第183話 吸血姫は眷属を制限す。
こんにちは、ユランスです。
カノン達が進路を東から南に変えニーユ魔王国・ソミュテル領を目指していた頃、魔王国の主はゆったりとした速度の馬車で大陸北部に移動していた。
「魔王様。そのお姿、大変素敵にございます」
「世辞はよい。今は視察内容の再確認が先であろう?」
「いえいえ。世辞では御座いません」
「話を聞いておったか? 我は視察内容の確認と申しておろう? お主の耳は大丈夫か?」
馬車の中には側仕えのメイドが一人。
有翼族の領主が一人。
吸血鬼の領主・ソミュテル候と愛らしい魔王が座っていた。魔王へと世辞を言うのは有翼族の領主だ。
彼の思惑は頭の痛い事だったが。
「大丈夫に御座います。視察の件ですね」
「うむ。はようせい。時間は有限故な?」
「もちろんに御座います・・・(陛下の力が半減する好機を逃すわけなかろう? 夜になる前になんとしても)」
「なにを黙っておる? 資料はないのか?」
「資料・・・ですか?」
魔王の問い掛けを受けた有翼族の領主はきょとんとした顔で問い返す。
彼は意味が分からないという反応だった。
それは過去に例の無い問い掛けだったから。
以前は資料を用意せず見に来るだけだった。
考える事はなく労う事だけに尽力していた。
それが今回は資料を求めた。
ソミュテル候はしたり顔で魔王に羊皮紙を手渡していた。流石は古参領主である。
「当然用意しておろう? お主からの口頭報告を疑っておるつもりはないが・・・北部海上に見慣れぬ船が航行している話は聞き及んでおるぞ? なんでも友好国の軍船との話だが・・・これはまた(なんでこんな子達が居るの!?)」
「私の方でも確認致しました。先頃は隠形して入り込んだ不埒者を不可思議な杖で一掃しておりましたな。使い魔を通して見ておりましたが、あの者達は相当な手練れでした。目に見える範囲で全員のレベルを確認すると平均で200でしたな」
それを聞いた魔王は大仰な素振りで思案する。資料に目を通し一人一人のレベルを見る。
人数は九人。突出している者は208だ。
「200とな・・・(やばいやばいやばい! 私に追いついてきてる! 威厳がなくなっちゃう!)・・・それは手合わせしてみたいものじゃな・・・(なにを言ってるの私!?)」
それを見た魔王は内心で冷汗を掻いていた。
一人称が本来の呼び方になるほどの焦りね。
その一言を聞いたソミュテル候は微笑み──
「魔王様の足下には及ばないでしょう。レベルは高くとも魔力量は微々たる量に御座います。一瞬で決着する事は確定しておりましょう」
魔王を持ち上げる一言を語った。
だが、魔王は私から教えられた事実から内心でツッコミを入れていた。
「う、うむ。そうじゃな・・・(バカなの? ソミュテル候はバカなんじゃ? そこは相手の出力上限値を真っ先に確認しなさいよ!)」
一つの魔法に練り込める魔力量が出力上限値だ。魔王の総魔力量は火入れ前のシオンと同等。そういう意味では勝てはするだろう。
無尽蔵にも思える量を保持しているから。
本来の無尽蔵は別に居るけれど・・・。
だが、魔王の出力上限値は二百十万MP。
一人のみ同じレベルに達しようとしている現状で無闇な戦闘は避けるべきである。
最も魔王すらも超える戦力があの船には居るのだが、それは誰しも気づけていなかった。
魔王は微笑みかけるソミュテル候を一瞥しつつ思案する。老齢なる見た目の彼も歳には勝てないという事なのだろうか?
「うむ・・・(やはり、人族共の常識が国内に蔓延している? 講義の大半も人族の知恵が殆どで聞きたくないしのぉ・・・)」
魔王は愛らしい姿で思案する。
魔王をみつめるソミュテル候は、ナギサのような雰囲気を宿していた。敬愛しすぎている?
メイドも隣から横目で微笑んでいるし。
可愛く作り込み過ぎたかしら?
