第184話 魔王邂逅と吸血姫。
ボートに乗り込んだ私達は捕虜達の見ている前で銀髪を金髪に染めた。それはこの国の同族には金髪しか居らず、双眼鏡で見た時に気づいた事だが、銀髪姿は珍しいと分かったからだ。
私達が吸血鬼族であるかどうかは鑑定魔法で判別したんだろうけどね?
見た目では人族と大差ないから。
するとマキナの姿を見た捕虜達は──
「「「魔王様!?」」」
一瞬で顔面蒼白となり船首で跪いた。
転覆する事はないけど少しは配慮して欲しいものね? そんな挙動を示された私達は殺気を含む視線で彼等を睨みつける。
「私は魔王じゃないから! 赤瞳じゃないでしょ!? 私は碧瞳なの!!」
「急に動かないで欲しいわね。危ないでしょ」
「今が海上だって分かってる?」
「「「ヒッ!?」」」
まぁ私が発した途端、使い魔も消えたけど。
使い魔も私の殺気のあおりを受けたらしい。
その後、動き出す前にユーコとユーマが船首付近に座る。捕虜共の監視を含めての配置だ。
中程にはサーヤとハルミが積み荷を固定化させていた。海に落ちたら目も当てられないし。
フーコとナツミ、サヤカとマキナはハルミ達の手伝いを行いながら、船のバランスを取る。
私は最後尾にある魔法陣に魔力を注ぎ入れ、船底部の水流操作陣を稼働させた。
このボートは空気を入れる布製の物だ。
これも例の反物製で絶対に破れない代物ね。
今回は設置場所の事を考え、あえてこの選択をした私である。初めて乗る者にとっては最初は怖々という様子だったけど。
海上を進む間、マキナ達はスマホを取り出して本日の予定を再確認していた。
「上陸したら自走荷車を出して商店に向かうと。ユーコ達は?」
「こいつらの引き渡しね。ユーマ」
「はい。大変不本意ですが、仕事ですので」
「「なんで飛び込んできたかなぁ〜」」
「「「ヒッ!?」」」
ユーコとユーマは元々そういう扱いで連れてきたものね。一応、ミラー姉妹という事でサーヤとサヤカも同行する事になっているけれど。
一方、エクサ姉妹達は──
「指定物品があったら買ってくるというのもあるね? 今度は一体なにを作るんだろう?」
フーコが予定を確認しつつハルミに問い掛けた。
「レリィからのお願いだねぇ。ところでナツミ? この大陸ってなにが特産なんだっけ?」
「えっとねぇ・・・夏野菜が中心みたい」
「夏野菜かぁ。他には?」
「フーコ姉さんの大っ嫌いな松茸もあるよ? 時期とか関係なく売ってるって」
「大っ嫌いじゃないよ! 大好きだよ!」
これはどういう意味での好き嫌いかしら?
ユーコはフーコの叫びにケラケラと笑う。
「まーたフーコの乙女が爆発してるわ〜」
「乙女だよ! 私、乙女だよね? ナツミもそう思うよね? ね?」
「フーコ姉さん・・・百合はどうしたの?」
「そ、卒業しちゃった!」
「妄言まで飛び出すようになった」×6
「酷い! 妄言じゃないよ!!」
「日頃の行いね・・・」
「カノンも!?」
「それはそうと、あの日回収した子はどうしたのよ? 救うにしても一向に来ないから心配していたのよ? マキナが」
「わたしぃ!?」
「あ、あの子は男の娘だったから、部屋に飾って毎日眺めてる。おっぱいと昔のユーマと同じように可愛い物が付いてたから」
「は?」×8
移動中の会話ではフーコをメッタ刺しとした話題に発展したがオチがオチだったため、到着までの間、モジモジフーコへの質問合戦が続いた。まさか男の娘だったとは。
あの国にも変わり種が居たという事ね。
必要であればフーコの眷属に変化させて使い魔とした方が良いでしょうね。
人族のまま放置のマリーと共に。
§
魔王国へと上陸した私達はそれぞれに別れて港街を移動する。ユーコ達は衛兵の居る詰め所へと向かい、フーコ達は商店のある市場へと向かった。私とマキナは領主館へと足を運んだ。
本来ならば港街の散策と思ったのだけど楼国王から紹介状を手渡されたため今は領主館へと向かっているのだ。
すると周囲からジロジロと見られているマキナが鬱陶しそうに問い掛けてきた。
「こちらでも貰えるのかな?」
私は笑いを堪えながらマキナに応じる。
「え、〈永年商業許可証〉よね。よ、欲を言えば欲しい、けど、ね?」
「お母様? 笑ってない?」
「全然(周囲が面白いほどきょとんだわ)」
「全然って・・・目が笑ってるけど?」
「あぁ。ごめんなさい。似てるから、かしら」
「私は好きで似てないよ!? まったく!」
「これも魔神様がシオンを見本にした結果ね」
「なんでシオンお母様を見本になんか・・・もしかして性癖も似てないよね?」
「そこは本人に会ってみない事には分からないわ。ドMの魔王とか誰得だって話だけど」
親の目から見ても似てるものね。
ユランスも魔王の成長した姿を想定していなかったように思える。この国の魔王がどういった経緯で生まれて代替わりしているか知らないけど。ただ、ユランスが作ったという割に顔が変わらないのは不自然過ぎると思った。
それこそ私達のような関係・・・かしら?
