第185話 魔王謁見と吸血姫。
ソミュテル侯へと領主館へ案内された私達は一度客間に通され、準備が整うのを待った。
館はこの地特有の建物なのか知らないが──
「なんでここだけ日本建築?」
ルーがきょとんとしたまま室内をみつめる。
マキナと私も室内を見回し呆気にとられた。
「外は洋館だったのに客間だけが和風って」
「あの領主、いえ領主の系統に転生者が居ても不思議ではないわね。明らかに大工だった者が居るようだわ。ここにきて襖を見るなんて」
「欄間の彫り込みもあるねぇ。綺麗だ〜」
「客間は商人や他国の要人が訪れる場でもあるから」
「未知なる技能を持つ者が居る事を知らしめたいのかもね? ホント、驚いたわ」
そう、驚いた事に客間だけが和風だった。
各種意匠が日本建築である事を示すような作りよね。この世界の文化を一切取り込まない異様さが見てとれた。普通は取り込むものだけど職人気質なのか、一切取り込んでいなかった。
下は畳敷きだし座布団まである。
テーブルも和風かってほどの代物だった。
私達は慣れた調子で座布団に座る。
上座には私とマキナが。下座にはルーが。
終いには──、
「粗茶ですが、どうぞ」
着物姿のメイドが黒い盆と茶を持ってきた。
先ほど会ったメイド達は洋風の装いだった。
客間を訪れたメイドは完全に家政婦だった。
見たところドワーフよね?
ドワーフが一室を管理しているのかしら?
私はテーブルに置かれた緑茶を啜る。
「苦みが好みだわ。このお茶は?」
家政婦は襖脇に待機し私に応じた。
「この地で採れる茶葉を使っております・・・(この反応、もしかして・・・いえ、流石にそれは・・・)」
家政婦は私達の驚き方に内心で驚いていた。
ルーは茶器に手を添え、ほのぼのとした雰囲気を醸し出す。帰ってきた感があるわね。
「緑茶まであるなんて、和菓子が欲しいかも」
するとマキナが亜空間庫から白い塊を取り出した。
「ルー、和菓子あるけど食べる?」
「落雁だぁ! どうしたのこれ?」
「水飴が手に入ったから、シロが簡単な型枠を用意して、コウシが作ったんだよ〜」
「流石は私達の副料理長だ!」
形状は四角いだけの塊ね。
型枠を作り込めばそれ相応の品が出来そうだ。家政婦も無表情の中に驚きが見えるしね。
「私も一つ頂こうかしら。程よい甘さね。この緑茶とよく合うわ。コウシ達に試作品を依頼してて正解だったわね」
「「試作品!?」」
私も口に含み、茶の苦みを減らしていった。
ルーとマキナも落雁と茶を交互に頂く。久しぶりの祖国を感じたようだ。
その直後──
「あ、あの・・・それはどちらで手に入れた物なのでしょうか?」
家政婦は驚き過ぎたのかつい反応してしまった。本当なら耐えるつもりで居たようだが、物には限度があるらしい。
私は微笑みながら家政婦の問いに応じた。
「これは・・・我が商会でのみ取り扱う予定の商品に御座います。今は試作品として味わっているに過ぎません」
家政婦は落胆にも似た表情に変わるも逡巡した。
「試作品でしたか・・・で、では、いえ。失礼な申し出でした。どうか御容赦を」
だが、最後は諦めの境地に達し、お盆を抱えたままお辞儀した。彼女も知っていたのだ。
私達がこの地で商いが出来るかどうかの話が定まっていないから。
可能になるなら売りに出しても良いだろう。
原料さえ手渡せば彼女の伴侶がなにか考え出す可能性があるのだから。欄間の彫り込みを見たらどれだけの技能があるかハッキリするもの。
§
それはカノン達が客間の造りに驚いている頃合いの事。魔王と休息を取っていたソミュテル侯へと執事が問い掛けていた。
「突然の来客には驚きましたが、あの方々は一体どちらの方々なのでしょうか? 見たところ人族のように思えますが・・・」
それはパッと見の姿から感じた事だろう。
吸血鬼は金髪赤瞳が多く金髪碧瞳は居ない。
ソミュテル侯は執事の問い掛けに首を横に振る。
「いや、見た目ありきで見るのは早計であろう。楼国王直筆の書状がこの場にあるのだ。書状には・・・彼等は楼国軍の者ではなく、先々代楼国王の祖国に類する者達との事だ」
