を倒している最中ね。
ストレス解消と共にレベルアップしている者も多数いるけれど。
魔王は私の説明を聞き、きょとんとする。
「クーデター? それって?」
「魔王様は座学の講義も出てなかったのですね。魔力鍛錬だけでなく?」
「はっ・・・そ、それは、その、あの」
私はしどろもどろになる魔王をみつつ──
「政変を狙った者が居たのよ。先日もマキナが魔王様に間違われて瞬殺したのも、その所為ね」
先日の事を打ち明けた。
時と場合によっては他国民の惨殺だけど、狙われた以上は反撃されても仕方ないものね。
マイカと魔王は思い出しつつ戦慄した。
「あの串刺しにはそのような経緯があったのですか・・・」
「あのような刑もあったのじゃな・・・」
「ええ。その前も五十名もの有翼族が一斉に掛かってきて、瞬殺で赤砂に変化したけどね。レベル差も有り過ぎるしね?」
「五十名・・・では、あの者は?」
「主犯として拘束して罰したのよ。この場合は神罰に相当するわね。女神を狙ったのだもの。罰当たり以外のなにものでもないわ」
ともあれ、終わった事をこれ以上話しても意味がないので、私は話題を転換した。
マキナからは苦笑を頂いたけれど。
「それはそうと。吸血衝動が起きてない事に気づいてないの?」
「「あ!? そういえば!」」
「あれだけの血を見て疼かない者は居ないでしょう? 串刺しと私の吐き出した血と。あの血を見て殺気立つ者が多かったのも、その所為ね。私達には吸血衝動自体が無いから久しぶりに見た光景だったわ」
「上はともかく下は配布した直後より、血を飲まずに済んで安堵してましたしね。人族を招きいれないと生き続ける事も叶わなかったから」
「そうね。この国にも少なからず人族の気配があるし、吸血目的で生かしていたでしょう?」
「そ、それはまぁ・・・そうですね。そうしないと私達も生きていけませんから」
「う、うむ。王都と各領地に数カ所の村を作って生かしておる。その大半は学府の講師として給金を頂いておるが・・・」
なるほどね。それがあるから人族の常識が蔓延したと。魔王も学府に通っているとの言葉もちらほらと聞こえてきたし、ここは一つ提案でもしてみますか。
私は逡巡する魔王達に微笑みかける。
「それなら、これからは生かしておく必要もなくなったわね?」
「そうですね。ですが、どうやって・・・」
しかし、マイカは不安そうに問い返す。
私はその不安を仕方ないと思いつつ──
「吸血行為は基本、血液に流れる魔力を他者から頂く事にあるけれど、そうね・・・丁度良い者達を捕らえたから、試してみましょうか?」
「「試す?」」
領主館の周囲に群がる商人達を確保した。
そして領主館の一帯を時間停止結界で覆う。
まだこの領内にも残存が居たらしい。
領主館内にも止まった人族が居るわね。
ソミュテル候と執事達は「なんだ?」という表情で周囲を見回していた。メイド達もそうね。亜人達は対象外だから固まっているけど。
「とりあえず、騒ぐと面倒だから時間停止で固めたけど、この商人達にこうやって・・・魔力の糸を伸ばして、魔力を頂いてみて」
私は実演するように〈無色の魔力糸〉商人達に伸ばした。
この子達にも全属性を付与しているし見えない事はないのよね。
マイカと魔王は言われるがまま伸ばす。
「い、糸が・・・刺さった? !!? なにこれ!」
「!!? なんという美味!!」
初めての風味でマイカと魔王は微笑んだ。
血液は塩っ辛い風味があるけど、今は甘さが口の中に溢れているようだ。女の子だもの。
塩っ辛い風味より甘い風味が好みよね?
マキナも伸ばして満面の笑みを浮かべた。
「これはなかなか。主犯に踊らされた輩だね」
「こうなると有翼族達も被害者ね。利用されて、最後は大陸中の乗っ取りか」
「レベル至上主義の魔族に人族の常識を植え付けるやり口も、元を辿れば先代魔王へと進言した人族の手によるもの・・・あ! お母様?」
「ええ。酷いものだわ。若すぎる死はそういう事だったのね」
現状で記憶を読めるのは私達だけね。
マイカと魔王は〈魔力触飲〉を実行しており魔力の風味を味わった。
私とマキナは〈触飲〉だったため生命力と共に記憶を読み解いたともいう。
実はこのスキルも〈スキル改良〉で統合しており〈無色の魔力糸〉を伸ばして、頂きたい物を選ぶだけで自動的に発動するスキルとなった。
魔王達には魔力と誘導しているため、生命力を選ぶ事が無かったのもその所為である。
お陰で、今まで個別指定していた〈隷殺〉と〈真偽鑑定〉も自動適用されるので眷属達も直ぐに実行が可能になったと喜んでいた。ま、まぁ現在進行形で実行している者が多数居るけどね?