マキナは私に応じつつ前を向いて固まる。
「望むならお母様みたいなドSの魔王で居てほしい・・・って」
私はマキナが立ち止まったので、訝しげにマキナの視線の先を見る。
するとそこには有翼族が勢揃いしていた。
そして真ん中の指揮官が仰々しく物申す。
「魔王様・・・御命頂戴、致します」
「「はぁ?」」
私達は顔を見合わせきょとんとなる。
瞳の色で分からないのかしら?
あ、有翼族は鳥目だったわね。
「今の魔王は弱体化している!」
「これなら我らでも倒せるぞ!」
「全員でかかれ! 全員でかかれば魔王といえど塵も同然だ!」
それを聞いたマキナはピクリと眉根が動き、溜まりに溜まった苛立ちが最高潮に達した。
そのうえ、俯きながら全魔力を解放した。
「余程、死にたいようだねぇ・・・」
それは一億九千二百万MPの全魔力解放だ。
私は護衛と思われているのか誰もが相手にしていなかった。ここはマキナに任せますか。
私が出てもいいけど娘の成長も気になるし。
というか魔王の魔力を近くに感じるのだけど、私達の方が早く着きすぎたみたいね。
勘違いで狙われれば世話ないけれど。
彼等はマキナの変化に気づかず飛びかかる。
「多勢に無勢で一人の女の子を・・・外道だね」
私は一瞬で距離を取りマキナを見守る。
まぁ私が距離を取った瞬間、指揮官がギョッとした目で見ていたけれど。
直後、総勢五十人の有翼族達は一瞬で粉微塵の赤砂へと変化した。
張ってて良かった積層結界!
マキナは氷結乾燥魔法を瞬時展開で行使し、風爆魔法で粉微塵としたようだ。周囲には血の一滴も残らず、赤砂だけが街道に舞い落ちる。
魂もマキナが全て召し上がっていた。
マキナは微笑みつつ指揮官を煽る。
「塵も同然ってこういう事を言うよね?」
「い、一瞬で、だと・・・!? な、なんだ!? その魔力量は!(魔王の魔力量が増えた? 父上に聞いていた量と違う!?)」
兵達が消えた事に驚愕の指揮官。
驚愕の声を聞いたマキナはあっけらかんと応じ私に目配せした。
「なんだって言われてもねぇ?」
私は積層結界を解除し赤砂を風魔法で周囲に散らした。このままだと車輪が滑るもの。
「そうね。相手の魔力量だけで判断すると痛い目を見るわよ? 私達みたいに隠している者を相手にするとね?」
私もマキナ同様に魔力の一部を開放する。
総量はマキナより少し多い程度だけど。
私の魔力量に圧倒された指揮官は──
「!!? ぶくぶくぶく・・・」
その場で泡を吹いて倒れた。
たかだか二億MPの解放じゃない。
そんなので驚かれてもねぇ?
私達は即座に魔力制限を施し後始末を行う。
「とりあえず、魔王暗殺未遂の犯人として」
「素っ裸!? 女の人だったんだ・・・」
「男装女子って感じね。あとは杭でも打ち込んで見せしめとしましょうか・・・魔王の命を狙ったのだもの。痛みで騒ぐと面倒だから痛覚だけは消して・・・」
後始末として鉄杭を打ち込んであげた。
腰を持ち上げ、一気にグイッと!