見た目が若干、マキナよね・・・。
馬車の中は不可思議な沈黙が支配する。
有翼族の領主は訳が分からない様子のまま、外部との念話を行っていた。
⦅手筈は?⦆
⦅整いました⦆
⦅では・・・老害の館に着き次第、実行に移せ⦆
⦅はっ!⦆
それはなにかしらの思惑で動いていた。
干渉せずとしたいけど、あの子が殺されるところは見たくないかな・・・。
というところでカノンの船がソミュテルの港付近に到着した報せが入る。
「・・・魔王様。我が領の港に報告にあった船が寄港したとの事です。なんでも彼の部下を預かっていると報告が」
「そ、そうか・・・(あ〜!? 戦わないとダメなの? 私のばかぁ!?)」
魔王は内心で焦りまくる。
その船に誰が居るかは伝えてないから。
魔王が知ったのは資料の高レベル船員だけ。
すると同じく焦りを浮かべる者が──、
「なに? それはどういう事ですかな? ソミュテル候」
報告をあげたソミュテル候に問い掛ける。
ソミュテル候は意味ありげな笑みを浮かべつつ応じる。古参故に心の内を隠す手合いだ。
「部下からの報告ですので、私にはなんの事だか、サッパリです」
簡単に話す訳がない。領内の不穏な動きも既に察知済みで、対処にあたっているのだから一枚上手と言わざるを得ないだろう。
「・・・(クッ・・・老害めぇ!!)・・・」
「まぁよい。到着次第、分かる事だ」
「そうでございますね。陛下」
こうして魔王御一行はソミュテル侯爵領の港街に入った。大仰な車列は周囲の目を引き、誰もが頭を垂れる。それがこの国の魔王が乗る馬車だと知っているからだ。
§
ソミュテル領の港へと到着したイリスティア号は喫水線の関係で港外へと停泊した。私達は双眼鏡を用いながら港を視認する。
〈遠視〉スキルはダンジョン内だからか使えなかった。これも許可の有無がどこかにあるのだろう。魔法の方は問題なく使えたので視覚系スキルのみが封じられているようだ。
クルルの魔眼は対象外のようだけど。
「賑わってるわね〜」
「活気が違いますね」
ナギサも私の隣に立ちながらデッキ上から港を眺める。甲板上では捕虜となった有翼族が褌姿のまま側面のタラップから降りていった。
タラップの下ではユーコ達が簡易桟橋とボートを浮かべ楼国から受け取った各種積み荷と捕虜達を乗せていた。
ちなみに、楼国の積み荷はソミュテル領の港に寄る事を伝えた直後、船内の転移門経由で届けられた品物だ。
ユーコは捕虜達の手枷を外し船首に乗せる。
捕虜達は沈黙したまま乗り込んでいた。
敵対するのは危険と判断したようね。
降りる前に護衛者のレベルを明かしたから。
「サーヤ? 楼閣商店へ届ける品物はこれだけ?」
「それだけね。中身はスライムの体液と各種薬草。それとカノンが提供した無地の〈ステンシル板〉と〈魔力インク〉が入っているみたい」
「こ、こちらでも流行らせるつもり?」
「手っ取り早い方法と認識したんでしょ? 無地の〈ステンシル板〉だから焼き込む魔法陣次第ではなんとでもなるし。専用魔道具も別便で届いているそうよ」
「手っ取り早いねぇ。あり得るとすれば人族相手というより」
「彼等みたいな不法入国者でしょうね・・・可哀想に。一生消える事のない特殊魔法陣が痛み無く身体に刻まれるのね〜」
「「「ヒッ!?」」」
護衛はミラー姉妹とエクサ姉妹の七人だ。
長女のナギサは待機人員なので船に残る。
ペットのマリーは人族なので無期限待機だ。
魔王国に降りたら最後、殺される事が確定だもの。マリーもイヤイヤとお座りしていたし。
すると船橋内から──
「お母様? ホントにツインテールじゃないとダメ? ロングに戻したらダメ?」
ゴスロリ衣装を着たマキナが現れた。
この衣装は魔王にも与えており、マキナとは色違いである。マキナは紫で魔王は黒だ。
洋服としては気に入っているマキナだが髪型だけは変えたがっていた。直前もロングにしていたので、私がツインテールに戻した。
「御対面させたいもの〜。捕虜達も驚いていたでしょう? 魔王様!? って感じで」
「そ、それはそうだけど・・・凄い複雑・・・」
「どのみち髪色で違うって分かるから問題ないわ」
「総魔力量は?」
「魔王は二千七百万しか保持していないわ。ここでそれ以上の総魔力量を示すと魔王が可哀想だもの。立つ瀬が無くて」
「だから制限を設けたんだ。しかも全員に」
「私も今は制限下よ。魔王よりも多いのは困るからね。マキナにしても私達にしても」
「ああ。使い魔が見てるから・・・」
「使い魔によって鑑定魔法が常時走っているもの。不必要に魔力解放して使い魔を消してしまったらなにが起こるか・・・(レベルが見えないって慌ててるわね〜。上位者相手はレジストされるから・・・)」
「お母様? 楽しんでない?」
「全然(鋭いわね〜流石は私の愛娘だわ〜)」
ともあれ、その後のマキナは不承不承という表情のまま甲板に降りる。飛行機に乗るのもしばらくお預けね。飛行機をジッとみつめてる。
私は待機するナギサ達に命じつつ──
「私達の上陸後は様子見ののち、交代で休ませましょうか。ローナも休みが必要だろうし」
「そうですね。ナディさんが生け簀を第二格納庫内に設けたので、今はその中で泳いでいるようですが」
「ナディの生け簀か。やっぱり純水よりも海水が良かったか・・・それがストレスの要因だったとはね。リリカとは訳が違うのね」
「贅沢に慣れた王族だからでしょうか?」
「というより三女として甘やかされた結果ね。さて、マキナが待ってるから行くわ」
「お気を付けて」
マキナの後から甲板に降りる。
今回の上陸は一部の者のストレス解消を兼ねているが、魔王が領地より離れるまでは誰もが自由気ままに休む事は出来ないだろう。
誰もが制限を与えられたままの上陸だ。
魔王というこの国のトップを敬うつもりはないが、楼国との関係を思えば私達の制限は致し方ない措置だった。




