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第182話 吸血姫は勘違いを正す。


 イリスティア号は遅い足並みで南下する。

 結界を通り抜ける前に船体を〈希薄〉で覆い人族に大陸がある事を示さないよう注意して。

 私は船橋に陣取りつつも周囲を嗅ぎ回る偵察隊を完全無視する事にした。船体が〈希薄〉した瞬間はアタフタして探し回っていたけれど。

 一応、用心して甲板上に即応人員が待機し、不法侵入を想定した対処を命じている。


「ようやく進路が決まったみたいね」

「立ち往生かってくらいに停泊時間が長かったわね。それだけどこに寄るか困っていたのかしら?」

「私達は命じられた通りに対処するだけよ」

「そうそう。上は上で考える。私達は私達で! てね?」


 甲板上の即応人員はユーコとニーナ、ハルミとサーヤである。他にも甲板下の足場で釣りを続ける者がいるが・・・この者達は割愛する。

 それが誰なのかは明白だしね?


「それよりもさ? ここに来てこれが手渡されるとは思いも寄らなかったね〜」

「わかる〜! 仕様は異世界と同じかな?」

「私はエアガンでしか撃った事ないけど・・・」

「カノンが言うには基本的な部分は同じだってさ。装填と排莢は亜空間経由のオートらしいけど」

「でもさ? これを使うには必須スキルがあるって聞いたよ? お姉ちゃんが例外的に使えるスキルでもあるけど」

「それとクルルもだね。というかクルルって、出来ない事が無さそうね? 飛行機の操縦まで出来ちゃうし・・・おっぱいバインバインだし」

「料理下手なクルルの事はこの際置いといて! そんなハルミ達に朗報でーす!」

「「朗報?」」

「ユーコ、もったいぶってないで教えなさいよ。クルルの件はあとで問い詰めるけど」

「仕方ないな〜ぁ。問い詰めは無しの方向で」

「「絶対、問い詰めるから!」」


 ま、まぁ即応人員として甲板に立っているだけだから、暇潰しの世間話を始めてしまったけれど。会話は日本語中心だし偵察隊から聞かれても理解不能になるだろうが。


「えーっ!? 本当なの!?」

「わ、私達に〈弓術〉スキルを?」

「私達だけじゃなく全員に配布したぁ!」

「そういう事らしいわ。操縦関係はスキル外の技能だから自力で覚えないとダメらしいけど」


 ちなみに四人が両手に握る黒い塊は異世界式の自動小銃である。亜空間カートリッジに収められている弾丸は火魔石式の還元弾だが、スイッチに付与している設定は〈単発/装備還元〉〈連射/装備還元〉〈連射/人体消滅〉の三つであり、今は〈連射/装備還元〉でロックしている。本来は手動スイッチで変更可能だけど。

 ロックしている理由は誤射による敵対者の排除を行わせないためである。威嚇程度なら装備還元で十分だしね? 一応、これも不死者(仲間)相手に撃つと不発となり、再装填して不死者以外に撃つと炸裂する物だったりする。

 基本的に素人が扱うから安全装置は必須ね?


「だから全員に配布したのね」

「これから必須だから?」

「カノンさんぱねぇっす!」


 するとユーコは呆気にとられている三人を余所に自身の亜空間庫から黒いリモコンを取り出して操作する。


「一応、全員配布でも許可制らしいけどね。なんでも殺戮に慣れた者が条件だって。しかも、訓練場まで完備してるしね?」

「「「えーっ!?」」」


 それは船橋裏の休憩広場。

 滑走路を挟んだ待機場の目前。

 船尾側に五つの的が現れた。

 これもリモコン操作後は自動的に積層結界で覆われ弾が余所に飛ばない仕組みとしている。

 訓練中に偵察隊や機体に当たったら目もあてられないしね。訓練弾というミスを誘発する代物を用意していないのは言うに及ばずである。

 即射しなければならない時に模擬弾が入ったままでは相手に反撃を与えてしまうもの。


「これでどんな下手くそでも練習し放題だそうよ。弾は着弾せず回収されて再装填されるらしいから。ある意味でタツト向けの訓練設備ね」


 ユーコはそう言うと、もう一度リモコンを操作し訓練場を元の休憩広場へと戻した。

 四人は甲板のベンチに座り、空を見上げる。


「あーっ、確かに」

「タツトはねぇ〜」

「ノーコンだったかも」


 それはいつぞやの戦いを思い出しての事だろう。ニーナはあの戦いでは居なかったから別の事を思い出しているようだ。

 そんな四人が空を見上げている間も──、


「今日もこれだけしか居ないのか・・・日光浴する吸血鬼達と獣人のみとは。我らの同胞は一体どこに? もしや中に匿っているのでは?」

「その可能性が高いな。蹴破って助けに入ってもいいが・・・」

「無闇に戦端を開くな。そう命じられているのはやりきれないぞ。というか吸血鬼が日光浴して大丈夫なのか? 灰になった形跡はないが」


 偵察隊の者達は上空で隠形しつつ話し合っていた。というか・・・助けに入る?