流血の類いはその場で魔力に戻した。
するとマキナは私の行いを見て──
「お母様の方が・・・魔王っぽいよ?」
あり得ない事を口走る。
私は押し込む感触を味わいつつ応じる。
「失礼ねぇ。愛娘が間違えられたのよ? 罰してもなにも問題はないわ」
この刑だけはアキに示す事は出来ないわね。
絶対願うから。私に痛みを〜って感じで。
マキナは生々しい光景を眺めつつ、白々しい視線を私に向ける。
「元はといえば、お母様が」
私はバツの悪い顔になりつつ街道に穴を穿つ。鉄杭で街道を穿つと突き抜けるからね。それをすると瞬殺だもの。
自重で突き抜けないと意味が無いわ。
「さて、あとは立ち上げて」
「誤魔化した」
私は背後からの痛い視線を浴びつつ、呻く有翼族を真下から眺めた。
「この流血量だと魔王が通る頃には死んでるわね。殻がちらほらと出てるけど・・・」
「それでこの人の魂はどうするの?」
「転生の意味はないし、ルーに頂いて貰うわ」
私はそう言うと上空を見上げる。
そこには痛々しい視線を向けていたルーが居た。マキナもルーに気づき私に問い掛ける。
「ルー? あ、飛んでたんだね」
「〈希薄〉前提でね。危険地帯ではないから偵察に出て貰っていたのよ」
ルーは私の手振りに気づき、降りてきた。
「い、痛そうだねぇ・・・?」
そして人化し〈希薄〉を解く。
この時のルーは自身の尻に手を添えていた。
私は同情しているルーを苦笑しつつみつめ違いを伝える。激痛のはずなのに静かだもの。
「痛みはないわよ。血液の抜け出る感覚があるだけだから」
「それはそれで・・・で、私を呼んだのは?」
「もうすぐ死ぬから魂を、ってね? あと少しでしょう?」
ルーはそれだけで察した。
「ああ。そういう事?」
直後、有翼族は完全に死に絶え、ルーは即座に〈無色の魔力糸〉を伸ばして魂を頂いた。
同族の同性だからか慈しむように味わっていたルーだった。ルイのレベルも上がったわね。
「やったぁ! 212に上がった!」
ルーはついに魔王を超えてしまった。
元より魔王のレベルは通過点だけど。
超えている者はとうに超えている。
マキナはルーに飛びつき抱きしめる。
「ルーおめでとう!」
「ありがとう、マキナ!」
私は戦力が増強出来たと思いつつ微笑んだ。
「これで攻略出来るダンジョンが増えるわね」
実際に210が下限のダンジョンもあるのだ。潜れる者が増えるだけで安全性は高まるしね? 他の者達も少しずつだがレベルアップしているし、210下限が下限でなくなる日も近くなるわね。
というところで──
「わ、私ぃ!? じゃない、我が居るだと!」
魔王様御一行の馬車が通り掛かり、魔王は驚きの余り素に戻っていた。一人称は私か。
窓から顔を覗かせ、マキナの姿に目を白黒させている。御者も他の者達も同様だ。
「魔王様!? へ? 二人居る?」
「魔王様が分裂なされた・・・」
分裂というと私にグサッとくるわね。
この老齢貴族がこの地の領主なのだろう。
するとやたらとうるさい有翼族が馬車の中から降りてきた。
マキナをジロジロとみつめつつ──
「どういう事だ? !? なぜ私の娘が・・・」
杭に視線が向いて愕然としていた。
杭は突き抜け口から先が出ていた。
娘、ね? 嫁候補と思っていたけど他に思惑があったらしい。私は愕然とする有翼族の背後から記憶を頂いた。
(へぇ〜。隷属させて魔王殺しの犯人に仕立てあげたかったか。でも敵わないから自分達で、腐ってるわね。このまま腐敗させましょうか)
そして〈無色の魔力糸〉の内側に闇属性の〈紫色の魔力糸〉を通し、遅延腐敗魔法をあてがった。簡単には殺さない。
内側からジワジワと腐敗して死になさい。
魂諸共腐敗して最後は魔力に戻るように。
その後の私は呆然とする者達の前で跪き──
「私共は楼国王からの紹介により馳せ参じた者に御座います。魔王様と瓜二つの者は私の娘に御座います」
マキナとルーも慌てて跪いた。
一応、他国の使者となるからね。
私は胸の谷間から一枚の書状を取り出し、この場で二番目に偉いソミュテル侯に手渡す。
ソミュテル侯爵領の領主が視察のホストのようだから。念話で命じていたのは彼だったし。
それに関しては腐敗爺は関係ない。
魔王に視察される側の領主だから。
当人は娘の亡骸の前で茫然自失だしね?
「では、お主達があの船の・・・」
「はい。そうに御座います。私が船長のカノン・サーデェスト、こちらは副長のマキナ・サーデェストに御座います。もう一人は一般船員ですので紹介は御容赦を」
「・・・魔王様、如何なさいますか?」
「うむ。良きに取り計らえ(この子、レベルアップしてるぅぅぅぅ!? 超えられた、超えられちゃった。というか私に似てるこの子もレベルが見えない。どゆこと? 母親の方も見えない? い、一体なんなの〜ぉこの人達!?)」
「はっ。では領主館へと御案内いたします」
「ありがとう存じます」
「「ます」」
挨拶もこの場で行う事ではないのだけどね。
相手が固まっている以上は話が進まないと思ったからだ。私達のレベルに関して魔王の内心は相当に荒れていたけれど。
私達は呆然と佇む腐敗爺を放置し──
「いきなり挨拶するからビックリしたぁ」
「打開策って事よ。あの爺にも魔法を打ち込んだから、数ヶ月後には魔力と土に戻ってるわ」
「一体、なにを見たの? カノンがその手段を講じるって余程の事があったんじゃない?」
「あったわ。ありまくりよ。ルー達を犯人に仕立てる予定で捕獲に動いていたそうよ」
「!? なにそれ酷い!」
「やはり地上に落ちた有翼族はろくでもない事を考えるんだねぇ」
「楼国には例外も居たけどね」
「あれは楼国王が味方だからじゃない? なんらかの離反で流れ着いた者なら可能性は高いかもよ?」
「楼国王憎しって感じかぁ」
馬車の背後より徒歩で領主館へと進む。
兵達の前で和気藹々と会話しながら。
ただ、ソミュテル候からの妙な視線を感じたけどね。なにを考えているのやら?
(・・・あの船長、亡くなった先代魔王様と瓜二つだったな。一体なにが起きているのだ?)




