第180話 残りを救出した吸血姫。
私は急遽、子供を持つ事になった三人の有翼族達に無期限の休みを与えた。
コウは未だに信じられないという様子だったが、子供を抱いた時に考えを改めるだろう。
クウとミュウはコウとは異なり母親の顔をしていた。まぁ人族と違って腹を痛めて産んだという扱いではないけどね。それでも母性が目覚めたのなら問題はないだろう。コウ以外は。
私は暇を与えた三人を連れて、新しく用意したログハウスへと訪れた。
「赤子が生まれ次第、このログハウスに送る手配をしてるから安心していいわ。子育て支援の魔具を揃えたから、困ったらそれを使ってね?」
見た目は至って普通のログハウス。
作りは亜空間の旧ログハウスと同じだ。
新しい方は多人数向けだから少数で住むには向かないので、最初に作った家を代用した。
するとミュウが心配気に質問する。
「カノンさんは子育て経験が?」
「あるわよ。だってマキナは私の娘だもの」
「あ・・・そういえば」
「そんな事を言ってた気がする〜」
「嘘だと思ってたの?」
「いや、どちらも同じ年と思ってましたので」
「まぁ色々あるのよ。私の実年齢を明かすと気絶させてしまうから言わないけど」
「「実年齢で気絶(〜)?」」
言いたい事は分かるけどね。
今は見た目年齢で誤魔化されているから。
直後、この中で古参のコウが口を滑らせる。
「そりゃあ、三千を軽く越してるもんね?」
「「三千!?」」
「コウ・・・案の定、気絶したじゃない」
「いつかは知る必要があるんだし、仕方ないんじゃない?」
コウはそっぽを向きつつあっさり返した。
口調はいつもの間延びではなく素だったが。
私は仕方ないと思いつつコウに問い掛ける。
「それはそうと子供の件、受け入れたの?」
「受け入れざるを得ない・・・かな。うん」
顔には出してないが複雑な心境のままらしい。まぁ嫌い嫌いと躱していた兄とそういう関係を結んでしまったのだ。コウ自身に記憶がなくともクウと記憶を共有して情事を示されれば受け入れるしかないだろう。
それだけのストレスを下界の同胞共に与えられたのだ。自由に空を飛ぶ事も許されない空気を与えられた結果なのだから。
私はコウに新しい洋服を手渡しつつ──、
「まぁ落ち着いた頃合いにでも顔を出せばいいわよ。危険域を出たら知らせるから、その時にでも」
ログハウスを後にした。
コウは私を見送りながら微笑んでいたが。
「うん。ルー達には負担を掛けちゃうけど、よろしく言っておいてね?」
「ええ。分かったわ」
それは育児休暇ともいうが、現状捕獲に動く魔王国の有翼族達から護るにはこの手しか無かった。場所は第七十浮遊大陸・サルト〈ソルタ王国〉の一角。
主に米を育てている浮遊大陸だが有翼族の子供を育てるには丁度良い場所だったのだ。近くには有翼族達の集落もあるからね。上界の有翼族は人懐っこく親切だから。下界の有翼族達に爪の垢を煎じて飲ませたいほどに。
§
浮遊大陸から船に戻った私はナギサ達に指示を出す。
「船籍を合国から帝国に切り替えて。今のままだと攻撃を受けかねないから」
「帝国の船籍もあったのですか?」
「一応ね。全女神から各国の船籍を頂いているのよ。戦火に巻き込まれると本来の目的が達成出来なくなるからね」
「なるほど。承知しました・・・船籍変更! 合国から帝国へ!」
「了解! 船籍を帝国へと変更します!」
今や合国はお尋ね者だ。今回の火種は私が用意したが、それ相応の罪は償って貰わないといけないからだ。一国で自爆すればいいものを他国を巻き込んで自国以外の滅亡を願ったのだ。
一応、船に戻った際に機体の形状も後進翼から前進翼に変更してるしね? パッと見で気づける者が居ればだけど、こればかりは気にしても仕方ない。帝国も合国から購入した風になるかもしれないけれど。
その直後──、
「船体側面に衝突あり!」
航行中の船体になにかがぶつかったらしい。
船体に揺れそのものは起きておらず、むしろぶつかった方が崩壊して沈没しかけていた。
私は即応人員が側面の足場に移動していた事に気づき、監視カメラ経由で問い掛ける。
「どこのバカが当たってきたの?」
即応人員はナディとショウだった。
また釣りをしていたんじゃ?