「先々代の祖国・・・ですか」
「それ故、丁重に扱って欲しいとの依頼が入っておる。可能ならば〈永年商業許可証〉を与えて欲しいとも」
「そ、それは」
「うむ。魔王様から発行される許可証だ。私の立場ではなにも申せぬよ」
そう、ソミュテル侯は困ったようにブツブツと呟く魔王をみつめる。今の魔王は威厳という物が完全に霧散した状態だった。
側仕えのメイドもアタフタしっぱなしだ。
「どういう事・・・あれは一体どういう事なの」
先代を知るソミュテル侯からすれば王女だった頃からの付き合いがある。その際もこれほどまでに取り乱した姿は見たことが無かった。
(あの者は一体? そういえばレベルが・・・)
なお、有翼族の領主は鉄杭から娘を救い出そうとしており、この場には居なかった。鉄杭にかえしを設けている辺り用意周到な姉上だけど。簡単に抜けないからアタフタしている領主だった。抜き取れば遺体を痛めるだけだもの。口から引っ張ればその限りではないが、そこまでの思考力は彼にはないようだ。
ソミュテル侯はこの場に居ない有象無象の事は無かった事とし、魔王を諭す事にした。
「魔王様、ここは先代・・・お母様のように毅然と対応なされた方がよろしいかと存じます」
「お、お母様? あ・・・そうだな。うむ・・・」
「相手は他国の要人。魔王様が弱音を示す行為は国を下に見せる行為に御座います。素顔を知る我らはともかく、他の者が居る場ではお控え下さい」
「そ、そうであったな。すまん。少々、取り乱しておった」
「いえ。我らとて判断に困る相手に御座います。魔王様の心情は我ら以上である事は確かでしょう。楼国王という・・・」
「それは言うな。この地にも間諜が入っておる。余計な事を言うと、関係が冷え込む故」
「失礼致しました」
「さて、これ以上待たせるのも悪い。呼び出すように」
「はっ!」
「・・・(私の手腕に掛かってるのよ! 頑張れ私、お母様達の努力を無にしたらダメよ!)」
魔王も内心はともかく、取り繕う事を覚えたようだ。楼国との関係は今のところ良好だが、いつ冷え込むか分からないのは誰の心にも明らかだった。カノン達の来訪は凶と出るか吉と出るか、彼等にとっても未知の領域なのだから。
というか落雁というお菓子、初めて知ったけど、姉上はなんで教えてくれなかったの? 思いつかなかった? それだけ?
§
それからしばらくして。
私達が落ち着いた頃合いにお呼び出しが掛かった。ようやく準備が整ったらしい。
というか怯え方が半端ないわね。使い魔を通して見てたけど、魔王ってば代替わりしたばかりなのね。だからクーデターが起きたと・・・。
彼女の記憶には私にそっくりな先代が居た。
当然、不死ではないため亡くなっており、王女だった彼女が魔王の地位に就いた。教育はそれなりに行われているがリンスに比べ、少々物足りない感じね。封建制である以上はそれなりに派閥争いがあったようだけど。
私達が呼び出された場所は謁見室だった。
「お主達の紹介はよかろう。我はニーユ魔王国、国王のルーナ・ニーユである。此度の訪問、改めて歓迎しよう」
一応、誰が来ても困らないように謁見室を用意していたのね。客間だけが和風だったが、謁見室は洋風的な造りだった。
「はっ。ありがとう存じます」
「「ます」」
が、挨拶後はなぜか沈黙が空間を満たした。
一種の探り合いが行われているようだ。
私達もレジストした感があった。
魔王自らが鑑定し打ち返されたとして困惑していた。ソミュテル候までも同じ反応ね。
すると魔王が意を決し──、
「・・・して、ここで質問なのだが」
大仰な素振りで問い掛ける。
「お主達の種族はなんなのだ? 見たところ人族のようにしか見えぬ・・・」
あ、種族ときたか。
ここは同胞ですって明かすべきか?
私は背後に控えるルー達に目配せし〈変化〉を解いた。
それが一番、手っ取り早いもの。
「・・・看破なさるとは流石は魔王様。私と娘は吸血鬼族、一般船員は有翼族に御座います」
直後、ソミュテル候が予想外の驚きを示す。
「!? そ、そ、そのお姿は!?」
私は銀髪に戻しただけよ?
