第179話 赤米三昧で喜ぶ吸血姫。
航路掃除を終えた後の私達はイリスティア号に戻り、この日の哨戒を終えた。
ただ、この日の翌日・・・アンとの会話中にあった〈魔卵〉がひと騒動を巻き起こした。
「〈魔卵〉が! 〈魔卵〉の色が違う! どういうことぉ!?」
それは朝一番に〈魔卵〉を産んだコウの叫びだった。色が違うとはどういう事なのだろうか? 私はレリィと共に厨房から工房内の産卵部屋へと来ていたがコウの叫びを聞いて部屋の奥へと駆け寄ってみた。
「〈魔卵〉の色が違うってどういう事でしょうか?」
「コウの叫びようは尋常ではないわね・・・それよりも、なにを作る予定だったの?」
実はこの日〈魔卵〉を使った新作をレリィが作ると進言していたのだ。
今は食材が沢山あって色々作り出せるから。
レリィはあっさりと話題転換され苦笑した。
「尋常ではないって言いつつ、いえ。時期的には早いですが、おでんの具材を作ってみようかなと。コウシが先日の釣りでワカメと昆布を釣ったので、そういう食事を提供してもいいかなって。練り物なら魚が余るほどありますし」
「なるほどね。魚と思いきやワカメと昆布。他にはなにを釣ったの?」
「確か・・・釣れるはずのないアワビとかウニですね。なんで釣れたのか謎ですが」
「どうせ大陸を釣ったのでしょう? 昆布とワカメが釣れたなら、その可能性が高いわ」
「なるほど。確かにそれなら・・・」
すると私達の会話に割り込むように──
「色が全然違う! なんで銀色なの?」
コウが〈魔卵〉を持って私達の元に現れた。確かに銀色だわ。
いつもなら純白にも似た色合いなのに。
私は困った顔を浮かべ、仕方なく〈魔卵〉を〈鑑定〉する。
「落ち着きなさい。鑑定してあげるから」
「う、うん」
この時のコウはいつもと様子が違った。
間延びする発音ではなく従来のコウだった。
「銀色〜? どういう事〜?」
奥のクウが間延び発音なのは置いといて。
私は〈魔卵〉を受け取りつつ〈鑑定〉し頬を緩めてしまった。
「・・・あらやだわ。レリィ、今日は赤米ね」
いや、まさかとは思ったけど油断ならないわね? 嫌い嫌いも好きのうち・・・ホント油断ならないわ。レリィとコウは私の結果を受けてきょとんとする。
「赤米? もしや? そういう事ですか?」
きょとんとしたがレリィは即座に気づいた。
レリィ達もそれに似た事を行っているしね。
可能性として誰に起きても不思議ではない。
「ええ。これは孵卵魔道具を用意しないとね。シオン曰く、有翼族は産んだまま放置する親が多いそうだから」
「それはまた・・・」
レリィは私から〈魔卵〉を受け取りつつ大事に籠へと収める。私はその場で孵卵魔道具を用意し、工房脇に二台据え付けた。
そしてレリィから〈魔卵〉を受け取り、内部温度をコウの体温に合わせ、時間加速でもって成長を促した。
コウはきょとんとしたまま反応無しね。
いや、気づいているが混乱中のようだ。
(え? 孵卵魔道具ってそういう事? でも、私、いつの間に? そんな事した記憶一切ないんだけど・・・相手は誰なの? もしかしてお兄ちゃん? えっ・・・いや、えぇ・・・ないない)
本当に混乱中である。
これも先日の暴走が切っ掛けだろう。
すると今度はクウの叫び声が室内に響く。
「銀色キター!」
クウは私達の会話を聞いていたのか、それは本格的な喜びが溢れる声音だった。私は混乱するコウを放置し、奥に居るクウの元へ向かう。
レリィは〈鑑定〉しつつクウの体温を測っていた。予備で置いておいた孵卵魔道具を使うのだろう。
「こちらもおめでただわ。一体、どうしたのよ?」
「実は・・・私とコウが酒に酔って襲っちゃいました。私は酒精に強いので記憶が残ってて」
「は? 襲ったって誰を?」
「誰って、ゴウお兄ちゃんですが?」
「二人して?」
「はい。二人して」
なんという事でしょう?
