第178話 航路掃除を行う吸血姫。
数回の哨戒と記録を終えた私達はイリスティア号へと戻る。音速を超えた機体を着地出来る速度にまで落とし、イリスティア号上空での旋回を経て甲板に降りた。
私は待機場へと移動しつつルーに命じる。
「記録した物の内、不要な物を省いて私達に影響がありそうな物のみ残しましょうか」
ルーは降りる準備を行っていたが、私の命令を受けてきょとんとする。
「それはここで?」
外には人化した姿のキョウとアンがマキナと共にわくわくしつつ待っていたからだろう。
この後は小国連合の様子見に向かうから。
ルーと交代するのはアンとなっている。
キョウはマキナの機体に乗り込んでいた。
私はキャノピーを開けつつルーに応じる。
アンはルーが降りるまで甲板で待っていた。
「そうよ。記録した念話記録・・・文章化されているから速読して影響のある物のみ残して」
「あ、ホントだ。全て文章になってる・・・」
ルーは魔道具の水晶板の表面を上から順に下げていく。この魔道具は底部の魔道具と有線接続されているため持ち帰れないのよね。しかも複座時のみで使える代物であり、単座に戻すと一緒に格納されるのだ。
肝心の記録内容も必要な箇所のみ選択してタブレットまたはスマホに転送させないといけない仕組みだ。機体を停止させると一切合切消え去るため、選択した文章を全て取り出すまでは機体のシステムは落とせない。
私はポチポチと選択を始めるルーを眺めつつも注意点だけあげる。
「どうもね。音声記録のままだと希に詠唱を喰らう事もあるそうよ」
「え? 詠唱? そんなもの・・・あ、あった。これは隷属呪文・・・?」
「ね? 私達が喰らう事は無いけど、そういう類いの魔法を念話で行う者が居たでしょう? おそらくそれは寝ている者への隷属ね?」
「うへぇ〜。そこまでして虐げたいんだ・・・」
「だから問題の無い形式にするには音声よりも文章化しておいた方がいいとの判断らしいわ」
「らしい? もしかしてコレ・・・カノンが用意してないの?」
「魔の女神からの賜り物と思えばいいわ」
「!!? 有り難や〜有り難や〜」
ルーはユランスを拝みつつ、指揮所の貸出スマホを翳し、選択内容を転送させていった。
そしてアンと交代したルーは甲板脇にて待機し、私達が発進するのを待つ。
「では小国連合の様子見に向かいますか」
私は待機場から滑走路に機体を戻し、マキナの機体と共にイリスティア号から飛び立った。
ルーは私達を見送りつつ扉脇に立ち──、
「指揮所に戻りますか・・・あ、また追尾してる。追いつけるわけないのに。南無・・・」
私達の背後から追いかける同胞を哀れんだ。
有翼族は鳥頭とはいうが頭の作りで言えばルー達の方が上よね。
元々、人族だったことも要因だけど。
§
私達はイリスティア号から離れつつ速度を上げる。その際に追尾してきた有翼族達が機体に張り付こうとしたのだが見事に衝撃波を受けて海上に落ちていった。
「まーた衝撃波で墜落したわね・・・」
『有翼族は鳥頭が過ぎるね』
「あの? 私達も一応、同じなんですが?」
『アン、同じでも私達は作りが違うからね?』
「元人族の鳥頭って事ですか?」
『鳥頭から離れなさい。私達が忘れる時は主様から命じられたあと三歩以上歩いた時だけよ』
「え? そうなのですか」
「そういう事よ。直近であったのは〈魔卵〉事案ね・・・あの時は参ったわ〜」
「た、〈魔卵〉?」
『アンには帰ったら教えるわ。今は時期じゃないから言葉で説明しても分からないけど』
「う、うん。分かった。お姉ちゃん」
私達は墜落して溺れる有翼族達を〈遠視〉しつつ遠ざかる。海上では人魚族が反撃を行うように海底へと引っ張っていた。
「一応、人魚族も近くを泳いではいるのね」
『リリナが言うには危険地帯でも泳いではいるそうだよ。この海域は魚が豊富で漁を行う者が多数だって。ローナもここの視察後に打ち上げられていたらしいけど』
「なるほどね。ローナの事もそうだけど・・・今はやることが沢山だから少しずつ片付けていきましょう。先ずは・・・」
そう、私は〈遠視〉から視界を前方に戻す。
今は海上すれすれを飛んでいた。上空でもいいのだけど有翼族達に補足されでもしたら面倒だったのだ。海上すれすれなら人魚族か人族の船が居るくらいだもの。それらも事前に回避して飛び去っていた。その分、暴風を喰らい進路が変化する者多数だったが。