あ、二人して釣り具を抱えているわ。
『船籍は、合国です!』
『所属は合国軍、船員に・・・今すぐシロを呼んで!』
「シロを呼ぶ? まさか!?」
私は〈遠視〉しつつ溺れる者達に気づく。
マキナも気づき大いに喜んだ。
相手は死にかけてるけどね?
「生き残り発見! 古城歌奈と氷田雪が揃って溺れてるよ〜、シロ〜!」
『おっしゃあ! 助けてくる!』
マキナの一言を受けたシロは甲板上から一直線に海へと飛び込む。しかも途中で人魚族に〈変化〉している事から本気で救うつもりなのだろう。
すると甲板上からニーナが叫ぶ。
『歌奈も救いなさいよ!』
『そいつは善処しま〜す!』
『善処って・・・あらら。雪を優先して拾ってるわ。おっぱい揉み揉みしながら』
終いにはニーナも人魚族に〈変化〉して海上に飛び込んだ。
それは仲間を救うためなのだろう。
その間のシロは大喜びしていた。
『久しぶりの感触だぁ! マキナとは違うな』
「私とは違うとか言うな!」
ニーナは古城歌奈を拾いつつシロの背後からツッコミを入れる。
『気絶しかけてる子にする事じゃないわよ!』
『でも気付けにはなったぞ〜。柔らけ〜』
『え? この揉み方・・・どういう事?』
『それで目覚めたならいいわ。歌奈は・・・気絶してるわね。相変わらずカナヅチなんだから。ニナちゃん! 甲板に転移させるから後始末をお願い!』
『はーい!』
『ふぇ? ニナ? なんで銀髪?』
『お前は俺と上ろうな〜』
『えぇ、シロちゃん? 生きてたの?』
『一度死んだが、無事に生き返った!』
『ふぇ?』
どうも彼女達は帝国からの帰国中、小国連合の船に追われ直前まで同じ船籍だったこの船に救援として寄せてきたのね。
ただ、遠くでは小さく見えても近づくにつれて通常船とは違うと気づき勇者の特権で更に近づいてきたと。それでぶつかって崩壊してれば世話ないわね? 合国軍の兵士達は木片でぷかぷかと浮きつつ救い出されるのを待っている。
「あとの余剰は放置でいいわ。戦闘船速でこの場から離脱して! その後は自動航行で!」
「了解! 戦闘船速に変更! 後に自動航行へシフト!」
「了解!」
待っているのも束の間、船がもの凄い加速を始めた事で大波が起き、ぷかぷかしていた兵士達は愕然とした表情のまま洗濯機で洗われるように、大波に飲まれて海底に沈んでいった。
そもそも今は帝国船籍だもの。
救ったら最後、面倒事を呼び込みかねない。
一方、ニーナとシロはその場で転移魔法を行使して甲板に戻り〈変化〉を解いた。
ニーナは顔面蒼白となった古城歌奈をみつめつつ、様子見に来た一同からフーコを探し出す。
「フーコ! お得意のキスで歌奈に人工呼吸して! 美女だから好みでしょう?」
私を含む船橋の者達もデッキから顔を出して様子見した。今はマキナが救う段取りを行っており、ニーナの言葉は話半分で聞き流していた。これも一応、救ってますという体だから。
雪がきょとん顔で見てるもの。
「え〜っ! 嫌だよ〜!」
「どうしたのよ? いつもなら喜んで女の子を甚振るのに?」
「甚振るとか酷い事を言わないで! 私、今は女の子より男の子が欲しくなったの・・・」
「はぁ!?」×全員
「ちょ!? なんで全員で驚くの!?」
「ユーコ、天変地異の前触れ?」
「ここ最近、おっさん女子が乙女と化してるからなんとも言えない。どう思う? ユーマ?」
「私に振らないでよ! おっさん女子ではなくなってるかもね?」
「おっさん女子って呼ばないで!」
その直後、マキナの準備が終わり古城歌奈と氷田雪の魂を即座に回収する。古い肉体はその場に横たわりシロは気にせず揉み揉みしていた。今は粒魔石も封じてるから、なにも起きないけどね。
シンはシロの姿を見て呆れていた。
「遺体を揉み続けるシロって勇者か?」
「シン? ほどほどであっち向こう?」
「そうだなアキ。この後は女体が出てくるし」
そしてアキに促されるまま共に外を向いた。
アキも女子の裸を見て欲しくないのだろう。
見るなら自分をという気持ちが強いが。
タツトとクルルも呆れつつシロを眺めていた。
「元勇者だが・・・揉み納めという感じか」
「揉み納めでしょうね。どのみち」
「そうだな」
そしてケンは興奮した様子で実況する。
「おお! 歌奈の身体が出来てきた・・・エロフ!? キタコレ!」
