第18話 吸血姫は一族捜索したい。
それから数時間後・・・。
私は三胴船を亜空間庫内に移しリンスを伴ってログハウスの亜空間外に出た。そして公園周囲になにも居ない事を把握し視線の先、遠方にある王都を視認した。
あとはいつも通り空間跳躍スキルを行使して〈ライラ王国〉の王都手前にある高台へと跳んだ。
そこから先は徒歩移動したけどね?
「うわぁ〜。活気が凄いわね〜」
その王都は驚くほど活気づいており、あらゆる種族が街中を行き交っていた。
それこそ、例の王都しか知らないから明確にどっちが活気づいているかはあれなんだけど。
それでも人族一辺倒なあの王都よりは空気感が多少はマシだった。多少は・・・ね?
種族が多いに越したことはない。
多いなりに様々な事情があるのだろう。
でもね?
(吸血鬼族の扱いが完全に奴隷ね?)
そう、同族の扱いが銀の首輪を付けた荷物持ちか夜のお供的な扱いなのだ。おそらくは血液を吸わせるという契約を行っているのだろうが少々イラッとくる光景であった。
同族嫌悪・・・というかプライドは無いの?
という印象である。
すると、私が嫌悪感を滲ませていた事に気づいたリンスが苦笑しながら声を掛けてきた。
「あ、ははは・・・やっぱり気になりますか?」
私はその苦笑に対し怪訝な視線を向ける。
「リンスはなんとも思わないの?」
「いえ、思わない事もないですけどね? ただ彼等自身がそれを望んで行っているので私からはなにも言えないのです。禁止するとそれだけで反発も出ますから」
リンスはなにかしらの事情があるのか苦笑の中で一瞬の陰りをみせ、首を横に振りつつも私の右腕を抱いた。そして道案内をするかのようにアレコレと教えてくれた。
なお、今のリンスは私と同じ容姿ではなく一時的に昔の姿をとっている。それは下手に雰囲気が変わると大使館の者達に疑われると思ったから私が命じたのだ。
リンスは気にしないと言ってたけどね?
見た目で騙されたら、それこそ大使として解任しなければならないから・・・と。
「行為のための契約ね」
「そうしなければ生きていけませんから」
私は言葉を濁しながらリンスの意図を察した。リンスも苦笑したまま首肯し大きくなった胸を押しつけつつも乾いた笑いを浮かべた。
「世知辛いわね〜」
「あはははは・・・」
まぁね? それが種族を生き存えさせる術として必要なら仕方ないのだろう。気持ちの良いものではないけどね?
私もそういう意味ではどんな扱いだろう?
首に銀のロザリオをぶら下げているから。
パッと見・・・同族には見えないわよね?
「こちらです」
それからしばらくして、こぢんまりとした建物が見えてきた。リンスは慣れた様子で私の前を歩き内部を案内する。
(大使館? にしては小さいわね? やっぱり迫害が関係してるのかしら?)
私はその建物へと案内される際に少し違和感を覚えた。大使館とは祖国の国力を示す事も前提にしていると〈魔導書〉に載っていたのだ。
だが、目前にあるティシア王国大使館は二畳一間くらいの小さな商店だった。
これでは有事の際に自国民を避難させる事が不可能とさえ思えるほどに。
リンスは中に入るや否や大使の名を呼ぶ。
「ガイア居ますか?」
「!? ひ、姫殿下!?」
呼ばれた大使はリンスの姿を見るなり、平伏して頭を下げた。リンスは苦笑したままその姿を眺めるが、直後より王女然な態度に改めた。
「今は冒険者としてこちらに居りますので、頭を上げなさい」
ある意味で新鮮な態度だったと思う。
これがリンス本来の顔なのだろう。
(ベッドの上で真っ赤に伸びる姿もまた一興だけど、この顔付きで言葉責めを・・・違う、そうじゃない)
大使は起き上がると同時に用件を問う。
「は! そ、それで、今回はどのようなご用件でしょうか?」
「ええ。今回はこの方の身分保障と船の登録をお願い出来るかしら?」
リンスの態度はそのままに背後に立つ私を紹介した。
「え? 銀髪・・・人族かなにかですかな?」
しかし、大使は私の容姿から怯えをみせ勘違いした。
(失礼しちゃうわね? いくら銀が苦手だからって見た目で怯えなくても!!)
私はその反応に内心で憤慨した。表情は目の笑ってない笑顔であったかもしれないが。
それを見たリンスは溜息を吐きながら頭を抱えた。多分替え時と思っているのだろう。ログハウスでの話ではないが彼は見た目に騙されているのだから。
「こちらの方は同胞ですよ」
「へ? 同胞?」
「ええ。今は見た目をね? これで理解出来るかしら?」
私は呆けた大使に対し、普段は隠している牙と瞳を赤く染めた。
牙は吸血行為の時しか使わないから普段はね? それに瞳も一時的に偽装を解除してスキルを使ってみたの。
彼の〈鑑定〉を含めてね?