 なにか別の思惑で動いているようね?

 私は無視しようと思ったがのほほんと空を見上げるユーコ達に念話で命令する。


⦅思惑が知りたいわ。指揮官の記憶を奪いなさい⦆


 私の命令を聞いたユーコ達は互いの顔をみつめつつニコニコと微笑む。今までは気づいていない風を装い黙っていたから。

 四人はのほほんとした体勢に戻り、指揮官の属性を看破したのち〈無色(むしき)魔力糸(まりょくし)〉を背後から伸ばした。


「あ・・・な、なんだ・・・身体が重い」

「ぐっ・・・装備が急に重く・・・」

「い、一体、なにが・・・」


 というか全員で経験値まで奪っているわね。

 今はストレスが溜まっているし仕方ないか。

 こいつらの所為(せい)で自由きままな旅が出来なくなっているのだから。


「しょっぱい。飴ちゃんどこやったっけ?」

「こいつらって善人? 私にも飴ちょうだい」

「罰は・・・良かったぁ。今回は無かったぁ〜」

「今、罰が有ったら無事では済まないわよ?」


 私はユーコ達から上がってくる記憶を精査する。その記憶は頭痛を招く類いのものだった。


「私達が拉致した風に命じているわね。北部の領主はどいつもこいつも・・・頭の痛い話だわ」

「では、その思惑で今まで?」

「そういう事でしょうね。最初は嫁候補として完全なる悪意だったけど、今回は兵達に詳細を告げず、同胞愛という善意を利用しているわ」

「悪辣ですね・・・有翼族(ハーピー)とはここまで知恵が回る者だったのでしょうか? ルーさん達はともかく」

「それだけ嫁不足が深刻化してて頭に余分な血液を巡らせているのでしょうね。余剰血液を吸ってあげたい気分だわ」


 流石にどうしてという状況だった。

 すると沈黙を護っていたローナが微笑みつつも問い掛けてきた。この子も強かよねぇ?


「では如何なさいますか?」


 リリナ達も苦笑しているし。

 だが、私の答える事は変わらなかった。


「無視よ。戦端を開くな・・・そう記憶にあるから、こちらの脅威度は理解しているのでしょうね。流石に末端は無理解のようだけど」

「た、戦わないのですか?」


 ローナは私の決定に不審と思ったようだ。

 するとナギサが怒りを隠しながら──


「ローナ姫殿下・・・なにを勘違いして」


 ローナを諫めようとした。

 私は視線と一言だけでナギサを黙らせる。


「ナギサ」

「失礼致しました」


 私はナギサが押し黙ると同時にこの場での立場を明かす。


「先にもナギサがお伝えしましたよね? 攻めてくるのであれば迎撃すると。相手は探りを行う者達。こちらから攻撃する事は私達がリンスの大叔父上へと弓を引く事と同義なのよ。貴女はそこを理解したうえで発言しているの? 国家を担う者として国家間の問題を軽んじるのは余りよろしくない事よ?」

「つっ!」


 自身の立場を今一度考える必要があるわね?

 言葉一つ。行動一つで戦火はどこからともなく飛び火する。対岸の火事として見ていたら背中が焼け野原って感じよね? 戦争って奴は国家元首の立ち位置次第で戦況が簡単に引っくり返る。だから少しは頭を使って欲しいものね?

 私はローナの憤りの視線を受け流しながら、意識を〈遠視〉している外に向けつつ答えた。


「とはいえ・・・この船の甲板に降りてきた場合は、その限りではないけどね? この船の中は楼国(ろうこく)国内と同じ扱いだから・・・甲板員! 不法入国よ! 斉射準備!」

『了解!』×4


 それは甲板上に隠形していた偵察隊が降りてきたからだ。数は十五人。五人一組の小隊が三個だ。これも小隊長達が意識朦朧となった事で統率がとれなくなり、暴徒となったのだろう。