すると私達の会話を聞いていた魔王が反応を示す。
「先代というと、お母様になにかあったの?」
自身の母親の事を思い出したからだろう。
というか私を見て涙を流さなくても。似てるからか。流石はシオンを元にしただけあるわ。
「そうね。自分で見た方が早いか・・・次は同じ糸を出しながら生命力を認識してみて。相手は左奥のハゲね」
「左奥のハゲ・・・学長!? なんでここに居るの!? 仕事をほっぽり出して!?」
「あらら。そんなところにまで入り込んでいたのね」
だが、魔王はツッコミを入れるばかりで手出ししておらず、先んじてマイカが頂いていた。
これは毒味という意味合いもあるかしら?
「魔王様、これは相当に不味いですよ」
「やっぱり不味いの? 嫌だなぁ。このハゲの魔力は」
魔王はハゲが嫌いだったみたいね。
嫌そうな顔で手出ししたくないとそっぽを向く。
「いえ。魔力ではなく生命力です。それと共に記憶も流れてきたのですが、これは魔王国の権威に関わる不味さです」
「不味いでも風味の不味さでしょう?」
「ボケるのはその格好だけにして下さい」
「格好? は!? なんで裸なの!?」
二人の掛け合いを見てると良いコンビね。
魔王がボケで側仕えがツッコミか。
これも寝かせる時に服にしわが寄るという事で私達が脱がせたの。下着は次いでね。
マキナと同じでツンツルテンだったけど。
私は進まない話にイラッとし──、
「それはいいから、記憶を読みなさい」
「は、はい!? あれ? なんで・・・」
魔王に命じた。魔王は命じられた事にきょとんとするも直後に入ってきた記憶に怒りだす。
「はぁ!? 巫山戯るんじゃないよ!」
まるで激怒した時のマキナね。
普段の威厳は一切なく、年相応の怒り方だったから。マキナは自身を見ているようで、少し恥ずかし気だった。他人は自分を映す鏡か。
怒りたい気持ちは分かるわね。マキナ?
マキナは怒り顔に戻り──、
「主犯はこいつ。ルーナのお母様を殺したのもこいつ。光属性のマナ・ポーションで器を破壊して」
「あの手段は上界と思ったけど下界発なのね」
私も真剣にハゲを見た。時間停止を解除してもいいけど騒ぎそうよねぇ。頭を光らせて。
魔王は怒り心頭のまま冷静さを演じる。
「〈魔力欠乏症〉の原因がこやつとは・・・」
為政者の立場で物事を見ているのだろう。
決別は既に済ませたみたいね。
甘えん坊のマキナが見習うべき姿かもね。
「どうする? 必要なら起こすけど」
「お願い出来ますか。こやつは我が直々に罰したいので」
魔王はそう願い、ベッドから這い出てマイカに下着と服を着せて貰った。
下着はカボチャパンツだったけど。
魔王は着せて貰っている間──
「言葉が定まってないですよ、魔王様?」
マイカが苦笑しつつツッコミを入れる。
あとはいつも通りのやりとりに発展した。
「演じるのは今日で終わりだから黙ってて!」
「終わり? どういう事ですか?」
「魔王は譲る事にした!」
「誰に?」
「妹に!」
「レーナ姫様は冒険者として独り立ちしてるじゃないですか!? 今更呼び寄せて、なってくれるか分からないですよ!」
「あの子はなりたがってた。それならやらせるのもアリだよ。私は失策して追われた身だし」
へぇ〜。この国は冒険者ギルドなのね。
上界と同じ・・・みたいね。ユランスってば流石だわ。管理といいギルドカードといい上界と全てが共有のようだ。あとで支部に行って更新させるのもありね!
その間も口喧嘩は続く。
「それはなりません! 代々長女が跡を継ぐ習わしです! それを魔王様の代で覆すなど」
「いいの! 見た目も同じだし!」
妹までマキナ似なの?
マキナ、落ち着きなさい?
私が思っている最中、マキナは苛立ち──
「ええい! どれだけ似たら気が済むの!」
この場に座ったレーナを強制転移させた。
こちらは従来の吸血鬼のままだったため、時間停止結界内で固まっていた。ただ、格好が格好だったため、湯浴み中だったのだろう。
こちらもツンツルテンは変わらずね。
「「レーナ(姫様)!?」」
私達は驚く二人を余所にレーナを検分する。
「ふふっ。少し前のマキナね?」
「もしかして、複製一族なの?」
「可能性は無きにしも非ずね。男は相手に似て女は等しく親の子供時代で生まれるか」
「女王というのも?」
「総魔力量が女の方に受け継がれるからでしょう。男の方は極端に少ないから」
「とか言いつつ、属性付与しなくても」
「忘れ形見なら生かさないとね?」
というところで無事に変化したレーナ。
「ふふ〜ん・・・あれ? 水が、姉上? お母様?」
鼻歌を歌いつつ座っていたが桶と水が無かった事できょとんとし呆然顔のルーナに気づく。
するとマキナは〈希薄〉で姿を消した。
私を母と認識させようとの腹づもりだろう。
シオンが戻っていれば連れてくるが、今のシオンは上界で泥酔しているため、連れてこられなかった。毒無効を一時的に解除したわね?
ドMの癖に頭痛には弱いシオン。
頭痛で辛い目にあっても知らないから!