「!? そ、そうで御座いましたか。本国出身ではないという事ですね?」
「そういう事です。途中で保護しましたから」
大使は私の姿から察したようだ。
リンスも少々心苦しいという雰囲気を醸し出した。正確には私がリンスの命を救って保護してるので立場上は逆なのだが。
その後の大使はリンスの言葉を受け入れ、粛々と対応をはじめた。
「承りました。では一滴だけ血をいただけますか?」
それはなんらかの魔道具なのだろう。
そこからシャーレのような入れ物を取り出し私に手渡した。
「どうぞ」
私はそれを受け取り、風魔法で指先に小さな傷を入れ・・・一滴の血を採りだした。念のため〈血液制御〉を外したやつを一滴だけね?
制御ありだと眷属化やらなにやらの能力が付与されちゃうから。まだ誰にも見せてない・・・まぁそれはさておき!
言わないわよ? 需要ないもの!
大使は私から受け取ったシャーレを魔道具に翳して登録を行いだした。
「では・・・!? え?」
しかし、途中で目を見開き固まった。
私はその反応に対し──、
(驚くようなこと? なにがあったの?)
怪訝な視線を大使に向ける。
「ひ、姫殿下? こ、この方は?」
それからしばらくして大使は固まった状態から復帰しリンスに問い掛ける。その表情は絵に描いたようなム〇クの叫びである。
「どうしたの?」
リンスは大使の反応に怪訝な視線を向ける。
「いえ、本国の系譜のどれにも含まれておりませんので・・・それに、この称号・・・」
すると、大使は登録前の情報から途轍もない畏れを抱いた表情で私を見る。私は言葉から驚愕した意味に気づいたので、あっけらかんと教えてあげた。
「ああ。私は真祖だもの」
「!? で、で、伝説の!?」
「あら。気絶しちゃった」
しかし、真祖という単語は強烈だったのか大使は白目を剥いた。リンスも彼の気持ちがよく分かるのか、苦笑しつつも横たえた。
私はそんな二人の姿を眺めつつも訝しげな表情で伝説とする意図を問い掛けた。
「系譜の祖って今は居ないの?」
すると、リンスは神妙な態度に変わり慈しむように尊敬するように・・・祖先を称える雰囲気で語り出す。
「はい。私が生まれる前、先の大戦で総じて亡くなっておられます」
それはおそらく、およそ二千年前にあった勇者大戦の前哨戦の事だろう。〈魔導書〉によると勇者召喚が最初に行われた由来らしいのだ。
その前哨戦で総勢十三名の系譜の祖が魂諸共消え去り、世界を救うための十三名の異世界人を女神様が呼び出して勇者としたようだ。
私はこの世界の歴史を垣間見たのち、リンスの表情を覗き見る。リンスはどことなく遠くをみつめていたが咳払いして話を戻す。
「コホン! とりあえず起こしますか?」
「そうね? 話が進まないし」
リンスは神妙な面持ちから普段の可愛らしい姿に一瞬だけ戻り、またも王女の態度へと改めた。私はその表情というか雰囲気の遷移を眺めながらも、リンスの提案に苦笑し首肯を示した。
§
「登録は完了しました。船の名は・・・〈サーデェスト号〉・・・ですか」
その後、リンスによって大使が叩き起こされ、身分と船籍の登録を無事に終えた。今はソファに座りながら待っていたのだけど、大使から怪訝な視線と共に船名に疑問を持たれた。
「はぁ? なにか問題でも?」
「いえ、問題は御座いません」
だからきょとんとしつつも問い返すとなぜかはぐらかされた私であった。
すると隣に座るリンスが──、
「その名は・・・始祖様の御家名ですよね? カナデさんはご存じだったのですか?」
それは系譜の祖という意味であろうか?
疑問視しながら私に対して問い掛けた。
(いや、始祖様ってなに? それだと系譜の祖は眷属的な言い回しじゃないの?)
私はその問い掛けに対してきょとんと呆け、内心でツッコミを入れる。
(いや、リンス達の言い分であってるわ)
直後、リンスの記憶が流れこんできた事で私は察した。その真祖は今や伝説扱いであるが、家名は永久不滅の物とされ系譜の者が安易に扱うのは憚られるそうであり、平民は得にダメだそうだ。ただね?
記憶の中に見覚えのある真名があったのよ。
(え? なんでここでシオンの名前が出るのよ!? あの子、この世界に居たの? どういう経緯でこの世界に? あぁ次元の狭間に落ちて、女神様から救われたのね・・・)
いやはや行方不明となった妹がこの世界で生き延びていたと驚いた私であった。しかも今は世界のどこかで姿を変えて狩りをしてるとあるわね・・・〈魔導書〉の情報によると。
「はぁ〜。ご存じもご存じよ。まさか、そんな縁があったとは」
だから私は溜息を吐きながら、内心ではバカ妹を捕まえてアレコレしてやるという気持ちでいっぱいだった。それと共に今回の召喚には関係ない話であろうが、バカ妹の縁が今更作用した事に頭を抱えた。
「え? どういう事ですか?」
すると、リンスは私の態度と言葉にきょとんと呆ける。大使もどういう事なのかとオロオロしっぱなしだ。
私はそんな二人に対して──、
「ん? 私の生き別れの妹ね? あの子ってば、まさか真名を明かしてるなんて・・・」
「「え? えーっ!!!!」」
この世界の真祖の実態を明かすのである。
ま、二人からは驚愕の叫びを戴いたけどね?
(う〜ん? 伝説とあるけど、あの子〈触飲〉が苦手だったから、おそらく吸血行為のみで生き延びてるのでしょうね?)