 だが降りてきた矢先の一斉射が彼等を襲う。


「な、なぜ見えている!!?」

「き、気づかれていただと!?」

「そ、装備が無くなった!?」

「う、うそだろ・・・」

「だ、誰か助け・・・」


 大の男達が女達に滅多打ちにされていた。

 装備を消され素っ裸で甲板上に晒される。

 魔法を放とうにも魔力が空となる。

 女達は逆に魔力が増えていた。

 というか全員が魔力量を抑えていただけね。

 ユーコ達は指先に一つの炎を宿しつつ──、


「助けると思う? ここは楼国(ろうこく)国内と同じなの。友好国の国内に無断で立ち入れば、どうなるか鳥頭でも分かるでしょう?」

「そもそもの話、貴方達の同胞と呼ばれる子達ってね? 種族が異なるって知らないの?」

「彼女達は貴方達のような有象無象の有翼族(ハーピー)と思わない事ね?」

「不死なる有翼族(ハーピー)・・・銀翼は不死である証拠。彼女達は全員、生死の女神の御使いでもあるの。その辺はお分かりかしら?」


 十五人を相手に殺気を解き放つ。

 力量差の面でも魔力量でも勝てない相手に喧嘩を売る。そのうえ女神の名まで出されれば元気を無くす者が大半だった。全員縮んだわね。

 ユーコは炎弾を大きくしながら最後通告を行う。


「さて、焼き鳥になりたい者は誰かしら?」


 だが、その直後、扉からルー達が現れた。

 自動航行してるから出来る事でもあるわね。


「はーい! 私が焼き鳥にしたいでーす!」

「私も参戦していい。ストレス解消したいし」

「こいつらの所為(せい)で初飛行が出来ないし」


 女三人は殺る気満々である。

 不死の象徴たる銀翼を携え。

 銀色の鋭い爪を持ち上げて。

 膨大な魔力を漲らせた状態で──、


「ヒッ!?」×12


 大の男達を怯えさせる。

 従来の有翼族(ハーピー)と異なるのは爪でも分かるわね。爪自体にギザギザの刃物が何個も付いているから。サメ歯風のギザギザね。

 捕まえたら最後、キッチリ絞める危険な爪だ。三人の爪は男達の股に向けられているが。

 一方、同性の二人は男達を同情していた。


「お、俺達はまぁ・・・」

「子供が出来たから、結果オーライだし」

「そ、そうだな。うん」


 だが、その一言が女三人の怒りに火を付ける。リョウも元々女だったけど変わったわね?


「こら!? そういう事を言わないの!!」

「こいつらが奪いに来るでしょ!?」

「自分の子供を奪われたいわけ?」


 それを聞いたゴウ達は猛烈に反応した。


「!? それだけは断固阻止する!」

「当然だ! いっそ、削り取るか? お前らも女になりたいだろ? どうせ縮まってるしな」


 最後はリョウの一言を受け男共は気絶した。

 同性なはずなのに女達と同種の殺気を撒き散らしていたから。自分達の局所に対して。

 その光景を船橋から見ていたローナは絶句である。リリナはそんな妹相手に一言添える。


「ローナ。間違っても彼女達に喧嘩を売ってはダメよ? 最悪・・・国が滅びるから。彼女達は私達・・・人魚族の姿にも変身出来るからね?」

「!!? あ、姉上? それは誠ですか?」

「誠も誠よ。従来の天敵と思うなかれね・・・ほら? 実際に・・・」

「あ!?」


 ローナは今度こそ言葉を失ったわね。

 そこにはルー達が人魚族に〈変化(へんげ)〉したうえで十二人の男共を海に放り投げていた。そして、近くに見える小島へと運びこみ、本来の姿で甲板に戻ってきた。


「久しぶりに飛んだ!」

「やっぱり自身で飛ぶ方がいいわね〜」

「はじめて飛べた! 気持ちいい〜!」

「飛行機もいいけど自力で飛ぶ方が気楽だわ」

「だな。海は海で気持ちいいが・・・」

「たまには泳ぐのもありだな?」

「ああ、子供を連れて・・・」

「海岸で遊ぶ・・・」

「「いいなぁ〜」」

「こら! 男共! 後始末はまだあるよ!」

「そうそう。小隊長達は捕虜なんだから!」

「寄港時に手渡す予定なんだから、代わりとなる服を用意しなさい!」

「「は、はいぃぃぃ!」」


 有翼族(ハーピー)との一件はこれで終わりかしら? この後は偵察隊が帰ってこないから捜索隊が編成されそうだけど。

 この一件で完全に理解する事を望むわね。

 無理なら(けしか)けてでも消しに行くしかないが。





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