僚機に乗るマキナは〈遠視〉しつつ先々に見える船の壁を視認していた。
『目先の航路封鎖だね』
それは内紛の影響を与えないための措置でもあるらしい。海上で争いを行えばそれだけで影響は出ているのだが、それに理解を示している者は一切居ないようだ。内紛を賭け事のネタとして金儲けするバカが居たからね。
『前回の戦闘でお母様が消し去ったからか、胴元が大損したとか言ってるね。原因不明の消滅が起きて戦いどころでは無くなったって・・・』
『えぇ。航路封鎖で金儲け・・・?』
「なんというか、商魂逞しいですね?」
アンが「商魂逞しい」と言うが、私はため息を吐きたくなる気分のまま実情を明かす。
「それで儲けるのは一握りの者だけよ。封鎖のあおりを受けて大損する者の方が多いから。その大元が合国の各国滅亡案だもの。それを知らない各国は踊らされるだけ踊らされて上界侵略の魔力の糧とされるだけ」
『その合国も国力低下で仲裁どころではなくなったけど・・・』
そう、マキナが私の言葉尻を繋いだのだが直後、なにかに気づく。
『って、あおってるのは合国の大使みたい』
「『どういう事?』」
『今、見覚えのある顔が見えたから。多分、本国の崩壊を知ったから外貨獲得に動いただけじゃない。隠れダンジョンが死に戻り不可になったから誰もが潜らなくなって・・・』
『ああ! それで他国をあおって滅亡を促進させようと? 魔力を再度集めて?』
「その可能性は高いわね。まったく一筋縄ではいかない国家ね・・・これは王太子を先に滅殺すれば良かったかしら?」
いやはやどうして・・・これは頭の痛い問題が後になってやってくる感じだろうか。私は航路封鎖を行う者が仲裁役と知り処置していなかった事を後悔した。
だが、一々後悔しても仕方ないため──、
「マキナ、左側の白いボタンを押して!」
『左側の白いボタン? あ、合国国旗って書かれてる・・・まさか、お母様?』
「ふふっ。そのまさかよ。盛大に仲裁役を恨んで貰いましょうか!」
「『カノンさんパネェ!』」
事前に搭載していた機能を使う事にした。
私とマキナは同時に白いボタンを押す。
すると両尾翼と主翼の裏表に合国の国旗が表示された。機体の色も灰色から純白に変わり、キャノピーは鏡面処理されたように中が見えなくなった。これは一種のマジックミラーね?
機体中央にバルカン砲を。主翼下に還元ミサイルを。両翼に火薬式のミサイルを展開した。
「見えてきたわ。バルカン砲で壁を破壊したのち、両翼のミサイルを発射して!」
『了解!』
「アンとキョウは観測だけお願い!」
「『りょ、了解!』」
目前には多数の船が渋滞したように停泊し、私達は船を避けつつ合国軍である事を示す。
「な、なんだ!? あの物体は!?」
「すっげぇ・・・鳥かと思ったが」
「うわぁぁ!? なんつぅ風だよ!!」
「あれは合国軍?」
爆風の余波を受けて木造船は木っ端みじんと化したが、これはこれで結果オーライである。
「逃げろーっ!! 帆柱が折れた!!」
「だ、誰か・・・助けて・・・」
「下敷きになった者は無理だ! 早く避難しろ! 船が沈むぞ!」
「う、嘘だろ、船が沈む・・・風を食らっただけなのに・・・」
「合国軍めぇ!!」
そう、良い感じで合国憎しが倍増された。
それであってもまだ途上。私達は同じような光景を作り出しながら、前方に展開された船の壁めがけてバルカン砲を掃射する。
「ふ、船が、一瞬で!? あれは合国軍・・・なんでこんな事を?」
両翼のミサイル四発を同時発射し粉砕した。
船の壁は壁という体を無くして沈没する。
それを見た合国大使は呆然となり──
「どういう事だ! 我が軍がなぜ出張ってくる!? そ、それにあの白い船はなんなんだ!! 本国は一体なにを考えている!!」
本国への憤りを示していた。
先ほどまでは胴元として他国の要人とどちらが勝つか余興として見ていたようだけど自国軍が最新鋭機を露わにしてまで出張った事で命じられていた事と異なると怒り心頭になった。
直後、周囲の要人達は訝しげな視線を大使に向ける・・・そこまでして大儲けしたいか? とでもいうような視線ね。
今回は引き分けになる可能性が高かったようだ。どちらも同じ装備を展開しているしね?