まとめていた髪を解いただけだし。
マキナもツインテールはそのままに髪色を変化させただけだし。まぁルーの変化が一番驚くでしょうけど。魔王も目が点だもの。
魔王は脇に控えるソミュテル候の驚きに気づかず、玉座に座ったまま困惑を浮かべる。
「ど、同胞だと・・・し、しかし、その姿は?」
私は跪いたまま顔を上げずに答える。
「はい。魔王様の同胞ではありますが、私達は系統の異なる者に御座います。世界の端・・・魔神様の加護に護られた国を出て、世界中を旅しております」
という言い訳を使った。
ユランスも見てるだろうし。
異世界の吸血鬼とは言えないし。
「(まさか!? 魔神様の仰有った!?)・・・べ、別系統が居たとは聞いた事がない・・・(私のばかぁ!? 真逆に言ってどうするの!?)」
私は言葉と内心がちぐはぐな魔王を一瞥し、無礼を承知で立ち上がる。当然、マキナ達とも念話しタイミングを見計らって全員で。
私達が立ち上がった瞬間、周囲の衛兵達が殺気立った。ほどよい殺気ね。微風程度だけど。
「では改めて。私はカノン・サーデェスト。不死の血の頂点にして吸血鬼の長に御座います」
そう、大仰な素振りで胸に手を当て、お辞儀した。マキナ達は略式礼だったが。
「魔王様が知らないのは当然の事。魔神様ですら我らの存在に、つい最近まで気づけなかったのですから」
直後、衛兵達が更なる殺気をぶつけてきた。
「ぶ、無礼であるぞ!?」
「魔神様を愚弄するな!」
「不死という妄言も、今すぐ取り消せ!」
私は衛兵達の暴言を無視したまま──
「では証拠を示しましょうか・・・」
自身の胸の谷間に腕を突き刺した。
心臓を取り出し、その場で握り潰す。
「!!?」
それには魔王も衛兵もソミュテル候も呆然となる。マキナ達は流れ落ちる血液と肉片を〈無色の魔力糸〉で回収していた。良く出来た子達だわ〜。
私は傷口を示しつつ魔力を練り上げる。
「これが証拠ですよ。傷も塞がり、心臓は新しく作り直しましたから・・・それと」
先ほどの暴言を許した訳ではないため衛兵達の目前に光属性の小太陽を一つだけ展開した。
「「「ぎゃー!?」」」
「た、太陽が、なぜこんなところに!?」
「え、衛兵達が消えて・・・いく? まさか!」
魔王達には耐光結界を張り影響外とした。
私は小太陽を手元に戻し違いを示す。
バスケットボールのように指先で回しつつ小太陽を消していった。衛兵達が灰になる炎。
その内に光属性が宿る事に気づいたのは魔王と側仕えとソミュテル候だけだった。
聖耐性がなく太陽に弱い。旧来の吸血鬼族の特性を持つ者と持たない者の違いだ。
「妄言と愚弄した罪は、死で購ってもらいました。さて・・・このままと致しますと余計に殺気立つ者が溢れそうですし」
私は唖然とする魔王達や、殺された事に報復を願う者が現れたため、微笑みつつも衛兵達を蘇らせた。
「不死ではないですが・・・新たな生で罪を償ってもらいましょうか?」
その光景に周囲は呆然。
マキナ達は笑いを堪えていた。
魔王達は目が点のまま。
それは逆再生のように素っ裸の衛兵達が玉座との境に現れたからだ。不死属性を与える事も出来たが、今回は避けた。魔王の目前で配下を眷属化するなんて出来ないし。
「は? 魔王様?」
「お、俺達、死んだよな?」
「あ、ああ、俺達の身体が・・・」
彼等の身体は脇にある。灰と化し、装備の各所が灰色に変化していた。私は彼等の粗物が見え隠れしていたので、謁見室を時間停止下に置き、褌を穿かせて新しい装備を着せた。魔王とはいえ女子だもの。
見慣れぬ粗物を見たからか顔が赤かった。
マキナ達も気になったのか手伝いだした。
「お母様・・・いきなりの武力行使はちょっと」
「そうそう。驚いたよ?」
それと同時にマキナ達から文句を頂いた。
魔王は不死ではないからか止まったままだ。
もし不死であるなら反応しているものね。
この光景は私達の特権だから。
「仕方ないでしょう。信じようとしないもの」
「確かにそうだけどさぁ」
「段取りが台無しだよ〜」
「ごめんなさいね。少しイラッとしたから。ここ数日間のフラストレーションもあったし」
「「それは・・・まぁ、分かるけど」」
ただ、時間停止を解除した直後──
「あれ? 俺、裸だったよな?」
「なんだこれ・・・オリハルコン? 伝説級の武具が俺の身体に?」
「き、金の装飾だと・・・」
衛兵達から別の意味で驚かれた。
オリハルコンって下界では伝説級なの?