ゴウは一気に二人の嫁を貰う事になった。
まぁ乱交配する有翼族からすれば別段珍しくない光景だけどね?
私は喜ぶクウから〈魔卵〉を受け取りつつ呆然と佇むコウの元へと移動する。
「え・・・この子、姉さんとお兄ちゃんの?」
「現実として受け入れるしかないわね? コウの子も育ち始めたみたいだし・・・」
私はそう言いつつレリィの用意した孵卵魔道具に〈魔卵〉を納めた。
「・・・(なんでなんでなんで)・・・」
時間差で言えば数時間の差だろうが、この日の内に新たな仲間が産まれる事になるのだ。
これは近いうちに子供部屋も用意しないといけないかも。特に有翼族の子は好奇心が旺盛らしいから専用空間を用意しないと。
その間のコウは呆然としたまま自室に戻っていった。クウは満面の笑みで報告に向かった。
これから二人の子を持つゴウの元へと。
私とレリィは呆然と産卵部屋で違った反応を示す二人を見送った。
「これは前途多難ね」
「素直になれない母親と素直な母親ですか」
「どのみち哨戒には出られないから二人はしばらくの間、上界に退避させましょうかね?」
「それが良いでしょうね。いつ何時、捕獲されるか分かりませんし」
「というか今日の産卵って二人だけ?」
「あ・・・そういえばそうですね。これは出来そうにないですね。今日は赤米だけを用意しますか?」
「それしかないでしょうね」
私とレリィは予定外の出来事と思いつつ産卵部屋を出た。
その直後──
「「やばいやばいやばい・・・」」
キョウとアンが猛烈な勢いで産卵部屋へと駆け込んだ。一応、問題の無い者も居たわね。
時期ではないと思っていたけど、時間の止まった空間と進む空間を行き来している関係上、産み出すタイミングが少しずれ込んだらしい。
「これはこれで・・・」
「救われたような気がしますね」
「キョウはともかくアンは」
「複雑そうですね。慣れればそうでもないでしょうけど」
その後、ずれ込むようにルーとミュウも現れた。
「途端に産卵祭りですね・・・」
「アンちゃん大混乱だねぇ?」
「それは仕方ない」
「初産卵だもの。今はキョウが懇切丁寧に教えてるからそのうち慣れるでしょう」
ルーはいつも通りの様子でレリィに手渡しに来た。
「それで、これが今日の分?」
「うん。しばらく来ないと思ったけど油断した」
「ストレスが良い方向に影響してるの?」
「どうだろう?」
するとレリィが奥で光るなにかに気づく。
「というかミュウって」
「あらら・・・今度はこちらも?」
「今度ってなに?」
「「赤米」」
そう、ミュウは銀色だった。
こちらの相手は誰かしら?