大興奮で歌奈の裸を凝視していた。こいつはダメだわ。雪に関しては興味無し。シロの彼女だからだろうけど。
そんな大興奮のケンをタツトが目潰しで黙らせる。
「ケン、とりあえず黙れ」
クルルはヤレヤレという様子でケンを積層結界と防音結界で封じた。
「ぎゃー! 目が!・・・!?」
これはうるさいという意図があるのだろう。
なお、二人の新名は──
「古城歌奈はウタハ・シロコね」
「氷田雪さんはセツ・イーマですか。彼女はシロ君の嫁という扱いですね」
という物になった。これもマキナが事前に聞いていた名前のようだ。
「レリィ曰く、これは二人のコスネームらしいよ。セツに関してはシロの嫁だから名字が異なるけど」
「なるほどね。元々使っていた名前って事ね」
その直後、シロは遺体を放置し出来上がったセツの身体に寄り添い下着を身につけていく。
誰が用意したの? シロが用意したのね。
一方のウタハはニーナとユウカが渋々という様子で身につけていった。まぁジタバタし続けるケンに触らせるよりは良いという事だろう。
するとシロに抱かれたセツが目覚め──
「あ、あれ? 私・・・濡れてない?」
「おう。お目覚めだな!」
「あれ? シロちゃん・・・姿が亜人?」
「それは、お前もな〜」
「???」
いろんな意味できょとんとしていた。
混乱の主なる原因は甲板に横たわる自身の肉体を見たからだろうが。
一方のウタハはユウカとユウキが介抱しつつ面倒を見ていた。半死半生の状態だったもの。
簡単に目覚めるはずはないわよね。
いえ、目覚めてはいる・・・か。
(あれ? エルフが目の前に居る・・・これは夢かしら? ん? あの兎・・・どこかで見たような? 誰だっけ? あ! ニナ!?)
だが混乱の渦中に居るようで起きるに起きられなかったようだ。ウタハは甲板上をトテトテと歩き、船内に戻ったニナを見て驚いていた。
そして扉の奥からレリィが現れ──、
「昼食が出来たわよ〜! 手隙の者から頂いちゃって!」
野次馬と化した者達に一言添えた。
それを聞いた一同はぞろぞろと船内に戻る。
ウタハはレイと共にレリィが現れたとして混乱に拍車が掛かる。
「え? えぇ? レイが二人居る・・・」
ユウカは声がしたためウタハを抱き起こす。
「あら? 目覚めたの?」
「そのようですね」
「ユウキは先に昼食に行っていいわ。あとは私が面倒を見るから」
「分かりました。姉さん」
そして気付け薬とでもいうのか、ウタハの目前に鏡を示しニコニコと微笑んだ。
「良かったわね。耳は短いけどハイエルフとして産まれ変わったわよ〜」
「!? えぇ!? わ、私がエルフ! というか貴女も同じ?」
「そういう事ね。いっとくけどそこらのエルフとは立場が違うから勘違いしないようにね?」
「あっ・・・ハ、ハイエルフって王族では?」
そう、ウタハは大興奮という様子であうあうと口元を動かしていた。
するとアキがシンと共にウタハの元へと訪れる。ケンは相変わらず放置されているが。
「そういう事〜」
「え? アキナ?」
「今はアキって呼んで〜!」
「アキ? そ、そっちは誰なの?」
「ひでぇ・・・クラスメイトを忘れたのかよ」
「ク、クラスメイト?」
「錫木晋呉だよ。前世名はな」
「えーっ!? イケメンに生まれ変わってるぅ!」
「ひでぇ言われようだ」
「シンは今も昔もイケメンだったよ? 私にとってはね?」
「ありがてぇ。嫁がありがてぇ」
「よめぇ!?」
何はともあれ、今のまま話を続けると昼食に遅れ、収拾がつかなくなった事もあり、私は横たわるケンを放置し全員に船内へと移動するよう指示を出す。
「それはいいから昼食に行きなさい! 冷めると美味しくなくなるわよ! 今日は赤米と厚さ20センチの極上ステーキだからね!」
「!!?」
「ケンは裸を覗き見た罰として甲板で昼食ね。あと少ししたらアナが届けてくれるから」
「そんなぁ〜!?」
最後は甲板で泣き叫ぶエルフだけが残った。
すると昼食を届けに来たアナは──、
「頻繁にセクハラするからですよ。少しは反省してください」
泣き喚くケンを嘲笑していた。
なお、二人の遺体はケンの目と鼻の先で横たわったままだったので魔力還元で消し去った。
不必要な肉体は不要だもの。
人員が増えすぎるのも大変だから。色々と。