あぁ。下界では採れない金属なのね。
下界では鉄器以外は用意出来ないらしい。
金銀銅も貨幣以外は手を出せない・・・か。
銀は耐性なしだから流通自体していない?
イリスティア号が金属船と知って驚く者が多かったのもその所為か。例外はダンジョン内のみで採掘される品のみのようだ。
私は居住まいを正し、魔王に問い掛ける。
「さて、魔王様」
魔王は挙動不審となったが、取り繕う。
「は、はひぃ・・・コホン! な、なんだ?」
まるでマキナを見ているようだわ。
当のマキナはそっぽを向き、怯える衛兵達をみつめていた。今の格好からして髪色の違う魔王様だものね? マキナの方が格上だけど。
私は微笑みつつも改めて問い掛ける。
「ふふっ。楼国王からの書状なんと書かれておりましたか?」
「う、うむ。さ、先ほどの武具をいとも容易く取り扱う事の出来る商隊のようだし、の。我が国としても・・・敵対したいとは思わぬ」
魔王は怯えを隠しつつ私に応じた。
ソミュテル侯も仕方ないという様子だった。
不死者が相手では最初から主導権を握られたに等しいからね。総力をあげても蘇る者を相手に戦うのは愚の骨頂だ。疲弊するのは自国だと示さざるを得ない。それなら戦わずに味方に引き入れた方が得策だと魔王は試算したようだ。
私は魔王の思考を読み取りつつも──
「引き続き良好な関係が築けてなによりで御座います。私共と致しましても不必要な戦闘は望みませんので」
先ほどの事を無かった事とし応じた。
どの口が言うという感じだけどね?
すると魔王は怯えを残したまま好奇心を表に出す。
「そ、そうか・・・と、ところで、お主達のレ、レベルが見えぬが、ど、どういう事かの?」
好奇心は猫をも殺すというが、私は仕方ないという素振りで問い掛けた。
「それを知ると立場が危うくなりますが、よろしいので?」
「た、立場とな? それは誰を指しておる?」
「そうですか。覚悟はおありのようですね」
「か、覚悟じゃと?」
「鑑定魔法で私達のレベルが見えないのはレジストしているからです。上位者のレベルは低位者には見えないという不文律がこの世界にはありますので」
「ふ、不文律? ソミュテル侯?」
「はい。そのように聞き及んでおりますが、上位者というのは一体?」
この国には魔王以上の上位者は居ないのか。
ソミュテル侯が魔王と同等って事ね。
私は仕方なしと二人に命じる。
「マキナ、ルー、伝えてあげなさい」
「はい。私は480です」
「!!?」
「212・・・です?」
「私は550となります・・・あら? 全員が気絶してる?」
が、私とルーが伝えている段階で白い目となった者が殆どだった。マキナは困惑を浮かべる私の隣に移動してきた。
「私の後にチーンとなった者が大半だよ?」
「私の時点で魔王の魂が抜ける様子が見えた。不死ではないってこういう事を言うんだね?」
「ギリギリで生きてはいるわね・・・命が幾つあっても足りないって感じかしら?」
私は困惑したままユランスにメッセージを飛ばす。魔王達の魂は漂ったままだったから。
マキナは周囲に群がる魂に視線を移し──
「魔王似の私を魔王と呼ぶ者が現れそうで怖い・・・あっちいけ! 群がるな!」
追い払うようにそれぞれの身体に戻していった。恐れからの敬意というかなんというか。
私はユランスの返答を受けマキナに伝える。
「その時は生死の女神と名乗りなさい。女神の姿を模した者が魔王だと返せばいいわ。そうすれば魔王を神聖視する者が現れるから」
「別の意味で敬われそう」
「それは今に始まった事ではないわ」
「確かに楼国王からも敬われてたね? 神殿を用意する勢いは凄かった!」
「そういえば、そうだったぁ〜」
マキナは頭を抱え、座り込む。
その間の私は仕方なく属性付与を行った。
ユランスからも願われたしね。
私の眷属にして欲しいと。
何度も亡くなる姿を見るのは辛かったのだろう。自身が用意した種族の長だとしても。
魔王を変化させた途端、ソミュテル侯を含む眷属達も銀髪に変化した。
これで聖無効と日照無効等の耐性まで生えたから、日傘は必要なくなるだろう。
銀への弱点も消え失せるし。
するとマキナは変化に気づき──
「殆ど同じになってるぅ〜!?」
顔を上げたのち、別の意味で突っ伏した。
「双子かな? マキナの妹そのものだねぇ?」
「じ、実年齢で言えば双子じゃないけど・・・」