私達は船の壁を抜け旋回しながら海上に陣取る者達を眺める。兵士達は呆然と立ち尽くす。
「これは・・・軍閥での戦闘かしら?」
『そうみたい。国旗が同じだし』
「あれは帝国と氷上国の国旗ですか?」
『今度はそういう派閥で争ってるのね』
「不毛過ぎるでしょうに・・・艦長はどちらも無毛だけど」
「輝き過ぎて目が痛いです!」
『ハゲにはハゲにふさわしい末路を与えようか? 魂諸共、毛根を消し去る設定で!』
「それがいいわね」
『ゲーハー艦長共々、南無・・・魔力となって彷徨ってね』
私達は相手から撃墜命令が下される前に上空へと急上昇し、急降下でもって旗艦を含む一帯を照準として四発のミサイルを落とす。
この挙動は現存する飛空船では行えない。
大使は呆然と私達に視線を向けていた。
直後、海上に展開していた艦船は乗艦していた兵達諸共海上から消滅して魔力に戻った。
「どういうことだ! 貴国はこのような兵器があったのか!!」
「・・・」
「沈黙は同意とみなすぞ!」
「・・・」
「これは過去を含む大問題だ! 早急に各国と会談を持つ必要があるな。合国を除いて!」
「・・・はっ!? ど、どういう事ですかな?」
「はぁ? 話を聞いておらぬのか! あれほどの戦力を有していながら我らを謀ったのだ!」
周囲の要人達は合国軍が隠し持っていた絶大な兵力に怒り心頭となる。それだけの力があるなら自国だけで行えとでも言うように。
元はといえばお前等が・・・という文句まで垂れてるわね。主犯は合国。中立として仲裁にまわるが・・・それは当然のことだった。
二千年前、世界中の国家へ北極にダンジョンがあると示し、各国の兵力を削るだけ削った。
北極にはダンジョンはなく空に浮かぶ島があるだけだった。それはそれで魔族の住まう領土だったため脅威とみなした事までは良かった。
後の二千年間は再進軍に向けて増強に動いたが、数カ国が魔族を連れ去った事で大陸各所に更なる脅威を増やす事になった。
その脅威との戦いで各国は漸次疲弊し、原因を作った国家間が責任のなすりつけあいを行い、現状の争いに発展した。
元を辿れば合国に居たバカが原因なのよね。
そして今度は仲裁しているように見せかけて金儲けに走り、自国が勝てないとみるや自国軍を寄越して一切合切粉砕した・・・と考える者多数ね。
ともあれ、私達が行った殲滅戦は、縋る大使を無視して自国に戻る要人達と祖国を恨む大使のみを作り出した。
「亡命じゃあ! あんな国どうなろうが知った事ではない!」
叫んだ事は仕方ないのかもしれないけど、亡命したところで貴方の失った信用は元には戻らないわよ? 私は上空から監視しつつ航路封鎖が完全に無くなった事を視認した。
「原因除去完了・・・」
そして徐々に停泊していた船が進む様子を眺めつつ〈希薄〉して封鎖海域から距離をとる。
数隻は沈没したり破壊されたあとだけど。
その様子を沈黙しつつ見ていたアンは呟く。
「こ、これって別の争いを生むのでは?」
アンの呟きを拾ったのはマキナだった。
『自国で尻拭い出来ないような思惑を持ったのだもの。それくらいは自分達で拭って貰わないと』
『そうそう。アンも気にしない方がいいわよ。人族達の争いなんて全て不毛過ぎるもの!』
「お、お姉ちゃん、雰囲気・・・変わった?」
『そう? 前からこんなだったと思うけど?』
怯えた者が一人。あっけらかんが二人。
私は速度を上げつつ機体の設定を元に戻す。
マキナも同じく機体を灰色に戻した。
合国軍の機体は西の空高くに飛んでいき自国に戻ったという風を演じたからね?
報復攻撃で合国が火の海になったとしてもそれはそれで仕方ない話よね? 有りもしないダンジョンを各国に示し、争いになった途端、提案者の責任を取らなかったのだから。
仲裁に動くのはいいけど先ず行うべきは全責任でもって各国への慰謝料だったんじゃない?
今や蚊帳の外で各国の滅びを待ってるような輩だもの。火の海になったとしても仕方ない。
民草も恨むなら無能な元首を恨みなさい。