ミュウは他と色が違うとして混乱していた。
初産卵で色違い。キョウとアンも困惑した。
私達の返答を受けたルーはきょとんとした。
「赤米? どゆこと?」
私とレリィは相手が誰か思案する。
考えるまでもなく雄は二人居るため──
「リョウでしょうね。寒気が走るとか言って本能には抗え無かったんでしょうね・・・きっと」
レリィがルーを一瞥しつつミュウをみつめた。私はルーの頭を撫でながら応じる。
「まぁ元々が自身の身体だもの。色々思い出しては反応してたんじゃない?」
「そういうものですか・・・」
「そういうものでしょうね。これはもう四つ設置しないといけないわね」
「四つ?」
「キョウ達の専用品としてね。三人は相手が居ないから後日となるでしょうけど」
するとルーが私の言った意味に気づく。
「あ! 銀色が二つ!? これってまさか!」
私は驚き顔のルーに応じる。
隣に全員分の孵卵魔道具を設置しつつ。
「有精卵ね。コウとクウの」
「え? あの二人そんな事したの?」
「またやっちゃったらしいわ。私達が外に出てる間の出来事ね。コウはお酒禁止だわ」
ルーは驚き顔のままピコピコと動く〈魔卵〉をみつめる。時間加速している関係で成長速度が速いわね。
不死鳥が生まれるか否かという状況だけど。
「コウとクウってば、お母さんになるんだ。いいなぁ〜」
「ルー達も機会があれば」
「うん。いい人と巡り会いたいね」
「「二人が子持ち!?」」
「もしかして私も?」
「もしかしなくても子持ちよ。さ、それを孵卵魔道具に納めてね。一度に三人も増えるけど、こればかりは仕方ないからね」
「は、はい・・・」
私はミュウから〈魔卵〉を受け取りつつ孵卵魔道具に納めた。
ミュウは突然の事にアタフタする。
「どうしよう、パパに報告いかないと」
パパって・・・私は工房脇に佇むリョウを見つける。ゴウへの報告を聞いてもしやと思ったらしい。ゴウは喜びから飛び上がり天井に激突して失神しているが。あの父親は大丈夫かしら?
私はアタフタするミュウの目前で指をさす。
「リョウならそこに居るわよ」
「あっ・・・」
「お、おめでとう?」
「あ、ありがとう?」
それは不思議な光景ね。
元々同じ人物だったのに。
ルー達も羨ましげに抱き合う二人を眺めた。
「「「いいなぁ〜」」」
するとレリィは欲しくなったのか──、
「わ、私は用意があるので・・・三人も〈魔卵〉ありがと、ね」
真っ赤な顔でそそくさと厨房に戻った。
欲しいというよりコウシに抱きつきたいか。
子供は旅が終わるまでは作れないと思っているようだし。レリィ達も今は覚えたい料理が沢山あるようだから。
私は監視カメラの位置をずらし孵卵魔道具の向きで固定する。直ぐに生まれる事はないだろうけど油断出来ないからね?
その際にこの場へ残る三人へとお願いした。
「とりあえず、母親となった三人は子供が問題ない歳になるまでは上界での生活を行って貰うしかないわね。そういう事だから・・・貴女達に負担が掛かるとは思うけど」
「それは仕方ないよ〜」
「私達の時は代わりに出て貰えばいいですし」
「そ、そうですね。というか産卵ってこういう事なんですね・・・少し恥ずかしいです」
「アンも数回すればそのうち慣れるわよ」
ひとまずの私は産卵部屋を閉じ、三人を連れて工房に鍵を掛けた。今のままだと目覚めたゴウが突撃してくるからね。産卵部屋は男子禁制だから入る事はないが、この工房は違うのだ。
すると私の返答に応じるように、隣を歩くルーが爆弾を落とした。
「そうそう。私とコウなんて、上でやって怒られたからね?」
私達の背後で歩く二人はきょとんね。
「「上?」」
「うん。監視台って事ね?」
「・・・ルーさんは少し淑女の嗜みを覚えさせた方がいいのでは?」
「うん。それは私も思った。一応でもお嬢様なのにそれはないわ〜」
すると今度は二人してルーの両脇を抱え──
「えーっ!? い、今はしてないよ?」
アタフタするルーを引っ張って自分達の部屋へと連れて行った。
「してなくてもする可能性が高いです!」
「これは恥ずかしい気持ちを思い出させないと!」
「い、今は恥ずかしいから! ちゃんと部屋で産んでるから! だから引っ張らないで〜!」
私はドナドナされるルーを眺めながら思案する。
(とりあえず、管理島の一角に住処を用意しましょうか。別のログハウスを建てて余所に飛ばないよう結界で封じて。不死だから死にはしないけど、子供は油断ならないものね・・・幼き日のマキナもそうだったし)
子供は油断ならないもの。
守りは万全としないとね。
マキナの子供の頃は私でも苦労したし。




